僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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先代国王陛下の宣言

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※後半に処刑シーンが出てきます。苦手な方は飛ばして頂いて大丈夫ですm(_ _)m



───────────────






人を傷付けてまで欲しい地位とはなんだろうか。贅沢ができる?権力で傅かせられる?そんなものはその地位にあるべき事を成してからだ。


「…父と母は……」


女に溺れ、自分自身を失っていた男は間もなくこの世を去る。両親も責任を取り残る家族の為に王家への忠誠を示したいと言っていたが、末っ子をひとりで逝かせたくない思いが故だろう。


「安らかに逝った。亡骸はお前の兄が引き取り、既に王都を後にしている」

「そう…ですか……」

「お前の亡骸は罪人として扱われる為、故郷に戻ることはない」

「はい…承知しています…」


ラシュエルはどこまでもこの男に甘い。そのせいで僕に散々抱き潰されても、頑として言うことを聞き入れなかった。


「だが…お前の毛髪だけは、後日故郷の兄の元へ送ってやる。お前の家族もそれを望んだ」

「───っ」

「それを待って、両親を埋葬するそうだ」

「あり、がとう…ございます…っ」

「礼ならラシュエルにしろ」


額を床につけ、ラシュエルへの感謝と両親への謝罪を繰り返している男。何かひとつ、どこかで過ちに気付ければ変わっていたかもしれない未来。


『直接会うことはないのにね、何故か体調に合わせたお料理が出てくるの。料理長に聞いたら、今まで何をよく食べ何を残していたのかノートに記していたって…その心遣いは、確かに彼が持っていたものだわ』


確かに、どんなに体調が優れない時でもラシュエルは美味しそうに頬を緩ませ口にしていた。厳選された薬草粥は回復も早く、何度も試作を繰り返したと言う。その事には労いの言葉を送ろう…だが、ラシュエルを苦しめた事実は変わらない。


「…エドワード」

「畏まりました」


銀の盆に乗った、鮮やかな色の毒杯がエドワードから男へと手渡される。


「…マリウス王太子殿下」

「なんだ?」

「このような罪を犯した私が言うことではありませんが…ひとつだけ…宜しいでしょうか」

「許可する」

「…殿下と妃殿下の幸せを…心よりお祈り申し上げます…お仕えできましたこと…誠に光栄でございました…」

「…ラシュエルにも伝えよう」


憑き物が落ちたように朗らかな笑みを浮かべた男は、確かにラシュエルの言うような心優しい者に思えた。


「…妃殿下は、青色の果物をお好みです」


その一言を笑顔で言い残し、一気に毒杯を呷った男は少しずつ息を引き取っていく。高い志を持って出仕した者が、もう二度と毒牙にかからないことを切に願う。





********




「やめてっ!いたっ!!やめなさい!」


民衆の前に引き摺り出され、石を投げつけられながら歩かされている男女三名。そのうち未だ声をあげ続けているのは毒婦のみ。その道中に陣取る者達は、毒婦によって家庭を壊されたり婚約者を奪われた経緯を持つ。

そして、斬首に志願したのは毒婦に苦しめられた本人やその家族。あまりの数の多さに、こちらで選定しなくてはならないほどだった。

侯爵家であり、大商会を取り仕切る家の娘とあってやりたい放題だった。狡猾に立場の弱い者ばかりを狙い、無理やり口を噤まされていた者達の鬱憤が爆発している。


「お前のせいだ!妻を返せ!!お前など誰が好き好んで抱くものか!汚らわしい毒蜘蛛め!」


ある者は権力と薬で自由を奪われ、望みもしない交接を強いられてきた。それを苦に命を絶った者もいる。


「娘を返せ!私達の娘が何をした!」
「俺の婚約者を返せ!」


ある者は、自分よりも美しいのが許せないからと破落戸を仕向けられて凌辱され、そのまま命を落としたり、助かっても自害した者は多い。


「あんたのせいよ!あんたさえいなければ私のお母さんは死ななかった!!」


ある者は、屋敷で使用人として働き虐待を受けて放置され命を落とした。身動きが出来ぬほどに鞭打たれ、裸で冬場に外へ出されればそうなってもおかしくないと言うのに…この親子は笑ってその様子を見ていたと伝え聞く。

