僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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毒杯を賜る男

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こちら、副料理長sideなので読み飛ばしても可能です。なんとなく、書き記したくなっただけなので…





────────────────




「お前達のせいで何もかも終わりだ…」

「なによ!あなたが、もっとうまくやらないからじゃない!私が公妾になりそこねたのも、何もかもあなたのせいよ!」


少し離れた所から聞き慣れた声がしてきた。あぁ、彼らも捕まったのか…


「ちょっと!ここから出しなさい!私はこんな所にいるべき人間じゃないのよ!王太子妃になるはずだったんだから!!あ、ちょっとそこのあなた、抱かせてあげるわ!だから早くここから出しなさい!」

「お前みたいな醜女を?冗談はよせ」

「し、醜女!?」

「お前、ジュリアス侯爵家のジェシカだろ?お前の事は、俺みたいな末端貴族でも知ってるぞ」

「そうでしょう?私は美しいから──」

「さっき醜女って言ったの、もう忘れたのか?そう言えば、あんたは驚くくらいに頭が悪いとも言われていたな。まぁ、何よりも有名だったのは股の緩さだ。知ってたか?あんたと知らずにヤった奴は、知れば必ず病気をもらってないか調べるのが通例だった。それだけ節操なしの股緩女だって有名だからな」


知らなかった…手慣れているとは思っていたけれど、そこまでとは微塵も疑わず…


「なによ!!どうせあんたも私を抱きに来たんでしょ!?さっさと抱いて出しなさい!」

「あんたを抱くなら年嵩の娼婦を抱いた方がマシだ。俺は仕事でいるに過ぎないからな」


怒鳴り散らし、抱けと喚くジェシカに驚きと失望を隠しきれない…これが本性だったのかと、分かりながらもどこかで否定する自分がいた。


「そう言えば、お前がなりたくて必死に罪を重ねた王太子妃様だが、先程も殿下と仲睦まじくお過ごしになっていたぞ。よくもまぁ引き裂こうなどと思ったもんだよ…いや、あんたにとっちゃそんな事は気にも留めないか…人のものを奪うのが趣味で、男に跨がるしか脳がないからな」

「あんた!!黙ってれば──」

「俺の姉は!!…っ、俺の姉は優しくて美人と評判だった…地方で生まれ育ち、婚約者とたまの夜会で王都に出向くだけ…誰の迷惑にもなっていなかった…」

「な、なによ…突然…」

「あんたは覚えてもいないだろう…サシャ・キンバリー子爵令嬢…薄紅色の髪に青い目をした、美しい姉だった…」


サシャ・キンバリー…知っている……同じ領地にいた美しい人で…確か婚約者は同じ領地の…


「あんたは姉サシャの婚約者に色目を使い、相手にされないとみるや憤慨し権力を嵩に無理やり関係を迫った。どうせその男の事すら覚えていないだろう?」

「…っ、し…知らないわよ…」

「姉の婚約者…ジューク・タルジン子爵令息に睡眠薬と媚薬を盛って無理やり関係を持ち、その現場を姉にわざと目撃させた…そんなにジュークの見目がよかったのか?姉が羨ましかったか?」


ジューク…そうだ、あのふたりは昔から仲が良くて婚約者で…だけど…結婚したなんて報告は誰からも聞いていない…


「お前に無理やり襲われたジュークは、自分だって被害者なのに…それでも自分が姉を傷付けてしまった事に心を病み、三ヶ月後に自害した」

「な…によ…私を抱けたんだから──」

「本当にそう思ってるなら頭が悪いんじゃなくて何も入っていないんだろうな」

「ちょっと!」

「ジュークが自害したのは最終的に姉を失ったからだ。自分より美しいのが許せない、素敵な婚約者がいるなんて狡い…そう言って、お前が手配した破落戸に姉を凌辱され殺されたからだ!」

「わた、しは…っ」

「覚えがありすぎて、いつのことだか見当もつかないか?お前はそうやって、自分より勝る人間を襲わせ排除してきたんだもんな」


そんな…ジェシカが…そんなことまで…


「姉がお前の雇った破落戸に襲われ純潔を散らされ、大怪我を負って発見された時はもう意識もなくなる寸前だった。その時の俺達がどんな気持ちだったか…それがお前に分かるか?報復したくとも、高位貴族の娘じゃ簡単に手は出せない…悔しかったよ…あんたは何も変わらず男漁りをして、多くの女性を傷つけているのに…何ひとつ裁かれない」

