吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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七章

宿泊者名簿No.23 村長の孫ハンター7/7(二足の草鞋)

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 マッシュ村を覆っていた暗雲は、すっかり晴れることになった。

 村人たちは安らかな顔でせっせと冬支度に励んでいる。もうすぐこの村一帯も雪で覆われることだろう。

 冷たく厳しい冬の到来となるが、それに反して村人たちの表情は明るい。先行き不明だったこの前と違い、明るい兆しが見え、未来に向けて希望を抱いているからだ。

「手伝いありがとねハンター坊ちゃん」
「いいってことよ」

 仲間の若い衆たちと年寄りの家を回り、冬支度の手伝いをする。毎年のことだが今年は皆やる気に満ちていて仕事が楽だ。

「これで終わりだ。じゃあ今日は解散だ」
「お疲れさんハンター」
「おう」

 仲間たちと別れ、帰路につく。

 以前の俺だったら、真っ先に自宅の風呂に向かっていたが最近は違う。最近は地下に通ずる奥間に向かう。地下にある転移陣を通ってダンジョンに向かい、ダンジョンの銭湯を利用することにしている。

「まったく、自分ん家にこんな立派な隠し扉があるなんてな。王侯貴族の家じゃねえぞってんだ。ああ一応ウチも王族の末裔か」

 思わずそんなことを呟きながら、奥間の隠し扉を通り地下に向かい、地下の転移陣からダンジョンに移動する。転移陣を潜れば、あっという間に別世界だ。

 自分の家がダンジョンという異世界に通じることになるとは、少し前の俺だったら考えもしなかったことだな。

「ハンターも今からお風呂?」
「おうリサか。そうだよ」

 ダンジョンの通路でリサとばったり出くわす。

 リサも一仕事終えて風呂らしい。雑談をしながら一緒に向かう。

「リサ、茸人族たちの集落の復旧は順調か?」
「ええ。もうばっちり。家も生産設備もほぼ元通りね」
「そうかそいつはよかった」
「全部ヨミトさんのおかげね。ダンジョンマスターって本当に凄いわ。王都とマッシュ村を一瞬で移動できるんですもの」

 解放されたリサは一度王都に帰った。引き続き王都で学業に励むことにしたのだが、自分の仮宿は引き払い、ヨミトたちの拠点に住み込むことにしたそうだ。それで暇さえあればダンジョンの転移陣を通じて茸人族の集落に通っているらしい。

「この前言ってた冒険者登録ってやつは済ませたのか?」
「ええ。イティーバのギルドで冒険者登録を済ませたの。鉄等級になったら晴れて王都でも活動するつもり。ヨミトさんのチームでね」
「そいつはよかったな」

 リサは盗賊に捕らえられて酷い目に遭った。そんなことになったのは自分の力不足のせいであるから頭だけでなく力も鍛えなきゃ、と前向きに考えたらしい。

 それでヨミトの勧めもあって、冒険者としての活動も始めるつもりらしい。今後、学者と冒険者の二足の草鞋を履いて活動するつもりのようだ。

 学者だけじゃ飽き足らず冒険者にもなるなんて、少し前の俺だったら村にはいつ帰って来るつもりなんだと文句の一つも言うところだったろう。

 だが今はそんなことをしなくてもいい。こうしてダンジョンを通じて毎日のように会えるんだからな。たとえリサが王都だろうがどこにいようとも、ヨミトの拠点がある所に滞在していればいつでも会うことができる。

「ねえ、ハンターは冒険者登録しなくて本当によかったの? 冒険者に憧れてたんじゃないの?」
「俺には村での仕事がある。今更冒険者になんてなれねえよ」
「でも……」
「いいんだよ。爺さんや母さん叔母さん、村の仲間たちを放ってはおけねえ。ダンジョン内で強い奴と手合わせするだけで十分満足してる」
「……」

 リサはそれっきり黙り込んでしまった。最近話しているとこんなことが多い。

(ちっ、またかよ)

 また気まずくなってしまったと、俺は心の中で吐き捨てる。

 毎日のように会っているというのに、リサと俺の仲が進展することはない。時が止まったかのように動かなくなっている。悪くなっていないだけいいのかもしれないが、もどかしくてどことなくイライラが募るのは確かだ。

