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二章

スライム捕獲依頼3/3

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 スライム谷から村に戻った俺たちは、村外れにある空き家を宛がわれ、そこで宿泊することになった。宛がわれたのは大きな屋敷で、全員が収容できるような場所だった。

「お前ら、汚ねえからさっさと水浴びして来い。俺たちは後でいいからよ」
「はい……」
「女一人だと万が一があるといけねえ。ウォラかセン、付いていてやれ」
「はいはい」

 屋敷に着くなり、ライムがインディスたちに水浴びしてこいと声をかける。
 スライムの未消化物のドロドロの中に突っ込んだインディスたちは、すぐさま屋敷の庭にある水場へと駆けていく。インディスの水浴びのサポートをするため、ウォラも水場へと向かっていく。

「さて。今日は何を食おうか」

 インディスたちが水浴びしているその間、俺とパープルで飯作りをすることになった。

「あ、おい待てヨミト」
「ん、何ですライムさん?」

 合同任務中と言えど、元は別々のチームだ。必要以上に馴れ合う必要はない。
 当然チーム別々で飯を作るかと思っていたのだが、先んじてライムが声をかけてきた。

「こう見えて、俺はそこそこ料理が得意でよ。今日は鉄等級の新人たちのために、俺が腕を振るってやるよ」

 ライムが飯を作ってくれることになった。材料もライムのチームがもってくれるらしい。有難い話だ。

(ライム、パープル君の尻を揉む変態だけど、意外と良い奴じゃん)

 ライムの印象が今日一日でガラリと変わった。初めて酒場で会った時のうざい印象はなんだったのだろうというくらいだ。

 今日は一日中下品な冗談ばかり言っていたが、スライム捕獲のレクチャーなどは基本真面目で丁寧に教えてくれた。酒癖は悪いが悪い人間ではないらしい。

(休憩中に血を飲んだけど悪人の味はしなかったしな)

 ホウの村に向かう移動中、隙を見てライムチームの面々の血を飲んでみたが、誰も悪人の血の味はしなかった。彼らはインディスたちとは比べ物にならないくらい信頼できるようだ。

「あのライムって奴、良い奴かもな」
「でも下郎は下郎ですわ。他の下郎も暑苦しい見た目で嫌ですわ。女の子ですら暑苦しくて嫌ですわ」
「いいじゃん体育会系、頼りになってさ。ああいう人材も悪くないな。現場仕事を任せたいって思うよ」

 ライムが意外と良い奴だということがわかったが、お嬢様気質なエリザとしてはあの性格は受け入れがたいらしい。下郎呼ばわりを変えるつもりはないようだ。他のライムチームの面々も暑苦しくて嫌らしい。体育会系って元気いっぱいでハキハキしてていいのにね。

「お先に失礼しました。どうぞ」
「そうか。エリザ、俺たちも浴びてこようか」
「はい」

 エリザとこそこそと駄弁っていると、やがて水浴びを終えたインディスたちが戻ってくる。入れ替わるように俺たちが水浴びに向かい、帰って来る頃になると、料理が出来上がっていた。

「お待たせ。ライム様の特製、ブルの乳煮込みだぜ。今運ぶぜ」

 ライムが作ってくれたのは、肌寒い今の季節にはぴったりの料理、シチューだった。とても美味しそうだ。

「あれエリザ、インディスは?」
「体調が優れないとのことで、先に休むとのことですわ」

 飯の時間になると、インディスが姿を消した。
 聞けば、もう休んでいるようだ。スライムのドロドロに突っ込んだからか、体調を崩してしまったらしい。強そうな見た目なのに意外と柔だな。

「ご主人様、このシチュー、毒物のようなものが入っていますわ」
「なに?」

 配膳が済み、これから食べ始めようかというところで、エリザが神妙な顔つきで耳打ちしてみた。シチューに変なものが入っているらしい。

――スキル【獣の嗅覚】発動。

 スキルを発動して調べてみると、俺も違和感に気づくことができた。

(これは何かの薬か?)

