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一章
宿泊者名簿No.5 エデン村開拓団団長ゴルド(下)
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「……へへ。今日も良かったですぜ」
しばらくして、一番最初にエレーナのとこに向かっていたザイニが戻ってきた。
すっきりして緩んだ顔が、めちゃくちゃ気持ち悪いぜ。まあ気持ち悪い顔はお互い様だがな。
「次はあっしでやんすね」
「おう行ってこい。すっきりしてこいや。げへへ」
続いて、二番目にじゃんけんに勝ったトーガがエレーナの所にしけ込む。残った奴らで酒盛り再開だ。
「ザイニ。お前も飲めや」
「ありがとうございますゴルド様」
「ん? 何だよ改まって。気持ち悪い奴だな。いつもみたいにゴルドの旦那って呼べよ」
「そうでしたね。すみませんね。ゴルドの旦那」
「……?」
やがて俺様は、戻って来たザイニの様子がちとおかしいことに気づく。
いつものザイニなら、今更ゴルド様なんて堅苦しい呼び方はしねえはずだ。ゴルドの旦那と親しみを込めて呼ぶはずだ。
違和感はそれだけではなかった。
「おいどうしたザイニ? ナイフとフォークを使って器用に肉を食うなんてよ。いつものお前は手づかみで食ってるだろ?」
「……え?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「なんとなくそういう気分だからっすよ、ゴルドの旦那」
「……」
言葉遣いもそうだが、仕草もおかしい。
いつものザイニは肉を素手で食う野蛮人だ。ナイフとフォークを使うなんて、そんな上品な文化人みたいな真似はできねえはずだ。
違和感を感じたが、見た目はザイニに間違いねえ。他の子分共も大して気にしていないようだった。
「ゴルドの旦那、ザイニもついに文明を学んだってことじゃないですかい?」
「ギャハハ! ザイニめ、猿からようやく成長したな!」
「こいつはめでてえや! 今日はザイニが人間に進化しためでてえ日だぞ!」
ザイニの文化人っぷりを見て、野郎共が騒ぎ立てる。
(気にしすぎか)
呑気な周囲の雰囲気に乗せられた俺様は、気のせいかと思い、一旦疑問を飲み込むことにした。
「あー、すっきりしたぜ。次は誰だ?」
二番目にエレーナの所に消えたトーガが戻ってくる。
そのトーガの様子も、おかしかった。
「おいトーガ。お前、何でちゃんと服を着てるんだ? いつものお前なら、全裸でそのまま出てくるはずだろ?」
「……え?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「……そういう気分だからですぜ」
行動もそうだが、指摘されてキョトンとするトーガの顔もおかしかった。顔のつくりはトーガにしか見えないんだが、表情がどこかおかしいのだ。
愛嬌も何もない野蛮人のトーガは、こんな女の子みたいな感情表現豊かな顔はできねえはずだぞ。
トーガめ、いつの間にそんな女顔ができるようになりやがったんだ?
「ゴルドの旦那、ザイニに引き続き、トーガの奴も文明を学んだってことじゃないですかい?」
「ギャハハ! 猿から成長する奴が二人も出て、今夜はめでたいばかりだぜ!」
「ザイニとトーガが猿から進化したことを祝って、乾杯だー!」
違和感を感じて首を傾げる俺様であったが、子分たちは何も気にしていないようだった。新たな話題ができてめでたいとばかりに、大いにはしゃいでいた。
(ザイニもトーガもどうしちまったんだ?)
