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赤目の侍女 ※サラ視点
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私の名前はサラ。シャパネ王国の平民であり、どこで生まれ誰が親なのかも知らない立派な孤児でもある。
臍の緒も処理されていない赤子だった私は、素っ裸で山林の入り口に捨てられていたらしい。きのこ狩りに来ていた平民に発見され命を救われた。
あとで聞いた話だが、私が拾われてから数日後、山林で若い女性が見つかったが既に死亡しており、出産した名残があることからその人が産みの親ではないかとされたらしい。
身元を証明するものは何もなく、名前も年も分からない女性。そもそもシャパネの人間なのかも不明だった。
発見された山林は国境沿いにある。もしかしたら他国から逃げてきた貴族令嬢ではないかとも言われたが、その理由は女性が身に着けていた下着。とても上質な物で作られており、汚れていたとは言え肌や髪は手入れされていた形跡もあった。
そして何より、私の髪と瞳の色。
シャパネでは平民であればどちらも茶系が多く、貴族はその血筋によって様々な色を持つ。けれど私の髪色は濡れ羽色で、瞳は赤い。そのような色合いをした人物はシャパネにはいなかった。
とは言え立派な孤児なので、辺境の地にある孤児院ですくすくと逞しく育ち、10歳を迎える頃に運命的な出会いを果たしたのだ。
********
「今日は領主様の親戚が来るんだって」
孤児院がある北の辺境地を治める領主様の弟が結婚することになり、その挨拶に婚約者を連れてやって来ることになった。
「その人は王都に住んでいる公爵様でね、うちの領主様の義弟なのよ」
「へぇ」
領主様は女辺境伯で、一歳になる女の子と生まれたばかりの男の子がいる。確かお婿さんは王都にある学園の同級生だった人。
「本当は旦那様が跡を継ぐはずだったのに、領主様に一目惚れして追いかけてきたんだって」
ファニアは二つ上で噂好き。領地内のことならなんでも知ってそうな女の子だ。でも決して嘘は言わないし、確実な話以外を口にすることはないから信用してる。
「旦那様も素敵な人だから、きっと公爵様も素敵な人なんだろうなぁ。やっぱり金髪?目も同じピンクなのかしら??」
楽しそうに話すファニアは髪も瞳も茶系で、この国の平民である証を持っている…それがちょっとだけ羨ましい。
「サラの髪も綺麗よね。この国で濡れ羽色なんて見かけないし…凄く艶々してて綺麗」
「…ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
人によっては『悪魔の色だ』と煙たがるのに、ファニアはいつも綺麗だと誉めてくれる。だけど私はファニアとお揃いがよかった。お姉ちゃんみたいで大好きだし、平民孤児の茶系の子達と並ぶと本当の家族みたいで羨ましいから。
「公爵様と婚約者様が来たら、うちの孤児院にも慰問に来ると思う。どのくらいいるんだろう。刺繍とか教えてくれないかしら」
この孤児院は他の地よりも教養が高いらしく、勉学の他に礼儀作法やダンスレッスン、男の子は剣術で女の子は刺繍を習う。一定の年齢で孤児院を出る私達の為に領主様夫妻が私財を投資してくれていて、高い教養があるからと貴族の使用人として人気も高いらしい。
「ファニアはここを出たらどうするの?」
12歳のファニアは、遅くともあと三年でここを出ていくことになる。
「私はいつか王宮で働きたい」
「王宮で?」
「そう。新しく即位された陛下は平民のことも良く考えてくれているし、王妃様は造詣が深くて孤児達の教養について熱心だと聞いたの。ちなみに領主様とは幼い頃からお付き合いがあるそうよ」