 シチューには変な臭いが混じっていた。
 毒なのかははっきりわからない。おそらく何かしら悪い作用があるのは確かだろう。あまり良くない感じだ。

「どうします?」
「俺たちが摂取しても大丈夫そうだけどな」

 あまり強い毒だとは感じられない。吸血鬼の俺たちならこれくらいの毒はなんてことないだろう。ほぼ効かないはずだ。まあでも念のため、摂取はしない方がいいだろうな。

「食ったふりして様子をみよう」
「わかりましたわ」

 下手人が誰なのか、普通に考えれば、シチューを作ったライムが怪しい。
 だが血の味的にはライムがやったとは思えない。ライムチームの他の面々もそうだ。善良な人間が急に豹変するとは思えない。

 となると、怪しいのはやっぱりあの三人の内の誰かだな。インディス、トライ、オバールの内の誰かだ。悪の血の味がするあの三人の内の誰かだ。彼女らがいよいよ本性を現したと考えるのが妥当だ。

「このタイミングで仕掛けてくるかぁ。こうなるなら、彼女らには蝙蝠を常に張り付かせておけばよかったな」
「ご主人様、後悔しても仕方ありませんわ。今から張り付けておきましょう」
「ああそうだな」

 俺はこっそり指示を出し、近くの森に待機させてあった眷属の蝙蝠の一部を、インディス、トライ、オバールに張り付かせることにした。

「よっしゃ、食ってくれや! 酒も俺の奢りだ! それじゃ、新人君たちとの出会いを祝し、女神エビス様に感謝して乾杯!」

 配膳が完全に済んだところで、ライムが満面の笑みで音頭をとる。酒を片手に陽気な様子だ。ライムチームの誰もが似たような表情をしている。

 やはりライムたちが毒を仕込んだとは思えないな。これでライムたちの誰かが犯人だったらとんだサイコパスだろう。吸血鬼の俺もびっくりのサイコ人間だよ。

「いただきまーす!」

 皆が料理を食べ始める。
 がつがつ食っている奴とそうでない奴を見ると、大体犯人がわかった。だが完全に見極めるために、そのまま泳がせる。

「あれ……今日は酔いが回るの早いな……」
「あぅ……」
「なに……これ……」
「ちょっ……おかしい……」
「はぇ……」
「こ、これは……」

 やがて、シチューを食べたライムチームの全員が気を失うようにぶっ倒れる。そのすぐ後、パープルも倒れる。

 死んでいるわけではない。どうやら盛られたのは睡眠薬のようだ。人間にとってはかなり効果のあるものだったらしい。ライムたちはまるで起きる素振りがない。

「エリザ」
「ええわかってますわ」

 俺とエリザも寝たふりをしてその場に倒れ込む。

「へへ、相変わらずよく効くな」
「ああ。裏で仕入れた薬だが、毎回これほどよく効くとはな」

 トライとオバール。犯人は一人ではなく、二人だったか。共犯のようだな。

「まずはお楽しみといこうか。俺はあのセンとかいう女にする。マジ好みだ」
「ひひっ、じゃあ俺はあのエリザって女にしよう。前から狙ってたあの生意気なお嬢様の中にぶち込んでやるぜ」

