僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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「初めまして、王太子殿下」


これで何人目だろうか。

今年デビューの令嬢達を連れて挨拶に来る父親は挙って目に権力欲を浮かべ、付き添う娘は期待と色欲を浮かべている。

最低限として隣にいるラシュエルにも挨拶はしているが、その際に剣呑な視線を向けていることを僕が気付かないと思っているのだろうか…思っているんだろうな。

相手をすることはないにしても、正妃に対してそんな態度を取る女を好むはずがないのに。

あぁ…曾祖父や祖父を思えばありなのか。

デビュタントには相応しくない、胸と背中を大胆に露出したドレス…そんなもの、ラシュエル以外に唆られることもない。

そんなラシュエルの今夜の装いは、首元まで赤いレースで覆われたドレス。

何故なら、今夜の夜会に不安を抱いていたラシュエルを安心させたい一心で、首にも無数の痕をつけてしまったから。


『ごめんね。でも、まるでラシュエルに僕が纏わりついているみたい…僕のラシュエル…』


そこから更に濃い痕を残してしまった。

もちろん、深い詰襟を着ている僕の首にも。


『…これでマリウスはわたくしのもの』


はぁ…もう部屋に戻りたい。


「あの…私とダンスを踊って頂けませんか?」

「申し訳ないが、僕が踊るのは婚約者のラシュエルと、事前に粒選りされたご令嬢だけだ」

「そんな……」

「さぁ、行こう」


勝手に期待して落ち込む娘を無視して、愛しいラシュエルをエスコートしてホールの中央へ。

その最中にも、娘は不躾な視線を向けている。


「……本当にいいの?」

「構わないよ、父上からも許可されている」


僕にしか分からないだろうがホッとしている様子に苦笑し、ホールの中央で音楽の演奏を待ちつつ…レースで覆われた首元に手を這わせる。


「っ……」

「僕は君のものだろう?」


いくらラシュエルを傷付けても、僕がすぐにその傷を癒す…そして、その度にラシュエルは僕の愛情を確認してくれている。


「…誰にも渡さない」

「渡さなくていい」


流れ始めるワルツは、ラシュエルが特に好きな曲目をリクエストしておいた。

少し過度なくらいに触れ合いつつ、僕たちの仲を見せつけるにはピッタリだ。


「愛してるよ」


大好きなワルツを踊る君にそう告げれば、花が綻ぶような笑顔を見せてくれる。

うん、可愛い。

でもね、僕以外には絶対に見せちゃいけない。

今も僕達を見ている人…特に男性陣が、君に興味を抱いて様々な視線を向けているから。


「このあとは、シュスリーナ様と踊るのよね」

「そうだね。それさえ終わればお役目御免だ」


王妃が懐妊中の為に国王夫妻は踊らず、今踊っているのは僕達と高位貴族の数組。

ラシュエルが言ったシュスリーナ嬢も、筆頭侯爵家令嬢として婚約者と踊っている。


「ラシュエルは父上達と一緒にいてね」


これも父上の許可のおかげ。

僕はひとりの令嬢とだけ躍り、ラシュエルは僕以外と踊らなくてもいい。

…その為に膨大な書類を回されたけれど。


「一曲挟むから少し喉を潤そう」


デビュタントのシュスリーナ嬢と踊るのは一曲あけてからと決まっている。

何故って?躍り終わってすぐにラシュエルを放っておくことなんて出来ないから。

踊ったせいで少し頬を染めているラシュエルに、窺う視線を向けている男共を牽制したいし。


「疲れた?」

「いいえ、大丈夫」


赤い花を隠されてしまっているのが僅かばかり心疚しくて、自然と首元に触れてしまう。

僕のものだ…そう声高に叫びたくなる。

本当なら、他の女性を相手に踊るなんて嫌だ。

それでも立場として遂行しなくてはならない。


「ごきげんよう」


鬱々とする元凶がやってきた。




******




「そんな目をしないでくださいな」

「別に…」


嘘だ。僕は今、非常に不機嫌となっている。

なぜならば


「私の婚約者は横恋慕するような人ではありませんわ。むしろ安全安心の保証付きです」


ラシュエルがホールで踊っている。

僕以外の男と。僕以外と手を取り合って。


「話がしてみたいって言うんですもの。普段は殿下がべったり傍についておりますでしょう?」

「だからって踊らなくてもいいじゃないか」


凄く不愉快。物凄く不愉快。

ラシュエルに相談したいことがあるとかなんとか言いくるめて、半ば無理やりに連れていかれた。

そりゃ最終的に許可したのは僕だけど…あそこで無理やり引き剥がすようなことも出来ないし…と、ここで背筋が凍った。

これが逆で、もしも僕が有無を言わせずに相手をしなくてはならない状況だったら…ラシュエルの心をどれだけ傷付けるのだろうかと。

…精進しなければ。



ーーーーーーーーーー


(その頃のラシュエル)



