僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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剣士な令嬢

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「ふぅ……」

「母上…別に無理して来ていただなくても…」


少し大きくなったお腹を抱えて、時折苦しそうに息を吐きながら何も言わない母上。

僕の執務室には緊張感が漂っている。


「別に無理していないわ?」

「いや…はい」


にこりと微笑んでいるのに、凍えそうなほどの冷気が放たれた。

痛い…視線が痛い……


「マリウス」

「はい」

「理由を聞いてもいいかしら?」


いいかしら?とか言って、断ることなど許さないと目が物語っている。

理由…それはあの件のことだろう。


「…ミルフィーのことですか?」

「聞いているのは私よ」

「…はい」


事の発端はチェルシーの婚約者が亡くなったことに起因する。

闘病していた婚約者が亡くなったことでチェルシーは気落ちしてしまい、部屋に引き籠っている事を心配した叔母夫婦が『気晴らしになれば』と王宮での滞在療養を所望してきた。

そこまではいい。

チェルシーも少しずつ元気を取り戻し、今では気晴らしに薔薇園を散策するほど。

そこまでも…問題はない。


「ミルフィーの件は報告があがっています」

「分かっているならなんとかなさい」


チェルシーの妹ミルフィーが、何かと姉の元を訪ねてきては王宮内を彷徨いている。

ひとつ年下で15歳だが、年齢にそぐわない体をしているせいか男性使用人が悉く翻弄され篭絡されており…サミュエルが席を外した隙に、僕の私室にまで入り込んできた。


「まったく…デイジーの娘とは思えない奔放ぶりよ。正式に出入り禁止となる前に対処するよう伝えているはずなのに」


母上が憤る通り、目に余る行動を続けるミルフィーについて苦言を呈し、その上でしっかりと対処するように言付けた…はずなのだ。

それなのに、どうやって抜け出してくるのか頻繁に王宮に顔を出しては、あらぬ行動をし続けている。


「昨日は文官の若手を引っ張りこんだそうよ」


ため息が出る。

貞淑で完璧な淑女と謳われるデイジー叔母様の娘なのに、やっていることは場末の娼婦のようだ。

チェルシーも陽気な令嬢だけど、公の場では流石の淑女っぷりを披露しているし…何より、今なお亡くなった婚約者に思いを寄せている。

ミルフィーの狙いは僕らしいけど、あちらこちらに手を付けている時点で正妃などありえないから愛妾狙いだろう。

侯爵家でも散財が酷いと聞くし、愛でられて着飾るだけの愛妾は…愛人の最高位でもあるからな。


「ラシュエルは?大丈夫なの?」

「ラシュエルは……」


チェルシーの婚約者が亡くなったことで、以前抱えていた不安を呼び起こしてしまったけれど、憔悴しているチェルシーと面会を繰り返したことで『不安に思った自分が恥ずかしい』と落ち込んでいた。

チェルシーは『内緒の話よ』として、体調が戻り次第修道院に入ることを決めているそうだ。

婚約者を幼い頃から一途に想い、亡くなったからと言って忘れることなど出来ないから…と。

叔母夫婦も無理に新しい婚約を結ぶことは考えていないらしく、体調が戻ってから話し合うことにしていると聞いた。

まさか娘が修道院に行こうとしているとは微塵も思っていないだろう。

ラシュエルが抱いていた不安や嫉妬については苦笑して、『私がその立場なら同じことを思うわ』と言っていた。

僕もチェルシーも結婚することなど望んでいないし、無理強いされるならラシュエルを連れて国外逃亡してやる。

そんな感じだから、ラシュエルとチェルシーの仲は良好な雰囲気で穏やかに過ごしていた。


そこに現れたのが、妹ミルフィー。


普段から自由奔放な妹に手を焼いていたことは知っていたけれど、それにしても酷すぎる。

デビュタントの夜会でも、やたらと僕に近寄ろうとするし…それがダメならと、自分に視線を寄越す男性に寄り添っていたり。

チェルシーを訪ねるという名目で王宮に出入りしては、僕に繋がるであろう人物を篭絡させている。

僕とチェルシーからおおよその人物像を教えていたから、多少の免疫はついていたと思うけれど…薔薇園での対面は最悪の挨拶だったらしい。


『私、マリウスの愛妾になるわ。面倒な仕事はあなたに任せる、私には向いてないし』

『正妃って大変なんでしょう?マリウスを癒して満足させるのは私に任せてくれればいいわ』

『あなた…その胸でマリウスが満足すると思ってる?大きさも柔らかさも重要なのよ』

『男性はね、挿れるだけで満たされる訳じゃないわ。快楽の沼に沈めてあげてこそ、深い愛の営みと言えるの…あなたには無理ね』


好き放題言いやがって。

まず愛妾はあり得ないし、僕を癒すのも満足させるのもラシュエルだけだし、胸の大きさなんかラシュエルであるかどうかが問題だし、ラシュエルならむしろ挿れなくても構わない!!