 二人は普段の純朴そうな田舎少年のような表情を一変させ、野獣のような表情で下衆な言葉を吐く。そしてそれぞれ目当ての女に近づいていった。

「へへ、呑気に寝てやがる。間抜けな男め。相方の女がこれから奪われるのもわからず、すやすやと寝てやがるぜ。とんだ馬鹿男だぜ! ヨミトってやつはよぉ!」

 そう言って近づいて来たオバールがエリザに手を出す前に、俺は機先を制してオバールの首を鷲掴みにした。

「――ぎぃがっ!? ぐぎぃいいい!?」

 そのまま握り潰す勢いで首を掴まえて持ち上げる。
 本気ではない。本気だったら本当に握り潰せるからね。

「ふぎぃっ、ふぎぃいい!?」

 声にならない情けない声を上げ続けるオバール。俺はオバールの気を失わせると、地面に叩き落とした。

「て、テメエ、な、何で!? 馬鹿な!? 眠ったはずじゃ!?」

 センという女を襲おうとしていたトライだが、異変に気づき、慌てて俺の方を振り返った。オバールが一瞬で無力化されたので、酷く慌てた表情でいる。

「眠ったふりをしたんだよ。詰めが甘かったな」
「なっ!? くそっ」
「こらっ、逃げるんじゃない」
「は、早いっ!? うげえ!」

 逃げようとしたオバールを捕まえ、地面に叩き伏せる。

「エリザ。ポーションを使ってライムたちを回復させてやれ。俺はこいつらをボコる。死なない程度にボコらなきゃならねえ。もう完全にキレちまったよ」
「わかりましたわ」

 俺はエリザにライムたちの介抱を任せると、睡眠薬を盛りやがった奴らに制裁を加えることにした。

「ライムのおもてなしの心が詰まったシチューを台無しにしやがって! このクソがぁあああああ! 日本人のおもてなしの心を汚したらッ、ボコボコにするしかねえだろうがぁああああ!」
「ひぎっ、があっ、やめっ、ぐああっ」
「クソがぁあああ! 日本人のおもてなしの心を馬鹿にしやがってぇええ! 挙句にエリザにまで手を出そうとしやがって! このクソおにぎりがぁあああ!」
「ぐがぁっ、ひぎぃっ、やめっ、ゆるっ、ゆるじでっ」
「おい、そこらへんでやめとけっ、死んじまうぞ!」

 気づけば、俺はトライとオバールの顔面が変形するくらいまで殴っていて、復活したライムたちに止められることになった。

「ヨミト! アンタの気持ちはわかった! 落ち着いてくれ!」
「ふぅふぅ、すみません……つい興奮してしまいました……」

 興奮してつい殴りすぎてしまったらしい。感情の制御が出来ないなんて、社会人失格だな。いや、今の俺は人じゃなくて吸血鬼だけどさ。社会吸血鬼失格だな。

 まあ殺さなかっただけ前よりも成長できたのかもしれん。上手く手加減できた自分を褒めてやりたい。

「すみませんライムさん。貴方の日本人のおもてなしの心を、ウチのチームの連中が汚してしまって……。なんとお詫びしてよいやら」
「いやニホンジンが何なのかわからねえけど、アンタの気持ちは十二分にわかったよ。だが殺しは不味い。こいつらはギルドに突き出さないと」
「ええそうですね」

 俺が二人をボコボコにしている間、ライムたちはエリザから事情を聞いたらしい。二人がしでかしたことを完全に理解しているようだった。

「こいつらがやったことだ、アンタに責任はないぜ。幸い、全員無事だしな。それより、貴重なポーション使わせて悪いな」
「いえいえお構いなく」

 ライムは貴重なポーションを使わせてしまったことを謝ってくる。
 ライムからすれば、鉄等級の俺たちが不相応にも持っていた虎の子のポーションを使わせてしまったと思っているらしい。その実、ダンジョンマナで購入したポーションだからまったく懐は痛くないんだがな。

 まあそこらへんのことは説明するわけにもいかないから適当に流しておこう。

「こいつらは縛って村の牢屋にぶち込んでおこう。仕事を終えて引き上げる際、俺たちがミッドロウの町まで連行しよう」
「ええ」
「タック、ノリ。頼んだぜ」
「おうよ」

 ライムチームの男メンバー二人が、トライとオバールを引っ立てて連れていった。行く先は村の独房だそうだ。

「ライム。これで二人減るわけだけど、明日からの任務、追加の人員はなくても大丈夫かしら?」
「そうだな……」

 騒ぎが一段落すると、ライムたちは明日からの任務の心配を始める。
 流石は冒険者といったところか。荒事には慣れていて、あんなことがあったのに切り替えが早いようだ。

「まあなんとかなるだろ。ヨミトたちが予想以上に使えたしな。ヨミトたち、明日からあいつらの分もしっかり頼むぜ」
「ええ任せてください」

 まああの二人がいないところでどうにかなるだろう。あの二人、今日の捕獲作業でもほとんど役に立ってなかったしな。

「すみません皆さん、僕のせいでご迷惑を……」

 話も終わりになると、顔面蒼白なパープルが皆に謝罪して回り始めた。
 あの二人はパープルが勧誘して引き込んだだけに、責任を感じているようだ。

「パープル君のせいじゃないよ。あのおにぎり君二人が悪いんだ」
「そうだぜパープルちゃん。お詫びにケツ揉ませてくれればそれでいいぜ」

 話の最後にライムがパープルのケツをひと揉みして、それでチャラということになった。
 その時のパープルの目は死んでいた。強く生きろパープル君。

 翌日から二人減って任務を続行することになったが、まったく問題なかった。天候に恵まれたこともあり、五日後には作業を終えることができた。
 当初の予定では十日ほどかかるとのことだったが、トラブルがあったのにも関わらず、半分の日程で終えることができた。

 最終日の晩に、捕縛していたトライとオバールの二人、それからインディスが忽然と姿を消すというトラブルがあったものの、任務自体は無事に終えることができたのであった。
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