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三章
ベイカーの願い
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「この先にある扉は……はぁはぁ。スイーツの家の裏手にある古井戸に繋がってる。おそらく、スイーツの家のどこかにブレンダはいるはずだ。生きていればの話だがな……はぁはぁ」
ベイカーは息も絶え絶えに言った。
「スイーツとは誰です?」
「スイーツはブレンダの亡くなった母の名前っす! つまり、親方の亡くなった奥さんっす!」
「なるほど。それはわかったけど、何故その家にブレンダがいるとわかるんです?」
「今はスイーツの家はカニバルのものになっているはずだ。十年以上前から変わっていなければの話だがな……はぁはぁ」
「奥さんの家が何でカニバルのものとなっているんです?」
「話せば長くなる。簡単に言やぁ、俺はスイーツと結婚する際、カニバルと一悶着あったんだ。スイーツはカニバルの婚約者だったんだが、その縁談を破棄して俺のところに来た。体裁が悪かったんで俺もスイーツも下級貴族だったが、その地位を捨てて王都を離れた。スイーツの家は奴にくれてやったんだよ。慰謝料としてな……」
「なるほどね」
詳しいことはわからんが、紆余曲折あって、ベイカーの死んだ奥さんが大昔に住んでいた家は今はカニバルのものとなっているようだ。ベイカーはどうやら、地下水道を通ってその奥さんの元家(現カニバルの家)に向かおうとしていたらしい。
俺たちがカニバルについて話しているのを聞いていたみたいだな。一階リビングで話している声が二階の廊下にも聞こえていたんだろう。
「それならそうと何故俺たちに言わなかったんです? 言えば付いて行ったのに」
「お前たちに迷惑かけれるかってんだ……はぁはぁ。貴族の家に侵入するなんて、下手したら死罪だ。そこまで迷惑かけるわけにゃいかねえ。パオンにもな。死地に向かうのは死に損ない一人で十分だと思ったんだよ……はぁはぁ」
ベイカーは俺たちのことを慮って一人で乗り込んで娘を救おうとしたらしい。
まあ普通は貴族街に侵入するから手伝ってくれ、って言われて手伝う奴はいないだろうから、そうするだろうな。パオンなら手伝いそうだが、パオンの身の安全を考え、ベイカーは自分一人で向かおうとしていたようだ。
「何故ベイカーさんは地下水道の道を知ってたんです?」
「俺も昔は王都で冒険者やってた。だから地下水道の道にゃ馴染みがある。それにこの道は、スイーツとの逢引に使っていた道だからな。この臭い道も、忘れられねえ思い出の道ってわけさ」
「こんなドブ臭い道通って逢引してたなんて、逢引する時は全身汚物臭くて最悪でしょうに、よくやりましたね」
「馬鹿野郎、そりゃ会う前にちゃんと消臭ポーションとか使ってるに決まってんだろが」
「ああそうですか。それなら納得ですね」
「細けえ野郎だな……はぁはぁ」
地下水道は一見さんには分かり辛い道だ。ベイカーがここまで迷わずに来れたのにはそういうわけがあったのか。
ベイカーが死にかけの身でここまでやって来た理由がわかったな。愛娘が生存していることに賭け、一か八か命を投げ打ってやって来たようだ
「どうやら俺はここまでのようだ。頼む……ブレンダが生きていたら……助け出してやってくれ。アンタに頼む義理なんてないんだが……頼む。後生だ」
ベイカーは焦点も定まらぬ瞳で縋るように俺の手を掴んでくる。自立心が人一倍強そうなおっさんが、ほとんど縁も縁もない俺に必死に頼み込んでいる。このままじゃ死ぬに死にきれないといった様子だ。
ベイカーの死の危機に際し、俺は出来る限りのことをやってやろうと思った。
「わかった。その願い聞き届けよう」
俺は変化の姿を解く。冒険者ヨミトではなく、吸血鬼ヨミトの姿を現した。あえてこの姿を選んで見せてやることにした。
「っ!?」
「なんすか……これ?」
吸血鬼となった俺の姿を見て、ベイカーとパオンは目を見開く。
「ブレンダは必ず救い出して見せる。この吸血鬼の名に懸けて、必ずだ。だから安心して逝くがいいさ」
俺はベイカーの手を潰さない程度に強く握り返すと、そう言ってやった。
「へへ……」
しばらく呆気に取られていたベイカーであるが、ホッとしたような表情を見せる。それから皮肉げに笑い、大きく息を吸って吐いた。
「へっ、死に際に天使じゃなくて悪魔に見送られるとはな……。若い時にハチャメチャやった俺には相応しいかもな……。頼んだ……ぜ……悪魔さん……よ」
ベイカーは二、三度大きく息を吐くと、それから力なくがくりと項垂れた。下水の腐臭に塗れた中にあるというに、その死に顔は極めて安らかなものであった。
「親方ぁっ! 親方ぁああああ!」
パオンがベイカーの亡骸に縋りつく。弟子として長年仕えた男の死だ。堪えきれないものがあったのか、号泣といった様子で泣いている。
このまま彼を連れて奪還作戦というわけにはいかないな。
(地下水道はやはり声が響くな。このままだと不味いか)
ここは地上部に近い。このままここで騒いでいると、騒ぎに気づかれる可能性がある。
俺は近くの空間をダンジョン化させて、そこに仮の転移陣を設置した。
「エリザ。ベイカーさんの遺体をダンジョンへと運んでくれ。パオン君もね。後は俺が敵陣に乗り込んで片をつけてくるよ」
「かしこまりましたわ。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
パオンとベイカーの亡骸についてはエリザに任せる。エリザたちがダンジョンに移動したのを見て、転移陣を削除、ダンジョン化した部分も消しておく。削除すると僅かであるがDMの還元があるので忘れずにやっておく。