呑気な子分共とは違い、俺様の中では疑問が膨らんでいくばかりであった。何かがおかしい。そうとしか思えなかった。
そして、三人目のマックがエレーナの所にしけ込んだ時に、疑問は確信に変わった。
「おい。マックの奴が消えてどれくらい経った?」
「へ? 四半刻ってところですよ」
「おかしい。マックの奴は淡白な野郎だ。入れた瞬間終わりのはずだ。もっと早く出てくるはずだぜ?」
「そういえばそうっすね。言われてみれば」
マックの奴がエレーナの所に消えて中々帰ってこなかった。
「おかしすぎる。今日はいつもと違う。ちょいと様子を見てくるぜ」
明らかに様子がおかしいと思い、様子を見に行こうとした時のことであった。
「……へえ。意外と用心深いんだな。驚いたよ」
ザイニが急にそんなことを言い出した。いつもの奴とは明らかに違う口ぶりで、感心したようにそう言ったのだ。
「ザイニ? 何を言ってやがる?」
「エリザ。そろそろ誤魔化しは限界のようだ。種明かしといこうか」
「ええそうしましょうか。仮初とはいえ、このブサイクな輩の形を借りるのは嫌ですし」
トーガの奴は女みてえな口調でザイニに返事を返した。
何がどうなってやがる。トーガの奴、完全に女に目覚めたのか?――そう俺たちが戸惑っていると、奴らは正体を明かし始めた。
――ボフン。ボフン。
二人が次々に光に包まれたと思ったら、二人は一瞬にして姿を変えていった。そこに現れたのは、見目の整った見知らぬ男女であった。
「何だテメエらは⁉」
「この宿の新支配人と副支配人ですよ。店長のエレーナに代わって挨拶に来たんですよ」
「新支配人だと⁉」
男の方は、新しくこの宿の支配人になった者だと、突拍子もない自己紹介をしてきた。
「そうか。テメエらがエレーナに手を貸したっていう、物好きな冒険者か」
「ええまあそんなところですかね」
姿を変えられるほどの有力なスキルを持つ存在。だとすれば、それなりに腕の立つ冒険者に違いなかった。
(ちっ、おせっかいな冒険者が勝手なことをしやがって!)
二人は何らかの理由があってエレーナに手を貸しているらしかった。
大方、俺たちの悪行を聞きつけて、変な義侠心でも出してやがるんだろう。おせっかいな野郎共だ。
「本物のザイニとトーガ、それとマックの奴はどうした?」
「さて。どうでしょうかね」
「テメエ、無事じゃなかったらタダじゃ済まさねえぞ! 俺様の可愛い子分を!」
冒険者となれば、下手に騒ぎを起こさぬように殺しは慎むはずだが、どうなっているかはわからねえ。もしかしたら死んでいるかもしれねえ。俺たちは警戒を強めた。
「それにしても毎晩毎晩好き勝手やってるみたいですね。ふむ、安く見積もっても五人で一晩2ゴルゴン金貨、修繕費とこれまでの請求も合わせて、合計100ゴルゴンってとこですかね。きっちり払ってもらいますよ」
男は騒ぎ立てる俺たちのことなど知ったこっちゃないという風に平然としていた。平然とした態度で弁償を迫ってくる。
「俺たちに100ゴルゴンも請求しようってのか? てめえにはそんな権利ないだろ」
「権利ならありますよ。この店は昼過ぎから俺の所有物となりましたから。所有者には請求権がありますよね?」
「だったらエレーナの借金をテメエが肩代わりしやがれ! 俺はエレーナに金を貸しているんだ! エレーナの借金200ゴルゴンを、そっちが払いやがれ!」
「借金200ゴルゴンね。その内訳は?」
「今までにエレーナが借りた金の元本と利子含めた分だぁ!」
「エレーナは元はいくら借りたんですか?」
「1ゴルゴンだ!」
「やれやれ。これまた酷い暴利ですねぇ」
「うるせえんだよ! 黙ってろ!」
目の前の男はふざけたことをぬかす。
何が新支配人だ。ここはエレーナの宿だ。そしてエレーナは俺様のものになる予定だ。だからここは俺様の家も同然だ。出しゃばってくるんじゃねえ、クソ冒険者が。
「無駄な会話はこれくらいにしておきましょうか。払えないようなので、では貴方方の命で賠償させていただきます」
「命だと? テメエ、俺たちとやろうってのか!」
「ええ。アンタらはお客様じゃないですから。ただの害虫です。害虫は処分しないと」
相手はわけのわからないことばかり言っていたが、殺る気だというのは確かにわかった。冒険者如きが、調子に乗りやがって。
「おいっ、野郎共! この舐めた冒険者共を叩きのめすぞ! 男はぶっ殺して、女の方は慰み者にしてやるぞ!」
「「おお!」」
俺様の呼びかけに応え、子分共はすぐに武器を取って構えた。
「クソ冒険者め、寝言なら死んでから言えやぁあ!」
俺様たちは武器を掲げて向かっていく。
大人しく死んでおけ冒険者。調子に乗った罰だぜ。
「――ぐほぉっ!」
確実にやったと思った。だが、やられたのは俺様たちの方であった。
「げふぅ!」
「がはぁ!」
男は尋常じゃない速さで俺様たちの身体を掴むと、次々に投げ飛ばしていった。女も同様だ。それで俺様たちは床の上に投げ出されることとなった。
「くそったれぇ」
「何だこいつ、化け物かよ!」
優男だから大したことないと思っていたが、凄腕の冒険者だったのか。
不味いな。マジで不味いぜ。
ここは詫びを入れるか?
いや、100ゴルゴンなんて大金払えるわきゃねえ。ここは侘びを入れたと見せかけて隙をみて殺すに限るな。
「生意気言ってすいませんでしたぁ。許してくださぁい!」
俺様はすぐに土下座を行った。土下座をしながら子分共に目配せする。
「サーセンしたぁ!」
「マジすいません!」
「許してくらさい!」
気心知れた野郎共は、すぐに俺の意図を察してくれた。子分共もすぐに土下座を決める。物分りのいい子分共で助かるぜ。
「100ゴルゴン必ず払って弁償します! 命だけはお助けを!」
「へえ100ゴルゴン持ってるんだ?」
「はい。住処の隠し金庫に入ってます。必ず払います」
「へえそう」
100ゴルゴン持ってるなんて真っ赤な嘘だが、適当に言っておく。
「うへへ、仲直りの握手をしましょうよ旦那」
「握手ねえ。まあいいけど」
俺様は野郎の手をとり、友好的に握手した。野郎の手など握りたくないが、ここは我慢だ。
これでやつの片手は使えまい。隙ありだ。
「死ね――ぐぼぉ!」
隠し持ったナイフで無防備な腹を一突きしてやろうかと思ったが、できなかった。
奴は空いている方の腕を目にも留まらぬ速さで振るい、ナイフを叩き落としたのだ。そして流れるような動きで、俺様の腕に噛み付いてきやがった。
「ぐぉおおお! 痛ぇええ!」
腕を噛まれた俺様は床に倒れこんで悶絶することになった。
「くだらない茶番にはこれ以上付き合いきれないね。終わりにしようか」
そう言って、男が合図を出すと、物陰から小さな緑色の生き物が飛び出してきた。
「ギギィ!」
一瞬何かよくわからなかった。だがすぐにそれがゴブリンだとわかった。
(何でゴブリンがこんな所にいやがる? しかもメスのゴブリンもいるだと?)
この冒険者め、馬鹿みたいに強い上に珍しいゴブリンまでも使役してやがるのか。とんでもないやつだ。得体の知れない怖さがあった。
(ちっ、不味いな!)
冒険者二人だけでも敵わないのに、それに加えてゴブリンまでいたら勝ち目なんてねえ。逃げるしかねえ。逃げるが勝ちだ。
「ひぃいっ、ゴルドの旦那ぁ⁉」
「どうすんですかい⁉」
「大丈夫だ! 俺様には偉大なる力がある! ゴブリン共め、動くな!」
虎の子のスキル【威圧】を発動して命令する。すると、俺様たちに攻撃しようとしていたゴブリンたちの動きが一斉に止まった。これでよし。
「一旦引くぞお前ら!」
「へい!」
ゴブリンたちの動きが鈍くなったその隙に逃げ出そうと、俺様たちは宿の出口へ向けて駆け出した。
「動くな盗賊共。そしてもう喋るな。見苦しい」
「――っ⁉」
男は酷く底冷えのする声を出しやがった。すると、俺たちはまったく身動きがとれなくなった。
(か、身体が……動かねえ……喋れねえ……まさか…)
この効果、間違いねえ。これは俺様の使うスキル【威圧】で間違いなかった。
なんでこの男が【威圧】を持ってやがる。【威圧】はそこそこレアなスキルのはずだ。今まで同じスキルを持ってるやつに出会ったことなんてないというのに。
「やれ。タロウたち」
「ギギ!(承知!)」
男がそう命令すると、動けない俺様たちの元にゴブリンが迫ってくる。
武器を持った魔物に迫られているのに、こちらは何もできない。死を待つだけ。恐ろしいほどの恐怖だった。
(や……やめ……うぎゃああああああ!)