「ふぅん」
「貴賤の差なく、国民として私達のことも愛してくれる…そんなおふたりがいる王宮で生涯お仕え出来たら、最高の恩返しになると思わない?」
誰よりも勉強して、誰よりも上手にダンスを踊るファニアなら、きっと叶えられる気がする。
「でも…お城で働いたらもう会えなくなる。お休みだって貴族の家より少ないんでしょう?」
「サラ…たとえそうだとしても、サラが私の可愛い妹であることに変わりないわ」
「…ファニア」
親を知らず、その人だってどこから来たのかも分からず、見た目で苛められる事もあったのに負けじと頑張れたのはファニアがいたから。
泣けば泣き止むまで待ってくれて、愚痴があれば気が済むまで聞いてくれた。勉強で分からない事はファニアに教われば理解できたし、ファニアの刺す刺繍はとても綺麗で大好き。
だから離れたくない。
「幸せになろう」
「…私はファニアといれば幸せだわ」
「ありがとう」
大好きなファニア。大好きなお姉ちゃん。いつか離れることがあっても、ずっと大好き。
********
「こんにちは」
なんて綺麗な人なんだろう…それが第一印象。薄いラベンダー色の髪はふわふわしていて、瞳は新緑のように綺麗な緑。お人形さんみたい。
「わたくしはマナベル。あなたは?」
「…サラ」
一目でこの人が公爵様の婚約者なのだと分かった。少し離れたところからこちらを見ているのが公爵様なんだろう…淡い金髪が日に照らされてキラキラして綺麗。ファニアが予想した通り、領主様の旦那様によく似てる。
「あなたの髪…とても綺麗だわ」
マナベル様はそう言って私の頭を優しく撫でてくれて、なんだかとても嬉しいと感じた。思えばファニア以外に撫でられたことはない。
「それに、まるでルビーのような瞳…」
そう言って、何故かマナベル様は涙を溢した。
「ごめんなさい…少し前まで一緒にいた猫と同じで…気を悪くしたかしら…ごめんなさい」
「いえ…あの…その猫のこと大好きでしたか?」
動物に似てると言ってしまって私に嫌な思いをさせたんじゃないかと謝るマナベル様。とても優しい人なんだろうなと思った。
「えぇ…今も大好きよ。子供の頃からずっと一緒に暮らして、寝るときも一緒だったの」
赤目の黒猫ミーナを思い出しているのか、マナベル様は私の頭を優しく撫でて微笑んだ。なんだか励ましたくなって…元気を出してほしくて…
「…ミーナもマナベル様のこと大好きですよ」
思わずぎゅっと抱き着いてそう言ったら、ふわりと抱き締め返してくれてとてもいい香りがした。
「ありがとう…サラ」
「おやおや、僕以外の人と抱擁なんて妬けちゃうな。こんにちは、サイモンだ」
「サラです」
さりげなく私からマナベル様を取り返したサイモン様はやっぱり公爵様で、旦那様と同じ髪色と瞳をしている。
腰に手を回して大切そうにマナベル様を抱き寄せ、泣いている原因が私の容姿と知れば「確かに似てる」と苦笑した。
「また明日も来るわね、サラ」
「はい、お待ちしてます」
マナベル様の刺繍教室は大好評で二日連続開催されることになり、それを一番喜んでいたのは勿論ファニア。
「サラ!」
マナベル様達を見送り部屋に戻ると、嬉しそうにはしゃぐファニアがやって来た。その手にはマナベル様に褒められていたハンカチが握られていて、それをぐいっと私に差し出す。
「サラにあげる」
「え?」
「誕生日プレゼント」
「あ…」
そう言えば誕生日だったと気付き、どうりで皆がそわそわと私に視線を送っていたと思い返す。誕生日の人がいる時、その日の夕食には小さなケーキが全員分用意されているのでそれを楽しみにしているのだ。
みんなでお祝いできるようにと、これも領主様が提案して用意してくれている。
