どうやら私、動くみたいです

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第五章 人間と妖怪

第九話 名を花子

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「言おうか言わまいか迷っていたのじゃが、これを機に言っておこうかと思う。ツクモノよ、お主の前世は火事に巻き込まれて死んだ」

 帰り際に天狐さんはそんな事をおっしゃってました。後々調べた事なんですが、彼女の持つ神通力と言うものには、他人の前世を見透かすものもあったみたいです。故に天狐さんの発言の信ぴょう性は、ほぼ確実なものでした。

 その時、私は初めて自分の過去について知りたいと思いました。心紡ぎの宿で、私は自分の過去に縛られないように生きようと思っていたのですが、いざ自身の人間だった時の死因を聞かされると、どんな人間だったのか気になってしまったのです。
 多分私が市松人形に取り憑いた霊だと知った直後から、天狐さんはこうなる事を見透かしていたのでしょう。だからこうしてあの時、彼女は去り際にそのような事を言い残したんだと思います。

 それからと言うもの、私はインターネットで私の生前について調べてみようと試みました。とは言え、私は今も自分が生きている者と捉えていますから、生前と言う言葉には多少ばかり違和感を覚えていましたけどね。轆轤首さんには悪いですけど、その呼び方はあまり好きではありません。

 しかしいざ調べ始めると、ある問題に直面しました。それは何処で、いつの火災事故で死んだのか、と言う事です。一応天狐さんは十代の女性だったとおっしゃってましたが、何せ情報が少な過ぎるーー。これでは調べようにも調べられません。
 轆轤首さんも「職場でもちょっと聞いてみる」とおっしゃってくれましたが、結局それらしい情報は見つからず、立ち往生でした。

 こうして日にちは一日、二日と過ぎていき、ついに一週間程の日数が経過した今日、そんな迷走した流れを一気に断ち切るぐらいの出来事が、突如として訪れます。
 それは轆轤首さんが仕事から帰って来て、しばらく経った午後七時半頃。滅多に鳴らない家のチャイムが鳴って、気怠そうに轆轤首さんが玄関へと向かったすぐ後の事でした。

「ア、アンタは!?」

 いつものようにパソコンをいじっていると、玄関の方から轆轤首さんの叫び声が聴こえてきたのです。何事かと思い、すぐさま私も玄関の方へと向かいました。
 もし強盗などが押し寄せて来たのであれば、当然私なんて何の役にも立ちはしません。なのでそっと壁の端から覗き込むようにして、玄関で何が起こっているのかを確認します。するとどうでしょう、そこには棒立ちしている轆轤首の背と、見覚えのある顔をした方の姿が見えているではありませんか。

「お爺さん!」

 長い頭に黒みがかった紺色の着物を着たその姿。正しくあの時私とお話ししたお爺さんが、今目の前で皺をいっぱいにして笑顔を作っています。

「久しぶりだね、ツクモノちゃん」

 お爺さんはこちらに視線を保ったまま少し頷くと、聞き覚えのある声でそう言いました。
 もう一度お爺さんと会ってお礼がしたいとは思っていましたが、まさか向こうからこうしてその機会を作ってもらえるとは、私としても歓喜のあまり飛び跳ねてしまいそうになりますよ。

 しかし轆轤首さんの方はと言うと、せっかくお知り合いが来たと言うのにまだ小刻みに震えながら立ち尽くしています。一体どうしたんだろう。彼女の行動に疑問を抱いていると、お爺さんは彼女の肩に手を置いて言いました。

「奥でゆっくりとお話しをさせてもらえると助かるな」

 轆轤首さんは何も言わず、静かに頷きました。

 いつもの白いテーブルが置かれている部屋へ場所を移すと、お爺さんが床に腰を下ろした途端に、轆轤首さんは「少し待ってろ」と言って台所の方へと向かいました。珍しいお客さんだからか、彼女もお茶を入れてくるみたいです。
「お気遣いなく」壁で姿が見えないからか、お爺さんは轆轤首さんに聞こえるように声を張りました。

「あの、お爺さん……」
「なんだい? ツクモノちゃん」

 ずっと感謝の言葉を言えないまま、しばらくの時が経ってしまいました。それは妖怪としての生涯の日数としては、大した事のない日数かも知れません。ですが私からすればその大した事ない日数でも、間が空いてしまった事に変わりはまりませんでした。なのでこうしてお爺さんと出会い、お礼が言える日を、どれ程待ち望んでいた事か。
 早速私はお爺さんに、溜まりに溜まった感謝の念を、出来るだけ簡潔に、尚且つ感情を込めて伝えました。

「あの時は、どうもありがとうございました。おかげ様で轆轤首さんとの仲も、こうしてしっかりと保ったまま過ごせています」

 するとお爺さんは、私の感謝の言葉を一言一句頷きながら聞き届けます。そして今度は首を横に振りました。

「いいや、それはワタシのおかげではないよ」
「で、でも……」
「ワタシは単に君の気持ちを後押ししただけさ。全ては君の選んだ道、ワタシの影響力なんて所詮、大した事はない」

