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35.魔力の暴走
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一歩足を踏み入れた瞬間、俺の全身を、まるで吹き飛ばそうとするような暴風が襲った。
風は渦を巻くようにして激しく吹き抜け、空気はビリビリと震え、視界の端が歪んで見える。
本来なら美しい花々を咲かせているはずの木々は、あり得ない方向に枝をしならせ、植え込みの草花は、すっかり色を失い、地に這いつくばるように萎れていた。
結界に入る前、空はあれほど晴れ渡っていたというのに、突然頭上に雷光が走る。その直後、どこからともなく地の底を這うような、低く重いうなり声が響き渡った。
王宮の静謐で荘厳な美しさとは明らかに異なる。そこに広がっていたのは、異常としか言いようのない光景だった。
俺の頬を斜めに切る風は、まるで吹雪のような冷たさを持っていたが、同時に、肌の奥を焦がすような熱ささえ感じる。
――おそらく、これは魔力の乱れによるものだ。
「……まったく、困ったものだ。ヴェリオスはまたご機嫌斜めのようだね」
アレクシは肩をすくめながら、嵐のただ中でもまったく動じることなく歩みを進める。彼の金色の髪が、鋭い風に舞い上がっていた。
「アレクシ様、これはいったい……?」
「ヴェリオスの魔力が暴走しているんだ。今、この結界内は、彼の魔力によって完全に支配されている。ここにあるすべての現象は、ヴェリオスの心の状態をそのまま映し出しているようなものさ」
「ヴェリオス様の……心の状態が?」
つまり、この嵐は、彼の内面がこれほどまでに乱れているという証なのか?
そのとき、前方から誰かが駆けてくるのが見えた。細い身体を必死に支えながら、風に押されるようにして、一人の女性が走ってくる。
「ああっ、アレクシ様……! 良かった。どうか、どうかヴェリオス殿下をお止めください!」
水面のように柔らかく波打つ水色の髪、同じ色の瞳。身にまとうのは薄氷のように透き通った青の衣。
細い首元には薄絹のショールが巻かれ、風にふわりと舞い上がっていた。
――まるで、水の精のようだ。
この美しく可憐な女性は、間違いなく後宮に仕えるオメガの一人だろう。
「今日はいったい何があったんだ?」
アレクシは風に吹かれる金の髪を軽く払うと、静かに問いかけた。
「それが……。たった今、王太子殿下は午睡からお目覚めになったばかりで……。お時間になりましたのでお声をかけたところ、どうやら寝起きが悪かったようで、急に癇癪をおこされて……」
「……ふん、またか。あいつの好きな揚げ菓子でも作って、口に放り込んでやれ。そうすれば、いくらかは落ち着くだろう」
まるで慣れっこのように、アレクシは軽く指示を出す。
「はい。今、厨房に命じて甘いものを準備させております。ただ、今日は特にご機嫌が悪いようで『ここから出せ。さもなくば、すべてを破壊する』と、何度も……」
彼女の顔は青ざめ、唇はわずかに震えていた。
「……確かに、今日は特にひどいな。このままでは結界ごと破壊しかねない」
アレクシは小さく舌打ちをし、表情を引き締めた。
「すぐに、ヴェリオスの元へ案内してくれ。ソル、君も来てくれ」
その女性に案内された先は、「陽光の宮」の最奥に位置する一室だった。
ひときわ豪奢で重厚な扉。おそらくここが、ヴェリオスの私室なのだろう。
水色の髪の女性が、静かに扉をノックする。
「ヴェリオス殿下、殿下、どうか、お静まりくださいませ」
彼女の声が届いているのかいないのか、俺たちに叩きつけるような風は、さらに勢いを増していた。
アレクシは扉の前に立つと、ひるむことなく、その重い扉を開け放つ。
「喜べ、ヴェリオス。この僕が、新しい遊び相手を連れてきてやったぞ!」
その瞬間、俺の頭に一気に血が上った。
――この男、まさか最初から俺を「後宮の囲い者」にするつもりだったのか?
「アレクシ様! 俺は、男娼まがいの真似をするためにここへ来たわけでは……っ」
言い終えるより早く、竜巻のような風が怒り狂ったように俺たちを襲う。
「うるさい! うるさい、うるさいっ!!
すぐに出ていけ!
