吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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四章

宿泊者名簿No.13 元毒蜘蛛構成員オージン5/5

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「こんにちは。先日、融資の件をお願いしに参った者ですが」

 後日、俺とバカンはヨミトの家を訪ねた。それなりに立派な家で、庭には犬三匹がいた。

 こりゃそれなりに稼いでそうだな。金をたんまり溜め込んでいそうだ。たっぷり搾り取らせてもらうとするぜ。

「パパ、犬っ、犬がいるよっ!」
「バカン騒ぐな。じっとしていろ」

 騒ぎ立てるバカンを制しながらじっと待っていると、家の者が出てきた。

「ああ。オージンさんですね。どうぞ」

 現れたのはそれほど強そうに思えない優男であった。こいつが件の人物であるヨミトらしい。

 こんな弱そうな奴なら問題なくスキルで契約を結べそうだと思った。

「ご立派な御宅ですね~」
「ええまあ」
「流石は鉄等級冒険者様です。憧れますよぉ」

 適当に褒めまくりながら相手の警戒心を緩めさせる。

 こんな感じで相手を騙して金を搾り取るのは今回が初めてじゃねえ。初めてどころかもう何百回とやってる。毒蜘蛛の構成員だった頃なんて毎日のようにやってたからな。昔取った杵柄ってやつで、手馴れたもんだぜ。

「どうぞ」
「すみませんお構いなく」

 ヨミトにお茶と菓子を出してもらう。こいつ、冒険者のくせに人当たりがクソ良いな。

 強そうには思えないが、チームのリーダーやってるって言うし、交渉能力では秀でたもんを持っているのかもな。

「いだだぎまずぅ~」

 バカンの奴、茶を出された瞬間、飲み干しやがった。菓子も一瞬で食い尽くした。

 まったくこの馬鹿息子は。こいつを連れて来たのは間違いだったか?

 まあでも先方がバカンも一緒に連れて来いって行ったからな。仕方ねえな。

「元気な息子さんですね」
「ええ元気だけが取り得です。それ以外は何もありません」

 バカンの馬鹿っぷりに、ヨミトの野郎も苦笑してやがるぜ。

「それで、融資の件なんですが、どれほど出して頂けるのでしょうか?」

 長居するとバカンのせいで纏まる話も纏まらなくなると思い、俺はすぐに本題を切り出した。

「そうですね。100ゴルゴンくらいは出せますかね」
「100ゴルゴン!?」

 まさかこんな優男が100ゴルゴンもの余裕資金を持っているとはな。あるいはチームの金なのだろうか。どっちにしろカモに違いねえ。

「そんなに出して頂けるので?」
「ええ。メグミンちゃんのとこの牧場ですから」

 男はどうやらメグミンに入れあげているらしく、それで大金を貸し付けてくれるらしい。

(くくく、あのメグミンのためにねえ。笑えるぜ)

