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閑話
第89話 閑話 『ヒルコの冒険・パック保護』
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僕はヒルコ。
この名前を僕はいたく気に入っている。
なぜって?
ジン様がね……。つけてくれた名前だからさ!
昔々、僕は単なる粘菌だったんだ。
ちなみに、粘菌とは、多細胞性の子実体を形成する能力をもつアメーバ様単細胞生物の総称のことで、この性質は多様な系統の真核生物が示すことが知られており、単一の分類群には対応しない。ま、僕も後から知ったことだけどね。
生活環の中でアメーバのように運動して微生物を捕食する時期がある植物とも動物ともつかない原始的な生物……それが僕だったのだ。
ジン様の部屋の水槽で、それは大事に飼われていたんだ。
ただの粘菌だった頃の記憶は、ほとんどない……。
だけど、ジン様の愛情だけは、この細胞のひとつひとつまでしっかりと覚えている。
それは、魂がリンクしていると言っても間違いじゃないと思う……。
たとえ、もの言わぬ存在だったとしても、僕にはジン様との日々が魂に刻み込まれているんだ。
そして、僕はアイ様の超進化の手術により進化した存在となったのだ。
今はいろんな形態に変化でき、獲物を捕食することができるライブメタルの超細胞の持ち主が僕ってわけさ。
アイ様には感謝しかない。
ジン様が蘇るまでの間は途方もなく長かった……。つらすぎたその期間はただただ希望のみを信じ、耐え抜いたのだ。
ジン様が蘇って、僕はその忠実なる下僕として新たな命を授かったようなものなのだ。
ああ! なんて素晴らしいことなんだ!
生きる目的があるって本当に素晴らしい!
もちろん、ジン様と暮らしたあの水槽での日々も幸せだったよ?
しかし、今はそれ以上に、ジン様のお役に立てることが嬉しいんだ。
ジン様の好みに合わせて、メイドという姿かたちになれたことでも僕は歓喜に満たされているのだ。
そして……。
今、僕はジン様の指示で、『ニネヴェ』という街に向かっている。
『霧越楼閣』からは2000km以上離れている。この世界の単位だと、1ドラゴンボイスよりも遠いということだ。
たとえ、『ニネヴェ』の都市でドラゴンが咆哮したとしても、『霧越楼閣』には聞こえない。
そんな長い距離、たどり着くのも時間がかかるって?
ちっちっ!
僕が本気出せば、身体に超磁気をまとい、真空チューブ超高速走行で750ラケシスマイル(約1200km)を半刻で走行することが可能なのだ。
指示を受けて、1刻足らず(2時間かからないくらい)で、僕は『ニネヴェ』の都市にたどり着いた。
僕の使命は、あの『赤の盗賊団』の時に一緒に戦った、パックとかいうエルフの保護だ。
彼と一緒にいる者も同時に保護することも言われている。
まあ、まずは見つけることが先決なんだけどね……。
だけど、見つけるのは簡単だ。
実はもうその位置は捕捉している。
なぜなら、この上空に……。
『霧越楼閣』の気象軍事衛星『ひまわり2世』が待機していて、ターゲットを見つけて監視していたからだ。
このサファラ砂漠一帯、『霧越楼閣』の周囲は、この『ひまわり2世』が常に監視・警戒体勢をとっているのだ。
さて、『ニネヴェ』の都市にどうやって侵入するか……だけど。
かなり軍事要素の多い都市だ。街は二重の城壁で囲まれ、丘の上には宮殿がたくさん見える。
だが、粘菌の身体を持つ僕にとっては、簡単なことだ。
行商人の竜馬車に、こっそり近づいた僕は、その荷台にサッと紛れ込み、中に積んであった樽に化けた。
簡単には見破られないはずだ。
そう思って忍んでいたところ、アイ様から思念通信が送られてきた。
(ヒルコ! おそらく魔法の『見破りの呪文』を門番が唱えてきます。また、城壁一帯に『結界呪文』を仕掛けていることでしょう。)
(ええ!? じゃあ、どうしたらいいのだ?)
