57 / 75
ニナだよ
しおりを挟む「おまえ…あの時の…」
おっ、おじさん!!?
突然現れたのはパン屋のおじさんだった。
こうしてホワイトタヌキの姿で会うのは二度目だ。
そうか、初めて会ったのはこの辺りだったんだよな。
パン作りに欠かせない、木の実が豊富に実っているこの場所で。
驚いて目を見開くおじさんに、一歩、二歩とゆっくり歩み寄る。
「みぅ…」(おじさん)
「タヌキ…」
「みぅ…!」(おじさん!)
「タヌキぃっ!!!」
オレ達は互いに駆け寄り抱き合った。
まるでキラキラと光り輝く世界の中、スローモーションのように。
「おまえ!久しぶりだなぁ!元気にしてたのか??」
わしゃわしゃと、頭や身体を撫でられる。
もっと、もっと撫でて。
元気にしてたよ。でも久しぶりじゃないよ、なんなら昨日おじさんの店にサンドイッチ用のバゲットを買いに行ったんだから。
というかお腹も撫でてとオレは信用している人にしか見せない、プリティーなピンクのぽんぽこ腹をおじさんに見せつける。
「くっ…!かっ、可愛やつめ!何度ここに来ても姿を見せないから、寂しかったんだぞぉっ」
お腹を優しく撫でられ、その心地よさにうっとりと目を細める。
さすがパン職人。オレは今、パン生地のようにおじさんに捏ねられている。なんちゃって。
「あんた、何やってるんだい?」
「おとうたん?」
おばさんに、ディル!ふたりも森に来てたのか。
「しっ、そんな大きな声出したらこいつが警戒しちまうっ」
「…こいつって…タヌキかい?」
不思議そうな顔でオレを見るおばさん。
「ああ、おそらくな。野生のタヌキなのに、まあ人懐こいんだ」
オレは立ち上がっておばさんとディルの前にちょこんと座り、危害はないよとアピールする。
「みぅ~」
「あれまあ本当だ。可愛らしいねえ」
「きゃーかわいっねぇ」
オレに触れたそうにディルが手を伸ばす。昨日も王子が綺麗に洗ってくれたから汚くはないと思うけど…。
ディルが触りやすいように頭を下げる。
少し心配そうなおばさんを安心させるようにだ。
噛まないから大丈夫だよ。撫でて、ディル。
小さな手がふわりふわりとオレの頭を撫でる。いつもはオレが、ディルの頭を撫で撫でしているから何だか不思議だ。
「まぁ、本当に野生なのかい?こんなに人間に慣れて…ふふっ、お利口なタヌキだこと」
「そうだぞ、こいつは利口で甘えたがりの可愛いやつなんだ」
そしたらおばさんも優しく撫でてくれる。
その手が暖かくてじわりと胸が熱くなる。
王子達とはまた違う、オレにとっての大事な人達。大事な人達の筈なのに、いつだって後ろめたさを感じる。
魔物が人間に化けて、まるで本当の人間かのように振る舞った。
その事が申し訳なくて、罪悪感を感じてしまう。
オレ、おじさん達を騙している。
今更ながらにそれを感じ、すぐにでも逃げ出したくなる。
「にな、にーな」
ドキリとして、ディルを見る。
え?バレた?
「ディル、何言ってんだ?どこにニナがいるって?」
「あはは、確かに真っ白で赤みがかったまんまる目はニナそっくりだねぇ」
「そいやニナから、王都の土産に白いタヌキのぬいぐるみを貰ってたなぁ」
「にーな!」
「みゃう…」
本当にニナなんだよ。
…でもそれを言ってしまったら驚かせるよな。それか、嫌われるかもしれない。
ごめんね。おじさん、おばさん、ディル…。
オレはひと鳴きして、三人から背を向ける。
「なんだ、もう行くのか?」
「みゃーん」(ばいばい…みんな)
しょんぼり歩き出そうとしたその時、お腹に手を回される。
「みっ!」
「ニナここにいたか、殿下がお探しだぞ…と、あなたがたは…」
えっ?アティカス?!
どうやらオレを探していたアティス。
オレを抱き上げながら訝しげにおじさん達を見る。
「ニナ?いや…私らはこの近くの村に住む者ですが…。…って、王族騎士団…!?」
「あ、あんた」
アティカスの纏う濃紺のローブには、王族騎士団を表す紋章が施されている。
それに気付いたおじさんとおばさんは、何が何だか分からずおろおろと顔を青ざめさせていく。
オレもどうしたらいいか分からずおろおろとしてしまう。
このままの姿じゃ、アティカスとも喋れないし!
そしてそこへ、
「アティカス、ニナはいた?」
「殿下、ニナはこちらに…」
おっ、王子!!!
「ひぃっ、でっ殿下??!」
おじさんとおばさんは更に顔を青くさせ、肩を震え上がらせた。
何故ならそこに、冷酷非道と噂される第二王子が現れたのだから。
175
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる