吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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七章

宿泊者名簿No.23 村長の孫ハンター6/7(復讐の意味)

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「さてと。それじゃ戦争といこうか」

 ヨミトは俺と悪魔の契約を済ませた後、リサや茸人族の安全を確保した。それから見知らぬ男の姿を借りると、反撃に打って出た。

「ぎゃあああ! 誰か助けてくれええ!」
「ばっ、化け物だぁああ!」

 吸血鬼ヨミトの力は凄まじかった。屈強な野盗共も魔物兵も、全て一撃で屠られていく。

 まるでそこらへんにある邪魔な雑草を刈り取るかのようだった。ヨミトにとっては本当にそれくらい簡単な作業だったのだ。戦いですらない。作業だ。

「ご主人様、一人逃げたようです」

 ヨミトの下僕らしい見知らぬ男。人間の姿をしているが、悪魔かそれに近い存在に違いない。そいつが報告に訪れる。

「他は全部捕らえたんだな?」
「はい。逃げた一人以外は無力化して転がしております。まあ死んでるのもいるでしょうが」
「そうか。まあ上出来だろう」

 あれだけの力を持った盗賊団を一人残して殲滅するとは、確かに上出来だった。悪魔の名に相応しい圧倒的な力だった。

「アイツっ!?」

 ヨミトの足元では一人の男が泡を吹きながら倒れていた。野盗の代表である男。俺やリサたちを酷い目に遭わせて笑っていた中心人物。

「こいつ、ぶっ殺してやる!」
「まあ待ってよ」
「何故とめるヨミト!?」

 俺はそいつをすぐにボコボコにしようとしたのだが、ヨミトによってとめられた。

「ここじゃすぐに殺しちゃうことになって勿体ないよ。DMも勿体ないし。俺のダンジョンに行こうか」
「ヨミトの……ダンジョン?」

 それからダンジョンなる場所に移動することになった。吸血鬼ヨミトは伝説の存在、ダンジョンマスターであったのだ。

「さてと」
「うおっ、転移陣? こんな高度な魔法、初めて見たぜ……」

 ヨミトがその場で作り出した複雑な魔法陣。それを潜ると、そこは異世界だった。一つの王国とでも呼べるような広大な空間が広がっていた。

 そこで俺たちは身心の傷を癒すことになった。

「ハンター、傷はもういいようだね?」

 ヨミトのダンジョンに世話になってしばらく。俺の宛がわれている部屋に、ヨミトが前触れもなくやって来た。

「ああ元気だ。早くあの野郎共に復讐したくてたまらねえよ」
「そっか。じゃあついてきてよ」

 ヨミトに連れられて向かったのはダンジョンの捕虜収容所だった。

「許してくれえええ! もう孕みたくないっ」
「男なのに出産なんて経験したくないよぉ!」
「ローパーに犯されるなんてもう嫌だぁああ!」

 収容所では、捕らえられた盗賊団の男たちがローパーに卵を産みつけられていた。

(へっ、ざまあねえな)

 リサたちを捕らえて酷いことしてた奴らが、今度は自分たちが捕らえられてリサたちと似たような状況に置かれている。

 因果応報。その光景を見て、少しばかり胸が空いた。ほんの少しばかりだけどな。

「クロ、君は今日で出産の刑は免除ね」
「ほ、本当か!?」
「ああ。その代わり、今日からはここにいるハンター君が拷問してくれるから楽しみにしててね」
「えっ、は? 拷問?」

 あのクソ野郎はローパーの刑を受けてもまだ元気の残っているようだった。抜け殻のようになっていたら復讐のし甲斐がないからちょうどいいと思った。

「よう久しぶりだなゴミクズ野郎。やられた分、きっちりやり返してやるから覚悟しとけよ」
「げぇえええ、お前は村長の孫息子!? ゆっ、許してくれえええええ!」
「絶対に許さないぜクソ野郎!」

 それからというもの、俺は野盗共を拷問して痛めつける作業に従事することになった。奴らを痛めつける度、心が軽くなっていく気がした。

 復讐なんて意味ないとか、無駄だとかほざく奴がたまにいるが、そんなことはない。復讐には心に積もった負債を軽くしてくれる働きがある。無駄なんてことはない。

 そして拷問している過程で、一人の裏切り者の存在を耳にすることになった。復讐するべき人間はもう一人いたのだった。

(ラギリの野郎! 俺たちを裏切ってやがったのか!)