 今やバカンはおろか農奴の玩具にすらなっているというメグミン。そんなメグミンに入れあげているとは間抜けな奴だぜ。

 手を握ることすらもできねえのに100ゴルゴンも貸してくれるとはな。こりゃウチの馬鹿息子以上に馬鹿だな。

「そうですか。メグミンも喜ぶと思います。本当にありがとうございます」

 俺は内心で嘲りつつも、表面上は慇懃な態度を保ったまま対応を重ねた。

「ところで、今日はメグミンちゃんはいらっしゃらないので? 一緒に来てくれるという話では?」

 男はメグミンがいないことに不満そうな顔を示した。大方、大金貸し付けるところを見せて良い顔しようって魂胆だったんだろう。

 バカンと一緒にメグミンとアキを連れてくるようにも言われたんだが、俺は彼女たちを連れてこなかった。万が一メグミンたちの異常に気づかれると困るからな。

「ええ。少し体調を崩してしまいましてね。大事があるといけないので休ませました」
「そうですか。それは残念です」

 風邪なんか嘘っぱちだが、体調不良と聞けば引き下がらざるを得ない。俺は適当なことを言って煙に巻いた。

「今、この家にはヨミトさんしかおられないのですか?」
「いえ、二階に同じチームのものが一人いますよ」

 現在、この家には二人しかないという。好機だな。

 本当は一人だけの時を狙いたかったが、それは無理だろう。

 バカンの話や家の規模を見るに、最低でも五、六人と共同生活してるのは間違いなさそうだからな。もしもの時を考え二人以上で行動しているのは間違いない。

 二人しかいないというのは好機だ。目の前の男はリーダーで頭脳だけの雑魚と思われる男。

 どうするか。やるっきゃねえよな。

「バカン」
「わがっだよパパ」

 目線で合図を送ると、バカンはヨミトを思いっきり殴り飛ばした。不意打ち攻撃を喰らったヨミトは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「痛い゛っ! 痛い゛よパパ! あの人、すっごぐ硬い!」
「あん?」

 バカンが手を押さえながら大声を上げるので見てやると、殴った拳が赤く腫れ上がり、所々ひび割れて出血していた。ヨミトを殴ったことでこうなったらしい。

「いきなり殴ってくるなんてとんでもない息子さんですねぇ。オークの方がまだ躾けがなっているというものですよ」

 倒れこんでいたヨミトは、殴られたことなど大したことないというかのようにむくりと上体を起こした。

 バカンの全力殴打なんて喰らったら気絶は不可避のはずなのに、すぐに起き上がりやがった。

(こいつ、頭部にバカンの一撃をくらってピンピンしてやがるだとぉ!?)

 ヨミトの頭からは血がほとんど出ていなかった。普通の人間なら即死の一撃をくらってそれだ。

 冒険者だから多少強めでも大丈夫だろうと思い、全力殴打させた(というかバカンに加減などできない)のだが、まさか大した傷すら与えられないとは。

(まあいい。地面に血が一滴だけ落ちてる。こいつを利用すれば!)

 地面に落ちている一滴の血を見つける。バカンの血ではない。奴の血で間違いない。

 俺は素早くそれを回収すると、バカンに指示を出す。

「バカン! 詠唱が終わるまで奴を押さえろ!」
「わがっだ!」

 幸い、こんだけ騒いでいるというのに、二階にいるという仲間は顔を出してこなかった。

 おそらくはぐっすりと寝込んでいるんだろう。この時間に家にいるってことは夜勤の仕事か何かで朝帰りしてきた後だろうからな。間抜けなチームだぜ。

「血の盟約に従い、我は乞う――」

 スキルを発動して詠唱を行う。

「おどなじぐじででね。ヨビドざん」
「……」

 ヨミトはバカンに押さえつけられたまま、微動だにせずこちらを見ていた。

 見た目上、大きな傷は負ってなさそうだったが、脳震盪でも起こしているのかもしれなかった。

「よっしゃあ! 俺様の勝ちだ! これでテメエは俺様の意のままだ!」

 無事に詠唱が済んだ。勝利を確信して俺は吠える。

「なるほどね。そうやって相手の血を使うことで相手を支配できるスキルか」
「今更気づいても遅いぜ間抜けが! さあ、さっさと100ゴルゴン、俺様に渡しやがれ! ガハハハ!」

 俺は高笑いしながら命令を下した。

「あれ? もう一度言う! さっさと100ゴルゴン持ってこい!」

 二度三度命令を下して見ても、ヨミトはピクリとも反応を見せなかった。
 
「残念ながら俺には効かなかったようだね」
「ば、馬鹿な! この俺が、こんな優男よりも生物として格下だというのか!?」

 まさかの契約失敗だ。血は採りたての新鮮だし、相手の目の前で詠唱に成功した。だからそれで契約に失敗したとすれば、理由は一つしかない。

 この俺がこんな優男よりも格下だというのかよ。戦場で慣らした親父や上級冒険者共や異常なスキルを持つバカンならともかく、こんな素人に毛が生えたレベルの鉄等級の男なんかよりも!