 何処までも謙虚なお方です。彼の心意気に、私は心を打たれました。多分この人はこの言葉を言い慣れている、だからこそ言葉の意味を誰よりも知っているんだ。そんな曖昧な想像でも、お爺さんの発言にはそれを確信させる程の、十分な重さが込められていました。

「ほら、最近買った茶葉だから上手いと思うぜ」
「すまないね」
「気にすんな」

 お盆の上に湯気の立つ湯呑みを乗せた轆轤首さんは、その湯呑みをお爺さんの前に置いて、私の隣に腰を下ろしました。いつもの彼女の表情と言ったら、何処か強気で自信に満ちているものですが、今日は普段よりも落ち着いている様子です。それはまるで心紡ぎの宿の、私へ昔話をした時の顔に酷似していました。

「……前にもこの家に来てたらしいな」
「ああ。その時は勝手にお茶をいただいたよ」
「アタシの大福も、だろ。全く、そん時も言ってくれりゃあ仕事も休んだのに」
「それはいけない。労働の対価を払ってもらっている人間に、君も迷惑は掛けられないだろう」
「ごもっともだな」

 しばらく沈黙が続きました。誰も、何も切り出さない時間。別に空気としては重苦しくはないけども、何処か口を開いては負けみたいな、あの雰囲気が部屋を満たしていました。

 いい加減誰か喋ったらいいのにーー。なんて事を思っていると、私はまたもその表情を表に出してしまっていたようです。

「君は相変わらず自分を偽る事が苦手なようだね、ツクモノちゃん」
「はっ、ごめんなさい。私ったらつい……」
「気にする事はないさ。ワタシも大方同じ事を考えていたよ」

 少し表情を崩して、お爺さんはまた微笑みかけてきました。それに対し轆轤首さんも、呆れたような口ぶりで言います。

「ふん、結局口を開かないアタシが悪いみたいじゃねぇかよ。なら単刀直入に言わせてもらうぜ……」

 前々から思ってましたが轆轤首さんって、やっぱり野鎌さんと口調が似ていますよね。単刀直入って切り出し方も、口調が似通っているからか同じように聞こえてきましたし。
 ただ、決定的に違うのは彼女が、性格的にキザに成りきれていないところでしょうか。その点で言えば轆轤首さんも、荒々しい話し方をなんとかすれば、もっと印象が変わってくるのかも知れませんね。ーーって今はそんな話、どうでもいいです。

「ーー今日は一体何の用件なんだ、ぬらりひょん」

 轆轤首さんの発言に、思わず私も耳を疑いました。彼女の言う事が正しければ、心紡ぎの宿を建て、更には弔いの祠まで作った張本人が、今目の前に居るこのお爺さんって事になりますからね。
 当然私は問い質しました。「お爺さんって、あのぬらりひょんさんだったんですか?」

「そこまで大げさに言う程の者でもないよ」
「いや……でも山城町でも色々となされてたとお聞きしましたよ?」
「ワタシがしている事は単に、ワタシ自身の自己満足に過ぎない。あまりそこは気にしないで欲しいな」

 やはり止める事の無い謙虚な姿勢、本当の事なんだ。そう実感しました。

「因みにコイツはいつか話した、アタシを妖怪にした張本人でもある」
「ええっ!?」

 ダブルショックです。轆轤首さんを妖怪へと転生させ、尚且つ恨み、憎しみを無くしたあのお方も、このぬらりひょんさんだったなんて、びっくりし過ぎてもう私、ショック死しそうですよ。

「なんだ、もうその事も彼女に話していたのか」

「ああ。色々とあってな」轆轤首さんは頭を掻きました。

「話してくれないか、これまでの事を。ワタシも今日はそれが気になってここへ来たんだ」
「なるほどそう言う事か。いいぜ、じゃあ何処から話そうかーー」

 こうして轆轤首さんと私は、ぬらりひょんさんにこれまでの事を話し始めました。ーー山城町での加胡川さんや天狐さんとの出会い、心紡ぎの宿、私が市松人形に取り憑いた霊であった事、私が人間だった時、火事にあって死んでしまった事を。
 彼は口出しを一切せず、私達の話を聞いてくれました。あの時と同じように相槌を打ちながら、彼は話を聞いてくれました。

 最後の思いを言い届けた後、私は胸の中で何かが消え去ったような感覚に見舞われました。それはおそらく、誰かに聞いてもらわなければ晴れる事のない、大きなモヤだったんだと思います。再びぬらりひょんさんに自分の考えをを聞いてもらって、私良かったです。
 そして轆轤首さんも、またぬらりひょんさんと出会えて嬉しそうでした。あなたの助言は間違っていなかった、彼女の言葉はそう言っていたように聞こえました。