 裏切り者ラギリの情報を手に入れると、ヨミトは爺さんと即座に話をつけ、色々と策を練ってくれた。

 俺が村に帰還を果たしてまもなく、ラギリは村の処刑場で磔の刑に晒されることになった。

 ラギリが刑に晒される前日。俺は奴と面会することになった。

「ラギリ、何故村を裏切った。俺はお前のことを友達だと思っていたのに」
「へっ、友達だなんて笑わせるなよハンター。お前と俺は所詮違う人間、身分の違う人間だ。他の連中と同じく内心じゃ見下してたくせによく言うぜ」
「そんなことはないッ!」
「あるだろうよ! 俺がイジメられているのを見てみぬふりしてやがったくせに!」
「お前っ、誰かにイジメられていたのか!?」
「白々しいぜ! 人気者でいつも村の誰かとつるんでるお前のことだ、誰かから俺の悪口くらいは聞いてただろ!」
「っ!?」

 被害妄想に満たされたラギリの言うことは一方的なものだった。

 だがその言葉の断片を拾い上げることで、何故ラギリが村を裏切ったのか、わかる気がした。

(そういえば村の仲間はラギリの悪口を言っていたっけか……。まさかここまで酷いものだったとは……)

 どうやらラギリは俺の知らないところで相当イジメられていたらしかった。精神が捻じ曲がるくらいまで痛めつけられていたらしい。

「俺の好きだったナンに言い寄られて、テメエはさぞいい気分だったに違いねえ! 女なんか誰も寄って来ない俺と違ってな!」
「っ!?」

 ラギリは孤立して人と交わらずにいたようだが、村人の交友情報だけはどこからか得ていたらしい。

 おそらく、ラギリのことをイジメていた誰かが吹き込んだのだろう。ラギリがナンのことが好きだと知った誰かがイジメの一環として、偏った情報を流したようだった。

「村長も糞だ! 貧乏なナンに売りなんかやらせやがって!」

 ラギリの見方は一面的なものであった。誰かから伝え聞いたか、もしくは自分で見た情報の一部を、自分の中で悪い方へと膨らませていたらしい。

 ラギリは酷い誤解をしていた。爺さんは確かにナンに売りを勧めたが、最終的に売りを決断したのはナン自身だ。

 そして当のナンは爺さんにむしろ感謝し、天職を得たと喜んでいたくらいだ。爺さんが不能じゃなきゃお礼に寝たいとかほざいてたくらいだからな。

「違う、違うんだよラギリ!」
「何が違う! ナンはお前の爺さんのせいで落ちる所まで落ちていったんだ!」
「違う!」
「違わねえ!」

 ラギリは俺の言葉なんか何も聞いちゃくれねえ。でも違うんだラギリ。

 ナンは言っちゃ悪いが本物の淫売だ。淫魔の生まれ変わりじゃねえのかってくらいだ。

 あの日一緒に寝た俺だからはっきりわかる。ナンは身体を売ることになんの抵抗もない。金が貰えるわけでもないのに、村の野郎共の筆下ろしに熱を上げていたくらいだからな。「ハンター攻略完了~、これで目ぼしい村の若い男は完全攻略ね!」とか、ほざいていたし。

 ラギリでも金払えばやらせてもいいとか言ってたくらいだ。もしラギリが身嗜みがちゃんとしてて、仲間と交流を密にするような明るい人間だったら、求めればタダでやらせてくれていただろう。

 ナンとはそんな性に奔放な女だ。仲間と交流のないラギリは、その事実を知らなかったのだろう。

 ラギリは片思いしていたナンが爺さんや村の連中によって酷い目に遭わされていると思ったらしい。それで村への反感を一方的に募らせていったようだった。

「だから大事なもんを奪ってやった! 村長の息子二人を俺が殺してやったのさ!」
「お前!? 親父と叔父さんまで殺したのか!?」
「ああそうさ! 毒蜘蛛の奴らからもらった毒を盛ってやったんだ!」

 闇に囚われたラギリは落ちる所まで落ちてしまったらしい。

「何もかも潰してやりたくなったのさ! この村も、人も、何もかもな! この糞みたいな村社会に復讐してやろうと思ったのさ!」

 一方的な言い分だった。ラギリは他人を排除して自分の世界に引き篭もり、自分の世界で全てを完結していた。

 報復するならまずは自分を直接攻撃した人間だろうに、その恨みを無関係な他人や社会全体に向けていた。

 どうしてそうなったのか、何がきっかけだったのかはわからない。

 元から陰気臭い性質を持っていた上に両親が死んだりイジメられたりと不幸なことが重なって、それで精神に大きな異常をきたしたのかもしれない。そして周囲の連中を恨み拒むようになり、負の連鎖に陥り泥沼にはまっていったのかもしれない。