(普通に冒険者として、ギルドの許可証を見せなさい。それで通行許可は下りるでしょう。街へ来た理由は、この街のほうが仕事がありそうだから……とでも言っておきなさい。)
(おお! ありがとー! アイ様。そうするよー。)
危なかった……。
そっか。たしか『円柱都市イラム』に入るときも、門番のテンさんに呪文で確認されていたっけ……。忘れてたぁーー!
さすがアイ様だね。超ナノテクマシンと、人工衛星がこの世界を網羅したら、もはやアイ様の眼から逃れるすべはない。
僕は、こっそり、荷台から降りて、行商人の後ろにこっそり並ぶ。
門番の兵士が、やはりアイ様が指摘した通り、『見破りの呪文』を唱えている。
僕の順番が来たので、さきほど教えられた通り、冒険者を名乗り、来た目的を述べる。
「通ってよし!」
あっさり検問を通過した僕は、大通りを歩いてパックの居場所へ急ぐ。
この街は奴隷が労働力になっているのが明確な雰囲気で、街の通りで働いているのは獣人、亜人種ばかりであった。
だから、メイド姿の僕に注目が集まってしまっていた。それに妙に武装した兵士や、きな臭い連中が多い。
目立つのは避けたい……。
通りを抜け、裏通りへ入った瞬間、僕は犬の獣人の姿に変化した。
これで目立つこともないだろう。
そして、その先に安宿ばかりがひしめく区画があった。
パックはどうやら奴隷の子を連れて、このあたりの安宿に泊まっているようだ。
「ここだな? さてパックと再会と行くか……。」
僕は安宿の入り口を、アメーバ状になってすり抜けていく。
別に恐れることはないけど、わざわざ目立つこともない。
「ジム……。ごめんね。この街でも奴隷は肩身が狭いみたいだ。」
「何言ってるんだ! パック。君がいなければ僕は奴隷商人に売り飛ばされてしまっていたんだから……。」
「『キトル』の『ザイゲリアル商会』か……。でも、おいらはただ……。ジム・スナイパーと同じ名前の君を放っておけなかっただけさ……。」
「それでも、あのまま『ザイゲリアル商会』のドレイクのヤツにどこに売り飛ばされていたかわからなかった……。御主人様は僕みたいな獣人の子よりも、人間族の子どもが好きな方だったから、僕よりも人間の奴隷が欲しかったんだと思う……。」
「そうか……。人間の奴隷なら……『帝国』か……。」
パックと奴隷の子ジム・キャノンが話しているところに、部屋の扉と床との隙間からナニモノカが部屋の中に侵入してきた。
その異様なモノに気がついたパックは身構えた!
「な……なんだ!?」
パックが見ていると、その液状のナニモノカがみるみるうちに人型になっていき、メイド姿の水色の髪をした少女の姿になった。
「やあ! パック! ひさしぶり!」
「お……! おまえは!? いや、君は! ヒルコさん?」
ヒルコとパックは対峙し、パックはジムをかばう体勢を崩していない。
「ヒルコさん……。ギルドの依頼でおいら達を捕まえに来たのですか?」
パックがそう切り出した。
僕は、一瞬、この子、何言ってるんだ? ……って思っちゃったけど、パックからしたら追っ手がかかったと思っても仕方ないよね……。
「いーや、違うよー。ベッキーさんからジン様にパックと同行者の保護をたのまれたのさー!」
僕は当たり前のように告げた。
「ベッキー様が……? まさか……!?」
「ウソついてどーすんのさー? ほら! とりあえず、ジン様の『霧越楼閣』に避難して保護するように言われてるから……。一緒に来てもらうよー!」
「わっ!!」
「えっ!!」
そう言うが早いか僕は、粘菌の身体の特性を活かし、彼ら二人を包み込むと、大きめの獣人になりすました。
これで、検問も無事通れると思うけど……。
この街はなんだか物騒だ。
早く離れてしまおう……。
「待て……。おまえ! なにか隠しているな?」
門番の衛兵に止められてしまった……。
僕は、さっさと街を出て、帰路につきたかっのに、なぜか帰りは門番が通さないと言うのだ。
行きはよいよい、帰りはこわい?
「喰らえ!! 睡眠粘液ーーーっ!!」
まあ、もう穏便に済ます必要もない僕は、思い切り暴れて『ニネヴェ』の街から脱出したのだったー。
~続く~
この名前を僕はいたく気に入っている。
なぜって?
