サークル戦記 〜そして「空気」だった青年は独裁者になった〜

高梨龍彦

文字の大きさ
5 / 14
第1章

第5話 赤外線通信

しおりを挟む
 駐輪場から自転車を取り出し、正門で待っているはずの五人のもとへ向かった。

「おお、来た来た。じゃあ行こう」

 そう言った服部の先導で集団が歩き始める。

 服部おすすめの「陳記」という店は、大学前の坂を下りて大通りを渡ったところにあるらしい。自転車に乗れば一瞬で駆け下りる事ができるこの坂道を、七人でダラダラと話をしながら下りていく。

 坂道を下る他の誰かの自転車が時々立てる、軋んだブレーキの音が遠くから聞こえていた。

「神原くん、東洋史の講義一緒だったよね。史学科?」

 意外にも一番消極的そうな浅見が声をかけてきた。

「そうだよ」と答えると、浅見は、児島や斉藤も同じ学科であると教えてくれた。

 僕は初めて知ったふりをしたが、この三人は必修授業で何度か見かけたことがあった。だから、本当は聞かずとも史学科であろうことはわかっていた。

 そういえば、真木の顔は見たことがない。ふと、気になって聞いてみた。

「真木はどこの学部なの?」
「ああ、俺は法学部だよ。意外だろ。一番偏差値の低い経済学部だと思ったか?」

 真木がいたずらっぽく笑いながら答える。

「いやいや、そんなことないよ」

 図星を突かれた僕は、どきっとしてしまったが、流石にそれはまだ言えない。

 そうやって、お互いの反応を探り合い、上辺をなぞるような会話をしながら歩き、目的の中華屋に到着した。

 見た目はどこにでもある雰囲気の町中華。年季は感じるが、油っぽくもなく小綺麗な店構えをしている。店内も清潔で、カウンター席が数席と、四人がけのテーブル席が三ヶ所あった。

 僕たちは七人だったので、隣り合った二つの四人がけテーブルへ通され、僕が座ったテーブルには、真木、斉藤、服部の四人で座ることになった。

「よし、今日は俺が奢ってやるから、好きなの頼め。ここは何食ってもうまいから」

「やった。じゃあ——————俺はエビチリにしようかな」

 服部の吹かせた先輩風に乗っかって、真木が一番高いエビチリ定食を頼んだことで、俄然注文がしやすくなった。僕はにんにくの芽と肉炒め定食、斉藤がレバニラ定食、服部が回鍋肉定食を注文した。

 少しの沈黙が流れたあと、セルフサービスの水を取ってきてくれた服部が、不躾に「斉藤って、もしかして、結構年上?」と聞く。なんとなく気にしてはいたが、聞きにくかった質問を突然投げかけたことで、僕は少し驚いた。

