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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人、バレる
しおりを挟むヴィルヘルム国境付近検問所。
舗装された道に、馬車が通れるほどのゲートがずらりと横に並んでいる。
そして、そのゲートの先──
そこには、一キロメートルほどの長さの巨大な橋が、渓谷の上に架けられていた。
橋の下は、地面や川などは見えないほど深い。
時折吹く風が、びゅうびゅうと音を立てている。
出入国する者はおらず、検問所のゲート付近には男が二人。
兜を脱ぎ、重鎧を着て談笑している。
「ははは、そりゃおまえ、卵じゃなくてペーパーナイフだろ」
「いや、でもそんな間違い方は──あ、おい、あれ……」
「うん? なんだ?」
男のうちの一人が、五人で固まって歩いていたガレイト一行を指さす。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
男のひとりが慌てて兜をかぶり、小走りでガレイトの所へと走ってくる。
「……わるい、イルザード。ちょっと貸せ」
「え? あ、ちょ……」
ガレイトは麦わら帽子をひったくると──
グィィイイイイイイ……!
それが破れそうになるほど、深くかぶった。
突然のガレイトの奇行に、カミールは首を傾げる。
「おーい、止まれ。ここから先はヴィルヘルムだ。通行証は特にいらんが、身元と所持品は改めさせてもらう」
「あ、ああ……! 手間をかけるな……!」
甲高い声でその男に対応するガレイト。
しかし──
「んん?」
男が突然、首を傾げて唸る。
ガレイトはビクッと肩を震わせた。
「……おや、もしやあなたは、イルザード隊長ではありませんか?」
「ほ……」
男が兜越しにイルザードの顔を見て呟く。
それを見て、ガレイトが安心したように息をついた。
「ん、ああ、そうだが……」
イルザードは面倒くさそうに対応する。
男は急いで兜を脱ぐと、気を付けをして挨拶をした。
「……ところで隊長殿、なぜビキ……水着を……?」
「いろいろあってな」
「い、いろいろ……ですか?」
「聞きたいか?」
「い、いえ、それよりも、どこへいってらしたのですか? 国王も探しておられましたよ?」
「散歩」
「ま、またまた……適当なこと言って……」
男は困ったように眉をひそめる。
「それよりも、こちらの方々は、隊長殿のお連れ様でしょうか?」
「まぁ、そんな感じだな」
腰に手を当て、ため息を吐くイルザード。
「こ、困ります。業務ですので、きちんと報告していただかないと……。いちおう、イルザード隊長のお連れ様ということで、身元確認と持ち物検査は省かせていただきますので……」
「あー……、この者とこの者」
イルザードがブリギットとカミールを指さし──
「それとあと、隣にいるデカいのがそうだ」
ガレイトを指さした。
「なるほど、お連れの方は三人ですね。……はい、問題なくお通り……おや?」
男がガレイトを見て、固まる。
「そちらの方、どこかでお会いしたことは……?」
「あ、ありませんわ!」
ワイングラスが割れそうなほど、甲高い裏声で答えるガレイト。
その瞬間、一行に緊張が走り、イルザードが目頭をおさえる。
男もそれを不審に思ったのか、ガレイトに詰め寄った。
──が、イルザードがすかさず両者の間に立って遮る。
「止めろ」
「隊長殿……?」
「……そんな古典的なナンパをするな」
「い、いえ、そんなつもりでは……というか、なぜナンパ……?」
「それより、この男がどうかしたのか?」
「いえ、その……少し挙動が不審だな、と」
「私のツレだぞ? 信じられんのか?」
「は──」
男は口から出かかった言葉をグッと押しとどめると、一歩下がり、頭を下げた。
「いえ、そのようなことは……と、とにかく、こちらのお三方はわかりましたが、そちらの黒装束の女性は?」
「波浪輪悪の職員だ。話は聞いているだろう?」
「ああ、なるほど。ギルドの……」
「お初にお目にかかるでござる。拙者、魁と申す者でござる」
一歩前に出て、簡単に自己紹介を済ませるサキガケ。
「はい。では、証明書のほうを……」
サキガケは懐から、一枚のカードを取り出し、それを男に渡す。
カードには、目が半開きになっている、サキガケの顔写真が載っていた。
「……はい。ありがとうございました。波浪輪悪のサキガケ様、ご本人様ですね。お待ちしておりました」
「ニン」
「……ニン? と、とにかく、ギルドの定例会は帝都にて行われます。そこで改めて説明を聞いてください……」
「かたじけない。……ちなみに、定例会はいつ開催するのでござるか?」
「明日です」
「ああ、明日。なるほどでござる」
「はい」
「──明日ァ!?」
目を見開き、大声をあげるサキガケ。
「え、ええ……ですので、波浪輪悪の方々はとっくに、帝都へ……」
「あ、あぶなかったでござる……」
そういって、滝のような冷汗をかいているサキガケ。
「それで、もういいか? 通っても」
「は、はい、どうぞ、お通りくだ──」
ビュオウ!