 夢を追い続ける女と夢を諦めた男じゃ釣り合わないのかもしれねえ。そんな後ろ向きなことまで考えちまう。

「それじゃあな」
「ええまたねハンター」

 会話を再び盛り上げる機会もないまま、時間は過ぎ去っていく。銭湯入り口にある男女を仕切る暖簾。そこで別れ、俺は独り男湯の方に向かった。

「んなっ、やべっ!?」

 脱衣場に向かうと、目の前に裸の女らしき人物が立っていたので焦る。入る場所を間違えたのかと思って慌てたが、よく見ると違った。

「あっ、ハンターさん。こんばんはです」

 同じ眷属仲間のアキだった。アキは女みたいな綺麗な顔と身体してやがるから、見間違えてびっくりすることがある。

(ちゃんとピーついてるよな? ふぅたまげたぜ)

 最近のアキは髪まで伸ばしてやがるから、髪を下ろしていると女にしか見えねえんだ。今日もびっくりしちまったぜ。

「お先に行ってますね」
「おう」

 アキが浴場の方に行くのを見送り、俺は適当な脱衣籠の前に陣取り服を脱ぎ始める。

 他の脱衣籠を見てみると、アキ以外にも風呂場に来ていることがわかった。

(いつもの奴らが揃ってやがるな)

 ヨミトの眷属になってからというもの、知り合いが一気に増えた。眷属の女はリサの他に山ほどいるので全部覚えきれていないが、男はわりと少ないので全部覚えている。どいつも気の良い奴らばかりだ。

(さあ今日もあいつらに会いに行こう!)

 急ぎ服を脱ぎ、浴場に向かう。

 予想通り、そこにはいつもの奴らがいた。皆仲良く洗い場で身体を洗っていた。

「よう。新入りのハンターだったな」
「おうアンタはチュウさんだったな」
「ああ。お前さん、相変わらずイイ身体してんじゃねえか」
「そういうアンタもな」
「まあ肉体労働者だからな!」

 人間の眷属の中では一番の古株――チュウのおっさん。おっさんはいつも気軽に声をかけてくれる。

 おっさんに引き続き他の連中も声をかけてくれ、それらの声に答え終わると、俺も身体を洗い始めた。

(石鹸とお湯がこんなに使いたい放題とはな。まるで天国だぜ)

 吸血鬼の眷属となったことで恐ろしい思いを抱くこともあるが、正直、外の世界と比べればそこまで恐ろしいものではない。

 むしろ楽園だ。規則さえ守ってれば、このダンジョンは楽園といっても過言ではないかもしれない。

 ここでは衣食住全てが保障されている。全員を風呂にまで入らせてくれる。庶民だろうが貴族のような暮らしを味わえる。

 眷属の中には、外の世界に居場所をなくしてこのダンジョンに定住している連中もいるらしい。そいつらはダンジョンの中から一歩も出ない生活を送っているというのに、何の不満もなく満足しているらしい。

 外に居場所がある俺だってここにずっと住んでてもいいかなと思えるくらい快適なのだから、さもありなん話だろう。

「ハンター。お前さんの所の冬支度はどうだ?」
「順調に終わったよ」
「そうか。こっちはまだ終わっちゃいないが、近日中に終わりそうだよ。ヨミトの貸してくれたスライムのおかげで大掃除の手間が省けて嫁さん喜んでたぜ」
「ああこっちもだ。お袋や叔母さんが喜んでたな。ホント便利だぜスライム」

 チュウのおっさんたちと世間話をしつつ、身体を洗う。身体を洗い終えたらいよいよ湯船に向かう。

――ザブンッ。ザザァッ。

「くぅ~、ああ、いい湯だ」

 熱い湯に浸かり、思わず溜息を漏らしてしまう。

 若干熱いのだが、これがまた快適なのだ。さっきまで外にいて寒かった分、極楽を味わえる。

「最高っすね!」
「うん冬場のお風呂は最高だよ」

 坊主頭のパオンと女の子みてえなアキも寛ぐ。他の野郎共も、全員が極楽といった表情で寛ぎ始める。

「そういや最近ウチの村であったことなんすけど」
「なんだなんだ? パオンの村で何か物騒なことでも起きたのか?」
「いやそうじゃないんすけど」

 風呂に浸かりながら雑談再開だ。

 何気ない交流だがこれがまた楽しい。マッシュ村にいながら遠く離れた余所の村の様子を聞いたりすることができるんだ。

 チュウのおっさんは王国領西の果てのエデンという村で開拓団の団長をやっているらしく、その様子を日々教えてくれる。荒くれものが多くて大変らしいが、エデン村は活気ある良い村らしい。