「ありがとう…とても素敵」
「ハンカチはブラウンで私の色。糸はサラの髪と瞳の色よ。貴族の人は、大切な人への贈り物は自分の色を持つものを選ぶんですって。素敵な習慣よね」
ブラウンのハンカチには黒で名前が、赤で薔薇が刺繍されていた。
「赤と言ったらやっぱり薔薇でしょ?」
まるでお店で売っているものみたいで、とてもじゃないけど使えない。これは大切に保管しておこうと心に決めた。
「もっと上手くなったら、今度は大作を作ってサラにプレゼントするわね」
施設の手伝いをすることで貰える僅かな給金を使ったと思われるハンカチと糸。本当ならお菓子を買ったりアクセサリーを買いたいはずなのに…どこまでも妹思いのファニアに心が熱くなる。
「…ありがとう、楽しみにしてる」
「じゃぁ、また夕食でね」
ファニアの優しさに泣きそうになったけど、絶対に汚しちゃいけないと急いで宝箱にハンカチをしまった。
**********
「サラ、あなた誕生日だったの?」
「はい」
領主様から孤児達の誕生日にはケーキを贈っていると聞いて、その流れで私が誕生日だということも聞いたらしい。
「そう…サラは何歳になったのかしら」
「10歳です」
自分の誕生日など知らない子が多いなか、私は生まれてすぐに捨てられ拾われたので確実なのだと教えてもらった。
「サラは…ここを出たら何をしたいとか決まっているの?」
「特には…でも、大切な人に仕えたいです」
「大切な人?」
「私の大好きなお姉ちゃん…みたいな人が、尊敬する大切な人達に仕えたいって言ってて…私もいつかそういう人に仕えられたらいいなって…」
まさかファニアを追いかけて王宮に仕えたいとは言えず、当たり障りない内容で答えた。
「そうなの…あのね、サラ───」
********
平民孤児サラ。本日をもって貴族のお屋敷で働くためにここを去ることになりました。
「まさかサラが公爵様のお屋敷で働くことになるなんて…頑張るのよ」
「公爵様のお屋敷なら、いつかファニアが王宮で働くようになっても会えるかもしれないよね?」
「それが理由なの?ふふっ…そうね、会えるわ」
「よかった!」
三ヶ月前の公爵様訪問でマナベル様に目をかけていただき、これからは侍女見習いとして働く。お給金も貰えるし、勉強や礼儀作法は継続してくれるらしいのでなかなかの厚待遇だ。
ここだけの話、マナベル様が私を拾うのは黒猫ミーナに似ているからだと思っている。
だけどそれでもいい。
初めて会った時からなんだかとても好きで、マナベル様は優しくていい香りがする。大変なことも多いと思うけど、やってみなくちゃ分からない。
「必ず再会しようね」
「もちろんよ、サラ」
いつか私もサラに刺繍したハンカチをプレゼントするから、楽しみにしててね。
********
「サラの刺繍は本当に素敵」
「ありがとうございます」
平民孤児サラ、30歳になりました。公爵家に仕えるようになって早20年…この度ラシュエル様が王太子殿下とご結婚されたので、私も一緒に王宮で暮らしています。
私自身の結婚や出産などを心配された時期もありましたが、生涯ラシュエル様にお仕えしたいという思いを汲んでくださり、今は王太子妃専属侍女という肩書きも頂きました。
「いつもこの時期に栗と蔦を刺繍しているけど…何か意味があるの?」
さすがラシュエル様…と思った。
普段は花や動物を刺繍しているのに、この時期だけは必ずこのデザインを刺繍していることに気付かれていらっしゃった。
「これは、大切な友人への誕生日プレゼントなんです。同じ孤児院で育った人なんですが…茶色の髪と瞳をしているので、栗を刺繍したら可愛いかな…と思いまして」
「可愛いわ、それにとても上手。でも蔦は?どうして栗の周りに蔦があるの?」
「これは…薔薇の蔦です」