「さてと。ベイカーとの約束を果たさないとな」
俺は拳をバキリと一鳴らししてから、出口へと向けて歩いていったのであった。
ベイカーは息も絶え絶えに言った。
「スイーツとは誰です?」
「スイーツはブレンダの亡くなった母の名前っす! つまり、親方の亡くなった奥さんっす!」
「なるほど。それはわかったけど、何故その家にブレンダがいるとわかるんです?」
「今はスイーツの家はカニバルのものになっているはずだ。十年以上前から変わっていなければの話だがな……はぁはぁ」
「奥さんの家が何でカニバルのものとなっているんです?」
「話せば長くなる。簡単に言やぁ、俺はスイーツと結婚する際、カニバルと一悶着あったんだ。スイーツはカニバルの婚約者だったんだが、その縁談を破棄して俺のところに来た。体裁が悪かったんで俺もスイーツも下級貴族だったが、その地位を捨てて王都を離れた。スイーツの家は奴にくれてやったんだよ。慰謝料としてな……」
「なるほどね」
詳しいことはわからんが、紆余曲折あって、ベイカーの死んだ奥さんが大昔に住んでいた家は今はカニバルのものとなっているようだ。ベイカーはどうやら、地下水道を通ってその奥さんの元家(現カニバルの家)に向かおうとしていたらしい。
俺たちがカニバルについて話しているのを聞いていたみたいだな。一階リビングで話している声が二階の廊下にも聞こえていたんだろう。
「それならそうと何故俺たちに言わなかったんです? 言えば付いて行ったのに」
「お前たちに迷惑かけれるかってんだ……はぁはぁ。貴族の家に侵入するなんて、下手したら死罪だ。そこまで迷惑かけるわけにゃいかねえ。パオンにもな。死地に向かうのは死に損ない一人で十分だと思ったんだよ……はぁはぁ」
ベイカーは俺たちのことを慮って一人で乗り込んで娘を救おうとしたらしい。
まあ普通は貴族街に侵入するから手伝ってくれ、って言われて手伝う奴はいないだろうから、そうするだろうな。パオンなら手伝いそうだが、パオンの身の安全を考え、ベイカーは自分一人で向かおうとしていたようだ。
「何故ベイカーさんは地下水道の道を知ってたんです?」
「俺も昔は王都で冒険者やってた。だから地下水道の道にゃ馴染みがある。それにこの道は、スイーツとの逢引に使っていた道だからな。この臭い道も、忘れられねえ思い出の道ってわけさ」
「こんなドブ臭い道通って逢引してたなんて、逢引する時は全身汚物臭くて最悪でしょうに、よくやりましたね」
「馬鹿野郎、そりゃ会う前にちゃんと消臭ポーションとか使ってるに決まってんだろが」
「ああそうですか。それなら納得ですね」
「細けえ野郎だな……はぁはぁ」
地下水道は一見さんには分かり辛い道だ。ベイカーがここまで迷わずに来れたのにはそういうわけがあったのか。
ベイカーが死にかけの身でここまでやって来た理由がわかったな。愛娘が生存していることに賭け、一か八か命を投げ打ってやって来たようだ
「どうやら俺はここまでのようだ。頼む……ブレンダが生きていたら……助け出してやってくれ。アンタに頼む義理なんてないんだが……頼む。後生だ」
ベイカーは焦点も定まらぬ瞳で縋るように俺の手を掴んでくる。自立心が人一倍強そうなおっさんが、ほとんど縁も縁もない俺に必死に頼み込んでいる。このままじゃ死ぬに死にきれないといった様子だ。
ベイカーの死の危機に際し、俺は出来る限りのことをやってやろうと思った。
「わかった。その願い聞き届けよう」
俺は変化の姿を解く。冒険者ヨミトではなく、吸血鬼ヨミトの姿を現した。あえてこの姿を選んで見せてやることにした。
「っ!?」
「なんすか……これ?」
吸血鬼となった俺の姿を見て、ベイカーとパオンは目を見開く。
「ブレンダは必ず救い出して見せる。この吸血鬼の名に懸けて、必ずだ。だから安心して逝くがいいさ」
俺はベイカーの手を潰さない程度に強く握り返すと、そう言ってやった。
「へへ……」
しばらく呆気に取られていたベイカーであるが、ホッとしたような表情を見せる。それから皮肉げに笑い、大きく息を吸って吐いた。
「へっ、死に際に天使じゃなくて悪魔に見送られるとはな……。若い時にハチャメチャやった俺には相応しいかもな……。頼んだ……ぜ……悪魔さん……よ」
ベイカーは二、三度大きく息を吐くと、それから力なくがくりと項垂れた。下水の腐臭に塗れた中にあるというに、その死に顔は極めて安らかなものであった。
「親方ぁっ! 親方ぁああああ!」
パオンがベイカーの亡骸に縋りつく。弟子として長年仕えた男の死だ。堪えきれないものがあったのか、号泣といった様子で泣いている。
このまま彼を連れて奪還作戦というわけにはいかないな。
(地下水道はやはり声が響くな。このままだと不味いか)
ここは地上部に近い。このままここで騒いでいると、騒ぎに気づかれる可能性がある。
俺は近くの空間をダンジョン化させて、そこに仮の転移陣を設置した。
「エリザ。ベイカーさんの遺体をダンジョンへと運んでくれ。パオン君もね。後は俺が敵陣に乗り込んで片をつけてくるよ」
「かしこまりましたわ。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
パオンとベイカーの亡骸についてはエリザに任せる。エリザたちがダンジョンに移動したのを見て、転移陣を削除、ダンジョン化した部分も消しておく。削除すると僅かであるがDMの還元があるので忘れずにやっておく。
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