 料理人のパオンはイースト村という王都に程近い村での日常を教えてくれる。面白い客とのやり取りやらを話す時もあるが、たいていは同僚の女に対する愚痴が多い。一応副店長の肩書きなのに、雇われの女に顎で使われているのだとか。

 さっき脱衣所で会ったアキは王都農業地区での話を聞かせてくれる。動物との交流話はほのぼのするし、花の王都での世事は興味深いものばかりだ。

 船大工のカイリは、イティーバという港町の話をいつもしてくれる。暇さえあれば義理の妹といつも仲良く釣りしているのだとか。俺も釣りはするがもっぱら川釣りなので、奴のする海釣りの話は興味深いな。

 カイリはたまに深刻そうな顔して、義妹にドキドキして困る、とかいうぶっちゃけた話をすることもある。正直こいつ大丈夫か、と心配しちまうこともあるが……まあ俺にできる助言なんてないな。

 ノビルとライトの話も面白い。二人はヨミトと一緒に冒険者をやってるから、その冒険話をいつもしてくれる。血沸き肉踊る話が多く、俺の中に眠る冒険心を満たしてくれる。

 ライトはヨミトのやつを崇拝してるらしく、ちょっと怖いけどな。ヨミトの話をする時のライトの目は完全にイっちゃってるぜ。

 ライトの前でヨミトの悪口を言うのは……やめておいた方がいいな。怖すぎる。

「ライト、王都の方でブリザードドラゴン狩りの話は出てるか?」
「準備してるチームもあるみたいですよハンターさん。ガンドリィさんとこのチームも準備してるみたいですし」
「そうか。それじゃ今季もウチの村にやってくるかもな」

 マッシュ村に冒険者がやって来るのはブリザードドラゴン狩りの季節だけだし、やって来たとしてもゆっくり話を聞いてる暇なんてない。だけどもここではゆっくりと話を聞くことができる。

 毎日この時間が楽しくて仕方ないぜ。

(ドラゴン狩りか。ブリザードドラゴンより強いドラゴンと戦ってみてえな……)

 欲を言えば俺自ら冒険してみたいと思うのが本音だ。連中の話を聞いていると、その光景を自らの目でも確かめたいと思ってしまう。連中の見ているもの以上のものを見てみたくなる。

 だがそれは過ぎたる願いだろう。俺には自分の村で果たすべき使命がある。

 年老いた爺さんと、母さんたちを置いてはいけない。リサとは違って身軽な立場ではないのだ。

 そんな諦観を抱きつつ、連中の話を聞いていく。

(ちっ、せっかくの風呂だってのに。気分がイマイチ盛り上がらねえ)

 余計なことを考えたせいか、会話をしていても面白くなくなってしまう。

「悪ぃ、違う風呂にいってくらぁ」
「あぁどうぞ」

 連中に一声かけて会話の輪から抜け出す。

(嫌な感情は汗と共に外に出してやる。それが一番だ)

