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それでも俺が好きだと言ってみろ.82
しおりを挟む「すみません、お待たせして」
仕事を終えた時間はそんなに違わないのに、いつも早乙女の方が先に到着している。
「僕だって来たばっかりだよ」
そう言う早乙女の手には既にビールのジョッキが握られている。
「飲み物はどうする?」
「そうですね、私もビールにしようかな」
七月に入り、いよいよ暑さも本番になってきた。
ビールはとりたてて好きではないが、夏になるとやっぱり一杯くらいは飲みたくなるものだ。
とりあえず乾杯をし、すぐに本題に入った。
「聞きたいのは伊沢さんのことでしょう?」
「・・・はい」
「それと、宗理のあの積極的な行動の理由だよね」
「そ、その通りです」
早乙女の観察眼はすごいものがある。
占い師でもやったらきっと成功するのではないかと思ってしまう。
「伊沢さんね、もう別居してるんだって。やっぱ、自分に自信のある女は行動が早いよね。子どもが生まれたばかりだって、関係ないって感じ。ダメ夫はポイっと捨てちゃうって、やれるもんならやってみたいよね~。普通はみんなそれが出来るだけの、能力や経済力が無いから、我慢してダラダラと夫婦生活続けるのにね~。男の僕から見ても、カッコイイ~ってなっちゃうよ」
「そ、そうだったんですか。さすが伊沢さんですね・・・」
口ではそう言ったものの、まさか話がそこまで進んでいるとは正直思っていなかった。
”自信のある女は行動が早い”というフレーズが和香の胸に鋭く突き刺さる。
自分は能力も自信もないから、何事もグズグズと決断できず、行動できないのだ。
そんな女性としても研究者としても優秀な伊沢さんと自分を比べても落ち込むだけなのに、そこに桜庭が関係している限り、無視することは出来ない。
どう転んでも自分なんて伊沢さんに太刀打ちできないのは分かってる。
だけど、どういう行動を取ればいいか・・・、それはやはり相手の状況を知っておく必要がある。
偉そうに言っても、勝ち目などないのだろうけれど、出来ることはやっておきたい。
「それで、桜庭さんは・・・、そのことで何か言ってましたか?今朝・・・、伊沢さんがいらっしゃた時、「じゃあ今夜」と桜庭さんに言って伊沢さんが帰っていったので・・・」
「へえ、竹内さん、ちゃっかりチェックしてるじゃん」
盗み聞きをしていたのを知られるのは恥ずかしいが、もうそんなことに構っていられない。
「桜庭さんが、自分から行動するなんて初めて見たので、やっぱり気になって・・・」
和香は素直に告白した。
「・・・だよね。僕もちょっとびっくりした」
そ、そんな、早乙女さんが驚くような内容なの?
自分で尋ねておいて、いざ聞かされる時になって怖気づいてしまう。
「そ、それで、桜庭さんは伊沢さんとどんなことを話したんでしょうか」
「何でもね、やっぱり自分が尊敬するのは伊沢さんだって再確認したとか言って、いずれは転職することを視野に入れて、これからは直接会って色々とアドバイスをもらうつもりだって言ってた」
一見前向きに聞える桜庭の言動なのに、なぜか早乙女は納得していない様子でジョッキのビールを飲み干した。
しかし、それを聞いた和香は納得などというレベルでなく、もうこの世の終わりを告げられたような衝撃を覚えた。
いよいよ桜庭は勇気を出して伊沢との距離を縮めようと行動したのだ。
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