「なるほど。君達はワタシの予想以上の苦難を乗り越えてきたんだな」

 ぬらりひょんさんは少し冷めたお茶を啜りながら、呟くように言いました。

「でもそれらがあったからこそ、今のアタシ達がいる。そしてこれからも、アタシは家族として、ツクモノと歩んでいくつもりだ」

 この時初めて、私は家族と言う言葉の真の意味を理解したような気がします。これまで天狐さんや加胡川さんと話していて、私の中で轆轤首さんが彼女達とはまた違った存在であるのは、薄々勘付いていました。ですが今になって、ようやくその理由がわかったんです。
 轆轤首さんは私にとって、もはや特別「過ぎる」存在になっていたのです。

 今思えば轆轤首さんと触れたあの時から、心の糸は紡がれていたのかも知れません。
 ある種平凡だった私が得たのは、動く体とかけがえのない家族だった。それを改めて、彼女の言葉は私に気付かせてくれました。

「もはやここまで来れば隠す必要もあるまい」ぬらりひょんさんは首をゆっくりと横に振ると、次に思わぬ発言を繰り出しました。

「ワタシが知る、ツクモノちゃんの全てを話そう」
「ぬらりひょんさんが知る、私の全て?」

 私は思わず彼の発言を復唱してしまいました。だってこの人の言っている事の意味、全くもってわからなかったんですもの。

 確かに私はあの日、ぬらりひょんさんと轆轤首さんについてのお話をしました。しかしながら彼と出会ったのはその日が初めて。それまでにぬらりひょんさんと出会った記憶なんて、私にはありません。一体全体、彼は何処から私の情報なんかを調べ上げたのでしょうか。

「ぬらりひょん、そりゃどう言う事だ? アンタはツクモノの人間だった頃の姿を知っているのか」

 当然轆轤首さんも疑問の声を上げました。彼の人柄的に嘘を吐いてはいないんでしょうけど、つい疑いの目を持ってしまうのは必然と言えます。何せこんなところで私に関する情報が、それもぬらりひょんさんから聞けるとは思っても見ませんでしたし。
 するとぬらりひょんさんは、少し言葉を選んでいる様子を見せましたが、すぐに顔を上げて私達の方を向きました。「多少はね」

「多少……って、どう言う事だよ」
「轆轤首。君と同じようにツクモノちゃんを地縛霊から解放させたのも、実はワタシだったんだ」

 またも衝撃の新事実が明らかになった気がします。ーーぬらりひょんさんが地縛霊であった私を解放させたなんて、そんなの憶えも無いし初耳なんですけど。
 しかし彼は表情を崩さず、真剣な眼差しを向けたまま話し始めました。

「ツクモノちゃん、君と初めて出会ったのは七年前だ。過去に火災があったと言う一軒家の空き地で、君は自分の存在がわからないまま、地縛霊として留まっていた。初めはワタシも疑問に思ったさ、何せ君は自分が誰なのかもわからないままで地縛霊になっていたんだからね。しかし話していく内に理解した。君には残留意識が無かった。だから魂の磨耗が激しく、自分が誰なのかと言う記憶さえ消え去ってしまっていたのだ」

「そんな事って……」轆轤首さんが口を挟みました。「残留意識が無い地縛霊なんているのか?」

「わからない。だが現に、ツクモノちゃんと言う存在がいる時点でそれも確証へと変わる。ワタシは長い間生きてきたが、未だにわからない事も多い。世の中にはまだ我々妖怪からしても、解明出来ない点は多いのさ」

 残留意識の無い地縛霊。その言葉を何故か私は、スッと受け入れてしまうような気持ちになりました。それはおそらく、自分がものとして動き始めたその時から、既に曖昧な存在である事を理解していたからかも知れません。

 本来地縛霊とは、自身の死に気付いていない、もしくは受け入れられない死者の魂の事を言います。けれどぬらりひょんさんが言うに、私は成仏したいと言っているのにその地に留まっていた。だとすれば何かしらの理由があったから、私はその地に留まっていたのではないでしょうか。ーー例えば誰かに何かを伝えなければと言う、使命感に駆られていたとか。
 けれど彼の話では、当時の私の魂は磨耗していて記憶が無かった。故に地縛霊になったばかりの私の思想を、今更知る術なんてありませんでした。

「それでは話を戻そうか」コホンと少し咳き込みを入れたぬらりひょんさんは、嗄れた声で言います。

「ワタシは君に問い掛けた。このまま残り少ない記憶をも擦り減らし、ここに留まり続けるのかと。そして君はこう言った。出来る事なら成仏したい、だけどそれだと何か大切な事を失ってしまう、そんか気がするとね。そこでワタシは、君を浮遊霊にして、しばらくの間様子を見てみようと考えた。妖怪にしなかった理由は、君の願いがあくまでも成仏だったからだよ」

 浮遊霊であればその場から移動出来る、故に目的を目的を達成して成仏が出来る可能性がある。そう彼は踏んでいたのでしょう。しかしその予想は大きく外れてしまった。私がここにまだ留まっている時点で、その答えは明白でした。