誰も私に指図するなッ!」
怒気を含んだ甲高い声が、嵐の中に響き渡る。
暴風に体を煽られながらも、俺ははっきりと見た。
――部屋の奥に佇むその人影は、驚くほど小さかった。
風は渦を巻くようにして激しく吹き抜け、空気はビリビリと震え、視界の端が歪んで見える。
本来なら美しい花々を咲かせているはずの木々は、あり得ない方向に枝をしならせ、植え込みの草花は、すっかり色を失い、地に這いつくばるように萎れていた。
結界に入る前、空はあれほど晴れ渡っていたというのに、突然頭上に雷光が走る。その直後、どこからともなく地の底を這うような、低く重いうなり声が響き渡った。
王宮の静謐で荘厳な美しさとは明らかに異なる。そこに広がっていたのは、異常としか言いようのない光景だった。
俺の頬を斜めに切る風は、まるで吹雪のような冷たさを持っていたが、同時に、肌の奥を焦がすような熱ささえ感じる。
――おそらく、これは魔力の乱れによるものだ。
「……まったく、困ったものだ。ヴェリオスはまたご機嫌斜めのようだね」
アレクシは肩をすくめながら、嵐のただ中でもまったく動じることなく歩みを進める。彼の金色の髪が、鋭い風に舞い上がっていた。
「アレクシ様、これはいったい……?」
「ヴェリオスの魔力が暴走しているんだ。今、この結界内は、彼の魔力によって完全に支配されている。ここにあるすべての現象は、ヴェリオスの心の状態をそのまま映し出しているようなものさ」
「ヴェリオス様の……心の状態が?」
つまり、この嵐は、彼の内面がこれほどまでに乱れているという証なのか?
そのとき、前方から誰かが駆けてくるのが見えた。細い身体を必死に支えながら、風に押されるようにして、一人の女性が走ってくる。
「ああっ、アレクシ様……! 良かった。どうか、どうかヴェリオス殿下をお止めください!」
水面のように柔らかく波打つ水色の髪、同じ色の瞳。身にまとうのは薄氷のように透き通った青の衣。
細い首元には薄絹のショールが巻かれ、風にふわりと舞い上がっていた。
――まるで、水の精のようだ。
この美しく可憐な女性は、間違いなく後宮に仕えるオメガの一人だろう。
「今日はいったい何があったんだ?」
アレクシは風に吹かれる金の髪を軽く払うと、静かに問いかけた。
「それが……。たった今、王太子殿下は午睡からお目覚めになったばかりで……。お時間になりましたのでお声をかけたところ、どうやら寝起きが悪かったようで、急に癇癪をおこされて……」
「……ふん、またか。あいつの好きな揚げ菓子でも作って、口に放り込んでやれ。そうすれば、いくらかは落ち着くだろう」
まるで慣れっこのように、アレクシは軽く指示を出す。
「はい。今、厨房に命じて甘いものを準備させております。ただ、今日は特にご機嫌が悪いようで『ここから出せ。さもなくば、すべてを破壊する』と、何度も……」
彼女の顔は青ざめ、唇はわずかに震えていた。
「……確かに、今日は特にひどいな。このままでは結界ごと破壊しかねない」
アレクシは小さく舌打ちをし、表情を引き締めた。
「すぐに、ヴェリオスの元へ案内してくれ。ソル、君も来てくれ」
その女性に案内された先は、「陽光の宮」の最奥に位置する一室だった。
ひときわ豪奢で重厚な扉。おそらくここが、ヴェリオスの私室なのだろう。
水色の髪の女性が、静かに扉をノックする。
「ヴェリオス殿下、殿下、どうか、お静まりくださいませ」
彼女の声が届いているのかいないのか、俺たちに叩きつけるような風は、さらに勢いを増していた。
アレクシは扉の前に立つと、ひるむことなく、その重い扉を開け放つ。
「喜べ、ヴェリオス。この僕が、新しい遊び相手を連れてきてやったぞ!」
その瞬間、俺の頭に一気に血が上った。
――この男、まさか最初から俺を「後宮の囲い者」にするつもりだったのか?
「アレクシ様! 俺は、男娼まがいの真似をするためにここへ来たわけでは……っ」
言い終えるより早く、竜巻のような風が怒り狂ったように俺たちを襲う。
「うるさい! うるさい、うるさいっ!!
すぐに出ていけ!
誰も私に指図するなッ!」
怒気を含んだ甲高い声が、嵐の中に響き渡る。
暴風に体を煽られながらも、俺ははっきりと見た。
――部屋の奥に佇むその人影は、驚くほど小さかった。
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