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施療院からの帰り道。エレオラの頭の中にはブラン伯爵の言葉が渦巻いていた。
(人でないものと、長く寄り添うことは……難しい)
それはそうかもしれない。あまりに価値観の異なるモノとともに歩むことはできない。エレオラだって幾度もそれを目の当たりにしている。ヴァールハイトの考えは微塵も理解できないし、やることなすこと予測がつかない。
でも、そばにいたいと思ってしまったのは……紛れもない事実で。
黙考していると、つま先が石畳の段差に引っかかってよろめいた。隣からサッと腕が伸びてきて、エレオラの体を支える。
「やっぱり、送っていくと言って正解だっただろう」
ヴァールハイトが少し得意げに言う。エレオラは凸凹が目立つ路面に視線を落として、ぼんやり頷いた。
二人は海沿いの道を歩いていた。石の積まれた胸壁の向こうでは、海面が光の粒を撒いたようにきらきらと輝き、蒼穹に白い海鳥が飛んでいる。
この道をまっすぐ進めば神殿にたどり着く。エレオラは一人で帰ると主張したところを、ヴァールハイトが頑として譲らなかったため肩を並べていた。
「……本当にどうかしたか? 施療院を出てからずっと元気がない」
さりげなく肩を抱いたまま、ヴァールハイトは歩き出す。抵抗する気力もなく、エレオラ
は話し始めた。
「ヴァールハイトさまは、私に忠実なのですよね」
「ああ、この世で一番。なんだ、斬って欲しいものがあるか? なんでも殺してやるが」
エレオラは無言で首を横に振る。肩にかかる腕の重みを感じながら、切り込むように質問を放った。
「もし……私がヴァールハイトさまに、普通になってほしい、と頼んだら、どうしますか」
ヴァールハイトがぴたりと足を止めた。
海風が髪を撫でていく。潮っぽいにおいが鼻先をかすめた。
エレオラはうつむいたまま、ヴァールハイトはエレオラを凝視したまま、無言でその場に立ち止まった。後ろを歩いていた行商人が、邪魔そうに二人を避けていく。
肩を掴む手にぐっと力が込められた。
「エレオラが? 俺に?」
「ええ。そうでなければ、あなたとはともにいられないから、と」
「へえ」
吐き捨てるような返事だった。そのままエレオラを横抱きにして、ちょんと胸壁の上に乗せる。自分はその隣で胸壁にもたれながら、
「正気か?」
この男に正気を質されるとは。
胸壁に座った分、エレオラの方が視線が高い。それはつまり、こちらを仰視するヴァールハイトに表情を隠せないということで、エレオラは口元を固く結んだ。
ヴァールハイトが手を伸べ、指先でエレオラの頬を撫でる。
「何を言われた?」
「……」
「俺に言えないことか? 今から施療院に引き返して、エレオラの悩みの原因を消してやろうか?」
「言います」
「うん」
「……ブラン伯爵から、あなたを人間にするよう頼まれました。人と人でないものが、長くそばにいるのは難しいと。そして何より……あなたが不憫だと」
「……それを、エレオラは信じているのか?」
ヴァールハイトの顔色は変わらず、彼がその整ったかんばせの裏側で何を考えているのかは推し量れない。だからただ、エレオラは自分の考えを口にした。
「どうでしょうか。でも、一理あると思います。普通の人間である方が生きやすくはありますし。私への執着が、ヴァールハイトさまからそれを奪ったとしたら……出会わない方が良かったんじゃないかと」
もし彼がエレオラに出会わなければ、誉れ高き第一王子の護衛騎士としてのみ名を馳せていたかもしれない。
寿命は他の人間となんら変わることなく、普通に老いて死ねたのだ。性格や考え方は変えられないとしても、エレオラに執着するよりはより良い人生を送れたのではないか。