「でも私はまだここにいると言う事は……成仏は果たせなかった」

 ですがぬらりひょんさんは私の問いに目を瞑りながら、ゆっくりと首を左右に動かします。「それは少し違う」

「ならどう言う事なんだ?」
「浮遊霊となった君は、どう言う訳かとある女性を見つけるや否や、彼女の後ろを追い始めたんだ。周囲に聞いてみてわかった事なんだが、彼女は君が亡くなった後も、定期的に事故現場へと訪れては、君の為にと花を置いていったらしい。おそらくは過去に、君と彼女で何かしらの繋がりがあったのかも知れないね。そしてその女性が自宅へと帰った時、君は彼女の物置の上に飾ってあった市松人形へと取り憑いた」

 まさかその女性ってーー。私は直接彼が名を言わずとも、自ずとそれが誰であるかを瞬時に理解しました。

「その女性と言うのは、日野ひの由美子ゆみこさんの事……ですか?」
「ああ」

 日野由美子ーー。それは私の大好きだった、お婆ちゃんの名前でした。まさかお婆ちゃんの名前をこうして口にする時が来る事になるとは、正直思ってもみませんでしたよ。
 でもいくら繋がりがあったとは言え、彼女の家の市松人形に取り憑く程の理由なんて、私にあったのでしょうか。事故現場に花を手向けてくれたから? いいえ、もっと大切な理由があったのだと思います。確証は無いけれど、今の私にはそんな気がしていました。

「君はそこで、成仏せずに留まる事を望んだ。何故かはわからない。残念ながら市松人形に取り憑く事で君は、私が与えた力を使い果たしてしまったみたいでね。憑く者として動き出す事が無いまま、君は轆轤首と出会うあの日に至ったと言うわけさ」

 大方の話を言い終えた様子のぬらりひょんさんは、最後にこんな発言を付け足して締めくくりました。「だがこれだけは言い切れる。あれは、君自身の意思だった」

 何度も言いますが私には、人間だった時の記憶は勿論の事、地縛霊だったり浮遊霊だった時の記憶もありません。でももし仮に過去に戻る事が出来て、当時の私に心境を聞けるものなら、是非とも聞いてみたい事がありました。
 それは何故、お婆ちゃんを選んだのかと言う事です。

「ツクモノ、お前……」

 多分今の私の顔は、言葉では言い表せない程に切ない顔をしているんだと思います。だからこうして轆轤首さんは、私に対して心配の声を掛けてくれているのでしょう。

「大丈夫です」何が大丈夫なのかはっきりと伝えないまま、私は彼女に軽く微笑み掛けました。

 市松人形に取り憑いた事、私は責めたりしません。寧ろその逆です。当時の私のおかげで、私はこうして轆轤首さん、加胡川さん、天狐さん、お初さん、エンコさん、野鎌さん、そしてぬらりひょんさんーー。妖怪である皆さんと出会う事が出来たのですからね。
 なので私は彼女にお礼を言いたいぐらいでした。あなたの選択は、決して間違っていなかったよってね。

「ワタシが知っている事はここまでだ」

 机の上に置いてあったビスケットを一枚手に取ると、ぬらりひょんさんは重そうな腰を上げて立ち上がりました。「それでは、おいとまさせてもらうよ」

「えっ、もう帰られるんですか?」
「ああ。ワタシもこう見えて結構多忙な者なんでね」

 そうですよね。ぬらりひょんさんは現代の妖怪の為、様々な事を為されているお方ですもの。ここでおいそれと時間を使い過ぎるわけにはいきませんか。
 でもまたこうして、ぬらりひょんさんとお話し出来る日は来るのかな。これから先、そんな日が来るのであれば、今度はもっと楽しい話をしてみたいものです。ーー例えばそうですね、ぬらりひょんさんの大好きなお茶の話とかどうでしょうか。

 ぬらりひょんさんが家を出た後、私と轆轤首さんはまた、白いテーブルのある部屋へと向かいました。一方の轆轤首さんは彼が使っていた湯呑みを片付けていましたが、私はこの部屋の風景の懐かしさに、何処か心を奪われていました。
 ここで轆轤首さんと私は、心を紡いだ糸で繋がったんだ。私は胸の奥で熱くなってくるもの感じます。

「轆轤首さん」不意に声が出てきました。

「私、妖怪になって良かったです」

 *

「起きろツクモノ!」

 瞼の上からでも十分に貫通するぐらいに、突如として灯った光は眠りを妨げました。更には体を左右に激しく揺さぶられ、私の神経にノックを打ちつけます。
 寝ぼけ眼の私は、ゆっくりと起き上がって言いました。「どうしたんですか、轆轤首さん……」

「説明は後! 早くこのリュックの中に入れ」

 轆轤首さんの慌てようは、これまでに無いってぐらいにあたふたとしています。こんな彼女の慌てっぷり、見た事ありません。
 本人の許可も仰がず、強引に私を例のリュックサックの中へと詰め込みました。そして彼女はいつものように前で背負って、玄関の方へと向かいました。

