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七章
宿泊者名簿No.23 村長の孫ハンター1/7(田舎ヤンキー青春秘話)
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王国西方の僻地にある――マッシュ村。その代々村長を務める家系に、俺は生まれた。
大昔まで遡ればロキリア国王の祖先とも連なるらしい。まあそんなご立派な家系に、俺は生まれたってわけだ。
「あれが村長のお孫さんか」
「村長に似て利発そうな子じゃのお」
村長の孫。ガキの頃から何度聞いたかわからないくらい、お馴染みの言葉だ。
村の誰も彼もが俺のことをそう呼ぶ。村長の孫、村長の孫ってな。
ガキの頃はそう言われるのが嫌で仕方がなかった。俺は俺だ。ハンターという名がある。村長の孫なんかじゃねえって、いつも反発していた。
「――親父ッ! 今日こそは狩りに連れてってくれ!」
村長の孫ではなく俺は俺である、ということを証明したくて、俺は幼くして親父たちの狩りに同行することを願った。まだ五つか六つくらいの時のことだ。
「あぁ? ハンター、お前にはまだ早い。家で遊んでろ」
「頼むよッ! 俺は強くなりてえんだ!」
「ダメだ!」
「なんでだよ!」
いくら頼んでも親父は首を縦に振っちゃくれなかったんだが、叔父さんが助け舟を出してくれた。
「まあいいんじゃないかい義兄さん。ハンター君、年齢にそぐわずガタイいいし。スライム狩りくらいさせてあげたらどうだい?」
「うーん、まあ早く一人前になってくれれば、それに越したことはないか」
そうして狩りに同行させてもらえるようになってからというもの、俺は努力を重ね、スライムからゴブリン、どんどん大きな獲物を狩るようになった。
「おおもうそんな大きな獲物を獲れるようになったのか!」
「村長のお孫さん、名前なんて言ったっけ?」
「ハンター君だね」
「ハンター君凄いなぁ!」
大きな獲物を仕留めると、村の皆が俺のことを認めてくれた。村長の孫ではなく、ハンターという名で呼んでくれた。
「ハンター! この村の将来はアンタに任せたぞ!」
「よっ、未来の村長!」
幼い頃から俺という存在を誇示してきたからか、成長するにしたがって村長の孫とは呼ばれなくなったが、その代わりに、「未来の村長」だと呼ばれることが増えていった。
頑張りすぎたおかげで皮肉にも再び名前で呼ばれなくなってしまったわけだが、その頃には呼び方などどうでもいいと思えるくらいの自信がついていたし、精神的に成長してもいた。
村長という存在がどれほど村にとって大事なのか、わかるような年頃にもなっていたからな。
村長である爺さんは偉大だ。だから爺さんの孫と呼ばれるのも、そりゃそうだと納得できるようにもなっていた。
(爺さんと親父と叔父さんがくたばれば、次は俺が村長なのか……)
村の皆に認められるというのは嬉しいことなのだが、心の奥底にある一抹の寂しさは拭えなかった。なんの変革もないこの田舎村で一生を過ごすのだと思うと、なんとなく寂しく感じられたのだ。
人間とは欲のある生き物だ。他人に認められばもっと認められたくなる。
近隣の山を踏破したら、さらに遠くの山も踏破してみたくなる。大きな獲物を狩れば、もっと大きな獲物を狩ってみたくなるものだ。
幼い頃から山で狩りを重ねてきた結果、俺は未知の世界に飛び込んでみたくなっていた。
この山の向こうには何があるのか、森の向こうには何があるのか。ロキリア王国の首都、ドルドローアとはどんなところか。王国の外の国はどうなっているのか。この村以外の世界も見てみたくなったのだ。
だがそんな我侭は俺には許されないことだった。代々村長を務めている家系に生まれた俺は、そんな勝手をするわけにはいかなかった。