ジン様がね……。つけてくれた名前だからさ!
昔々、僕は単なる粘菌だったんだ。
ちなみに、粘菌とは、多細胞性の子実体を形成する能力をもつアメーバ様単細胞生物の総称のことで、この性質は多様な系統の真核生物が示すことが知られており、単一の分類群には対応しない。ま、僕も後から知ったことだけどね。
生活環の中でアメーバのように運動して微生物を捕食する時期がある植物とも動物ともつかない原始的な生物……それが僕だったのだ。
ジン様の部屋の水槽で、それは大事に飼われていたんだ。
ただの粘菌だった頃の記憶は、ほとんどない……。
だけど、ジン様の愛情だけは、この細胞のひとつひとつまでしっかりと覚えている。
それは、魂がリンクしていると言っても間違いじゃないと思う……。
たとえ、もの言わぬ存在だったとしても、僕にはジン様との日々が魂に刻み込まれているんだ。
そして、僕はアイ様の超進化の手術により進化した存在となったのだ。
今はいろんな形態に変化でき、獲物を捕食することができるライブメタルの超細胞の持ち主が僕ってわけさ。
アイ様には感謝しかない。
ジン様が蘇るまでの間は途方もなく長かった……。つらすぎたその期間はただただ希望のみを信じ、耐え抜いたのだ。
ジン様が蘇って、僕はその忠実なる下僕として新たな命を授かったようなものなのだ。
ああ! なんて素晴らしいことなんだ!
生きる目的があるって本当に素晴らしい!
もちろん、ジン様と暮らしたあの水槽での日々も幸せだったよ?
しかし、今はそれ以上に、ジン様のお役に立てることが嬉しいんだ。
ジン様の好みに合わせて、メイドという姿かたちになれたことでも僕は歓喜に満たされているのだ。
そして……。
今、僕はジン様の指示で、『ニネヴェ』という街に向かっている。
『霧越楼閣』からは2000km以上離れている。この世界の単位だと、1ドラゴンボイスよりも遠いということだ。
たとえ、『ニネヴェ』の都市でドラゴンが咆哮したとしても、『霧越楼閣』には聞こえない。
そんな長い距離、たどり着くのも時間がかかるって?
ちっちっ!
僕が本気出せば、身体に超磁気をまとい、真空チューブ超高速走行で750ラケシスマイル(約1200km)を半刻で走行することが可能なのだ。
指示を受けて、1刻足らず(2時間かからないくらい)で、僕は『ニネヴェ』の都市にたどり着いた。
僕の使命は、あの『赤の盗賊団』の時に一緒に戦った、パックとかいうエルフの保護だ。
彼と一緒にいる者も同時に保護することも言われている。
まあ、まずは見つけることが先決なんだけどね……。
だけど、見つけるのは簡単だ。
実はもうその位置は捕捉している。
なぜなら、この上空に……。
『霧越楼閣』の気象軍事衛星『ひまわり2世』が待機していて、ターゲットを見つけて監視していたからだ。
このサファラ砂漠一帯、『霧越楼閣』の周囲は、この『ひまわり2世』が常に監視・警戒体勢をとっているのだ。
さて、『ニネヴェ』の都市にどうやって侵入するか……だけど。
かなり軍事要素の多い都市だ。街は二重の城壁で囲まれ、丘の上には宮殿がたくさん見える。
だが、粘菌の身体を持つ僕にとっては、簡単なことだ。
行商人の竜馬車に、こっそり近づいた僕は、その荷台にサッと紛れ込み、中に積んであった樽に化けた。
簡単には見破られないはずだ。
そう思って忍んでいたところ、アイ様から思念通信が送られてきた。
(ヒルコ! おそらく魔法の『見破りの呪文』を門番が唱えてきます。また、城壁一帯に『結界呪文』を仕掛けていることでしょう。)
(ええ!? じゃあ、どうしたらいいのだ?)