 何故かはわかりませんが彼女は外に出ようと、ドアノブに手を伸ばしました。しかしすぐにその手を離して、後ろに仰け反ります。

「あちっ! これじゃあドアの外もエライ事になってんだろうな」 

 今の状況今日が把握出来なくなり、だんだん不安になってきました。何でそんなに慌ててるんだろーー。いよいよ私は耐えきれなくなり、轆轤首さんに訊ねました。

「一体全体、何が起こってるんですか!?」

「そんなに見たけりゃ見せてやるよ」轆轤首さんはそう言って、白いテーブルの部屋へと足を運びました。

「こ、これは……!?」

 一瞬、何かの見間違いかとも思いました。しかし今、私達の目の前にゆらゆらと揺らめいているオレンジ色に近い何かは、日常的とは言い難い存在として部屋に居座っています。
 これは炎だーー。一気に眠気を覚まされた私は、すぐさま燃え盛っている物を見て確信しました。

「一階からの上の階、多分全部こんな感じだぜ。この建物がこんなにも炎上してるって事は、放火以外に考えらんねぇ」

 放火と言う言葉に、ふとおとといの記憶が蘇ってきます。過去に起こった火事で、私は一度死んだーー。そして今回も、見慣れた部屋を炎が焼いていました。
 よく見ると、裏ベランダへと出る為の窓が開いています。そう言えばいつも、轆轤首さんは寝る時に換気の為と言って窓を開けていましたっけ。こんな時にそれが裏目に出てしまうとはーー。一応網戸も閉めてはありましたが、そんなもの燃え盛る炎の前では無力に等しかったんでしょう。これはえらいこっちゃです。

 どう言った形で過去の私は最期を遂げたのかはわからないけど、きっとこんな感じで絶望的な状況へと追いやられてたんだなぁーー。私は人間だった時の自分を想像して、呑気に溜息を吐きました。

「……ったく、この建物には爺さん婆さんしか暮らしてねぇからな。こんな火災、アイツらじゃ投げようが無いだろ。いくらこの建物が丈夫に作られてるっつっても、殺意がある火災にはどうしようもねぇっての!」

 轆轤首さんは風呂場へと移動しました。そして洗濯用に溜めてあったお風呂の水を、桶いっぱいにして被ります。勿論それは私の入ったリュックサックごと被りましたので、私の頭上からは、ポタポタと、水滴が滴り落ちてきていました。
 そして察しました。彼女、家の重いドアですらも熱した鉄板に変えた、あの階段を無理矢理にでも下りる気みたいです。

「消防車が来たとしても、この燃え広がりようじゃあ全員が全員、助ける事は出来ねぇ。だからアタシらだけでもどうにかして逃げて、少しでも助かる命を増やすんだ」

 その意気込みに、私は捩伏ねじふせられるように同意しました。しかし同時に、彼女はここより上の階に住む人間が助からないであろうと言う事も、密かに仄めかしています。
 私達が暮らしているのは二階。確かお婆ちゃんがかつて暮らしている家にも、既に人が住んでおられると聞かされていました。なのでこの建物には、比較的逃げやすい一階の人以外はまだ取り残されているのでしょう。
 時計を見ると短い針がある範囲は二の場所。もしかすれば火事が起こっているとも知らず、まだ眠っている方もおられるやも知れません。

 ここで私はハッとしました。この建物にはお年寄りの方以外にも、小さな子供が住んでいたのを思い出したのです。
 彼女はお父さんと二人で暮らしており、尚且つお父さんの帰りが朝になる為に、基本的には一人で暮らしている。それは天狐さんと映画館へ行った日、帰宅した轆轤首さんから聞いた話でした。
 確か彼女が暮らしているのは四階。もしかすればまだあの子は逃げ切れてないかも知れないーー。私は叫びました。

「轆轤首さん! この階の上に住んでる女の子、助けられませんか!?」

「無理だな」冷たく轆轤首さんは言い放ちました。

「アタシらではどうにもならん」

 そんな事はーー。そう言いかけた時、私はそれを喉の奥へと引っ込めました。
 私達は妖怪です。妖怪には天狐さんや加胡川さん、ぬらりひょんさんみたいに人知を超えた力を持つ者も、決して少なくはありません。ですが今の私達は果たしてそう言った存在なのか。答えたくはないですけど、返答は否です。

 言っちゃあ悪いですが轆轤首さんの力なんて、せいぜい首を伸ばす事が関の山です。その華奢な肉体では、到底火事で逃げ遅れた人のロープ代わりにもなりはしません。ーーそれに私なんて、論外に等しいですし。
 アタシらではどうにもならんーー。轆轤首さんの言葉は、まるでそれを言い表しているかのように思えました。

