ホストに恋して破滅した私ですが、高級キャバ嬢になってイケメンオーナーから愛されています。

西羽咲 花月

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嫌な客

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丸太さんの席についてから、ヒナはヘルプでよく呼ばれるようになった。
メインの嬢が丁寧にヒナのことを紹介してくれて、ヒナもだんだんとお客さんからの認知度が上がっていく。

そうして忙しくなると同時に、変化していたことがもうひとつあった。
「少し疲れてないか?」

出勤前の部屋の中で、光が日奈子の額に自分の額を当てて熱を確認している。
それだけで日奈子の体温は急上昇してしまう。

「な、ないよ」
「だけど、熱い」

それは光がおでことおでこで熱を測ったりするからだといいたいけえれど、距離が近すぎで文句のひとつもまともに言えない。
光の距離感がおかしくなってきたのは丸太さんの接客を成功させた日からだった。

その日は『おつかれさま』とねぎらいの言葉をかけられて頭を撫でられるだけで終わった。
けれどその翌日、疲れのせいか日奈子は熱を出して寝込んでしまったのだ。

幸い1日寝込むだけですぐに治ったけれど、光はほとんど店に顔を出すこともなく看病してくれた。
『大切なキャストだからだ』

と言いながらも、その渾身的な看病っぷりは少し目を瞠るものがあった。
光と出会ったときの日奈子がガリガリ過ぎて心配しているのかもしれないが、今は日奈子の頬もふっくらとしてきている。

少し風邪を引いたくらいでそれほど心配しなくてもと思う。
「あ、あの本当に大丈夫だから離れてくれない?」

まだおでこをくっつけていた光へ向けて言うと「あぁ、そうか」と、ようやく体を離してくれた。
日奈子はほぅっと息を吐く。

「最近距離感おかしくない?」
「そんなことない。別に普通だ」


キッパリ言い切っているけれど、おでこをくっつけて体温チェックなんて他の嬢になっているのは見たことがない。
日奈子の心臓はまだドキドキしている。

可愛い顔をしているくせに、意外とやりてなのかもしれない。
嬢を引き止めておくために手段は選ばないとか。

それなら気をつけないといけない。
「あ、そうだ。ここの家賃ってどれくらい?」

ふと思い出してそう質問すると光が怪訝そうな顔になった。
「家賃? なんでそんなこと聞いてくるんだ?」

「だって、いつまでも居候じゃだめでしょう? お給料も出たし、ちゃんと払うよ?」
ノアールで働いた金額は派遣社員時代の3倍はあった。

まだまだ駆け出しの自分がこれほどもらってもいいのかと、目を疑ったくらいだ。
マキさんなんて、一体どれほどもらっているんだろう。


「そんなのは気にしなくていい。それに居候だとは思ってない」
「でも……」

ホストを殺しそうになった自分を拾ってもらったあげく、仕事まで与えてくれたのだ。
なにもしないなんてこっちの気が引ける。

それを察知したのか、光がソファに座るように促してきた。
日奈子は素直に光の隣に座った。

すると突然光が横になり、日奈子の膝に頭を乗せてきたのだ。
「ちょっと、なにするの!?」

驚く日奈子をよそに光は心地よさそうに目を閉じた。
「金のことは気にするな。時々こうして膝枕をしてくれれば、それでチャラにしてやる」

それって一体どういうこと!?
そう思ったけれど、閉じられた光の目やきめ細やかなな肌を見ているとどうでもよくなってきてしまった。

二人分の心地よい呼吸音だけが聞こえてきている。
ともすればこのまま眠ってしまいそうで、日奈子は左右に首を振って眠気を飛ばした。
出勤時間まであと1時間を切っている。