(普通に冒険者として、ギルドの許可証を見せなさい。それで通行許可は下りるでしょう。街へ来た理由は、この街のほうが仕事がありそうだから……とでも言っておきなさい。)
(おお! ありがとー! アイ様。そうするよー。)
危なかった……。
そっか。たしか『円柱都市イラム』に入るときも、門番のテンさんに呪文で確認されていたっけ……。忘れてたぁーー!
さすがアイ様だね。超ナノテクマシンと、人工衛星がこの世界を網羅したら、もはやアイ様の眼から逃れるすべはない。
僕は、こっそり、荷台から降りて、行商人の後ろにこっそり並ぶ。
門番の兵士が、やはりアイ様が指摘した通り、『見破りの呪文』を唱えている。
僕の順番が来たので、さきほど教えられた通り、冒険者を名乗り、来た目的を述べる。
「通ってよし!」
あっさり検問を通過した僕は、大通りを歩いてパックの居場所へ急ぐ。
この街は奴隷が労働力になっているのが明確な雰囲気で、街の通りで働いているのは獣人、亜人種ばかりであった。
だから、メイド姿の僕に注目が集まってしまっていた。それに妙に武装した兵士や、きな臭い連中が多い。
目立つのは避けたい……。
通りを抜け、裏通りへ入った瞬間、僕は犬の獣人の姿に変化した。
これで目立つこともないだろう。
そして、その先に安宿ばかりがひしめく区画があった。
パックはどうやら奴隷の子を連れて、このあたりの安宿に泊まっているようだ。
「ここだな? さてパックと再会と行くか……。」
僕は安宿の入り口を、アメーバ状になってすり抜けていく。
別に恐れることはないけど、わざわざ目立つこともない。
「ジム……。ごめんね。この街でも奴隷は肩身が狭いみたいだ。」
「何言ってるんだ! パック。君がいなければ僕は奴隷商人に売り飛ばされてしまっていたんだから……。」
「『キトル』の『ザイゲリアル商会』か……。でも、おいらはただ……。ジム・スナイパーと同じ名前の君を放っておけなかっただけさ……。」
「それでも、あのまま『ザイゲリアル商会』のドレイクのヤツにどこに売り飛ばされていたかわからなかった……。御主人様は僕みたいな獣人の子よりも、人間族の子どもが好きな方だったから、僕よりも人間の奴隷が欲しかったんだと思う……。」
「そうか……。人間の奴隷なら……『帝国』か……。」
パックと奴隷の子ジム・キャノンが話しているところに、部屋の扉と床との隙間からナニモノカが部屋の中に侵入してきた。
その異様なモノに気がついたパックは身構えた!
「な……なんだ!?」
パックが見ていると、その液状のナニモノカがみるみるうちに人型になっていき、メイド姿の水色の髪をした少女の姿になった。
「やあ! パック! ひさしぶり!」
「お……! おまえは!? いや、君は! ヒルコさん?」
ヒルコとパックは対峙し、パックはジムをかばう体勢を崩していない。
「ヒルコさん……。ギルドの依頼でおいら達を捕まえに来たのですか?」
パックがそう切り出した。
僕は、一瞬、この子、何言ってるんだ? ……って思っちゃったけど、パックからしたら追っ手がかかったと思っても仕方ないよね……。
「いーや、違うよー。ベッキーさんからジン様にパックと同行者の保護をたのまれたのさー!」
僕は当たり前のように告げた。
「ベッキー様が……? まさか……!?」
「ウソついてどーすんのさー? ほら! とりあえず、ジン様の『霧越楼閣』に避難して保護するように言われてるから……。一緒に来てもらうよー!」
「わっ!!」
「えっ!!」
そう言うが早いか僕は、粘菌の身体の特性を活かし、彼ら二人を包み込むと、大きめの獣人になりすました。
これで、検問も無事通れると思うけど……。
この街はなんだか物騒だ。
早く離れてしまおう……。
「待て……。おまえ! なにか隠しているな?」
門番の衛兵に止められてしまった……。
僕は、さっさと街を出て、帰路につきたかっのに、なぜか帰りは門番が通さないと言うのだ。
行きはよいよい、帰りはこわい?
「喰らえ!! 睡眠粘液ーーーっ!!」
まあ、もう穏便に済ます必要もない僕は、思い切り暴れて『ニネヴェ』の街から脱出したのだったー。
~続く~
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