親が決めた結婚をしてこの村と共に生きる。それが俺の歩くべき道だった。
別にそのことに大きな不満はねえ。誰にも認められず、結婚もできず、何者にもなれずに人生を終える奴もいる。それと比べれば、随分と贅沢な悩みなのかもしれない。だから大きな不満はない。
ただ、自分の人生に思いを馳せる時、どうしても一抹の寂しさだけは拭うことができなかった。
(ちっ、今日も農作業か。さっさと終わらせて狩りにでもいくか)
寂しさを感じた時は、いつもイライラが募った。イライラを誤魔化すために頻繁に山に入り、魔物共をぶっ倒すことで鬱憤晴らしをした。
年頃になると、そんなことばかりを繰り返した。他に娯楽もなかったからな。
「ハンター、お前、エビス様に認められたらしいぞ。この前診てくれた神官様が言ってたぞ、新たに二つもスキルを授かったらしい」
「そうかやはりな。これで俺も複数スキル持ちか」
魔物を倒すことで女神エビスの加護をより得られるようになり、俺はますます強く逞しくなっていった。
長年経験を積んだことにより、【狩猟】や【追跡】といったスキルを身に着けることができた。
親父たちに呆れられるのも構わずに山に篭り続けたのが功を奏したらしい。普通は後天的にスキルを獲得するのは困難なことらしかった。
(もうこの辺の魔物は相手になんねえな。ブリザードドラゴン以上の相手には出会えないしな……ちくしょう、俺はもうこれ以上の高みを感じることはできねえのかよ!)
憂さ晴らしの魔物狩りは最初の頃は楽しくて良い気分転換になったのだが、次第にそうはならなくなった。近隣では最高ランクの獲物であるブリザードドラゴンを倒せるようになると、達成感よりも寂しさとイライラがより募るようになった。
もうこの村近辺で狩りをしていても達成感のあるようなことはなくなってしまった――そう思うと寂しくてたまらなかった。
(これからは人生の墓場へ一直線か……)
ある年頃になると、そんな憂鬱をいつも感じるようになった。
そんな俺とは違って、アイツは人生を伸び伸びと生きていた。俺の婚約者リサは、輝かしい未来に向かって突き進んでいた。
「聞いた? リサちゃん、学術ギルドの難しい試験に合格して学者の卵になったんだって」
「凄いわよね。国外の学校にしばらく通うんですって」
「俺らは国内の学校すら通えないのに凄いぜ」
「美人で頭いいとか、天は二物を与えるよな」
「マッシュ村初の学者様の誕生になるかもしれねえ。こりゃめでてえぜ!」
いつだったか、狩りから帰ると、村の連中が俺の婚約者リサの話をしていた。リサが学術ギルドの試験に合格して学術ギルドの準会員として認められたのを、聞きつけたらしかった。
(そうかリサのやつ、学術ギルドの試験に受かったのか。流石だな)
リサは【暗記】という勉学に役立つスキルを生まれながらに持っていた。その上勉強好きだったので、勉学面では若い時から群を抜いていた。十にも満たない年齢で茸人族の言葉を理解し、交流時の通訳に任命されるほどの優秀さだった。
あまりにも優秀なのでウチの爺さん(村長)が最寄の学術ギルドで試験を受けさせたのだが、問題なく合格をもらえたようだった。
(ということはリサは村の外へ行くのか……)
学術ギルドの加盟者は、正会員と準会員に分けられる。準会員は学術ギルドでの試験を受けて合格すれば誰にでもなれる。正会員になるには、学術ギルドの指定する学校に通ってさらなる専門知識を身に着ける必要がある。
リサは自分の夢に向かって突き進むだろう。村から初の学者が誕生するかもしれないと爺さんも乗り気だし間違いなくそうすると思った。
リサの学術ギルド準会員認定がなされてしばらく経ったある日の夕方、俺はリサと会って話をすることになった。
「――ハンター。私ね、五年ほど国外のアカデミーに通おうと思うんだ。課程を修了するまで村には戻って来れないんだけど、許してくれるかな?」