ゴブリン共に全身を刃物でズタズタにされていく。滅多打ちにされ、やがて俺様の意識は途絶えた。
エデンの開拓団団長として一旗上げて貴族になるという俺様の大きな野望が、まさかこんなところで終わるなんてな。ついさっきまでは我が世の春だったってのに。どうしてこんなことになったんだ。
どうか悪い夢であって欲しいぜ。
しばらくして、一番最初にエレーナのとこに向かっていたザイニが戻ってきた。
すっきりして緩んだ顔が、めちゃくちゃ気持ち悪いぜ。まあ気持ち悪い顔はお互い様だがな。
「次はあっしでやんすね」
「おう行ってこい。すっきりしてこいや。げへへ」
続いて、二番目にじゃんけんに勝ったトーガがエレーナの所にしけ込む。残った奴らで酒盛り再開だ。
「ザイニ。お前も飲めや」
「ありがとうございますゴルド様」
「ん? 何だよ改まって。気持ち悪い奴だな。いつもみたいにゴルドの旦那って呼べよ」
「そうでしたね。すみませんね。ゴルドの旦那」
「……?」
やがて俺様は、戻って来たザイニの様子がちとおかしいことに気づく。
いつものザイニなら、今更ゴルド様なんて堅苦しい呼び方はしねえはずだ。ゴルドの旦那と親しみを込めて呼ぶはずだ。
違和感はそれだけではなかった。
「おいどうしたザイニ? ナイフとフォークを使って器用に肉を食うなんてよ。いつものお前は手づかみで食ってるだろ?」
「……え?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「なんとなくそういう気分だからっすよ、ゴルドの旦那」
「……」
言葉遣いもそうだが、仕草もおかしい。
いつものザイニは肉を素手で食う野蛮人だ。ナイフとフォークを使うなんて、そんな上品な文化人みたいな真似はできねえはずだ。
違和感を感じたが、見た目はザイニに間違いねえ。他の子分共も大して気にしていないようだった。
「ゴルドの旦那、ザイニもついに文明を学んだってことじゃないですかい?」
「ギャハハ! ザイニめ、猿からようやく成長したな!」
「こいつはめでてえや! 今日はザイニが人間に進化しためでてえ日だぞ!」
ザイニの文化人っぷりを見て、野郎共が騒ぎ立てる。
(気にしすぎか)
呑気な周囲の雰囲気に乗せられた俺様は、気のせいかと思い、一旦疑問を飲み込むことにした。
「あー、すっきりしたぜ。次は誰だ?」
二番目にエレーナの所に消えたトーガが戻ってくる。
そのトーガの様子も、おかしかった。
「おいトーガ。お前、何でちゃんと服を着てるんだ? いつものお前なら、全裸でそのまま出てくるはずだろ?」
「……え?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「……そういう気分だからですぜ」
行動もそうだが、指摘されてキョトンとするトーガの顔もおかしかった。顔のつくりはトーガにしか見えないんだが、表情がどこかおかしいのだ。
愛嬌も何もない野蛮人のトーガは、こんな女の子みたいな感情表現豊かな顔はできねえはずだぞ。
トーガめ、いつの間にそんな女顔ができるようになりやがったんだ?
「ゴルドの旦那、ザイニに引き続き、トーガの奴も文明を学んだってことじゃないですかい?」
「ギャハハ! 猿から成長する奴が二人も出て、今夜はめでたいばかりだぜ!」
「ザイニとトーガが猿から進化したことを祝って、乾杯だー!」
違和感を感じて首を傾げる俺様であったが、子分たちは何も気にしていないようだった。新たな話題ができてめでたいとばかりに、大いにはしゃいでいた。
(ザイニもトーガもどうしちまったんだ?)