エレオラはまだほんの少しの時しかヴァールハイトと過ごしていない。それだけに、ブラン伯爵からの言葉は胸に突き刺さった。
ヴァールハイトからの返事はなかった。じい、と無表情でエレオラを凝視する。赤い瞳が炯々と光を放っていた。
「ヴァールハイトさま?」
「——エレオラが、それを言うのか」
荒々しく手を引かれ、胸壁から滑り落ちた。足がもつれて転びそうになる。だがヴァールハイトは気に留めず、エレオラを引きずるようにして路地裏に連れ込んだ。
両側を高い建物に挟まれた路地は狭く、日差しも遮られて薄暗かった。人気はない。地面には空の酒瓶がいくつも落ちていた。そこからこぼれた酒のにおいが鼻をつき、くら、と目眩がする。
聖服の胸ぐらを掴まれるやいなや、背中を強く壁に押しつけられた。足が少し宙に浮いて、腹の底がひやりとする。
ヴァールハイトの手がエレオラの顎を握り、ぐっと上向かせる。燃える怒りを湛えた瞳に、怯えたエレオラの顔が映り込んだ。
「あなたが俺に教えたんだ」
「な、何を……」
「今さら手放すなど許さない」
「は……」
馬鹿みたいな返事をしている、と混乱する頭の隅で考えた。自分の言動のどれがヴァールハイトの地雷を踏んだのか分からない。いや、心当たりがありすぎて特定できない。
ヴァールハイトの顔が近づいて、乱暴に口づけられる。呼吸すら許さないというような激しさだった。エレオラはいやいやとかぶりを振り、両手でヴァールハイトを押しのけようとする。
「いやっ、ちょっと……外ですよ⁉︎」
「声を出さなければバレない」
「はっ? 何を……んんっ」
胸元を掴んでいた手が、邪魔くさそうにエレオラの両手首を頭上で一まとめに縫い止める。また唇が落とされた。
ひどく熱い感触だった。息を吸おうと薄く口を開いたところで、舌がぬるりと口内に入り込んでくる。上顎の裏を撫でられて、ぞくりと背中に痺れが走った。上手く立てない。壁になんとか寄りかかって体を支える。
気持ちいい、怖い、続けてほしい、やめてほしい、もっとしたい。色んな感情がごちゃごちゃに入り乱れ、閉ざした目の端に涙が滲む。
「んぅ……っ、ふっ……ぁ」
「……エレオラは我慢が上手だな」
ほとんど唇をくっつけたまま、ヴァールハイトが言う。その吐息の熱さすら心地よく感じられ、エレオラの体が弛緩した。もう拘束の必要はないと考えたのか、エレオラの両手が自由になる。指先がだらりと地面を指した。
「なら……この先も頑張れるな?」
ちゅ、と首筋に触れるだけのキスが落とされる。くすぐったくて息が震える。聖服の首元が開かれ、鎖骨に唇が寄せられる。ちくりと痛みが走った。
「……ひゃっ」
思わず跳ねた声に、忍び笑いがこぼされる。愉しむように、胸元に繰り返し口づけが贈られる。触れられたところから熱に侵されて、思考がふわふわと定まらなくなっていく。
「ぅ、ぁっ……ぁんっ」
「こら、静かに」
「だめっ……」
「だめじゃないだろう? よけいなことは考えるな。俺だけに集中しろ」
「ふぁ……っ」
ヴァールハイトの手が聖服の裾をたくし上げた。つつ、と指先で太ももをなぞられる。同時に唇を塞がれ、舌を絡め取られる。甘い、と溶けた頭で思った。息苦しいのに体の奥が疼いて、それが示す先を悟って、エレオラは目を見開いた。
「……やぁっ」
ばたつかせた足が何か固いものにぶつかる。酒瓶だ、と気づいた瞬間、エレオラはもがいてそれを両手に握りしめた。
「……いやっ!」
足を踏ん張り、腰をひねって、ヴァールハイトの頭に向かって思いきり酒瓶を振り抜いた。瓶の砕ける感触が手に伝わる。ガシャン、と鈍い音が路地に反響し、ガラスの破片がエレオラの足元に散らばった。