案の定、リサは自分の夢に向かって羽ばたこうとしていた。
(国外か。強い魔物がいるだろうな。国外に行かずとも国内には強い魔物が沢山いるだろうな……)
俺も村の外に行きたかったが、俺の頭では学術ギルドの試験なんて受からない。冒険者ならなれそうだが、不安定な職である冒険者になろうなんて、親父もお袋も爺さんも認めてはくれねえだろう。
何よりも、家の跡取りである俺は村に残る以外の選択肢なんてなかった。若い衆の頭に任命されてもいたからな。
(ちくしょう。俺だって……)
いつしか俺は婚約者のリサに強い嫉妬の感情を抱くようになった。俺との結婚という後ろ道を用意しつつ、自由に自分の人生を謳歌してるリサが羨ましかったのだ。情けない話だがな。
「行けばいいんじゃねえか? 爺さんも認めてるし、俺のことなんて気にする必要ねえだろ?」
「うんそうだけど、一応ハンターにも伝えておこうと思って……怒ってる? ごめんね結婚を待たせることになって……」
「別に怒っちゃいねえよ」
「いや怒ってるよね? あっ、都会に行っても純潔は絶対に守るから安心して! 私、ハンター一筋だから!」
「ばっ、馬鹿! そんなことどうでもいいんだよ!」
「どうでもよくはないでしょ!?」
「そうだけど、そういうことじゃねえんだよ! 俺のことなんていいから、自分の夢に向かって頑張れよッ!」
「?」
俺の不貞腐れた態度を見て、リサは勘違いしているようだった。結婚が先延ばしされて不貞腐れていると思っていたようだ。
だがそれでよかった。俺は自分の中にある嫉妬の感情を読み取られずに済んでよかったと思った。
(リサはいいよな。結婚前に広い世界を見れてよ)
村という狭い枠から飛び出して世界に挑戦するリサはとても眩しく感じられた。村一番の力自慢、なんていう俺の称号は、何の意味もないように思えた。
(俺も国外に行きてえ。強い魔物を倒してえ。未知の冒険がしてえ。はぁ……)
我慢も限界を迎えてしまったのだろう。リサが村から旅立ってからというもの、俺は抜け殻のようになってしまった。
「最近のハンター、元気ねえよな」
「ああ心配だぜ……」
「リサちゃんが遠くにいっちまったからだろうな」
人生を謳歌するリサが羨ましくて自分の境遇を嘆いていただけなのだが、傍から見れば、婚約者が遠く離れた地に行ってしまってしょ気ているという風に見えたことだろう。
事実、村の連中はそう思ったらしい。奴らは俺を元気づけようと度々誘いをかけてくれた。
「ハンター、今度のお前の誕生日、俺ん家の納屋で宴会しようぜ」
「宴会か。そういう気分じゃねえんだが……」
「いいから来いって。待ってんぞ!」
「ったく、わかったよ」
「必ず来いよ! うしし、楽しみにしとけ!」
「?」
リサが村を出ていき、初めて迎えた誕生日のことだった。俺は半ば強引に約束を取り付けられ、友人の家の納屋に遊びに行くことになった。
(アイツん家の納屋に行くのも久しぶりだな)
ガキの頃に何度も遊びに行ったことがあるから迷うことはない。日が暮れる頃、台所からくすねた酒瓶を片手に、俺は目的の場所に赴いた。
「よおハンター! 待ってたぜ!」
「我らが未来の村長のお出ましだな!」
小さい頃は山で一緒に遊んだり、大きくなってからは村の仕事を一緒にやったりしてきた仲間。ガキの頃から顔馴染みの連中がそこにいた。
「ハンター、こんばんはー」
「おう。珍しいな、今日はナンもいるのか」
「えー、いちゃ悪い?」
「いや悪くねえけどさ」
野郎共の集まりだと思っていたら、そこには一人だけ女が交じっていた。
同世代のナンという女だ。見目が整ってて、言いたいことははっきり言う。村の若い女子衆の中では、わりと目立っている方の女だ。
「今日は女子衆も来るのか?」