突風が吹き荒れ、男の口を塞ぐ。
「……あと、このように、今日は風も強いので、くれぐれも橋から落ちないように気を付けて……気を……落ちない……ように……つけて……落ちな……」
ぷるぷるぷる。
「あ、あわわ……!」
男は震える口で、指で、それを指さす。
そしてその指の先──
突風で帽子を飛ばされたガレイトが、苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。
「……へ? なに? へ? まじ?」
男はまるでオバケでも見たような顔で、ガレイトを見つめ続ける。
その様子を怪訝に思ったのか、遠くのほうで見ていた男が武器を持ってやってきた。
「おうい! 一体どうし……え? イルザード隊長? お帰りになられたのですか? しかし、なぜビキニ姿なんで……す……か……か……?」
もうひとりの男も、ガレイトの顔を見た瞬間──
ぱくぱくぱく。
何も言わず、ただ口を開けたり閉じたりする。
やがて──
「ヴィヴィヴィ……ヴィントナーズ団長!?」
ふたりが声を揃えて、ガレイトの名を呼ぶ。
「あー……、元だ。せめて元をつけてくれ……」
「ししし、失礼しました! ヴィントナーズ団長!」
ガチャン!
ふたりは両足の踵をくっつけると──
ビシィ!
気をつけの姿勢をとり、手の甲を額に押し当て、ガレイトに敬礼した。
ブリギットやサキガケ、カミールの三人は、ポカンと口を開けている。
「なぜ元団長のガレイトさんには敬礼をして、私にはしないんだ……」
口を尖らせて、ひとりぼやくイルザード。
「や、やめろ、やめてくれ……恥ずかしいやつらだな……」
無理やり、ふたりの腕を下げさせるガレイト。
ふたりは顔を上気させながら、ガレイトに熱い視線を送っている。
「俺はもう団長じゃないんだ。だからもう──」
「お、お会いできて光栄であります!」
「俺……いえ、自分は! ヴィントナーズ団長みたいになりたくて、この道に進みました!」
「じ、自分もです!」
「まさか、おまえたちも料理人に……?」
「いえ、立派な騎士に、です!」
「あ、ああ……そ、そうか……ありがとう……?」
複雑そうな表情で首を傾げるガレイト。
「あ、あの、よろしければ、握手を……!」
「自分もお願いします!」
「あ、ああ……構わんが……」
ガシ。ガシ。
ふたりは交互に、ガレイトと握手を交わしていく。
「おお……! あの英雄ガレイトと握手を……!」
「ヴィントナーズ団長! 自分、もう一生、この手甲は洗いません!!」
「自分も……!」
「……いや、臭くなるから、使ったらきちんと手入れしろ」
「はい! 毎日手入れします!」
「──いや、するんかい!」
どこからともなく、ツッコミが飛んでくる。
するんかい……するんかい……するんかい……。
そのツッコミはそのまま、谷底へと吸い込まれていった。
「──しかし、なるほど、イルザード隊長はこのために……!」
ふたりが、イルザードに感謝するような視線を送った。
しかしイルザードは特に何も言わず、楽しそうに黙っている。
「おお……! ということは、エルロンド殿みたく、団に復帰なさるのですね!」
「……おい、なにか、壮絶な勘違いが起きていないか?」
「こ、こうしちゃおられん……!」
「だな! 今すぐ、中央への連絡と、帝都へ行く馬車の手配をしなければ……!」
ふたりは同時にうなずくと、鎧を揺らしながらどこかへ走り去っていった。
「……は?」
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