……と、話を聞いた僕は憤慨したのだけれど、当のラシュエルはと言えば、


「ラシュエルは…激しく憤っています」

「あら…いい傾向ね」


そう、ラシュエルは怒っている。

そのせいで、僕は連日夜から朝にかけてラシュエルに翻弄されまくる事態となり…最高の日々だ。


「…なにニヤついてるのよ」

「いえ…すみません」

「大体想像できるわ…ねぇ、またラシュエルに指南してあげましょうか?」

「っ!!…それは…是非……」


親子でする話でもないだろうけど、実際に母直伝の技巧は…素晴らしい。


「いいわよ。その代わり、ミルフィーの件はなんとかなさい。今のところ考えた上での行動なのか婚約者のいない相手ばかりみたいだけれど、その内とんでもない爆弾持ってくるわよ」


そう…最近、ラスウェル伯爵夫人の元に通っているとも報告が入っている。

妾狙いの女がふたり…厄介な事この上ない。


「分かっています。先日私室に通す失態を犯した護衛も、サミュエルによって再教育を施された上で減給降格の処分にしました」

「……馬鹿ばっかりだわ」


あれ以来、サミュエルが部屋をあける事はなくなった。

休みなく働かせているから、せめてもの報酬として給料をあげたけれど…後進があとふたりは欲しい。


「側近選びもそろそろでしょう?」

「はい。生徒会役員の方も、それを前提とした人物の選出で検討中です」

「そう…それならいいわ」


父上の側近である宰相…ノビエラ公爵は、父上のふたつ上で生徒会長を務めていたらしい。

当時から、父上に何かと協力をしたり進言をしたりと関係性を築いてきたのだとか。

その息子であるラシュエルの兄エドワードは、僕達のふたつ上…ちなみに前生徒会長でもある。

今年卒業して、宰相補佐として王宮に勤めているが…これがまた怖い男なのだ。特にラシュエルが絡むと容赦がない。


「そういえば…ミルフィーはエドワードにも粉をかけようとしたそうですよ」

「それはまた…随分と怖いもの知らずね」


エドワードには、愛してやまない婚約者がいる。

6歳年下で現在14歳。

彼女が15歳になるのを待って結婚することになっているが、既に公爵家にて生活しているとラシュエルが言っていた。

学園には通わず、高度な教育が受けられると評判の家庭教師がついているらしい。

ちなみに、この家庭教師達は王家認定の者達であり、修了すれば学園卒業と同等の資格が与えられ…給料も超一流軍団である。


「キャステリアを押し退けようだなんて…無理に決まっているのに。本当に愚かな子」


14歳のキャステリア嬢は、勉学に於いてだけではなく剣術や体術にも長けたご令嬢。

華奢な見た目からは想像できないほどの武力を持ち、サミュエルに言わせれば『近衛にもなれるほどなのは間違いなく、戦地の最前線でも活躍できると断言できる』らしい。

エドワードの剣術も見事なもので、休日にはふたりで模擬戦をやっていると言うんだから…とんでもない夫婦が生まれてしまう。


「エドワードとキャステリアに関しては問題ないでしょうね。とにかく!ミルフィーとあの女よ!忌々しいっ」


あぁ…特注の扇が無惨な姿に……


「迅速に…努力します」

「頼んだわよ。さて、戻るわ」


言いたいことは言った!とばかりに、母上は優雅な足取りで去っていく。


「…サミュエル、何か聞いているか?」

「先ほど届いた報告書です」


渡された書類には、ラスウェル伯爵夫人とミルフィーが企んでいると言う内容。


「……随分と侮慢だな」


ラシュエルをこれでもかと卑しめ、あまつさえ穢す為に高額な媚薬まで購入か。

厄介なのは、会話中にラシュエルの名前を一切出していないこと。

明らかにラシュエルを指しているであろう内容なのに、うまくすり替えて話している…ラスウェル伯爵夫人の画策なのだろう、ミルフィーは所々でボロを出しそうになっているな。


「例の用意は?」

「滞りなく。いつでも始動できます」

「それなら明日から始めてくれ。チェルシー宛に来訪の知らせが届いている」


叔母夫婦には何度も伝えてきた。

取り返しのつかない事をではなく、でも証拠が取れ次第で処罰対象となることを。

狡猾な伯爵夫人は蜥蜴の尻尾切りで逃げおおせるかもしれないが、少しずつでも必ず追い詰めてやる。






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