 少なくとも大昔はこんな奴じゃなかったはずだ。いつからか、こんな壊れた人間になってしまったようだった。

「もう死罪だからどうでもいいや。この際だから言っておくぜ。お前の婚約者のリサちゃん、めちゃくちゃ最高だったよ。お前はもうアレを堪能したか?」
「なっ、テメエッ! リサをものみたいに言うんじゃねえ!」
「その様子じゃまだやってないみたいだな! ギャハハ! 俺はやりまくってやったぜ! リサちゃんのピーもピーもピーして、たっぷりとピーピーピーだ! なあ死ぬ前にもう一度貸してくれよ!」
「テメエッこの野郎!」

 最後の嫌がらせだったのだろう。ラギリは狂ったように悪態をついていた。余りにも見苦しいので、途中でヨミトによって強制的に黙らされていた。

 そして落ち着いた様子のラギリに、俺は最後の言葉をかけた。

「残念だよラギリ。昔のお前はそんな奴じゃなかった。少なくとも、俺は昔のお前を友達だと思っていたぜ」
「……ちっ、知るかよそんなこと」

 それからラギリは何も喋らなくなった。自分の世界に完全に引き篭もって、俺の呼びかけにも答えなくなった。

「うーん、この調子だと、磔刑にされている間に余計なこと叫ぶと面倒だね。念のため、喉笛でも切っておくか」
「ヨミト、なるべく苦しまねえようにやってくれや」
「優しいねえハンター。あの盗賊たちとはえらい扱いの差じゃないか。同じクズなのにさ」
「こいつはアイツらとは違うから……」
「俺には同じように見えるけどねぇ。一応身内なんだっけ?」
「あぁ」

 ラギリは喉笛を掻っ切られた上で磔されることになった。リサたちにしたこと、村長一家である俺の親父と叔父さんを毒殺したことを考えても、許される罪ではない。

「死ねやゴミクズ!」
「キモいとは思ってたけど、そこまで最低な奴とは思わなかったぜ!」
「死んだ両親や祖先に申し訳ないと思わないのかよ!」
「とっとと死ね! 死んで詫びろ! 息をするのも勿体無い!」

 ラギリは大勢の村人たちに取り囲まれ、石をぶつけられ、罵声を浴びることになった。

 村人たちの信頼を裏切って盗賊団に加担するという大きな罪を犯したのだから当然と言えば当然だ。

「とっととくたばれゴミ野郎! これはハンターのお父さんの分、これは叔父さんの分、これはリサの分! そしてこれは茸人族たちの分!」

 石をぶつける大衆。その中にはナンの姿もあった。

「まだまだッ、あと百発は投げるわよ! みんな準備はいい?」
「「「おー!」」」
「一番多く命中させた子は一発やらしてあげるね!」
「「「うおおお! ナンお姉ちゃんで童貞卒業ぉお!」」」

 ナンはまるでお祭りだとばかりの意気込みで、村の男の子たちを囃し立てながら一生懸命に石を投げていた。

「……ぅぅ」

 精神を歪ませてしまうほど偏愛した女に口汚い罵声をぶつけられ、石を投げつけられる。人の心を失ったラギリとて、それは堪えるものがあったらしい。

 磔にされたラギリは日に日に衰えていき、数日後には気力もなくなり生きる屍となった。そして最後はヨミトの操るスライムによって、静かに生きたまま食われていた。なんとも哀れな最後であった。

(ラギリ。馬鹿な奴だぜ……)

 復讐に意味はある。被害者の心の負債を少しでも軽くして、少しは前向きに生きられるようにしてくれる。前に俺はそう言った。

 それは確かだ。ただそれを間違いなく断言できるのは、報復相手が自分と完全に無関係だった場合だ。

 報復相手が自分と因縁浅からぬ関係にあった場合、復讐後に後味の悪さが残るのは否めなかった。

 全てを捨てて村社会への復讐とやらを果たしたラギリも、死の間際には人の心を取り戻して後味の悪さを感じてくれたのだろうか。

 かつて友だった俺としては、そう願いたいものだ。
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