 でも私は、どうしてもあの女の子の事が気が気でありませんでした。
 話した事もない、それどころか一度しか見た事も無い彼女を、どうしてここまで私が心配しているのか。それはおそらく、火事から逃げ遅れてしまった過去の自分と、無意識の内に重ねてしまっていたからだと思います。

『人助けはオラの趣味だからな』

 心紡ぎの宿で出会った彼の言葉が、今になって頭の中で再生されました。
 エンコさんは困っている方を助ける事が好きだと言っていました。彼なら多分、今の状況でも女の子を助けに行くだろうな。ーー例え彼自身に、火災をどうにか出来る力が無くとも。

 だとすれば今私が彼女に会いに行く事は、エンコさんにとっての恩返しになるのではないでしょうか。いいえ、それだけではありません。見ず知らずの私を拾ってくれた轆轤首さん、友達と言って私のそばに寄り添ってくれた天狐さん、無理を言っても色んな場所に連れて行ってくれた加胡川さん、地縛霊だった私を救ってくれたぬらりひょんさん、そして、私が死んだ後もお花を添えてくれたお婆ちゃんーー。私を支えて下さった皆さんへの、恩返しになるのではないでしょうか。
 大変勝手で、それでいて傲慢な意見である事は十分に承知しています。

『君がその人の為を思うように考え、それを実行する。それもある種の恩返しの形だと、僕は思うよ』

 それでも加胡川さんの言葉は、まるで勇気づけてくるが如く、何度も私の偽善心を突き動かしました。

 偽善でも構わない、何も出来なくて構わない、だけど訪れる可能性のある彼女の死を、こうして黙って見過ごすのは絶対に嫌だーー。ようやく私は決心しました。ーー私、あの子の所へ行きます。
 多分轆轤首さんの事でしょうから、私が上の階に行く事は反対するでしょう。ここでどう彼女を説得するか、それが今の私の課題とも言える局面でした。

 轆轤首さんは、再び燃える世界が待つ玄関の前へと立っていました。見た限りではドアを開ける為に、手には濡れた手袋が装着されています。
 言うのなら今しか無いーー。そう思った次の瞬間でした。

 私の視界は、瞬きと同時に知らない場所へと移り変わりました。真っ暗な空の下、目の前にはメラメラと燃える炎が、顔を見せたり引っ込めたりを繰り返してます。そして何処からか、それ程遠くはない距離でサイレンの音が聴こえてきました。地域の消防車が、火災の連絡を受けて駆けつけて来たのでしょうか。
 そして私が今いるこの場所が、さっきまで中に居た建物の屋上であった事だと気が付くのは、そう遅くはありませんでした。

「建物のあちこちで、ガソリンをばら撒いた後や束になった薪が置いてあった。何処までも用意周到な犯人さ。今日と言う日の為に、ヤツは何日も前からその準備をしていたようだ」

 聞き覚えのある声に振り返ると、加胡川さんは耳を隠さず、更には金色の七本の尻尾さえも丸出しで、星すら見えない空の闇を眺めていました。
 都会であれば曇りでなくても星は見えません。周りの灯りが強過ぎて星の光が掠れてしまうからです。しかし今日の日に限っては、それがこの炎のせいなのではないかと錯覚してしまいそうになりました。

「電気系統のブレーカーにも、既に炎は引火し始めている。おそらく消防士が来ても、その炎や爆発によって人々の救出は難航するだろうね。そして極め付けに、このままでは君が気に掛けている女の子は助けられない」

 何処であなたは、私があの女の子を心配しているって知ったんですか? 私にはそんな疑問が頭の中に浮かびました。ですがよく良く考えてみると、天狐さんにも心を読む力がありましたので不思議じゃないのかも知れません。
 と言うかさっきから天狐さんの姿、全く見当たりませんね。

 彼の話を聞いている限りでは、全く救いようが無い話です。しかしそれもまた事実である事は、私もさっきの炎の強さを見て実感していました。

「ツクモノ」加胡川さんは視線を私の方に向けて言いました。「君に一つ言っておかなきゃいけない事がある」

「何ですか?」
「僕達妖怪に、人間を助ける事は出来ない」

 まるで虚を衝かれたような感覚に襲われました。今と言う今まで、出会ったその時から、もしかすれば加胡川さんに助けてもらえるのではと期待をしていました。ですがそんなよこしまな考えも、彼の拒絶によってガラガラと崩れ落ちてしまったのです。
 私は淡い願望を抱いて、彼に問い掛けます。「どうしてですか?」

「現代、僕達妖怪は人間との接触を極力禁じられている。それは今の人間達に妖怪の存在が知れ渡ってしまえば、後々妖怪達が更に暮らし辛くなる可能性があったからなんだ」

「勿論山城町みたいな例外はあるけれどね」加胡川さんは薄ら笑いを浮かべました。

「あそこは妖怪と人間が密接に関わっている場所。だからある程度は許されるんだよ」

 山城町でとは言え、よくもまぁそんな事があなたの口から出てきたなぁ。私は不貞腐れた表情で、彼の顔を見ました。

「勿論轆轤首もそれは承知の上さ。そして君が考えていたエンコも、同じ事を言うだろう」

 私は彼の言葉によって、酷く落ち込みを見せました。あの人助けが好きだったエンコさんも同じ事を言うのーー。その言葉は女の子を助けようと燃え上がっていた私の心に、冷たい水を注ぎました。
 であれば私もその対象にーー。そう思いかけた次の瞬間、彼は同時に希望の光もチラつかせました。

