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第七話 シルヴィア、愛する人を危うく殺しかける

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「いくぞシルヴィア」
「ええいつでもどうぞ」

 グリムはその後もシルヴィアに一騎打ちを挑んできて、シルヴィアはそれに応え続けた。

 グリムが戦いを挑み、シルヴィアがそれに応え、戦いはいつも引き分けに終わる。
 前と変わらないような関係に見えるが、シルヴィアの方には大きな心境の変化があった。

 前は嫌々という感じでグリムの一騎打ちに付き合っていた。
 半分はやさを借りている負い目から、残りの半分はどうせ他にやることもないし婚約破棄された諸々の鬱憤解消のために殺しても死ななそうな魔王でも殴ってやるか――といった、そんなドス黒い気持ちで応じていた。

 だが今は違う。今はグリムの思いに真正面から応えてやりたいと思うようになっていた。全力の自分と戦って勝利したいと言うのなら、それに全力で応じてやるだけだと思っていた。

 前がドス黒い荒波のような感情なら、今は澄み切って穏やかな凪の海のような感情だ。
 同じ海と言っても随分違う。それと同じように、同じことをやっていても、今のシルヴィアの心境はまったく違うものだった。

 時間が経ってエリックの件に関してある程度気持ちの整理がつくと、シルヴィアはグリムの不器用な優しさにも気づくことができた。グリムは落ち込んでいたシルヴィアを無理やり訓練に誘うことで、励ましてくれていたのだ。

 口で直接言えばいいものの、そんなことはしない。刃を交え、肉体をぶつけ合うことで、気分転換を図ろうとする。

 そんな不器用なグリムの優しさに気づいたシルヴィアは、彼のいかれているものの真っ直ぐで真剣な思いに応えてあげたいと思うようになった。

 本当に彼が自分を打ち倒す日が来るならば、本当に結婚を考えてあげてもいいかも。そんなことまで思うようになった。

 魔族を敵と思い、魔王を宿敵だと思っていた以前のシルヴィアでは、考えられない心境の変化であった。

「うおおおッ!」
「はぁああッ!」

 戦いを重ねる中で、シルヴィア自身、グリムとの戦いを楽しんでいることに気づいた。

 朝の戦いが終われば昼はまだかと思い、昼の戦いが終われば夜はまだかと思い、夜の戦いが終われば明日はまだか、と思うようになった。

 戦場での殺し殺されるといったものとは違う、お互いの武を高めるための模擬戦。
 それは戦争とは違って、シルヴィアにとって新鮮で楽しいものとなった。まるでスポーツを通じて心を通わせるアスリートのようである。

 シルヴィアはいつしか、王宮の庭園などでエリックと逢瀬を重ねた時と似たような感情を、グリムにも抱くようになった。
 見目麗しい王子と華やかな庭園を散歩するのと、恐ろしい大鬼と練武場で斬り合うのとでは大違いのように思えるが、不思議とシルヴィアは似たような感情を抱くようになった。

 ただ、シルヴィア自身は、その感情が恋心によるものだとはまったく気づいていなかった。不器用な優しさを見せてくれたグリムに対し、友愛の情が芽生えたのだと思っていた。

 特殊な人生を歩んできて友人と呼べるものがほとんどいなかったシルヴィアは、友愛と恋愛の感情の区別がいまいちついていなかったのだ。だからグリムに対する恋心を意識することはなかった。あんな大鬼に恋心を抱くわけないと思っていた。

 シルヴィアは全力で戦いたいというグリムの思いに応えるため、暇な時は以前にもまして修行するようになった。
 その様はエリックに会う前に一生懸命に礼儀作法の本を読み身嗜みを整えていたあの時とまったく同じなのであるのだが、シルヴィアはそうだと気づかない。

 魔族の魔法使いから魔族の魔法を習って、より強大な力を身に着けてグリムの戦闘欲を満たそうとする。
 それは料理修業して恋人に好きな料理を食べさせて食欲を満たしてあげようとする乙女の姿と丸っきり一緒なのであるが、シルヴィアはそうだと気づかない。

「シルヴィアァア! 嬉しいぞぉお! さらに強くなりおって!」
「ふふ、まだまだ貴方に負けるほど落ちぶれてはいませんよ!」

 魔族の力を身に着けたシルヴィアは、以前にも増して化け物のような力を身に着けるようになった。

 何気にグリムの勝利に対するハードル(結婚に対するハードル)が大幅に上がっているのだが、シルヴィアはそれに気づかない。
 グリムも、より強くなったシルヴィアと戦えるなら本望だと、まったく気にしていなかった。

 とんだ戦闘狂のバカップルである。
 グリムも大概だが、シルヴィアも自分でそうと気づいていないだけで、大概戦闘馬鹿であった。

 その戦闘馬鹿っぷりが大いに発揮される事件が勃発することもあった。

――ザクシュッ、ズシュッ、ブシュッ。

「ぐぁああああッ!」
「あっ、すみません!」

 パワーアップしたシルヴィアは勢い余り、グリムの四肢をバラバラにして、さらには首まで刎ねてしまった。

(や、やりすぎてしまいましたぁあ! どうしましょう!)

 そこまでダメージを負わせたら魔神の加護を受けた流石の魔王でも生きていられないのではないか。もしや自分は一緒に稽古をして楽しむ友達を殺してしまったのではないか。

 グリムの首を刎ねてしまったシルヴィアは大いに焦った。

「ぐぅ、何のこれしきぃ……」

 幸い、強い魔神の加護を受けていたグリムは手足と首を切り離されても辛うじて生きていた。
 シルヴィアはホッとした。

「ぐぅ、これくらい、唾つけとけば治る……」
「駄目ですよ! 四肢がバラバラになって首までとれているのに、唾をつけとくだけで大丈夫なわけないじゃないですか! こんな酷い状態なのに!」
「そんな酷い状態に、お前がさせたんだろうがぁ……」
「そ、それはそうですけど……とにかく! 回復しなければいけません!」

 基本お馬鹿なグリムからまともなツッコミを入れられ、シルヴィアは恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせる。
 戦いが楽しすぎて夢中になってやりすぎてしまったなんて、この戦闘狂いの魔王と同じではないかと思って、恥ずかしくなったのだ。

 傍から見ればお似合いのカップルであるが、シルヴィアはそう思っていない。なんとも奇妙な関係がそこにあった。

「身体、貸してください」
「あぁ……」

 シルヴィアは女神の癒しの術を魔族の王たるグリムにかけていく。
 そんな罰当たりなことをしても、女神の加護が自分から失われていくことはない。

 人国で今まで教え込まれてきた思想や常識というものは嘘ばかりなのだと、シルヴィアは思った。自分の持つこの力は人族も魔族も等しく癒すことができるのだと知った。

「これで大丈夫です。あとは自己回復力だけで十分でしょう」
「ああ助かった」

 グリムの致命傷が癒され、シルヴィアは心底ホッとする。

 愛する人の命が失われずに済んで(自分が殺さずに済んで)ホッとしたのだと気づくのには、まだしばらく時間がかかりそうであった。
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