「いやアタシだけだよ。こんな夜に他の女の子が来るわけないじゃん。厳しい家の子多いもん」
「そうか。お前んちは大丈夫なのか?」
「アタシんちは放任主義だから全然平気。ハンターとは初めてだけど、他の子とはわりと夜遊んでるし」
「そっか。羨ましいぜ。ウチは面倒だからよ。今日もこっそり抜けてきたくらいだ」
「村長の家だもんねー。そりゃそうでしょ」
ナンは夜遊びが好きで野郎共とよく飲んでいるようだった。俺の誕生日というのを口実に、今日も酒を飲みにきたらしい。
「それじゃハンターの誕生日を祝って、乾杯!」
「おうありがとう乾杯」
楽しく飲むのに男とか女とか区別する必要はねえ。野郎の集まりに一人だけ交じったナンの存在は異質と言えば異質だったが、特に気にもせず、飲み始めることになった。
持ち寄った酒や食事を肴に、会話を楽しむ。
「飲んで忘れると悪いから先に渡しとくぜ。野郎全員で金を出しあって買ったもんだ。有難く受け取りやがれ!」
「おお、欲しかったやつだ。ありがとな!」
野郎共は誕生日の贈り物として狩猟用の弓矢を贈ってくれた。魔物討伐にも使える本格的なやつだった。
(狩猟か。もうこれ以上高みには上り詰めることができないっていうのにな……)
みんなの気持ちは嬉しかったのだが、素直に喜べなかった。だが失礼がないようにと、無理やり笑顔を作って嬉しいように振舞った。
「アタシの贈りもんは後であげるね」
「ナンも何かくれるのか?」
「うん。だけどうち貧乏だし、大したものあげられなくて申し訳ないんだけどねー」
「そんな無理しなくていいぞ? 気持ちだけで十分だからさ」
「大丈夫大丈夫。無理なんてしてないって。つーか半分趣味入ってるし」
「趣味? 何のことだ?」
「それは後でのお楽しみね。うふふ」
「?」
ナンはわけのわからないことを言っていた。
ナンもそうだが、他の野郎共もニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべていて、不気味だった。
(大方、俺を驚かせようって魂胆だな。乗ってやるか)
何か企んでやがると思ったが、無視することにした。わざわざ驚かすための仕掛けを用意してくれているんなら、その好意を無下にするのもどうかと思ったからな。素直に騙されておいてやろうと思ったのだ。
「ったくウチの親父はよー」
「ハハハ、お前そっくりじゃねえか」
「うるせえよ!」
他愛ない会話を繰り広げながら、夜は更けていく。宴も酣といったところで、ナンが席を立った。
「そんじゃ、そろそろアタシ、贈りもんの用意してくるわ。水場、借りるよ?」
「おう好きに使ってくれや」
ナンがわけのわからないことを言って納屋から出ていった。夜も更けてきたので家に帰る、というわけではないらしかった。
「水場? 何のことだ?」
「いいからいいから。ハンターは座ってろ。もっと飲もうぜ」
「ああ……」
出て行ったナンを訝しく思う俺だったが、それを誤魔化すように野郎共が酒を勧めてきた。すぐにナンのことなんて忘れて飲み続けることになった。
――コンコン。
しばらくすると、納屋の戸が叩かれる。馬鹿騒ぎして近所の連中が怒鳴り込みにきたかと一瞬ヒヤッとしたが、それは違った。
「入るよー」
席を立ったナンが戻ってきただけだった。
「えへへ。じゃーん」
帰ってきたナンはおかしな格好をしていた。大きな布で全身をグルグル巻きにしていたのだ。
訝しがった俺は当然尋ねてみることにした。
「ナン、なんだよその変な格好?」
「アタシんちお金ないから、これがアタシの贈りもんよ!」
「あん? 意味わかんねーよ、仮装して芸でも披露して楽しませてくれるってか?」
「アハハっ、違う違う! そんなガキみたいなつまらないもんじゃないって。これよこれ!」
――バサリッ。
「え?」
