吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

文字の大きさ
107 / 291
三章

ベイカーの願い

しおりを挟む
「この先にある扉は……はぁはぁ。スイーツの家の裏手にある古井戸に繋がってる。おそらく、スイーツの家のどこかにブレンダはいるはずだ。生きていればの話だがな……はぁはぁ」

 ベイカーは息も絶え絶えに言った。

「スイーツとは誰です?」
「スイーツはブレンダの亡くなった母の名前っす! つまり、親方の亡くなった奥さんっす!」
「なるほど。それはわかったけど、何故その家にブレンダがいるとわかるんです?」
「今はスイーツの家はカニバルのものになっているはずだ。十年以上前から変わっていなければの話だがな……はぁはぁ」
「奥さんの家が何でカニバルのものとなっているんです?」
「話せば長くなる。簡単に言やぁ、俺はスイーツと結婚する際、カニバルと一悶着あったんだ。スイーツはカニバルの婚約者だったんだが、その縁談を破棄して俺のところに来た。体裁が悪かったんで俺もスイーツも下級貴族だったが、その地位を捨てて王都を離れた。スイーツの家は奴にくれてやったんだよ。慰謝料としてな……」
「なるほどね」

 詳しいことはわからんが、紆余曲折あって、ベイカーの死んだ奥さんが大昔に住んでいた家は今はカニバルのものとなっているようだ。ベイカーはどうやら、地下水道を通ってその奥さんの元家(現カニバルの家)に向かおうとしていたらしい。

 俺たちがカニバルについて話しているのを聞いていたみたいだな。一階リビングで話している声が二階の廊下にも聞こえていたんだろう。

「それならそうと何故俺たちに言わなかったんです? 言えば付いて行ったのに」
「お前たちに迷惑かけれるかってんだ……はぁはぁ。貴族の家に侵入するなんて、下手したら死罪だ。そこまで迷惑かけるわけにゃいかねえ。パオンにもな。死地に向かうのは死に損ない一人で十分だと思ったんだよ……はぁはぁ」

 ベイカーは俺たちのことを慮って一人で乗り込んで娘を救おうとしたらしい。

 まあ普通は貴族街に侵入するから手伝ってくれ、って言われて手伝う奴はいないだろうから、そうするだろうな。パオンなら手伝いそうだが、パオンの身の安全を考え、ベイカーは自分一人で向かおうとしていたようだ。

「何故ベイカーさんは地下水道の道を知ってたんです?」
「俺も昔は王都で冒険者やってた。だから地下水道の道にゃ馴染みがある。それにこの道は、スイーツとの逢引に使っていた道だからな。この臭い道も、忘れられねえ思い出の道ってわけさ」
「こんなドブ臭い道通って逢引してたなんて、逢引する時は全身汚物臭くて最悪でしょうに、よくやりましたね」
「馬鹿野郎、そりゃ会う前にちゃんと消臭ポーションとか使ってるに決まってんだろが」
「ああそうですか。それなら納得ですね」
「細けえ野郎だな……はぁはぁ」

 地下水道は一見さんには分かり辛い道だ。ベイカーがここまで迷わずに来れたのにはそういうわけがあったのか。

 ベイカーが死にかけの身でここまでやって来た理由がわかったな。愛娘が生存していることに賭け、一か八か命を投げ打ってやって来たようだ

「どうやら俺はここまでのようだ。頼む……ブレンダが生きていたら……助け出してやってくれ。アンタに頼む義理なんてないんだが……頼む。後生だ」

 ベイカーは焦点も定まらぬ瞳で縋るように俺の手を掴んでくる。自立心が人一倍強そうなおっさんが、ほとんど縁も縁もない俺に必死に頼み込んでいる。このままじゃ死ぬに死にきれないといった様子だ。

 ベイカーの死の危機に際し、俺は出来る限りのことをやってやろうと思った。

「わかった。その願い聞き届けよう」

 俺は変化の姿を解く。冒険者ヨミトではなく、吸血鬼ヨミトの姿を現した。あえてこの姿を選んで見せてやることにした。

「っ!?」
「なんすか……これ?」

 吸血鬼となった俺の姿を見て、ベイカーとパオンは目を見開く。

「ブレンダは必ず救い出して見せる。この吸血鬼の名に懸けて、必ずだ。だから安心して逝くがいいさ」

 俺はベイカーの手を潰さない程度に強く握り返すと、そう言ってやった。

「へへ……」

 しばらく呆気に取られていたベイカーであるが、ホッとしたような表情を見せる。それから皮肉げに笑い、大きく息を吸って吐いた。

「へっ、死に際に天使じゃなくて悪魔に見送られるとはな……。若い時にハチャメチャやった俺には相応しいかもな……。頼んだ……ぜ……悪魔さん……よ」

 ベイカーは二、三度大きく息を吐くと、それから力なくがくりと項垂れた。下水の腐臭に塗れた中にあるというに、その死に顔は極めて安らかなものであった。

「親方ぁっ! 親方ぁああああ!」

 パオンがベイカーの亡骸に縋りつく。弟子として長年仕えた男の死だ。堪えきれないものがあったのか、号泣といった様子で泣いている。

 このまま彼を連れて奪還作戦というわけにはいかないな。

(地下水道はやはり声が響くな。このままだと不味いか)

 ここは地上部に近い。このままここで騒いでいると、騒ぎに気づかれる可能性がある。

 俺は近くの空間をダンジョン化させて、そこに仮の転移陣を設置した。

「エリザ。ベイカーさんの遺体をダンジョンへと運んでくれ。パオン君もね。後は俺が敵陣に乗り込んで片をつけてくるよ」
「かしこまりましたわ。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 パオンとベイカーの亡骸についてはエリザに任せる。エリザたちがダンジョンに移動したのを見て、転移陣を削除、ダンジョン化した部分も消しておく。削除すると僅かであるがDMの還元があるので忘れずにやっておく。

「さてと。ベイカーとの約束を果たさないとな」

 俺は拳をバキリと一鳴らししてから、出口へと向けて歩いていったのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない

仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。 トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。 しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。 先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

処理中です...