様々な罵声を浴び、多くの石を投げ付けられながら処刑台へとあがった三人は既に血だらけの状態で、元より縄で拘束されていたところに猿轡が嵌められていく。


「え…あれって…」
「…まさか…」


斬首台に固定されたところで、広場にざわめきが生まれ一気に広まっていった。王族席にいる僕達も、何事かと民衆の視線を辿ると…


「え…お祖父様?」

「なぜ先代…父上が…」


僕の呟きに続いて父上も声を発したところから、この状況を把握していなかった事が窺えた。


「母上まで…」


そう…お祖父様に寄り添うように立っているのは紛れもなくお祖母様で…久し振りに見たけれど、なぜふたりが揃ってこの場に姿を現したのか。


「コラルド・ジュリアス」


お祖父様の声が低く響き渡る。退位してだいぶ経つと言うのに、溢れ出る威厳を前にして騒いでいた民衆が一様に口を閉ざした。


「貴様らの罪は広く深い。それらを関知せずにいた我らにも非はあろう、実に多くの者が傷付くこととなった…皆には申し訳ないと思っている」


突然の先代による謝罪に、今度はどよめきが沸き起こった。色欲を好むとされながらも、その親しみやすさと政に対して振るう采配は高い支持と人気を得ていた先代国王陛下…その人が民の前で謝辞を述べている。


「もっと早く…間違いを犯したと分かった時点でその芽を摘むべきだった。いつまでも濁った目でしか物事を見られない貴様と、何をしても地位と権力を手に入れようとした身の程知らずの女…そして、その女が生んだ不義の娘」


毒婦が夫人の不義による子供だと暴露され、一部の者は思い当たる節があるのかひとりの男に視線を送り、注目を浴びたその男は顔色を悪くしその場から走り去っていく。


「親が親なら子も子よの。愚かにも同じように地位と権力を欲し、あまつさえ娘は王太子妃を亡き者にすべく謀略を図った」


この場にいる全員が固唾を飲む雰囲気のなか、お祖父様はゆっくりと夫人の場所まで歩き出て、膝をついて固定されている姿を見下ろす。


「無様だな…嘗ては私の公妾になりたいと擦り寄り、それを拒まれれば今度は息子の愛人になりたがり。いずれも叶わぬから、今度は娘にその野望を託したか?娘は微塵も相手になどされていないのに?改めてハッキリと言ってやろう、私がお前を求めたことは一度もない。戯れにも抱きたいなど塵ほども思わなかったよ」


好色な先代が相手にしたのは数知れず。夫人もそのうちのひとりではと噂されていた頃もあったが…それをハッキリと否定され、悔しそうに顔を歪めている。

お祖母様は冷めた目で夫人を見やり、そこへ戻ったお祖父様は愛しげに腰を抱いている…不仲説はどこへいった?


「約束しよう!今後、人道に反する手法で他者を陥れることは決して許さぬ!王家の威信にかけて全ての罪を詳らかにすると約束する!」


先代国王陛下の放った高らかな宣言に、民達の咆哮が広場を飲み込んでいく。まるで戦に勝利した将軍と兵士のようだ。

その咆哮に押されるようにして…斬首を執り行う者達が顔が分からぬよう頭巾を被り登場し、手に持つ剣を天に掲げた。


「やれ」


先代の手が振り下ろされて、元侯爵、夫人と順に首が落ち、その様子を見ていた毒婦は涙と鼻水を垂れ流して身を捩って抵抗を試みている。どんなに恐怖を感じても、どんなに痛みを覚えても気を失うことはない。


「───っ!」


一太刀入ると声にならない呻きをあげ、また一太刀…よく手入れされた光り輝く剣が毒婦の体を傷付けていく。


「───っ!」


数多の処刑人によって虫の息となるところまで太刀が入れられ、漸く最後の処刑人が剣を掲げた。

姉の婚約者を弄ばれ、姉が破落戸に襲われた下級騎士の男。あの料理人とは顔見知りだった。

何やら声をかけているようだが、民の声でここまで聞こえては来ない。それでいい。これで積もり積もった凝りが僅かでもなくなるのなら。


「行こう、ラシュエル」

「……えぇ」


すべて終わり、お祖父様達も広場を辞した。僕達も父上達と共に退席しようとして、ラシュエルの手を取れば僅かに震えている。


「…部屋で温かいお茶でも飲もう」


これから先、公開とまではいかずとも同じような場に立ち会う事になるだろう。その度に、ラシュエルの心に負担をかけてしまうけれど…支えるから、共にあることを諦めないでほしい。


「マリウス…わたくしは大丈夫」


僕の気持ちを察して、癒すことが出来るのは君だけだから。


「よき国王となり、民を導けるように努力する」


何よりも君のために。





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