ナンが身に纏っていた布を勢いよく左右に広げる。するとそこには、素っ裸の女が立っていた。
ナンだ。ナンが全てを曝け出した格好で、立っていたのだった。
大昔まで遡ればロキリア国王の祖先とも連なるらしい。まあそんなご立派な家系に、俺は生まれたってわけだ。
「あれが村長のお孫さんか」
「村長に似て利発そうな子じゃのお」
村長の孫。ガキの頃から何度聞いたかわからないくらい、お馴染みの言葉だ。
村の誰も彼もが俺のことをそう呼ぶ。村長の孫、村長の孫ってな。
ガキの頃はそう言われるのが嫌で仕方がなかった。俺は俺だ。ハンターという名がある。村長の孫なんかじゃねえって、いつも反発していた。
「――親父ッ! 今日こそは狩りに連れてってくれ!」
村長の孫ではなく俺は俺である、ということを証明したくて、俺は幼くして親父たちの狩りに同行することを願った。まだ五つか六つくらいの時のことだ。
「あぁ? ハンター、お前にはまだ早い。家で遊んでろ」
「頼むよッ! 俺は強くなりてえんだ!」
「ダメだ!」
「なんでだよ!」
いくら頼んでも親父は首を縦に振っちゃくれなかったんだが、叔父さんが助け舟を出してくれた。
「まあいいんじゃないかい義兄さん。ハンター君、年齢にそぐわずガタイいいし。スライム狩りくらいさせてあげたらどうだい?」
「うーん、まあ早く一人前になってくれれば、それに越したことはないか」
そうして狩りに同行させてもらえるようになってからというもの、俺は努力を重ね、スライムからゴブリン、どんどん大きな獲物を狩るようになった。
「おおもうそんな大きな獲物を獲れるようになったのか!」
「村長のお孫さん、名前なんて言ったっけ?」
「ハンター君だね」
「ハンター君凄いなぁ!」
大きな獲物を仕留めると、村の皆が俺のことを認めてくれた。村長の孫ではなく、ハンターという名で呼んでくれた。
「ハンター! この村の将来はアンタに任せたぞ!」
「よっ、未来の村長!」
幼い頃から俺という存在を誇示してきたからか、成長するにしたがって村長の孫とは呼ばれなくなったが、その代わりに、「未来の村長」だと呼ばれることが増えていった。
頑張りすぎたおかげで皮肉にも再び名前で呼ばれなくなってしまったわけだが、その頃には呼び方などどうでもいいと思えるくらいの自信がついていたし、精神的に成長してもいた。
村長という存在がどれほど村にとって大事なのか、わかるような年頃にもなっていたからな。
村長である爺さんは偉大だ。だから爺さんの孫と呼ばれるのも、そりゃそうだと納得できるようにもなっていた。
(爺さんと親父と叔父さんがくたばれば、次は俺が村長なのか……)
村の皆に認められるというのは嬉しいことなのだが、心の奥底にある一抹の寂しさは拭えなかった。なんの変革もないこの田舎村で一生を過ごすのだと思うと、なんとなく寂しく感じられたのだ。
人間とは欲のある生き物だ。他人に認められばもっと認められたくなる。
近隣の山を踏破したら、さらに遠くの山も踏破してみたくなる。大きな獲物を狩れば、もっと大きな獲物を狩ってみたくなるものだ。
幼い頃から山で狩りを重ねてきた結果、俺は未知の世界に飛び込んでみたくなっていた。
この山の向こうには何があるのか、森の向こうには何があるのか。ロキリア王国の首都、ドルドローアとはどんなところか。王国の外の国はどうなっているのか。この村以外の世界も見てみたくなったのだ。
だがそんな我侭は俺には許されないことだった。代々村長を務めている家系に生まれた俺は、そんな勝手をするわけにはいかなかった。
親が決めた結婚をしてこの村と共に生きる。それが俺の歩くべき道だった。
別にそのことに大きな不満はねえ。誰にも認められず、結婚もできず、何者にもなれずに人生を終える奴もいる。それと比べれば、随分と贅沢な悩みなのかもしれない。だから大きな不満はない。