けれど、ヴァールハイトは微動だにしなかった。軽く片目を瞑り、目にかぶさった髪を払う。破片が皮膚を切ったのか、額から細く血が垂れるのを、騎士服の袖で乱雑に拭った。渾身の力を込めた殴打なのに痛み一つ与えられない。
「あ……」
先ほどまでの高揚が嘘のように、ざあっと血の気が引いていく。エレオラの手から力なく酒瓶が転がった。
震えおののきながら、ヴァールハイトを見上げる。彼は感情の読み取れない瞳でエレオラを注視していた。
青ざめた唇で、エレオラは必死に言葉を紡ぐ。
「わ、私、は……こんな……」
「先に手を離したのはエレオラだろう?」
ヴァールハイトの声にはほんの少しの揺らぎもない。地面に落ちた酒瓶を片足で蹴飛ばして、
「俺以外によそ見できないようにしたら、そんなことしなくなるかと思ったんだが。失敗だな? 物理的に目を潰した方がいいか?」
「な……」
底冷えする声音には、冗談の気配など微塵もない。人差し指が伸ばされて、エレオラの瞼の上から眼球を押した。眼球が柔くへこむ感覚に、エレオラの喉が細く絞まる。
「い、いや……やめて、ください……」
「なら、金輪際、俺から離れるなんて言ってくれるなよ」
もう声も出せなくて、ガクガクと頷く。張り詰めた空気をまとったまま、ヴァールハイトが唇の端を吊り上げた。エレオラの乱れた服を丁寧な手つきで直しながら、
「何が不憫なものか」
男の指が聖服の釦を一つ一つとめていく。エレオラの白い肌も、その上に咲いた赤い痕も、神聖な布に覆い隠される。
呆然とする聖女エレオラを前に、ヴァールハイトは満足そうに言った。
「エレオラと結婚して、俺は幸せだ。この上なく」
それと、とエレオラの顔を覗き込む。その瞳は瞳孔が開いていて、真っ黒な虚が空いているようだった。
ひどく甘やかに、けれど切りつけるような鋭さで、続けた。
「——一度目は、許した。二度目はない」
(人でないものと、長く寄り添うことは……難しい)
それはそうかもしれない。あまりに価値観の異なるモノとともに歩むことはできない。エレオラだって幾度もそれを目の当たりにしている。ヴァールハイトの考えは微塵も理解できないし、やることなすこと予測がつかない。
でも、そばにいたいと思ってしまったのは……紛れもない事実で。
黙考していると、つま先が石畳の段差に引っかかってよろめいた。隣からサッと腕が伸びてきて、エレオラの体を支える。
「やっぱり、送っていくと言って正解だっただろう」
ヴァールハイトが少し得意げに言う。エレオラは凸凹が目立つ路面に視線を落として、ぼんやり頷いた。
二人は海沿いの道を歩いていた。石の積まれた胸壁の向こうでは、海面が光の粒を撒いたようにきらきらと輝き、蒼穹に白い海鳥が飛んでいる。
この道をまっすぐ進めば神殿にたどり着く。エレオラは一人で帰ると主張したところを、ヴァールハイトが頑として譲らなかったため肩を並べていた。
「……本当にどうかしたか? 施療院を出てからずっと元気がない」
さりげなく肩を抱いたまま、ヴァールハイトは歩き出す。抵抗する気力もなく、エレオラ
は話し始めた。
「ヴァールハイトさまは、私に忠実なのですよね」
「ああ、この世で一番。なんだ、斬って欲しいものがあるか? なんでも殺してやるが」
エレオラは無言で首を横に振る。肩にかかる腕の重みを感じながら、切り込むように質問を放った。
「もし……私がヴァールハイトさまに、普通になってほしい、と頼んだら、どうしますか」
ヴァールハイトがぴたりと足を止めた。
海風が髪を撫でていく。潮っぽいにおいが鼻先をかすめた。
エレオラはうつむいたまま、ヴァールハイトはエレオラを凝視したまま、無言でその場に立ち止まった。後ろを歩いていた行商人が、邪魔そうに二人を避けていく。
