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第5章。勇者率いる王国軍を倒す

58話。宰相の寝返りとカインの秘策

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「以上がレオン王子──いえ、勇者アベル率いる王国軍約10万の進軍経路になります。お役立ていただけますでしょうか、カイン殿? 他にも知りたいことがあれば、何なりとお聞きくだされ」

 通信魔導具の水晶玉に映った宰相が、地図を片手に解説してくれた。
 ここはシュバルツ伯爵家の執務室だ。

 宰相がもたらした王国軍の情報は、俺にとって極めて有益なモノだった。

「ふーん? 一国の宰相ともあろうお方が、王太子を裏切るというの? 見返りは何かしら?」

 アンジェラが水晶玉の前に立ち、胡散臭そうな目で宰相を見やる。
 俺は今や逆賊という立場であり、俺に味方としたとなれば、宰相は反逆罪に問われるだろう。

 レオン王子から聖女セルヴィアを寄越せという通達があったので、『ならば戦争だ』と宣戦布告を済ませてあった。

「あ、あなた様は、まさか……!」
「ふふっ、宰相殿のお耳にはすでに入っているでしょうけど……私はアトラス帝国の皇女アンジェラよ。今は公然とシュバルツ伯爵家に味方する立場にあるわ」
「皇帝ジークフリート陛下が、アンジェラ皇女とカイン殿の婚礼を望まれているという噂は本当でしたか!?」

 宰相は舌を巻いた。

「話が早くて助かるわ。つまり、カイン様には帝国の後ろ盾があるということよ。帝国軍総勢約20万を敵に回す覚悟はお有りかしら?」

 アンジェラはハッタリをかました。
 アンジェラとの結婚は断ったので、実際に帝国とそのような繋がりはない。

 そもそも帝国の後ろ盾など得たら、戦争に介入されてシュバルツ伯爵家も王国もメチャクチャにされる恐れが大きかった。

 だが、俺の背後に帝国がいると思わせるのは、王国軍の戦意を挫くのに有効ではある。

「そ、それは誠でありますか!?」
「当然よ。それで、私の質問に答えていただけるかしら? あなたの狙いは何? なぜ、軍事機密を私たちに教えてくれるの?」

 アンジェラが警戒しているのは、宰相がこちらに寝返ったと見せかけて、嘘の情報を流してくることだろう。

 アンジェラは帝国の破壊工作員として活躍していただけあって、この手の権謀術数に明るい。なので、俺の相談役にも抜擢していた。

「それは俺も聞きたいですね。なぜ、たいして面識も無い俺に協力していただけるのですか?」
「無論それは勇者アベルこそ、真の逆賊だからです! あの男は、リディア王女の身柄を差し出さなければ、国王陛下を殺すとまで言ったのですぞ!」

 宰相は大激怒した。

「勇者アベルは慢心しきっております。今やレオン王子を顎で使おうとする始末です。王国は勇者アベルの手によって、乗っ取られたと言っても過言ではありません。これを誅することができるのは、勇者アベルに匹敵する武力を持つ者──すなわち真の英雄たるカイン殿をおいて他におりません!」

 勇者が国王を人質に取って、リディア王女を我が物にしようとしている話は【闇鴉《やみがらす》】を使って調べた情報と一致していた。
 この点に関して、嘘は言っていないようだ。

「……わかりました。事態はそこまで逼迫しているのですね」
「カイン殿、すでに聞き及んでおるのではありませんか? 我が娘シャルロットは、勇者アベルの狼藉によって結婚式を台無しにされた上、大衆の面前で辱められました。ワシの求める見返りは、勇者アベルの無様な死のみです。それ以外に欲しいモノはありません! どうか信じていただきたい!」
「な、なるほど……」

 俺とアンジェラは、宰相のあまりの憎悪に若干、気圧された。
 演技とは思えない。

 宰相が個人的な怨みを勇者アベルに抱いているのは、間違い無いだろう。

「もし、カイン殿が王位をお望みとあれば、このワシは全力でご協力しまする。レオン王子は王の器にあらず! あの勇者アベルを王宮に招き入れた度し難い愚か者ですぞ!」
「宰相閣下、リディア王女も誤解されていたのですが、俺は王位など望んでおりません。それよりも、お聞きしたいことがあります」

 俺はこの質問の反応で、宰相の真意を探ることにした。予想外のことを言われれば、とっさにうまく演技できないハズだ。

「ほう? なんでしょうか? 軍事機密の類であろうとも、必ず調べ上げてお伝えしましょう」
「国王陛下のご病気についてです。その病名や症状など、おわかりになりませんか? 我が伯爵家には、黒死病を撲滅した腕利きの薬師がいます」
「ま、まさか、国王陛下を助けていただけるのですか!?」

 宰相は顔をパッと輝かせた。
 その反応から、宰相の寝返りは本気だと確信が持てた。

 もしレオン王子の元で権勢を振るうのが目的なら、国王の快復など宰相は望まないだろう。
 宰相の忠誠心は、未だに国王にあるのだ。

「はい。レオン王子がやりたい放題できているのは、すべて国王陛下がお倒れになったが故です。国王陛下が快復されてレオン王子を制すれば、今回の戦は終結し、勇者アベルを逆賊として成敗できるのでは?」
「な、なんと!?」

 宰相は驚嘆したようだった。

「も、もしそれが叶うなら、これ以上のことはありませぬ! どうかお頼み申す!」
「やるわねカイン。国王がレオン王子から軍権を取り上げれば、王国軍は大混乱に陥るわよ。国王に逆らって軍を動かせば、レオン王子こそ逆臣に他ならないわ!」

 アンジェラも俺の策に賛同してくれた。
 戦に勝つためには、ゲームでも事前に様々な計略を仕掛けておく必要があった。

 民の【扇動】、将の【暗殺】、城への【放火】、疑心暗鬼を生む【流言】【偽報】。さらには【裏切り工作】。いろいろやったなぁ。どれも楽しかった。

 特に敵が大軍となれば、不利を覆すための罠や計略をいくつも仕掛けておく必要がある。戦争パートの常識だ。

 なにしろ、俺の動かせる兵力は、シュバルツ、フェルナンド、オーチバル合わせても一万に届かないからな。

「よし、敵軍の進軍経路が明らかになった訳だし。さっそくアンジェラに罠を張ってもらうとするかな」
「なに? なに? どうするつもりなの?」

 アンジェラが身を乗り出してくる。
 俺が耳打ちすると、アンジェラは膝を打った。

「なるほど! その作戦なら一兵も失わずに、敵に大打撃を与えられるわね!」
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