ただ、自分の人生に思いを馳せる時、どうしても一抹の寂しさだけは拭うことができなかった。
(ちっ、今日も農作業か。さっさと終わらせて狩りにでもいくか)
寂しさを感じた時は、いつもイライラが募った。イライラを誤魔化すために頻繁に山に入り、魔物共をぶっ倒すことで鬱憤晴らしをした。
年頃になると、そんなことばかりを繰り返した。他に娯楽もなかったからな。
「ハンター、お前、エビス様に認められたらしいぞ。この前診てくれた神官様が言ってたぞ、新たに二つもスキルを授かったらしい」
「そうかやはりな。これで俺も複数スキル持ちか」
魔物を倒すことで女神エビスの加護をより得られるようになり、俺はますます強く逞しくなっていった。
長年経験を積んだことにより、【狩猟】や【追跡】といったスキルを身に着けることができた。
親父たちに呆れられるのも構わずに山に篭り続けたのが功を奏したらしい。普通は後天的にスキルを獲得するのは困難なことらしかった。
(もうこの辺の魔物は相手になんねえな。ブリザードドラゴン以上の相手には出会えないしな……ちくしょう、俺はもうこれ以上の高みを感じることはできねえのかよ!)
憂さ晴らしの魔物狩りは最初の頃は楽しくて良い気分転換になったのだが、次第にそうはならなくなった。近隣では最高ランクの獲物であるブリザードドラゴンを倒せるようになると、達成感よりも寂しさとイライラがより募るようになった。
もうこの村近辺で狩りをしていても達成感のあるようなことはなくなってしまった――そう思うと寂しくてたまらなかった。
(これからは人生の墓場へ一直線か……)
ある年頃になると、そんな憂鬱をいつも感じるようになった。
そんな俺とは違って、アイツは人生を伸び伸びと生きていた。俺の婚約者リサは、輝かしい未来に向かって突き進んでいた。
「聞いた? リサちゃん、学術ギルドの難しい試験に合格して学者の卵になったんだって」
「凄いわよね。国外の学校にしばらく通うんですって」
「俺らは国内の学校すら通えないのに凄いぜ」
「美人で頭いいとか、天は二物を与えるよな」
「マッシュ村初の学者様の誕生になるかもしれねえ。こりゃめでてえぜ!」
いつだったか、狩りから帰ると、村の連中が俺の婚約者リサの話をしていた。リサが学術ギルドの試験に合格して学術ギルドの準会員として認められたのを、聞きつけたらしかった。
(そうかリサのやつ、学術ギルドの試験に受かったのか。流石だな)
リサは【暗記】という勉学に役立つスキルを生まれながらに持っていた。その上勉強好きだったので、勉学面では若い時から群を抜いていた。十にも満たない年齢で茸人族の言葉を理解し、交流時の通訳に任命されるほどの優秀さだった。
あまりにも優秀なのでウチの爺さん(村長)が最寄の学術ギルドで試験を受けさせたのだが、問題なく合格をもらえたようだった。
(ということはリサは村の外へ行くのか……)
学術ギルドの加盟者は、正会員と準会員に分けられる。準会員は学術ギルドでの試験を受けて合格すれば誰にでもなれる。正会員になるには、学術ギルドの指定する学校に通ってさらなる専門知識を身に着ける必要がある。
リサは自分の夢に向かって突き進むだろう。村から初の学者が誕生するかもしれないと爺さんも乗り気だし間違いなくそうすると思った。
リサの学術ギルド準会員認定がなされてしばらく経ったある日の夕方、俺はリサと会って話をすることになった。
「――ハンター。私ね、五年ほど国外のアカデミーに通おうと思うんだ。課程を修了するまで村には戻って来れないんだけど、許してくれるかな?」
案の定、リサは自分の夢に向かって羽ばたこうとしていた。
(国外か。強い魔物がいるだろうな。国外に行かずとも国内には強い魔物が沢山いるだろうな……)