「でも最近妖怪となった君は、そんな掟を知らない」
「え?」
「このルールを知らなかった君なら、あの女の子の元へ駆けつける事が出来るんだ」

 掟を知らなかった。だからこそ、今の私はあの子を救う事の出来る唯一の妖怪なんだーー。実際に救う程の力なんて、私にはこれっぽっちもありませんけどね。
 唯一。この言葉に少しだけ、これまでに感じた事の無い優越感に浸る事が出来ました。だって何の取り柄も無かった私に、初めて出来た取り柄みたいなものでしたから。

「行かせて下さい」

 答えは加胡川さんが問わずとも決まっていました。一瞬彼が私を手助けする事が出来ないのを知った時、若干戸惑いはしましたけど、改めて彼の言葉に助けられちゃいましたね。
 私の決心は完全に固まりました。もう私は迷いはしません。

「そうか」すると何か吹っ切れたような顔をして、加胡川さんは声を上げて笑い始めました。

「やっぱり師匠の言う通りだったね」

 私は首を傾げます。「どう言う事ですか?」

「師匠は、君はどんな事を言っても意思は曲げないと言っていた。そして今回も君の望みを叶える為に、彼女は敢えて危険な役を買って出たんだ。君がここに居るのは、彼女が位置を入れ替える力を使って、君が彼女と入れ替わったからなんだよ」

 と言う事は今、天狐さんが居るのは轆轤首さんのリュックサックの中って事ですか。私は声にこそ出しませんでしたが、彼女の今している事の重大さに愕然としちゃいました。だってあの人、下手すれば死んじゃうかも知れない事をしちゃってるんですよ。ビックリしない訳が無いじゃないですか。

 でもそれ程、彼女は私の事を信じてくれていたんだと思います。そうでもしなければ、私が轆轤首さんの目をくぐる事は出来ませんでしたからね。
 私はきびすを返しました。そして彼に願いを申し出ます。

「私をあの子の場所へ連れて行って下さい」

 今、私が居る場所は火事真っ只中の屋上です。こんな所から一階分下の四階にある、彼女の家へは到底私の力で行く事は不可能でした。これには流石の加胡川さんも、「仕方ないね」と苦笑いしました。
 待っててねーー。心の中で、更に決意が漲ったような気がしました。

 *

 大鳥に化けた加胡川さんのおかげで、何とか裏のベランダへと侵入出来た私は、過ぎ去る彼の後ろ姿を見送りながら現実を直視しました。

 白いテーブルの部屋以上に火が行き届いている部屋の中は、どう見ても人が滞在するには不可能な空間と化しています。
 でもこの家の何処かで、きっとあの子は怖がっている。だからこそ、私が怖がっていては元も子もないのです。

 加胡川さんが着地の際に火を消してくれたとは言え、ここも決して安全とは言えません。故に一刻も早く、私は少女を探しに行く必要がありました。

「ええい! 頑張れ私!」

 硬い頬っぺたをパシパシ叩いた私は、丁度良い炎の抜け道を見つけるとゆっくり進み始めました。ーーここはキチッと腹を括って、しっかり前に進むべきですからね。
 その時でした。頭の中に、聞き覚えの無い女性の声が響き渡ってきました。

「そのまま、真っ直ぐ進んで」
「はい?」

 突然の出来事につい困惑しちゃいました。ですが私の問い掛けには一切答えず、謎の声は怪しい道案内を落ち着いた声で復唱しました。ーーそれも言う事を聞かない運転手に、何度も同じ道順を示すカーナビみたいに。

「そのまま、真っ直ぐ進んで」

 その高音で囁いているような声質は、何処か聞き取り辛さを感じさせないものでした。
 自分の力でどうにかすると思っていたこの事態に、一体誰がこのような事をーー。そう思いながらも、ちゃっかり私はこの声を信用してみる事にしました。
 他人を信用していい思い出が無いのはあれですけど、正直ここで頼れるのは彼女の声だけです。ーーごめんなさい、私また他人に頼っちゃいます。

 彼女の声に導かれ、再び私は前へと歩き出しました。
 するとどうでしょう。確かに炎は私を襲おうと覆い被さり、私の茶色い髪の毛がだんだんと縮こまってきてはいます。しかし、そこで炎は満足したように引いていくではありませんか。
 どうして彼女は炎の勢いがわかるのだろう。そんな事を考えながらも、私は少女を救うべく前に進みます。右、右、声に任せて体を動かし、何度も間一髪のところで炎を避けていきました。

