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第1章。勇者に殺される悪役貴族に転生する

第1章。勇者に殺される悪役貴族に転生する

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「ちくしょぉおおおおッ! その女は俺のモノだぞ、返せぇえええ!」
「セルヴィアは誰のモノでもない。いい加減、彼女を解放してやるんだ!」

 勇者アベルの剣が、悪役貴族カインに振り下ろされた。

「カイン兄様、ごめんなさい……私はアベル様と幸せになります」
「ああっ、これからはずっと、一緒だ。セルヴィア!」

 勝利者となった勇者アベルは、カインの亡骸を見下ろし、美少女のセルヴィアと固く抱き合った。

 セルヴィアは、カインの幼馴染みで婚約者だったが、カインの歪んだ愛情にずっと苦しめられてきたのだ。
 今、彼女は長年の呪縛から解放されたのだった。

☆☆☆

「……おかしいだろ、勇者。何が、これからはずっと一緒だ、だ」

 俺は思わずボヤいた。
 今、画面に写っているのは、ゲーム【アポカリプス】の序盤の名シーンだった。

 だけど、ゲームプレイ100周目の俺は、まったく感動できなかった。

 なぜって、勇者アベルはこの後も、こんな調子で、次々に美少女たちを救っては仲間にしてハーレムを築いていくのだ。

 その際、勇者アベルは、ヒロイン全員に『キミは僕が守る!』『キミを苦しめる者は誰だろうと僕が許さない!』とか、愛の告白としか思えないセリフを吐く。

 セルヴィアは、最初こそメインヒロイン扱いだったのに、そのうちハーレム構成メンバーその1くらいの扱いになっていく。
 
 各ヒロインとのラブコメシーンが挟まれるも、勇者アベルは超鈍感×難聴であるため、誰とも距離が縮まらず、ハーレムエンドで終わるのだ。

 今回、公式SNSで最後の大型アップデートが入ったという告知があったが、それはセルヴィアとの幸せエンドの追加ではなかった。

 ……なあ、俺はセルヴィア目当てでゲームを買って、このゲームに人生を捧げてきたのに、さすがにこれは酷くないか?
 俺はセルヴィアに幸せになって欲しかったんだよぉおおお!

 周回特典は、ステータスの引き継ぎだけで、セルヴィアとの隠しシナリオや、追加エピソードも無いって、どういうことだよぉおおお!

「カイン、君は強かった。でも、人を愛するということの本当の意味を知らなかった。だから負けたんだ」

 ゲーム上では、勇者アベルの説教タイムが始まっていた。
 アベルは勝利した悪役に対して、ヒロインとイチャつきながら、上から目線の説教をかますのだ。

 まさに、お前が言うな! と突っ込んでやりたくなる。

 セルヴィアがかわいいから、ずっとプレイしてきたけど……
 最後のアプデが入った100周目をクリアしたら、もう卒業するかな。

 そう思って、俺はゲームの電源を落として寝ることにした。
 
☆☆☆
 
 次の日──

「どうなっているんだ。これは……」

 俺は全身鏡に映った、目付きの悪い少年に絶句していた。
 これは断じて、俺の姿ではない。
 だが、見覚えが無い訳ではなかった。

 ゲーム【アポカリプス】で勇者アベルに殺される哀れな当て馬、悪役貴族カインにそっくりだった。

「ま、まさか、これは漫画で良くある転生じゃないか……?」

 寝てる間に、突然死でもしてしまったのだろうか?

 しかも、よりによって、ヒロイン寝取られキャラとしてネット上でネタにされているカインに転生だって?

 激しく混乱していると、背後の扉がノックされた。

「あっ、はい」

 条件反射で返事をすると、燕尾服を一部の隙もなく着た執事が顔を出した。
 
「カイン坊ちゃま、婚約者のセルヴィアお嬢様が、ただいま到着しました」
「はぁああああッ!?」

 振り返った俺は、危うく腰を抜かしそうになった。
 続いて入ってきたドレス姿の美少女は、【アポカリプス】のメインヒロイン、セルヴィアその人だったのだ。

「しっ、失礼します。カイン兄様、お久しぶりです」

 セルヴィアは気負い過ぎていたためか、ドレスの裾を踏んで躓きそうになった。一瞬だけ慌てるも、すぐに優雅な立ち振る舞いに戻って、カーテシー(お辞儀)する。
 
 うぉっ、か、かわいい。思わず胸が高鳴った。

 ゲームの公式サイトのセルヴィアのキャラデザが最高だったので、一目惚れして通販サイトで【アポカリプス】をポチッてしまったのだが……リアルに存在しているとなると、かわいさが神がかっていた。

「フェルナンド子爵の長女セルヴィア・フェルナンドです。またお会いできて光栄です」

 セルヴィアの頬は、上気しているように見えた。

 うわっ、ゲームでも良く知っていたが、礼儀正しくて本当に良い娘じゃないか。
 さすが、俺の最推しヒロインだ! まさに天使が降臨!