俺も村の外に行きたかったが、俺の頭では学術ギルドの試験なんて受からない。冒険者ならなれそうだが、不安定な職である冒険者になろうなんて、親父もお袋も爺さんも認めてはくれねえだろう。
何よりも、家の跡取りである俺は村に残る以外の選択肢なんてなかった。若い衆の頭に任命されてもいたからな。
(ちくしょう。俺だって……)
いつしか俺は婚約者のリサに強い嫉妬の感情を抱くようになった。俺との結婚という後ろ道を用意しつつ、自由に自分の人生を謳歌してるリサが羨ましかったのだ。情けない話だがな。
「行けばいいんじゃねえか? 爺さんも認めてるし、俺のことなんて気にする必要ねえだろ?」
「うんそうだけど、一応ハンターにも伝えておこうと思って……怒ってる? ごめんね結婚を待たせることになって……」
「別に怒っちゃいねえよ」
「いや怒ってるよね? あっ、都会に行っても純潔は絶対に守るから安心して! 私、ハンター一筋だから!」
「ばっ、馬鹿! そんなことどうでもいいんだよ!」
「どうでもよくはないでしょ!?」
「そうだけど、そういうことじゃねえんだよ! 俺のことなんていいから、自分の夢に向かって頑張れよッ!」
「?」
俺の不貞腐れた態度を見て、リサは勘違いしているようだった。結婚が先延ばしされて不貞腐れていると思っていたようだ。
だがそれでよかった。俺は自分の中にある嫉妬の感情を読み取られずに済んでよかったと思った。
(リサはいいよな。結婚前に広い世界を見れてよ)
村という狭い枠から飛び出して世界に挑戦するリサはとても眩しく感じられた。村一番の力自慢、なんていう俺の称号は、何の意味もないように思えた。
(俺も国外に行きてえ。強い魔物を倒してえ。未知の冒険がしてえ。はぁ……)
我慢も限界を迎えてしまったのだろう。リサが村から旅立ってからというもの、俺は抜け殻のようになってしまった。
「最近のハンター、元気ねえよな」
「ああ心配だぜ……」
「リサちゃんが遠くにいっちまったからだろうな」
人生を謳歌するリサが羨ましくて自分の境遇を嘆いていただけなのだが、傍から見れば、婚約者が遠く離れた地に行ってしまってしょ気ているという風に見えたことだろう。
事実、村の連中はそう思ったらしい。奴らは俺を元気づけようと度々誘いをかけてくれた。
「ハンター、今度のお前の誕生日、俺ん家の納屋で宴会しようぜ」
「宴会か。そういう気分じゃねえんだが……」
「いいから来いって。待ってんぞ!」
「ったく、わかったよ」
「必ず来いよ! うしし、楽しみにしとけ!」
「?」
リサが村を出ていき、初めて迎えた誕生日のことだった。俺は半ば強引に約束を取り付けられ、友人の家の納屋に遊びに行くことになった。
(アイツん家の納屋に行くのも久しぶりだな)
ガキの頃に何度も遊びに行ったことがあるから迷うことはない。日が暮れる頃、台所からくすねた酒瓶を片手に、俺は目的の場所に赴いた。
「よおハンター! 待ってたぜ!」
「我らが未来の村長のお出ましだな!」
小さい頃は山で一緒に遊んだり、大きくなってからは村の仕事を一緒にやったりしてきた仲間。ガキの頃から顔馴染みの連中がそこにいた。
「ハンター、こんばんはー」
「おう。珍しいな、今日はナンもいるのか」
「えー、いちゃ悪い?」
「いや悪くねえけどさ」
野郎共の集まりだと思っていたら、そこには一人だけ女が交じっていた。
同世代のナンという女だ。見目が整ってて、言いたいことははっきり言う。村の若い女子衆の中では、わりと目立っている方の女だ。
「今日は女子衆も来るのか?」
「いやアタシだけだよ。こんな夜に他の女の子が来るわけないじゃん。厳しい家の子多いもん」
「そうか。お前んちは大丈夫なのか?」
「アタシんちは放任主義だから全然平気。ハンターとは初めてだけど、他の子とはわりと夜遊んでるし」