「そうですね、たぶん、ここにいる中では一番年上だと思います」

 そう答えた斉藤は、福島訛りのイントネーションで、自分が二十四歳であること、家業を手伝っていたが研究の道に進みたくて大学に入学したことを教えてくれた。

 当の服部は、自分で聞いておいて、対応に少し困っているようにも見える。先輩風を吹かせていた相手が、かなり年上で少し気まずいのだろう。

 空気を察したのか、真木が斉藤に話を振った。

「そりゃすごいな。なんの研究すんの?」
「中世日本の城郭について研究したいんだ。どんな風に地形を利用して、戦術を考えてたのかとか、ロマンがあるだろ」

 僕も「面白そうだね」と話に加わって、自然と会話が繋がっていった。服部は変わった人物だが、そのおかげで、余計な壁が取り払われているような気がする。

 初対面の相手と食事をするという緊張も、いつの間にか解けていた。

 料理が運ばれてきて、席はさらに賑やかになった。エビチリの湯気、にんにくの香り、回鍋肉の甘辛い匂い。誰もが箸を動かしながら、少しずつ会話も滑らかになっていく。

 会話の隙間で服部が、隣の席にいる刈谷たちに目を向けた。

「そういや、向こうのテーブル静かだな」

 確かにこちらの席よりは、盛り上がっていないように見える。

「おーい、刈谷、そっちも自己紹介しろよ。こっちはもう名前バッチリだからな」

 服部のわざとらしい声掛けに、刈谷はちらりとこちらを見たが、愛想笑いのようなものを浮かべるだけだった。

「……俺はさっき会で挨拶したし、こっちだって自己紹介はしたよ。なぁ?」

 そう言って、すぐに服部から目をそらし、児島と浅見に話を振った。

 先程から刈谷はずっと何かが気に食わないような雰囲気がある。笑顔を浮かべてはいるが、楽しんでいるわけではないような。ただ、その理由までは分からなかった。

「ええ。一通りご挨拶はしましたよね」

 児島がまだ緊張した様子で答えた。浅見は目をキラキラと輝かせながらマイペースに食事を続けている。

「おお、そっか。ちょっとこっちがうるさくしちゃってただけか」

 向こうの席が、盛り上がっていないことを強調するような、嫌味な言い方にも聞こえた。

「そういえば児島と浅見も史学科だろ? 専攻は何希望なの?」

 服部がさらに話を振ると、刈谷の向かいに座っていた児島が、軽く手を上げた。

「僕は考古学を専攻したいと思っています」

 児島はそれ以上多くを語らず、控えめな笑みを浮かべた。

「浅見は?」

 周りの話を気にせず食事に夢中になっていた浅見が、名指しで質問をされてやっと顔を上げた。

「あ、うーん、僕も考古学です」

 それだけ言い、またすぐに食事に戻る。それを隣で見ていた児島は困ったように笑っていた。

「おお、そうか。やったな刈谷、二人とも考古学だってよ。お前の直属の後輩だな」

 服部がいかにもわざとらしい調子で刈谷に話を振る。しかし、刈谷は無言のまま。どこかぎこちない空気が、テーブルを挟んで流れた。

 刈谷の不機嫌の原因は服部か……。

 なんとなくそんなことを思った。けれど、僕自身は、こうして一緒に食事をして、空回りしながら会話をつなげ続けてくれる服部に好感を抱いていた。

 食事も終わり、ふと時計を見ると、いつのまにか二十一時半を過ぎていた。

 僕につられて時計を見た服部の「そろそろ帰らないとな」という提案で、今日はお開きとなり、皆も帰り支度を始めた。

 通路側の席に座った学生から順番に、先程までの会話の余韻を残して立ち上がっていく。会計は約束通り服部が奢ってくれた。

 店を出たところで服部に礼を言い、そのまま解散となった。

 上級生二人と斉藤は、家が大学の向こう側らしく、下りてきた坂を再び上って行く。

 児島と浅見はバス通学なので、道の反対側にあるバス停へ向かった。真木は、モノレールの駅がある交差点まで僕と同じ方向だという。長くない距離だったので、なんとなく二人とも自転車には乗らず、話をしながら歩いた。

「サークル、結構楽しそうだな。先輩も奢ってくれるし。次の歓迎会も行くだろ?」
「行くつもりだよ。今日すごく楽しかったし」
「そうだよな。それならよかった。あっ、メアド教えろよ」
「あっ、うん。いいよ」

 僕は二つ折りの携帯電話を操作し、赤外線のセンサーを真木の携帯に向けた。実際にこの機能を使うのは初めてだったが、試しに起動してみたことはあったので、戸惑うことなく交換ができた。

「……よし、ありがとう。じゃあ、俺こっちだから、また金曜にな」
「うん。また金曜日に」

 そう言って真木と交差点で別れた。実際、今日はとても楽しかった。こんなに人と話して、笑ったのは、本当に久しぶりだった。今の段階では、真木とも仲良くなれそうだし、先輩や他の一年とも上手くやれそうだと思えた。

 しかし、皆と離れて一人自転車を漕いでいると、高校時代の苦い経験も蘇ってくる。

 まだ皆が探り探りの段階で、愛想よくしているが、いつの間にか挨拶すらしない関係になってしまうかもしれない。もしかしたら、今日の会話の中で、すでに気に障ることを言ってしまっているかもしれない。そんなことを考えながら家に帰った。

 家について、シャワーを浴び、畳に腰を下ろしてやっと一息吐く。ぐったりと項垂れた目線の先に、まとめて床に置かれたチラシが目に入った。

「史究会か……、行くって言っちゃったし、明日は顔を出さないと……」

 もともと、勧誘ブースの雰囲気では、どちらがよいか判断ができなかった。

 ただ、今日、考古学研究会へ出席して、皆と夕食に行ったことで、気持ちは完全に考古学研究会へ傾いている。

「まあ、様子見だけだし」

 それに、行くと言っておきながら、行かないのも申し訳ないので、明日は史究会に顔を出すことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...