 女の子の家は私達の家の間取りの同じでしたから、迷う事は無かったです。そして声が止んだ途端、私は女の子が何処に居るかを理解しました。
 炎がある程度避けられる場所、風呂場です。しかし風呂場の扉はぴっちりと閉ざされており、ここから絶対に出ないぞと言う雰囲気が醸し出されていました。

「お姉ちゃん! ここに居るの!?」
「だ……誰?」

 言葉に詰まりました。何気に私って、人間の方とお話しするのは初めてなんですよ。妖怪ではない、普通の女の子との会話。私にとってそれは、ハイレベル過ぎる難題でした。
 取り敢えず、誰と言われてしまっては語らなければ、向こうも顔を出してはくれません。私は声を張り上げました。

「私、あなたを助けに来たの! ここ、開けてくれるかな!?」

 一応私としては精一杯の受け答えはしたつもりです。助けに来た、それも強ち間違いではないですし。ですが私の身長は四十センチ程ですので、当然ドアノブなんて手が届きません。なので彼女をとある場所まで誘導ようにも、扉を開けてもらう必要がありました。
 とは言え彼女も、そんな提案を無視して大声を上げます。「嫌だ!」

「ここを開けちゃうと……また火が入ってくるもん」

 女の子の声は、若干震えていました。それに緊張している事もあってか、涙声まで含ませています。
 なるほど、彼女もまだ幼い子供です。外がこんなに危険だと、その場に立ち尽くしていても意味が無い事に気が付かないのでしょう。しかし私達にも、あまり時間は残されていません。何故なら炎の勢いは、私達の事情なんて御構い無しに広がり続けているのですから。

「私を信用して! 私はあなたを助ける術を知っている。だから、ここまで来たの!」

 助ける術ーー。それは大鳥になった加胡川さんの上で聞いた話でした。

『君は彼女を見つけた後、急いで表のベランダへ向かってくれ。僕は地上で君を助ける準備をしておくから』

 おいおい、妖怪には人間は助けられないんじゃなかったのか、なんてその時は言っちゃいそうになりました。でも彼なりの考えもあったようで、それを言った後、すぐに彼はこう付け足しました。

『僕は何も妖怪としての力を使って、君達を助けるわけじゃない。だって人間には人間の、助ける力があるからね』

 人間には人間の助ける力ーー。私にはその言葉の意図は掴めませんでしたが、彼の言葉に偽りが無い事ぐらいは理解出来ました。何と言うか、初めて出会った時みたいな胡散臭さが、まるで無かったんです。
 あの時は人を騙すのが好きだったのに、人ってあんなにも成長するものなんですね。と言うか彼は妖怪、元から人じゃなかったです。

 すると、風呂場の扉がガチャリと開きました。そして中から出てきた女の子は、泣き過ぎからか真っ赤に腫らしたその目を、私に向けて口を開けました。

「に、日本人形……?」

 ですが彼女の目に映っていたのは、恐ろしいものを見たと言う恐怖心ではありませんでした。寧ろこんな些細な恐怖心なんて、極限状況である今では彼女も感じていなかったのかも知れません。おそらく彼女の私への第一印象は、「本当にお前で大丈夫なのか」でしょう。
 そんな目で見つめられては、正直自信無くしちゃいますよぉ……。

「任せて、あなたは私が必ず助けてあげるよ」せめて彼女を安心させる為、私は満面の笑みで答えました。
 不安そうに眉を困らせながらも、女の子がゆっくりと頷きます。一応信頼はしてくれたのかなーー。私は少し安堵しました。

 後はこの子を連れて、ベランダへと行くだけです。けれど「だけ」と言うと簡単そうには聞こえますが、さっきまでの道のりと今回とでは訳が違います。何せ、今回は私だけではなく、この子も一緒に行動します。細心の注意を払うのは当然と言える事ですから。

「左へ進んで」

 先進もうとした途端、例の声は再び道を示し始めました。
 このままこの声に従っていけば、きっと目的ポイントまで辿り着けるーー。そう思った次の瞬間でした。

 ドンーー。謎の爆発音と共に建物全体が大きく揺れました。おそらく加胡川さんの言っていたブレーカーと言う物に、火が引火して爆発を引き起こしたんたと思います。とは言え私はこの事態を予測は出来ていたので、ある程度冷静でいられました。
 でも何も知らないこの子は別でした。彼女の中で寝息を立てていた恐怖心は、雄叫びを上げて目を覚ましてしまったのです。

「嫌アァァァァッ!」

 発狂し、その場に蹲る女の子。このまま彼女が一歩も動かないとなれば、いくら謎の声が正しいルートを案内してくれても意味がありません。私は必死に宥めようとしました。けれど人間の女の子を宥めた事なんて、私には経験した事も無いものです。故に私は、あたふたとしてしまいました。
 そしてその心の迷いが、私の注意力を鈍らせてしまった。

「オニンギョォォサァァン!」

 泣き喚きながら、女の子は私を指差しました。
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