肩を掴む手にぐっと力が込められた。
「エレオラが? 俺に?」
「ええ。そうでなければ、あなたとはともにいられないから、と」
「へえ」
吐き捨てるような返事だった。そのままエレオラを横抱きにして、ちょんと胸壁の上に乗せる。自分はその隣で胸壁にもたれながら、
「正気か?」
この男に正気を質されるとは。
胸壁に座った分、エレオラの方が視線が高い。それはつまり、こちらを仰視するヴァールハイトに表情を隠せないということで、エレオラは口元を固く結んだ。
ヴァールハイトが手を伸べ、指先でエレオラの頬を撫でる。
「何を言われた?」
「……」
「俺に言えないことか? 今から施療院に引き返して、エレオラの悩みの原因を消してやろうか?」
「言います」
「うん」
「……ブラン伯爵から、あなたを人間にするよう頼まれました。人と人でないものが、長くそばにいるのは難しいと。そして何より……あなたが不憫だと」
「……それを、エレオラは信じているのか?」
ヴァールハイトの顔色は変わらず、彼がその整ったかんばせの裏側で何を考えているのかは推し量れない。だからただ、エレオラは自分の考えを口にした。
「どうでしょうか。でも、一理あると思います。普通の人間である方が生きやすくはありますし。私への執着が、ヴァールハイトさまからそれを奪ったとしたら……出会わない方が良かったんじゃないかと」
もし彼がエレオラに出会わなければ、誉れ高き第一王子の護衛騎士としてのみ名を馳せていたかもしれない。
寿命は他の人間となんら変わることなく、普通に老いて死ねたのだ。性格や考え方は変えられないとしても、エレオラに執着するよりはより良い人生を送れたのではないか。
エレオラはまだほんの少しの時しかヴァールハイトと過ごしていない。それだけに、ブラン伯爵からの言葉は胸に突き刺さった。
ヴァールハイトからの返事はなかった。じい、と無表情でエレオラを凝視する。赤い瞳が炯々と光を放っていた。
「ヴァールハイトさま?」
「——エレオラが、それを言うのか」
荒々しく手を引かれ、胸壁から滑り落ちた。足がもつれて転びそうになる。だがヴァールハイトは気に留めず、エレオラを引きずるようにして路地裏に連れ込んだ。
両側を高い建物に挟まれた路地は狭く、日差しも遮られて薄暗かった。人気はない。地面には空の酒瓶がいくつも落ちていた。そこからこぼれた酒のにおいが鼻をつき、くら、と目眩がする。
聖服の胸ぐらを掴まれるやいなや、背中を強く壁に押しつけられた。足が少し宙に浮いて、腹の底がひやりとする。
ヴァールハイトの手がエレオラの顎を握り、ぐっと上向かせる。燃える怒りを湛えた瞳に、怯えたエレオラの顔が映り込んだ。
「あなたが俺に教えたんだ」
「な、何を……」
「今さら手放すなど許さない」
「は……」
馬鹿みたいな返事をしている、と混乱する頭の隅で考えた。自分の言動のどれがヴァールハイトの地雷を踏んだのか分からない。いや、心当たりがありすぎて特定できない。
ヴァールハイトの顔が近づいて、乱暴に口づけられる。呼吸すら許さないというような激しさだった。エレオラはいやいやとかぶりを振り、両手でヴァールハイトを押しのけようとする。
「いやっ、ちょっと……外ですよ⁉︎」
「声を出さなければバレない」
「はっ? 何を……んんっ」
胸元を掴んでいた手が、邪魔くさそうにエレオラの両手首を頭上で一まとめに縫い止める。また唇が落とされた。
ひどく熱い感触だった。息を吸おうと薄く口を開いたところで、舌がぬるりと口内に入り込んでくる。上顎の裏を撫でられて、ぞくりと背中に痺れが走った。上手く立てない。壁になんとか寄りかかって体を支える。