呑気な子分共とは違い、俺様の中では疑問が膨らんでいくばかりであった。何かがおかしい。そうとしか思えなかった。
そして、三人目のマックがエレーナの所にしけ込んだ時に、疑問は確信に変わった。
「おい。マックの奴が消えてどれくらい経った?」
「へ? 四半刻ってところですよ」
「おかしい。マックの奴は淡白な野郎だ。入れた瞬間終わりのはずだ。もっと早く出てくるはずだぜ?」
「そういえばそうっすね。言われてみれば」
マックの奴がエレーナの所に消えて中々帰ってこなかった。
「おかしすぎる。今日はいつもと違う。ちょいと様子を見てくるぜ」
明らかに様子がおかしいと思い、様子を見に行こうとした時のことであった。
「……へえ。意外と用心深いんだな。驚いたよ」
ザイニが急にそんなことを言い出した。いつもの奴とは明らかに違う口ぶりで、感心したようにそう言ったのだ。
「ザイニ? 何を言ってやがる?」
「エリザ。そろそろ誤魔化しは限界のようだ。種明かしといこうか」
「ええそうしましょうか。仮初とはいえ、このブサイクな輩の形を借りるのは嫌ですし」
トーガの奴は女みてえな口調でザイニに返事を返した。
何がどうなってやがる。トーガの奴、完全に女に目覚めたのか?――そう俺たちが戸惑っていると、奴らは正体を明かし始めた。
――ボフン。ボフン。
二人が次々に光に包まれたと思ったら、二人は一瞬にして姿を変えていった。そこに現れたのは、見目の整った見知らぬ男女であった。
「何だテメエらは⁉」
「この宿の新支配人と副支配人ですよ。店長のエレーナに代わって挨拶に来たんですよ」
「新支配人だと⁉」
男の方は、新しくこの宿の支配人になった者だと、突拍子もない自己紹介をしてきた。
「そうか。テメエらがエレーナに手を貸したっていう、物好きな冒険者か」
「ええまあそんなところですかね」
姿を変えられるほどの有力なスキルを持つ存在。だとすれば、それなりに腕の立つ冒険者に違いなかった。
(ちっ、おせっかいな冒険者が勝手なことをしやがって!)
二人は何らかの理由があってエレーナに手を貸しているらしかった。
大方、俺たちの悪行を聞きつけて、変な義侠心でも出してやがるんだろう。おせっかいな野郎共だ。
「本物のザイニとトーガ、それとマックの奴はどうした?」
「さて。どうでしょうかね」
「テメエ、無事じゃなかったらタダじゃ済まさねえぞ! 俺様の可愛い子分を!」
冒険者となれば、下手に騒ぎを起こさぬように殺しは慎むはずだが、どうなっているかはわからねえ。もしかしたら死んでいるかもしれねえ。俺たちは警戒を強めた。
「それにしても毎晩毎晩好き勝手やってるみたいですね。ふむ、安く見積もっても五人で一晩2ゴルゴン金貨、修繕費とこれまでの請求も合わせて、合計100ゴルゴンってとこですかね。きっちり払ってもらいますよ」
男は騒ぎ立てる俺たちのことなど知ったこっちゃないという風に平然としていた。平然とした態度で弁償を迫ってくる。
「俺たちに100ゴルゴンも請求しようってのか? てめえにはそんな権利ないだろ」
「権利ならありますよ。この店は昼過ぎから俺の所有物となりましたから。所有者には請求権がありますよね?」
「だったらエレーナの借金をテメエが肩代わりしやがれ! 俺はエレーナに金を貸しているんだ! エレーナの借金200ゴルゴンを、そっちが払いやがれ!」
「借金200ゴルゴンね。その内訳は?」
「今までにエレーナが借りた金の元本と利子含めた分だぁ!」
「エレーナは元はいくら借りたんですか?」
「1ゴルゴンだ!」
「やれやれ。これまた酷い暴利ですねぇ」
「うるせえんだよ! 黙ってろ!」
目の前の男はふざけたことをぬかす。
何が新支配人だ。ここはエレーナの宿だ。そしてエレーナは俺様のものになる予定だ。だからここは俺様の家も同然だ。出しゃばってくるんじゃねえ、クソ冒険者が。
「無駄な会話はこれくらいにしておきましょうか。払えないようなので、では貴方方の命で賠償させていただきます」
「命だと? テメエ、俺たちとやろうってのか!」
「ええ。アンタらはお客様じゃないですから。ただの害虫です。害虫は処分しないと」
相手はわけのわからないことばかり言っていたが、殺る気だというのは確かにわかった。冒険者如きが、調子に乗りやがって。
「おいっ、野郎共! この舐めた冒険者共を叩きのめすぞ! 男はぶっ殺して、女の方は慰み者にしてやるぞ!」
「「おお!」」
俺様の呼びかけに応え、子分共はすぐに武器を取って構えた。
「クソ冒険者め、寝言なら死んでから言えやぁあ!」
俺様たちは武器を掲げて向かっていく。
大人しく死んでおけ冒険者。調子に乗った罰だぜ。
「――ぐほぉっ!」
確実にやったと思った。だが、やられたのは俺様たちの方であった。
「げふぅ!」
「がはぁ!」
男は尋常じゃない速さで俺様たちの身体を掴むと、次々に投げ飛ばしていった。女も同様だ。それで俺様たちは床の上に投げ出されることとなった。
「くそったれぇ」
「何だこいつ、化け物かよ!」
優男だから大したことないと思っていたが、凄腕の冒険者だったのか。
不味いな。マジで不味いぜ。
ここは詫びを入れるか?