「薔薇の?」
「えぇ…初めて彼女がハンカチをプレゼントしてくれた時、私の瞳が赤だから、赤と言えば薔薇でしょ?と真っ赤な薔薇が刺繍されていたんです」
「素敵な人ね」
そう…ファニアは素敵な人だった。優しくて明るくて…あぁ、そうか。
「彼女はマナベル様によく似た女性でした」
「お母様に?」
そうだ…マナベル様に対して感じた温かさは、ファニアが持っていたものと似ていたから…だから私は安心してマナベル様の元で仕えようと思えたんだ。そうか…
「優しくて明るくて…みんなの人気者だったんです。私は彼女を姉のように慕っていました」
「サラ…その人は今どうしてるの?あなたの話は…全部過去形だわ」
「…15年前に亡くなりました。彼女は陛下と王妃様の政策に感謝し、お人柄を慕っていたんです。いつか王宮で働いて恩返しがしたい…よくそう言っていました」
今でも鮮明に思い出す。キラキラとした笑顔で、必ず王宮勤めになるのだと語っていた彼女を。
「…亡くなられたのは何故?」
刺繍を刺す手を止め、ラシュエル様と向き合う。髪と瞳の色は公爵様と同じだけれど、緩いウェーブと顔立ちはマナベル様によく似ている。
「火災です。念願叶い、王宮メイドの試験に受かって王都へ向かう途中…小さな農村で火災が起きていて、怪我をして倒れていた女性が『子供が家の中に取り残されている』と言ったそうなんです…彼女はその言葉を受けて家の中に飛び込みました」
誰のせいでもない。怪我をしていた女性は近隣に住む人で、中から子供の泣き声がするのに動けず助けられなくて困っていた。中にいた子供は三歳の男の子。両親はその火災で亡くなっている。
「小さな男の子を助け出したんですが…その際に負った火傷と大量に煙を吸ったせいで内臓もやられ、二日後に息を引き取ったそうです」
「…そう……」
「私がその事を知ったのは、彼女が亡くなってから二年の月日が流れていました」
「…お母様が亡くなった年ね…」
「マナベル様がお亡くなりになって、ラシュエル様と辺境伯様のお屋敷に滞在していた時…久し振りに訪れた孤児院で教えてもらいました」
マナベル様が亡くなり元気をなくしていたラシュエル様の息抜きになれば…と提案がなされて訪れた地は、私にとって故郷でもある辺境伯領。
「その年から、栗の周りに蔦の刺繍も施すようになりました…蔦の緑色は……マナベル様の瞳の色です。私にとって、ふたりはとても大切で…」
ふわっ…と優しい香りに包まれて、ラシュエル様に抱き締められたのだと分かった。そして自分が泣いていることも。
「ふたりもサラのことが大好きよ」
途端に過去の映像が甦る。
『…ミーナもマナベル様のこと大好きですよ』
あの時は、大切な黒猫が亡くなったのだと泣くマナベル様を慰めたくて私が抱き締めた。
そして今、泣く私をラシュエル様が抱き締めてくれている…なんという幸せだろう。
心底この方に仕えてよかったと思える。何があろうと守りたいし、幸せでいてほしい。
「あれ?僕じゃない人と抱き合ってる?妬けちゃうなぁ…僕も抱き締めて、ラシュエル」
『おやおや、僕以外の人と抱擁なんて妬けちゃうな。こんにちは、サイモンだ』
あぁ…なんて素敵なふたりだろうか。
マリウス殿下はファニアが尊敬していたおふたりの息子であり、私の主人ラシュエル様の旦那様で…運命の悪戯に笑みが溢れてしまう。
ファニアが働くことを夢見ていた王宮。
そこで王太子妃殿下専属として働く私。
「ねぇ、マリウス。お願いがあるの」
「お願い?いいよ、ラシュエルの願いならなんでも叶えてあげる」
ラシュエル様の願いを叶える為にマリウス殿下は尽力し、この数ヵ月後ラシュエル様とマリウス殿下と共に北の辺境伯領へと赴くこととなった。