「なるほど。格下の相手にしか使えないスキルか。面倒な手順が必要だが、【洗脳】よりかは強そうなスキルだな。大方、このスキルも【洗脳】と同じく、相手にバッドスキルを負わせる類のものなんだろう。後で色々と人体実験するかね」
「テメエ、何をほざいてやがる!」

 ヨミトはわけのわからんことをごちゃごちゃと言っていた。

 まあいい。奇襲的にこっちが一発攻撃を加えてるから、こっちが有利なのは変わりねえ。こいつを殺した後で金を奪えばいい。それで生きている二階の仲間とやらを支配して全部罪を被せればいいだけだ。

「やれバカン! そいつを殺せ!」
「わがっだ!」

 バカンはヨミトに向かっていくのだが……。

「いででっ、痛いっ、いだいよぉ!」

 ヨミトはバカンの首を片手で掴み、その巨体を軽々と持ち上げていた。

 一度暴れると俺様でも手を焼くあのバカンが子犬のようにあしらわれているだと。ありえねえ。そんなのはありえないことだ。これは現実なのか。

「ぐええ……」

 バカンはそのまま窒息させられ、泡を噴きながら倒れた。死んではいないようだが、気絶したようだ。

「ば、化け物!」

 あの力だけはあるバカンが子犬のようにあしらわれている。化け物に違いない。

 俺は堪らず尻餅をつく。そして慌てて玄関先から外に逃げようとするのだが、庭にいた犬によって再び家の中に押し込められる。

 こいつ、犬も完璧に操ってやがるのかよ。俺の持っているスキル【血盟】のようなスキルを、こいつも持っているというのか。

「君たちは簡単には殺さないよ。メグミンちゃんやアキ君が味わった苦痛の分だけ、苦痛を味わってもらおう。その後、俺のダンジョンの糧になってもらおうか」
「お前っ、メグミンのことを知って!?」
「アキ君に頼まれたからね。君たちに復讐したいって。だから手を貸すことにしたんだよ」

 ヨミトはメグミンたちのことも何もかも知っている様子ぶりだった。

 ハメようとしたのは俺たちじゃねえ。敵の根城にのこのことハメられに来たのは、俺たちの方だったというわけかよ。畜生!

「汚ねえぞ! 人を騙すなんて最低だ!」
「君が言うことかよ。まあ続きは目覚めた後、ゆっくりとね」

 ヨミトはそう言うと、俺の首筋に手刀を叩きつけた。俺の意識は瞬く間に沈んでいった。

「――ぐがあああああああああ!」

 目覚めた先は悪魔の住処であった。俺とバカン、それから調子に乗り過ぎていた農奴たちはそこで死ぬまで拷問を加えられることとなった。

「もうやめでぐれえええ! ぐあああああ!」
「僕ぢんばっ、メグミンだんの穴に棒入れるは好ぎだけどぉっ、入れられるのは好ぎじゃないどぉお!」

 大事なもんを破壊されては回復魔法で回復させられる。焼き棒押し当てられては回復魔法で回復させられる。

 そんな死んだ方がマシのようなことを延々と繰り返された。一言で言えば地獄だ。

「まだまだこんなもんじゃないよ。メグミンが味わった屈辱はね。徹底的にわからせてやるよ。そのオーク以下の脳みそになぁ」

 俺たちに拷問を加えているのは、アキとかいうあの病弱少年だった。病弱で咳ばかりしていて今にも死にそうだったはずなのに、悪魔の根城で会った奴は見違えるように生気に満ちていた。ギラついた目で、寝食を忘れるくらいの勢いで俺たちを責め抜いた。

「――もう殺じでぐださい」
「ああ。これで終わりだよ。死ね。糞野郎」

 どれほど時間が経っただろうか。地獄の時間にも終わりが訪れる。

 アキという少年にナイフを振るわれ、まず農奴たちが死んだ。次にバカンが死に、最後に俺の番が回ってきた。

 ああやっと終わるのか――そう思った時には、俺の意識は既になかった。永久の闇へと沈んでいた。

 向かうのは親父たちのいる所じゃないだろう。馬鹿息子と仲良く一緒に地獄だ。地獄でもこいつの面倒を見ることになるのか。

 まあしょうがねえな。俺は親だからよ、地獄でも親子仲良くやろうぜバカン。
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