 俺は独り風呂から上がると、サウナと呼ばれる蒸し風呂に移動した。

「誰もいねえか。ちょうどいい」

 サウナは貸切状態だった。気兼ねなく利用させてもらうことにしよう。

「ちっ、今日は全然駄目だな」

 サウナに篭ることしばらく。汗は沢山流れるのに、嫌な感情は全然流れ出てはくれなかった。

「ハンター、隣座るぞ」
「爺さんか。ああいいぞ」

 どれくらいサウナに入っていただろうか。気づけば爺さんが隣に座ってきた。

 爺さんの身体を見て、思わず二度見しちまう。

「おい爺さん、見違えるほどじゃねえか」
「ヨミト様のおかげじゃよ。今なら昔のようにドラゴン狩りも出来そうじゃな」

 爺さんの身体は以前はやせ細った爺のそれだったのに、今ではムキムキになっていた。

 ヨミトの眷属になったことで不老化し、さらには老化状態も和らげてもらったらしい。それで昔のような若々しい肉体に戻ったようだ。

「まあ飲めハンター。久しぶりにゆっくり話でもしよう」
「ああ」

 爺さんはどこからか水を持ってきていた。それを飲みながら話し合う。

「ハンター、お前はお前の道を進め」
「え?」
「村のことはもう気にするな。ヨミト様のおかげでワシは不老の力を得て、村長職を何十年何百年だろうと続けられることになった。だからお前は自分の道を好きに歩むがいい。冒険者になりたいのだろう?」
「爺さん……」

 爺さんの言葉はとても魅力的に聞こえた。そのまま頷いてしまいたい気持ちになったが、俺はぐっと堪えた。

「馬鹿言うなよ。俺がいなくなれば村人たちが動揺するだろうがよ。それに、村人たちは爺さんが不老になったことなんて知らねえんだ。俺が村を長期間留守にしたら問題あるだろ?」
「そこらへんのことは気にしなくていい。全てヨミト様に頼んである。スイ様、ハーヴ様、メロウ様などがお前のいない間、交代で代わりを務めてくれるそうだ。お前は暇な時に村に顔を出せばいい」
「……本当かよ?」
「本当だ。お前は冒険者となってリサちゃんと一緒に夢を追いつつ、ヨミト様の勢力拡大に力を貸すんじゃ。その力、こんなちっぽけな村で腐らせるでない。天下に轟かせよ。爺ちゃんからの命令じゃ」

 よもやよもやだ。俺は諦めていた夢を追えることになったらしい。爺さんとヨミトが問題ないように全て手を回していてくれたらしい。

 サウナなんかよりもよっぽど効く薬だ。さっきまでのドロドロとした感情は、綺麗さっぱりなくなった。

「爺さんありがとう」
「気にするな。孫を思うのは爺として当然じゃよ」

 俺が心からの感謝を伝えると、爺さんは気にするなと言って朗らかに笑った。

 爺さんには本当に感謝しかない。

「さあ孫の新たな門出に乾杯じゃ」
「ああ。ありがとな」

 俺と爺さんは杯を交わすと、残っていた水を一気に呷った。

(美味いな)

 ただの水なのに、最高に美味く感じられた。俺は生涯この味を忘れないだろう。

「さてと、それじゃワシはこれからナンちゃんに一発ハメさせてもらってこようかの」
「ぶふぁっ!? ごほごほっ!」

 最高の雰囲気だったのに、爺さんがとんでもないことを言い出してぶち壊しだ。

「うわぁっ、汚い!」
「ああすまねえ」
「気をつけてくれよぉ」

 思わず飲みかけの水を噴出してしまい、ちょうどサウナに入ってきた見知らぬゴブリンの顔にぶっかけちまうことになった。申し訳ない。

「おい爺さん、アンタ、その……不能だったんじゃ?」
「肉体が若返ったことでもう何の問題もないぞ。もうギンギンのビンビンじゃ。こんな気持ち、何十年ぶりじゃよ。ほっほっほ」
「あぁそうなのか……」

 爺さん、昔はとんでもない遊び人だったらしいからな。死んだ婆さんを困らせまくってたらしい。

 若返ったことで昔の爺さんに戻ってしまったようだ。

(ヨミトのやつ、とんでもないことしてくれやがったな!)

 爺さんが身心共に元気になったのは嬉しいが、それはそれで問題がある。俺は頭を抱えることになった。

(へへ、マジかよ)

 でも前よりはずっといいに違いない。ヨミトがいなけりゃ、こうして今、笑っていることはなかっただろう。

 これから先、俺自身夢を追えることで、リサとの関係ももっと良くなるはずだ。俺たちの前途は輝いている。

 リサが学者と冒険者の二足の草鞋を履くなら、俺は次期村長と冒険者の二足の草鞋を履いてやろうじゃないか。

 さあ張り切っていくぜ!
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