陛下と王妃様から預かった青薔薇を、ファニアのお墓に備えるために。
臍の緒も処理されていない赤子だった私は、素っ裸で山林の入り口に捨てられていたらしい。きのこ狩りに来ていた平民に発見され命を救われた。
あとで聞いた話だが、私が拾われてから数日後、山林で若い女性が見つかったが既に死亡しており、出産した名残があることからその人が産みの親ではないかとされたらしい。
身元を証明するものは何もなく、名前も年も分からない女性。そもそもシャパネの人間なのかも不明だった。
発見された山林は国境沿いにある。もしかしたら他国から逃げてきた貴族令嬢ではないかとも言われたが、その理由は女性が身に着けていた下着。とても上質な物で作られており、汚れていたとは言え肌や髪は手入れされていた形跡もあった。
そして何より、私の髪と瞳の色。
シャパネでは平民であればどちらも茶系が多く、貴族はその血筋によって様々な色を持つ。けれど私の髪色は濡れ羽色で、瞳は赤い。そのような色合いをした人物はシャパネにはいなかった。
とは言え立派な孤児なので、辺境の地にある孤児院ですくすくと逞しく育ち、10歳を迎える頃に運命的な出会いを果たしたのだ。
********
「今日は領主様の親戚が来るんだって」
孤児院がある北の辺境地を治める領主様の弟が結婚することになり、その挨拶に婚約者を連れてやって来ることになった。
「その人は王都に住んでいる公爵様でね、うちの領主様の義弟なのよ」
「へぇ」
領主様は女辺境伯で、一歳になる女の子と生まれたばかりの男の子がいる。確かお婿さんは王都にある学園の同級生だった人。
「本当は旦那様が跡を継ぐはずだったのに、領主様に一目惚れして追いかけてきたんだって」
ファニアは二つ上で噂好き。領地内のことならなんでも知ってそうな女の子だ。でも決して嘘は言わないし、確実な話以外を口にすることはないから信用してる。
「旦那様も素敵な人だから、きっと公爵様も素敵な人なんだろうなぁ。やっぱり金髪?目も同じピンクなのかしら??」
楽しそうに話すファニアは髪も瞳も茶系で、この国の平民である証を持っている…それがちょっとだけ羨ましい。
「サラの髪も綺麗よね。この国で濡れ羽色なんて見かけないし…凄く艶々してて綺麗」
「…ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
人によっては『悪魔の色だ』と煙たがるのに、ファニアはいつも綺麗だと誉めてくれる。だけど私はファニアとお揃いがよかった。お姉ちゃんみたいで大好きだし、平民孤児の茶系の子達と並ぶと本当の家族みたいで羨ましいから。
「公爵様と婚約者様が来たら、うちの孤児院にも慰問に来ると思う。どのくらいいるんだろう。刺繍とか教えてくれないかしら」
この孤児院は他の地よりも教養が高いらしく、勉学の他に礼儀作法やダンスレッスン、男の子は剣術で女の子は刺繍を習う。一定の年齢で孤児院を出る私達の為に領主様夫妻が私財を投資してくれていて、高い教養があるからと貴族の使用人として人気も高いらしい。
「ファニアはここを出たらどうするの?」
12歳のファニアは、遅くともあと三年でここを出ていくことになる。
「私はいつか王宮で働きたい」
「王宮で?」
「そう。新しく即位された陛下は平民のことも良く考えてくれているし、王妃様は造詣が深くて孤児達の教養について熱心だと聞いたの。ちなみに領主様とは幼い頃からお付き合いがあるそうよ」
「ふぅん」
「貴賤の差なく、国民として私達のことも愛してくれる…そんなおふたりがいる王宮で生涯お仕え出来たら、最高の恩返しになると思わない?」
誰よりも勉強して、誰よりも上手にダンスを踊るファニアなら、きっと叶えられる気がする。