 あれ? だが、待てよ……
 セルヴィアの姿は、ゲームの立ち絵より、幼く見えた。それは鏡に映ったカインも同様だった。

 俺は必死に記憶を掘り返した。

 確か、カインはセルヴィアとゲーム開始の3年前、15歳の時に婚約しているのだ。

 ってこれは、アレだな。
 このままゲームシナリオが進めば、俺は3年後に勇者アベルに殺されるんだな。
 そのことに気づいて、愕然とする。
 
「……カイン兄様? どうかなさいましたか?」

 俺が呆けて固まってしまったのを見て、セルヴィアは不審に思ったようだった。小首をかしげている。

 だが、俺はカインとしての記憶と、前世の記憶が混濁し、状況を把握するのに手いっぱいだった。

 俺にはカインとして生きてきた15年間の記憶と経験がある。どうやら目覚めた瞬間、ゲーマーだった前世の記憶をいっぺんに思い出してしまったらしい。
 よし、落ち着いて状況を整理しよう……

 元々、カインとセルヴィアの家は、隣の領主同士で、お互いの繁栄のために、俺たちは生まれた時から結婚することが決まっていた。

 しかし、今から1年前、カインが14歳、セルヴィアが13歳になった時に、セルヴィアが【世界樹の聖女】であるという神託が降りた。
 それを知ったこの国の王太子レオンは、俺からセルヴィアを奪って無理やり婚約者にした。

 だが、セルヴィアが聖女の力が使えないことがわかるとレオン王子は激怒し、セルヴィアを婚約破棄して王宮から追放したのだ。

 そして、俺たちは元の鞘に収まることになった。

「レオン王子に婚約破棄された私を再び受け入れてくださったこと、感謝いたします。私は、この日を待ちわびていました。どうか婚約者として末永く、よろしくお願いいたします」
「あっ、ああ……」

 だが、セルヴィアは知らなかったが、カインはレオン王子から、偽聖女セルヴィアを徹底的にいじめ抜いて自殺に追い込めと命令されていたのだ。
 そうすれば、自分の右腕に取り立ててやると……

 小物のカインは喜んでレオン王子に尻尾を振り、これから3年間セルヴィアをイジメ抜くのだ。

 それは出世欲というより、セルヴィアが自分を裏切ってレオン王子を選んだと思い込んだことが大きい。

 子供じみた嫉妬であり、セルヴィアの生殺与奪の権利を握っているという歪んだ独占欲がそこにはあった。
 本当はセルヴィアのことが好きなのに、カインはバカとしか言いようのない男だった。

「カイン兄様、お顔が真っ青ですよ? もしかして、どこかお加減が悪いのですか?」
「あっ、いや、そういう訳じゃないんだが……」

 とにかく勇者アベルに殺されないためには、セルヴィアと仲良くすることが大切だ。

 ゲームでは、セルヴィアはカインに虐待される毎日から抜け出すために、勇者アベルに助けを求める。
 セルヴィアは、アベルと恋に落ちることがきっかけとなって、眠っていた聖女の力に覚醒するのだ。
 
 そこまで思い出した瞬間、俺の胸の中は理不尽な思いでいっぱいになった。

 ここまで恋愛フラグを立てておいて、セルヴィアを選ばずにハーレムエンドだと……!?
 そんなヤツに、俺のセルヴィアを任せておけるか!

 この時、カインとして生きてきた俺と、前世のゲーマーとしての俺の気持ちがひとつになった。 

「セルヴィアがあまりにもキレイになっていたから、びっくりしたんだ。俺の方こそ婚約者として、よろしく頼む!」

 そうだ。
 勇者がセルヴィアを幸せにしないなら。
 俺がこの手で、セルヴィアを幸せにしてやれば良いんだ。
   
 するとセルヴィアは、パッと顔を輝かせた。これまでの、どこか警戒し緊張するような素振りが消える。

「ああっ……! ありがとうございます。……正直、レオン王子と婚約したことを、許してもらえないのではないかとずっと不安に思っていました……。うれしいです!」
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