「方法……ですか?」

「はい…お恥ずかしながら、何か助言を頂けないかと思いまして。無理を言ってダンスまで…申し訳ありません」

「いえ…それは構いませんが……」


シュスリーナ様の婚約者であるブライアン様は、婿入り予定の伯爵家次男。

私達とクラスメイトでもある。


「嫉妬をさせない方法…」

「……はい」


このブライアン様、非常に見目麗しい美貌の男性で成績優秀。よって、女性からの人気が高い。

そんなブライアン様に恋い焦がれ、学生の内だけ…もしくは結婚後も愛人として所望してくる女性が多く、その事にシュスリーナ様がお怒りなのだとか。


「きちんと断っているし、シュスリーナ以外に関係を持つつもりもないのだけれど…」

「ご納得されていないんですね?」


分かる。物凄く分かる。

いくらと言われても、いつその事態に陥るのかなんて分からないから。

それにしてもブライアン様…どうしてシュスリーナ様がお怒りになるのか、本当に分からないのね。

あんな態度じゃ当たり前なのに。


「ブライアン様…お断りになっていても、それ以前に問題がある事にお気づきですか?」

「問題?」


ブライアン様がシュスリーナ様を愛していらっしゃるのは、傍から見ていても分かる。

分かるけれどもダメなのだ。


「好意を寄せる女性と向き合われる際、ブライアン様は過度な接触をお許しになりすぎてますわ」


手を握られる、腕を組まれる、あわよくば隙を突かれて抱きつかれる…しかも、それを優しく窘めるだけで引き剥がさない。

シュスリーナ様には言っていないけれど、キスをされてしまった所も目撃しました。

それらを伝えると、さすがに狼狽えるブライアン様…遅いですわ。遅すぎです!


「それはっ…」

「女性を無理やり引き剥がすようなこと、お相手が必死であれば力も込めているでしょうから難しいかもしれません」


それでも!!です。


「振り払われず、優しく微笑んで『ごめんね、婚約者がいるから』としか言われなければ、本気でブライアン様をお慕いしている方は諦めきれません」


まるで『いなければ』と言っているようなもの。


「腕に女性をぶら下げて歩いていれば、シュスリーナ様がお怒りになるのも当然です。これ以上、シュスリーナ様の心が傷付くようでは…ご婚約の話も難しくなりますよ?」


この婚約は、シュスリーナ様強く望んだからこそ成った婚約。

だからこそ、シュスリーナ様が身限れば婚約の話は取り消されるし、彼女のもとには新しい候補の釣書が山のように届けられるはず。


「そんな……」

「失いたくないなら精進なさいませ。他の女性を傷付けないために、シュスリーナ様がその数だけ傷付いてもいいんですの?」

「いやだっ…シュスリーナを失いたくない」

「それならやることは決まってますわね。遅ければ、シュスリーナ様は他の男性と再婚約となるでしょうから」


蒼白となったまま、ちらりとマリウスと踊るシュスリーナ様に視線を向けた。

我ながらキツいことを言ったと思うけれど、守るべき者を守れなくてどうする!!と苛立ってしまったから許してほしい。

そして、改めてマリウスの愛情を確認した。

何があろうと、誰であろうと毅然と…いえ、冷徹過ぎるほどの態度で牽制し、わたくし以外はあり得ないのだと身をもって証明してくれている。


『君は僕のもので、僕は君のもの』


稚拙な愛だと言いたい人には言わせておく。

譲れないし、渡さない。


わたくしだけの愛しいマリウス。





ーーーーーーーーーー


「何を話していたの?」


何やら怒っているような難しい顔をして踊っていたから、一体ブライアンは何をやらかしたんだ?と聞いてみれば、まさかの恋愛相談。

そして内容が…というかブライアンが碌でもないし、自覚が無さすぎる。


「シュスリーナ様は?何か仰ってた?」

「あ~…」


思わず疲労を顔に出してしまい、「大丈夫?」とラシュエルの柔らかい手が頬に触れた。

もっと触れていてほしいから、その手に自分のものを重ねてガッチリ固定。


「愚痴だよ…ずぅっっっっっと愚痴。ブライアンが女にだらしないとか、好意に鈍感過ぎるだとか。そろそろ堪忍袋の緒も切れるってさ」

「やっぱり…」


ブライアンにどんな助言をしたのかを聞いて、それなら僕の行動や態度はお眼鏡に叶ってる??と期待していたら……


「いつもありがとう…わたくしの心を守ってくれて。愛してるわ、マリウス」

「……僕こそだよ」


僕の為に頑張ってくれる君だからこそ、君の為にならいくらでも頑張れる。


「……ラシュエル、父上達のところに戻ろう」

「? えぇ」


こちらに…いや、ラシュエルに剣呑な視線を送っているラスウェル伯爵夫人。今夜は参加を許可されていなかったはず…また誰かにをして紛れ込んだのか。

それにしても、相変わらず下品な女だ。


デビュタントの為の夜会だと言うのに、過度な露出をしたドレス…近寄ろうとする男共の顔と家名を確認して、側近候補には決して入れないことを記憶する。


「マリウス…さっきの人……」


さすがラシュエル、どんな状況もきちんと把握してるし周りを確認できてる。

だけど、だからこそ余計な負担を与えてしまう。


「そう、あの女がマデリーン・ラスウェル伯爵夫人。どっかの誰だかに融通してもらったんだろう…厚かましいにも程がある」

「あの人が…」


傷付いてしまったかと思ったけれど、ラシュエルから伝わるのは怒りの感情。

母上にした所業も聞いたあとだし、まして僕にも粉をかけようとしていると知ったからなのか。


「…いらないわ、あんな人」


他の人からは気付かれぬように妃教育で得た仮面を被りながらも、ぷりぷりと怒っているラシュエルに頬が緩む。

僕が守ることに変わりはないけれど、ラシュエル自身が心の防御をしてくれるなら…それはそれで有難い。

僕に近付く女性がいることに、傷付くよりも怒ってくれるなら…疲れてしまうかもしれないけれど、その時は大好きなお菓子でも一緒に食べよう。


「必ず追い出すよ…必ず」


今日のデビュタントの中で、邪な視線を向けてきた家名も記憶に残してある。

邪魔にしかならない奴はひとりもいらない。






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