「でも…お城で働いたらもう会えなくなる。お休みだって貴族の家より少ないんでしょう?」
「サラ…たとえそうだとしても、サラが私の可愛い妹であることに変わりないわ」
「…ファニア」
親を知らず、その人だってどこから来たのかも分からず、見た目で苛められる事もあったのに負けじと頑張れたのはファニアがいたから。
泣けば泣き止むまで待ってくれて、愚痴があれば気が済むまで聞いてくれた。勉強で分からない事はファニアに教われば理解できたし、ファニアの刺す刺繍はとても綺麗で大好き。
だから離れたくない。
「幸せになろう」
「…私はファニアといれば幸せだわ」
「ありがとう」
大好きなファニア。大好きなお姉ちゃん。いつか離れることがあっても、ずっと大好き。
********
「こんにちは」
なんて綺麗な人なんだろう…それが第一印象。薄いラベンダー色の髪はふわふわしていて、瞳は新緑のように綺麗な緑。お人形さんみたい。
「わたくしはマナベル。あなたは?」
「…サラ」
一目でこの人が公爵様の婚約者なのだと分かった。少し離れたところからこちらを見ているのが公爵様なんだろう…淡い金髪が日に照らされてキラキラして綺麗。ファニアが予想した通り、領主様の旦那様によく似てる。
「あなたの髪…とても綺麗だわ」
マナベル様はそう言って私の頭を優しく撫でてくれて、なんだかとても嬉しいと感じた。思えばファニア以外に撫でられたことはない。
「それに、まるでルビーのような瞳…」
そう言って、何故かマナベル様は涙を溢した。
「ごめんなさい…少し前まで一緒にいた猫と同じで…気を悪くしたかしら…ごめんなさい」
「いえ…あの…その猫のこと大好きでしたか?」
動物に似てると言ってしまって私に嫌な思いをさせたんじゃないかと謝るマナベル様。とても優しい人なんだろうなと思った。
「えぇ…今も大好きよ。子供の頃からずっと一緒に暮らして、寝るときも一緒だったの」
赤目の黒猫ミーナを思い出しているのか、マナベル様は私の頭を優しく撫でて微笑んだ。なんだか励ましたくなって…元気を出してほしくて…
「…ミーナもマナベル様のこと大好きですよ」
思わずぎゅっと抱き着いてそう言ったら、ふわりと抱き締め返してくれてとてもいい香りがした。
「ありがとう…サラ」
「おやおや、僕以外の人と抱擁なんて妬けちゃうな。こんにちは、サイモンだ」
「サラです」
さりげなく私からマナベル様を取り返したサイモン様はやっぱり公爵様で、旦那様と同じ髪色と瞳をしている。
腰に手を回して大切そうにマナベル様を抱き寄せ、泣いている原因が私の容姿と知れば「確かに似てる」と苦笑した。
「また明日も来るわね、サラ」
「はい、お待ちしてます」
マナベル様の刺繍教室は大好評で二日連続開催されることになり、それを一番喜んでいたのは勿論ファニア。
「サラ!」
マナベル様達を見送り部屋に戻ると、嬉しそうにはしゃぐファニアがやって来た。その手にはマナベル様に褒められていたハンカチが握られていて、それをぐいっと私に差し出す。
「サラにあげる」
「え?」
「誕生日プレゼント」
「あ…」
そう言えば誕生日だったと気付き、どうりで皆がそわそわと私に視線を送っていたと思い返す。誕生日の人がいる時、その日の夕食には小さなケーキが全員分用意されているのでそれを楽しみにしているのだ。
みんなでお祝いできるようにと、これも領主様が提案して用意してくれている。
「ありがとう…とても素敵」
「ハンカチはブラウンで私の色。糸はサラの髪と瞳の色よ。貴族の人は、大切な人への贈り物は自分の色を持つものを選ぶんですって。素敵な習慣よね」
ブラウンのハンカチには黒で名前が、赤で薔薇が刺繍されていた。
「赤と言ったらやっぱり薔薇でしょ?」