「そんなの──」

「誰もがお前に跪き、愛を乞わなきゃ気が済まないか?全ての女性が、お前に傅かなきゃ気が済まないか?その為なら地方の末端貴族を…姉を殺されるくらい…仕方ないとでもいうのか?」

「わた、しじゃな──」

「全ての証拠は揃ってる。お前は恨みをこれでもかと買っているからな…処刑場まで無事に辿り着ければいいが、それもどうなるか」

「そんなのいや…っいやよ!」

「お前を殺したいほど憎んでいる人間があまりにも多くてな。本来なら一瞬で首を落として終わりなんだが、お前は特別待遇となった」

「や、いや…っ」

「お前に家族や恋人を殺された者が、少しずつその首に刃を入れて落としてやる。気を失えるなんて思うなよ?王太子殿下が、どんな痛みにも耐えられるよう意識を保つ薬を用意してくださった」

「やめ…っ、や───」

「漸くお前を殺せる」


ジェシカの叫び声が響き、母親と思われる女性の罵声が飛んでいる…が、今は目の前に立つ人物から目が離せない。


「やぁ…聞こえてた?」


先程までジェシカと話していたのはこの男で…


「久しぶりだね、ベルシュ」

「…ディオル…」

「残念だよ、ベルシュがあんな女に篭絡されて、誑かされた上唆されて妃殿下に危害を加えるなんて…いつからそんなに愚かな男になった?」


いつから…ジェシカと会ってから…いや…きっと元から自分は愚かな一面があって…


「昔から家族ぐるみで仲が良くて…ねぇ、おじさん達が何を希望としていたか知ってる?」

「希望…?いや…」


ジェシカと関係を持ってから、帰るどころか連絡ひとつしなかった…それまでは僅かな金額でも仕送りだってしていたのに…なんで…


「いつかベルシュが帰ってきた時に店がやれるようにって言って、ずっとお金を貯めてたんだ。ベルシュの料理は美味しくて、帰省の度に作ってくれるのが楽しみだとも言ってた」


そうだ…いつか宮廷料理人を引退したら…小さくてもいいから地元で店をやりたいって…そういつも話してて…


「おじさん達は爵位と領地を返上し、屋敷も売却して資産全額を王家へ進上した」

「…え……」

「今、おじさんとおばさんは城外で祈りを捧げているよ。兄ふたりも連なるつもりでいたけど、平民となり自分の家族を守るよう命じられて今は宿で祈っている。分かるか?お前は本来なら問答無用で連座だったはずなんだ。妃殿下の温情でひとりの罪とされても…それを受け入れることが出来ない家族は自ら連座を望む」

「そんな…っ、俺は、俺はっ…」


呼吸が荒くなる…家族の姿が…笑顔が浮かんできては消えて…自分の犯した罪の深さを漸く知ったように思う。


「勘違いするな、両親が連座を望んだのはお前の為じゃない。いくら平民になったとはいえ、残る家族の為に王家への忠誠を示すためだ。お前が毒杯を賜る同時刻…それより少し前に呷ることなっている。大切な人を失う恐怖を味わえ…それが殿下からの言付けだ」

「う、、うわぁぁぁぁぁぁ」


父さん…母さん…ごめん…迷惑かけて…命を奪って…ごめん…ごめん…

二度と会えない…二度と…もう二度と…


「…ベルシュ…祈りを捧げるならあっちだ…」


ディオルの呼び掛けに顔をあげれば、ある方向を指差している。


「最後くらいは家族を思え」


去っていくディオルの背を見送り、毒杯もディオルならいいのに…などと思ってしまった。こういう甘えがつけ込まれる要因だったのだろう。

ディオルの指差した方向に向き直り、少しでも家族に近寄りたくて壁に額をつけた。


「父さん…母さん…迷惑をかけてごめん…愚かな息子でごめん…っ、ごめん…」


俺がジェシカに溺れなければ…俺がもっと自分をちゃんともっていれば…後悔などいくらしたって意味はないけど…どうしても考えてしまう…

いつか店をやって…笑顔の似合う嫁さんをもらって…みんなに自慢の料理を振るいたかった…

父さん…母さん……会いたい…




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