「そっか。羨ましいぜ。ウチは面倒だからよ。今日もこっそり抜けてきたくらいだ」
「村長の家だもんねー。そりゃそうでしょ」
ナンは夜遊びが好きで野郎共とよく飲んでいるようだった。俺の誕生日というのを口実に、今日も酒を飲みにきたらしい。
「それじゃハンターの誕生日を祝って、乾杯!」
「おうありがとう乾杯」
楽しく飲むのに男とか女とか区別する必要はねえ。野郎の集まりに一人だけ交じったナンの存在は異質と言えば異質だったが、特に気にもせず、飲み始めることになった。
持ち寄った酒や食事を肴に、会話を楽しむ。
「飲んで忘れると悪いから先に渡しとくぜ。野郎全員で金を出しあって買ったもんだ。有難く受け取りやがれ!」
「おお、欲しかったやつだ。ありがとな!」
野郎共は誕生日の贈り物として狩猟用の弓矢を贈ってくれた。魔物討伐にも使える本格的なやつだった。
(狩猟か。もうこれ以上高みには上り詰めることができないっていうのにな……)
みんなの気持ちは嬉しかったのだが、素直に喜べなかった。だが失礼がないようにと、無理やり笑顔を作って嬉しいように振舞った。
「アタシの贈りもんは後であげるね」
「ナンも何かくれるのか?」
「うん。だけどうち貧乏だし、大したものあげられなくて申し訳ないんだけどねー」
「そんな無理しなくていいぞ? 気持ちだけで十分だからさ」
「大丈夫大丈夫。無理なんてしてないって。つーか半分趣味入ってるし」
「趣味? 何のことだ?」
「それは後でのお楽しみね。うふふ」
「?」
ナンはわけのわからないことを言っていた。
ナンもそうだが、他の野郎共もニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべていて、不気味だった。
(大方、俺を驚かせようって魂胆だな。乗ってやるか)
何か企んでやがると思ったが、無視することにした。わざわざ驚かすための仕掛けを用意してくれているんなら、その好意を無下にするのもどうかと思ったからな。素直に騙されておいてやろうと思ったのだ。
「ったくウチの親父はよー」
「ハハハ、お前そっくりじゃねえか」
「うるせえよ!」
他愛ない会話を繰り広げながら、夜は更けていく。宴も酣といったところで、ナンが席を立った。
「そんじゃ、そろそろアタシ、贈りもんの用意してくるわ。水場、借りるよ?」
「おう好きに使ってくれや」
ナンがわけのわからないことを言って納屋から出ていった。夜も更けてきたので家に帰る、というわけではないらしかった。
「水場? 何のことだ?」
「いいからいいから。ハンターは座ってろ。もっと飲もうぜ」
「ああ……」
出て行ったナンを訝しく思う俺だったが、それを誤魔化すように野郎共が酒を勧めてきた。すぐにナンのことなんて忘れて飲み続けることになった。
――コンコン。
しばらくすると、納屋の戸が叩かれる。馬鹿騒ぎして近所の連中が怒鳴り込みにきたかと一瞬ヒヤッとしたが、それは違った。
「入るよー」
席を立ったナンが戻ってきただけだった。
「えへへ。じゃーん」
帰ってきたナンはおかしな格好をしていた。大きな布で全身をグルグル巻きにしていたのだ。
訝しがった俺は当然尋ねてみることにした。
「ナン、なんだよその変な格好?」
「アタシんちお金ないから、これがアタシの贈りもんよ!」
「あん? 意味わかんねーよ、仮装して芸でも披露して楽しませてくれるってか?」
「アハハっ、違う違う! そんなガキみたいなつまらないもんじゃないって。これよこれ!」
――バサリッ。
「え?」
ナンが身に纏っていた布を勢いよく左右に広げる。するとそこには、素っ裸の女が立っていた。
ナンだ。ナンが全てを曝け出した格好で、立っていたのだった。
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