気持ちいい、怖い、続けてほしい、やめてほしい、もっとしたい。色んな感情がごちゃごちゃに入り乱れ、閉ざした目の端に涙が滲む。
「んぅ……っ、ふっ……ぁ」
「……エレオラは我慢が上手だな」
ほとんど唇をくっつけたまま、ヴァールハイトが言う。その吐息の熱さすら心地よく感じられ、エレオラの体が弛緩した。もう拘束の必要はないと考えたのか、エレオラの両手が自由になる。指先がだらりと地面を指した。
「なら……この先も頑張れるな?」
ちゅ、と首筋に触れるだけのキスが落とされる。くすぐったくて息が震える。聖服の首元が開かれ、鎖骨に唇が寄せられる。ちくりと痛みが走った。
「……ひゃっ」
思わず跳ねた声に、忍び笑いがこぼされる。愉しむように、胸元に繰り返し口づけが贈られる。触れられたところから熱に侵されて、思考がふわふわと定まらなくなっていく。
「ぅ、ぁっ……ぁんっ」
「こら、静かに」
「だめっ……」
「だめじゃないだろう? よけいなことは考えるな。俺だけに集中しろ」
「ふぁ……っ」
ヴァールハイトの手が聖服の裾をたくし上げた。つつ、と指先で太ももをなぞられる。同時に唇を塞がれ、舌を絡め取られる。甘い、と溶けた頭で思った。息苦しいのに体の奥が疼いて、それが示す先を悟って、エレオラは目を見開いた。
「……やぁっ」
ばたつかせた足が何か固いものにぶつかる。酒瓶だ、と気づいた瞬間、エレオラはもがいてそれを両手に握りしめた。
「……いやっ!」
足を踏ん張り、腰をひねって、ヴァールハイトの頭に向かって思いきり酒瓶を振り抜いた。瓶の砕ける感触が手に伝わる。ガシャン、と鈍い音が路地に反響し、ガラスの破片がエレオラの足元に散らばった。
けれど、ヴァールハイトは微動だにしなかった。軽く片目を瞑り、目にかぶさった髪を払う。破片が皮膚を切ったのか、額から細く血が垂れるのを、騎士服の袖で乱雑に拭った。渾身の力を込めた殴打なのに痛み一つ与えられない。
「あ……」
先ほどまでの高揚が嘘のように、ざあっと血の気が引いていく。エレオラの手から力なく酒瓶が転がった。
震えおののきながら、ヴァールハイトを見上げる。彼は感情の読み取れない瞳でエレオラを注視していた。
青ざめた唇で、エレオラは必死に言葉を紡ぐ。
「わ、私、は……こんな……」
「先に手を離したのはエレオラだろう?」
ヴァールハイトの声にはほんの少しの揺らぎもない。地面に落ちた酒瓶を片足で蹴飛ばして、
「俺以外によそ見できないようにしたら、そんなことしなくなるかと思ったんだが。失敗だな? 物理的に目を潰した方がいいか?」
「な……」
底冷えする声音には、冗談の気配など微塵もない。人差し指が伸ばされて、エレオラの瞼の上から眼球を押した。眼球が柔くへこむ感覚に、エレオラの喉が細く絞まる。
「い、いや……やめて、ください……」
「なら、金輪際、俺から離れるなんて言ってくれるなよ」
もう声も出せなくて、ガクガクと頷く。張り詰めた空気をまとったまま、ヴァールハイトが唇の端を吊り上げた。エレオラの乱れた服を丁寧な手つきで直しながら、
「何が不憫なものか」
男の指が聖服の釦を一つ一つとめていく。エレオラの白い肌も、その上に咲いた赤い痕も、神聖な布に覆い隠される。
呆然とする聖女エレオラを前に、ヴァールハイトは満足そうに言った。
「エレオラと結婚して、俺は幸せだ。この上なく」
それと、とエレオラの顔を覗き込む。その瞳は瞳孔が開いていて、真っ黒な虚が空いているようだった。
ひどく甘やかに、けれど切りつけるような鋭さで、続けた。
「——一度目は、許した。二度目はない」
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