まるでお店で売っているものみたいで、とてもじゃないけど使えない。これは大切に保管しておこうと心に決めた。
「もっと上手くなったら、今度は大作を作ってサラにプレゼントするわね」
施設の手伝いをすることで貰える僅かな給金を使ったと思われるハンカチと糸。本当ならお菓子を買ったりアクセサリーを買いたいはずなのに…どこまでも妹思いのファニアに心が熱くなる。
「…ありがとう、楽しみにしてる」
「じゃぁ、また夕食でね」
ファニアの優しさに泣きそうになったけど、絶対に汚しちゃいけないと急いで宝箱にハンカチをしまった。
**********
「サラ、あなた誕生日だったの?」
「はい」
領主様から孤児達の誕生日にはケーキを贈っていると聞いて、その流れで私が誕生日だということも聞いたらしい。
「そう…サラは何歳になったのかしら」
「10歳です」
自分の誕生日など知らない子が多いなか、私は生まれてすぐに捨てられ拾われたので確実なのだと教えてもらった。
「サラは…ここを出たら何をしたいとか決まっているの?」
「特には…でも、大切な人に仕えたいです」
「大切な人?」
「私の大好きなお姉ちゃん…みたいな人が、尊敬する大切な人達に仕えたいって言ってて…私もいつかそういう人に仕えられたらいいなって…」
まさかファニアを追いかけて王宮に仕えたいとは言えず、当たり障りない内容で答えた。
「そうなの…あのね、サラ───」
********
平民孤児サラ。本日をもって貴族のお屋敷で働くためにここを去ることになりました。
「まさかサラが公爵様のお屋敷で働くことになるなんて…頑張るのよ」
「公爵様のお屋敷なら、いつかファニアが王宮で働くようになっても会えるかもしれないよね?」
「それが理由なの?ふふっ…そうね、会えるわ」
「よかった!」
三ヶ月前の公爵様訪問でマナベル様に目をかけていただき、これからは侍女見習いとして働く。お給金も貰えるし、勉強や礼儀作法は継続してくれるらしいのでなかなかの厚待遇だ。
ここだけの話、マナベル様が私を拾うのは黒猫ミーナに似ているからだと思っている。
だけどそれでもいい。
初めて会った時からなんだかとても好きで、マナベル様は優しくていい香りがする。大変なことも多いと思うけど、やってみなくちゃ分からない。
「必ず再会しようね」
「もちろんよ、サラ」
いつか私もサラに刺繍したハンカチをプレゼントするから、楽しみにしててね。
********
「サラの刺繍は本当に素敵」
「ありがとうございます」
平民孤児サラ、30歳になりました。公爵家に仕えるようになって早20年…この度ラシュエル様が王太子殿下とご結婚されたので、私も一緒に王宮で暮らしています。
私自身の結婚や出産などを心配された時期もありましたが、生涯ラシュエル様にお仕えしたいという思いを汲んでくださり、今は王太子妃専属侍女という肩書きも頂きました。
「いつもこの時期に栗と蔦を刺繍しているけど…何か意味があるの?」
さすがラシュエル様…と思った。
普段は花や動物を刺繍しているのに、この時期だけは必ずこのデザインを刺繍していることに気付かれていらっしゃった。
「これは、大切な友人への誕生日プレゼントなんです。同じ孤児院で育った人なんですが…茶色の髪と瞳をしているので、栗を刺繍したら可愛いかな…と思いまして」
「可愛いわ、それにとても上手。でも蔦は?どうして栗の周りに蔦があるの?」
「これは…薔薇の蔦です」
「薔薇の?」
「えぇ…初めて彼女がハンカチをプレゼントしてくれた時、私の瞳が赤だから、赤と言えば薔薇でしょ?と真っ赤な薔薇が刺繍されていたんです」
「素敵な人ね」
そう…ファニアは素敵な人だった。優しくて明るくて…あぁ、そうか。
「彼女はマナベル様によく似た女性でした」
「お母様に?」