いや、100ゴルゴンなんて大金払えるわきゃねえ。ここは侘びを入れたと見せかけて隙をみて殺すに限るな。
「生意気言ってすいませんでしたぁ。許してくださぁい!」
俺様はすぐに土下座を行った。土下座をしながら子分共に目配せする。
「サーセンしたぁ!」
「マジすいません!」
「許してくらさい!」
気心知れた野郎共は、すぐに俺の意図を察してくれた。子分共もすぐに土下座を決める。物分りのいい子分共で助かるぜ。
「100ゴルゴン必ず払って弁償します! 命だけはお助けを!」
「へえ100ゴルゴン持ってるんだ?」
「はい。住処の隠し金庫に入ってます。必ず払います」
「へえそう」
100ゴルゴン持ってるなんて真っ赤な嘘だが、適当に言っておく。
「うへへ、仲直りの握手をしましょうよ旦那」
「握手ねえ。まあいいけど」
俺様は野郎の手をとり、友好的に握手した。野郎の手など握りたくないが、ここは我慢だ。
これでやつの片手は使えまい。隙ありだ。
「死ね――ぐぼぉ!」
隠し持ったナイフで無防備な腹を一突きしてやろうかと思ったが、できなかった。
奴は空いている方の腕を目にも留まらぬ速さで振るい、ナイフを叩き落としたのだ。そして流れるような動きで、俺様の腕に噛み付いてきやがった。
「ぐぉおおお! 痛ぇええ!」
腕を噛まれた俺様は床に倒れこんで悶絶することになった。
「くだらない茶番にはこれ以上付き合いきれないね。終わりにしようか」
そう言って、男が合図を出すと、物陰から小さな緑色の生き物が飛び出してきた。
「ギギィ!」
一瞬何かよくわからなかった。だがすぐにそれがゴブリンだとわかった。
(何でゴブリンがこんな所にいやがる? しかもメスのゴブリンもいるだと?)
この冒険者め、馬鹿みたいに強い上に珍しいゴブリンまでも使役してやがるのか。とんでもないやつだ。得体の知れない怖さがあった。
(ちっ、不味いな!)
冒険者二人だけでも敵わないのに、それに加えてゴブリンまでいたら勝ち目なんてねえ。逃げるしかねえ。逃げるが勝ちだ。
「ひぃいっ、ゴルドの旦那ぁ⁉」
「どうすんですかい⁉」
「大丈夫だ! 俺様には偉大なる力がある! ゴブリン共め、動くな!」
虎の子のスキル【威圧】を発動して命令する。すると、俺様たちに攻撃しようとしていたゴブリンたちの動きが一斉に止まった。これでよし。
「一旦引くぞお前ら!」
「へい!」
ゴブリンたちの動きが鈍くなったその隙に逃げ出そうと、俺様たちは宿の出口へ向けて駆け出した。
「動くな盗賊共。そしてもう喋るな。見苦しい」
「――っ⁉」
男は酷く底冷えのする声を出しやがった。すると、俺たちはまったく身動きがとれなくなった。
(か、身体が……動かねえ……喋れねえ……まさか…)
この効果、間違いねえ。これは俺様の使うスキル【威圧】で間違いなかった。
なんでこの男が【威圧】を持ってやがる。【威圧】はそこそこレアなスキルのはずだ。今まで同じスキルを持ってるやつに出会ったことなんてないというのに。
「やれ。タロウたち」
「ギギ!(承知!)」
男がそう命令すると、動けない俺様たちの元にゴブリンが迫ってくる。
武器を持った魔物に迫られているのに、こちらは何もできない。死を待つだけ。恐ろしいほどの恐怖だった。
(や……やめ……うぎゃああああああ!)
ゴブリン共に全身を刃物でズタズタにされていく。滅多打ちにされ、やがて俺様の意識は途絶えた。
エデンの開拓団団長として一旗上げて貴族になるという俺様の大きな野望が、まさかこんなところで終わるなんてな。ついさっきまでは我が世の春だったってのに。どうしてこんなことになったんだ。
どうか悪い夢であって欲しいぜ。
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