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第一話 シルヴィア誕生

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 マザー歴1000年。人国領の外れにある田舎村で、その異変は突如として起こった。

「何だあの光は!」
「空から降ってくるぞ!」

 空から神々しい一筋の光が村に降り注ぐ。その光は長閑な村の村人たちを仰天させる。

「天変地異じゃぁあ!」
「ひぃいいい!」

 人々は慌てて騒ぎ出す。まるで隕石が降ってきたかのような騒ぎだ。

――ドゴォオオオン。

「サムの家に直撃したぞ!」
「サムは無事か!?」
「サムの嫁さんも無事なのか!?」
「嫁さん、確か身篭ってただろ! 大変だ!」

 事態が落ち着いた後、村人たちは光の直撃を受けた家の心配をする。慌てて様子を見に行くのだが、家の近くまで来て、首を傾げることになる。

「家は何の変わりもないな」
「ああいつものサムの家だべ」

 あれだけの轟音が鳴り響いたというのに、家屋には傷一つついていなかった。屋根に大穴の一つでも開いているかと思いきや、そんなことはない。

 村人たちは訝るものの、家主の安否を気遣って中に入る。

「おいサム無事か!」
「あぁ……」

 そこには家主――サムが腰を抜かしてへたり込んでいた。

 大の男が腰を抜かす。情けないことかもしれないが、それも仕方がない。長閑な村にあれだけの大異変が起きて、その核心地にいたのだから、無理もないというものである。

「奥さんも無事だな!?」
「え、ええ……」

 地面にへたり込んでいるサムの他に、ベッドにはサムの妻がいたが、その妻も何が起きたかわからないといった様子で呆けていた。

「凄い音が鳴って、眩い光が天井を突き抜けて、オラの妻に直撃したんだ……」
「そうか。でも二人共、無事みたいだな?」
「ああ。死んだかと思ったけども、オラ、何がなんだかわからねえよ」
「アタシも何がなんだかわからないわよ。でもお腹の子も無事みたいでよかったわ」
「みんな無事かよかったよかった」

 わけのわからぬ事態に見舞われた村人たちだったが、サムとその妻が無事であるのを確認すると、どうということはなかった。数日後には元の暮らしに戻っていた。畑を耕し、土と共に生きる日々を送っていく。

「うぇええええん!」

 程なくしてサムの妻は子を産んだ。元気な女の子であった。

 その子はシルヴィアと名づけられ、両親を始め、村人たちに凄く可愛がられることになった。

「おお、シルヴィア! もう歩けるようになったのか!」
「アタシたちの子は天才ね!」

 シルヴィアは天才であった。
 普通の子がハイハイをする頃には二足歩行でしゃきしゃきと歩き出し、普通の子が読み書きを習う頃には、既に王国の歴史書を読み漁るようになった。

 その落ち着いた双眸は深き知性を思わせ、涼やかなかんばせは天使すらも魅了するような、そんな凛とした美しさを持っていた。

 シルヴィアはあまりにも美しく、同年代の村人の男たちで懸想する輩は多くいたものの、誰も手を出そうとは思わなかった。
 田舎の百姓では到底釣り合わないと思ったのだろう。村の男たちはアイドルを見つめるような眼差しでシルヴィアを見ていた。

 隔絶とした美を見た時、人とは畏れを抱くようである。村人たちは良い意味でシルヴィアを畏れ敬って大事にした。
 そんな村人たちに恩返しをするように、シルヴィアは村人たちのお手伝いを積極的に行った。

 温かい村の人々に囲まれ、シルヴィアはすくすくと成長していく。

「シルヴィア、そんな二本も鍬を振り回して大丈夫かね?」
「大丈夫ですよぉー」
「ホント、シルヴィアにはたまげるわぁ。幼女なのに鍬二本も振り回しとる」

 大人の男が鍬一本を扱うのに四苦八苦しているところ、シルヴィアは鍬を二本軽々と振り回しながら畑を耕していく。

「えっほ、えっほ」

 幼女が自分の背丈以上ある鍬を二本も軽々と操り、まるでトラクターのようにスムーズに畑を次々に耕していく光景は圧巻だ。
 シルヴィアの常軌を逸した所業に、村人たちは大いにたまげることとなった。

「シルヴィア! そんなことしたら糞まみれになるぞ!」
「大丈夫ですよぉー」

 シルヴィアは糞桶を背負い、両手にも抱えて軽々と移動していく。そして畑に糞をぶちまけていく。

 雑に動いているように見えるのに、糞一滴として自らの身体に降りかかることはない。常に全神経を研ぎ澄ませているため、そのようなことができるのである。

「シルヴィアにはたまげるわぁ」
「うーん、畑に肥やしをやるのも様になるな」

 シルヴィアにかかると、畑に糞を撒くという泥臭い作業でさえ絵になった。名のある画家が手がける絵画になってもおかしくはない雰囲気があった。
 シルヴィアの施肥。そんな題名で後世に残ってもおかしくはなかった。

 常に優雅で美しいシルヴィアを見て、村の人々は誰もが思った。いずれシルヴィアは近隣の村長の親族か、あるいは村を訪れた中央の貴族か誰かに見初められて玉の輿に乗るであろうと。

 誰もがそう思ったが、実際にはそうはならなかった。運命はシルヴィアを歴史の表舞台へと駆り立てていく。

「人国の方ですか?」
「左様。我々は人国の神託部の者。この村に聖女が現れたとの神託を受けて参った次第だ」

 シルヴィアが十の歳を迎える頃、彼女の住む村に、人国の偉い役人が前触れもなく訪れることとなった。
 聞くに、この村に聖女が生まれた、との神託を受けて馳せ参じたのだとか。

 聖女と聞いて、知識のない村長はチンプンカンプンであったが、思い当たる節はあった。

「聖女……ああきっとシルヴィアのことですね」

 聖女だと聞いて村の誰もが思う。聖女と言われて役不足でないのはシルヴィアだけである。

「シルヴィア、君は聖女である。神のお告げに従い、人国のために働きなさい。魔族を蹴散らし、人国に永遠の繁栄を齎すのです」

 人国の役人にそう言われて戸惑うシルヴィアであったが、断ることなどできなかった。

 断ったら最後、両親や村人たちにどんな報復をされるかわからない。人国の役人はあらゆる手段を使ってシルヴィアを我が物にしようとするだろう。

 聡いシルヴィアには、そんな役人たちの性根が全て透けて見えていた。

「わかりました。父のため母のため村のため、人国に尽くします」
「うむそれでよい」

 シルヴィアは人国に士官し、聖女として働くことになった。

「父上母上、行って参ります」
「シルヴィア、達者でな!」
「身体に気をつけてね」

 こうしてシルヴィアは生まれ育った村を出て、人国の都へと居を移すことになった。より高度な教育を受けて聖女としての素養を磨き、人国のために働くことになったのだ。
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