そうだ…マナベル様に対して感じた温かさは、ファニアが持っていたものと似ていたから…だから私は安心してマナベル様の元で仕えようと思えたんだ。そうか…
「優しくて明るくて…みんなの人気者だったんです。私は彼女を姉のように慕っていました」
「サラ…その人は今どうしてるの?あなたの話は…全部過去形だわ」
「…15年前に亡くなりました。彼女は陛下と王妃様の政策に感謝し、お人柄を慕っていたんです。いつか王宮で働いて恩返しがしたい…よくそう言っていました」
今でも鮮明に思い出す。キラキラとした笑顔で、必ず王宮勤めになるのだと語っていた彼女を。
「…亡くなられたのは何故?」
刺繍を刺す手を止め、ラシュエル様と向き合う。髪と瞳の色は公爵様と同じだけれど、緩いウェーブと顔立ちはマナベル様によく似ている。
「火災です。念願叶い、王宮メイドの試験に受かって王都へ向かう途中…小さな農村で火災が起きていて、怪我をして倒れていた女性が『子供が家の中に取り残されている』と言ったそうなんです…彼女はその言葉を受けて家の中に飛び込みました」
誰のせいでもない。怪我をしていた女性は近隣に住む人で、中から子供の泣き声がするのに動けず助けられなくて困っていた。中にいた子供は三歳の男の子。両親はその火災で亡くなっている。
「小さな男の子を助け出したんですが…その際に負った火傷と大量に煙を吸ったせいで内臓もやられ、二日後に息を引き取ったそうです」
「…そう……」
「私がその事を知ったのは、彼女が亡くなってから二年の月日が流れていました」
「…お母様が亡くなった年ね…」
「マナベル様がお亡くなりになって、ラシュエル様と辺境伯様のお屋敷に滞在していた時…久し振りに訪れた孤児院で教えてもらいました」
マナベル様が亡くなり元気をなくしていたラシュエル様の息抜きになれば…と提案がなされて訪れた地は、私にとって故郷でもある辺境伯領。
「その年から、栗の周りに蔦の刺繍も施すようになりました…蔦の緑色は……マナベル様の瞳の色です。私にとって、ふたりはとても大切で…」
ふわっ…と優しい香りに包まれて、ラシュエル様に抱き締められたのだと分かった。そして自分が泣いていることも。
「ふたりもサラのことが大好きよ」
途端に過去の映像が甦る。
『…ミーナもマナベル様のこと大好きですよ』
あの時は、大切な黒猫が亡くなったのだと泣くマナベル様を慰めたくて私が抱き締めた。
そして今、泣く私をラシュエル様が抱き締めてくれている…なんという幸せだろう。
心底この方に仕えてよかったと思える。何があろうと守りたいし、幸せでいてほしい。
「あれ?僕じゃない人と抱き合ってる?妬けちゃうなぁ…僕も抱き締めて、ラシュエル」
『おやおや、僕以外の人と抱擁なんて妬けちゃうな。こんにちは、サイモンだ』
あぁ…なんて素敵なふたりだろうか。
マリウス殿下はファニアが尊敬していたおふたりの息子であり、私の主人ラシュエル様の旦那様で…運命の悪戯に笑みが溢れてしまう。
ファニアが働くことを夢見ていた王宮。
そこで王太子妃殿下専属として働く私。
「ねぇ、マリウス。お願いがあるの」
「お願い?いいよ、ラシュエルの願いならなんでも叶えてあげる」
ラシュエル様の願いを叶える為にマリウス殿下は尽力し、この数ヵ月後ラシュエル様とマリウス殿下と共に北の辺境伯領へと赴くこととなった。
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そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
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