ここで寝るわけにはいかない。
けれど光はすでに寝息を立て始めていた。

「ちょっと寝ないでよ」
と、光の肩を揺さぶろうとしたけれど、途中で手が止まってしまった。

日頃から休まずに仕事をしている光の姿を思い出すと、ここで起こすのが可愛そうになってしまった。
まぁ少しだけならいっか。

日奈子はそう思い、自分も目を閉じたのだった。


☆☆☆

「ふたりして遅刻するなんて、怪しいわねぇ」
マキがにやついた笑みを向けてくるのでヒナは気が付かないふりをして化粧を続けた。

他の嬢たちもみんな興味津々でヒナを見ているから、気にしていないふりをしていても、鏡に映ったヒナの顔は真っ赤だ。
「別に、なにもないですってば」

「あ、ヒナちゃん首筋にキスマークついてる!」
突然の指摘に反射的に自分の首に手を当てる。

だけどキスマークなんてついているわけもなくて、してやられたことに気がついた。
「ひどいですよマキさん!」

マキはおかしそうに声を上げて笑う。


本当にそんなんじゃないのに……。
ヒナは自分の膝を見つめてどうにか耐える。

光の頭の重さや体温が自分の体の染み付いているように感じられてずっとドキドキしっぱなしだ。
こんなんじゃダメだ。

お客さんに迷惑かけちゃう。
ヒナは自分を叱責してもう1度鏡へと向き直ったのだった。


☆☆☆

ノアールは3日間のクリスマスイベントも終わって比較的落ち着いた日々を過ごしていた。
「ヒナちゃん、また今度ね」

「うん! また来てね!」
ヒナは自分を指名してくれた丸太さんを見送り、店内へと戻っていった。

その時、数人の嬢たちが固まってなにかヒソヒソと話をしているのが視界に見えた。
視線を送るとその中のひとりがヒナを手招きしてきた。

ヒナは小首を傾げつつも近づいていく。
「どうしたんですか?」

聞くと嬢たちは一斉にしかめっ面をして、1番テーブルへ視線をやった。
そこには男性客が座っていて、嬢がついていない。

「あの人、どうして1人なんですか?」
聞くと、嬢たちは顔を見合わせて声を小さくした。


「あの人、すっごく性格が悪い客なの。来ても指名しないし、誰もつきたがらないのよ」
そう言われてもう1度男性客に視線を向けてみると、たしかに小難しそうな顔をしている。

眉間に何本も入ったシワは男性客のしかめっ面を安易に想像させた。
「ねぇ、あんたが行きなさいよ」

「嫌よ。それなら自分が行けばいいでしょう」
すぐに樹たちのなすりつけ合いが始まった。

近くにいるボーイも困り顔だ。
自分にできるだろうか。

ふと、ヒナはそう考えた。
みんなが尽きたがらないくらいヒドイ客だとしても、このままほっておくわけにはいかない。


それこそお店のイメージが悪くなって行ってしまうばかりだ。
それなら、誰でもいいから席についた方がいいんじゃないか。

ヒナの足が自然と1番テーブルへと向かっていた。
「ちょっと、ヒナちゃん?」

嬢のひとりが呼び止める声が聞こえてくるけれど、ヒナは足を止めなかった。
最初の頃は雑用ばかりのヒナだったけれど、今はもう違う。

ヒナを指名してくれるお客さんも何人か出てきてくれている。
腕試し、というわけではないけれど誰かがいかないといけないなら、手の開いている自分が行くべきだと思った。

ヒナは男性客の前までくると膝を追って視線を低くした。
そして名刺を差し出す。

「はじめまして、ヒナと申します」
男性客はチラリとヒナの方へ視線を向けたけれど、なにも言わずにそっぽを向いてしまった。

ヒナになんてまるで興味がなさそうだ。


それでも笑顔を崩さずに隣に座り、おしぼりを手渡す。
男性客はそれを奪うようして取ると、そのままテーブルに放り投げてしまった。

なるほど。
これは確かに手強いかもしれない。

他の嬢たちも不安そうな顔をこちらへ向けている。
「なにか飲みますか?」

次にメニューを広げて男に見せた。
男は太い指先でビールを指差しただけで、無言だ。

でもとにかくなにか飲んでくれる気はあるようでホッとする。
ヒナは近くのボーイを呼んでビールを頼んだ。

ここからが本番だ。
「今日はひとりで来られたんですね」

「見りゃわかるだろ」


「お仕事、なにされてるんですか?」
「そんな話はしたくない」

「ご趣味とかあります?」
「特にない」

仏頂面を崩さないまま、全く楽しくなさそうにビールを飲み続けている。
タバコを取り出したのですぐに火をつけようとしたけえれど、顔をそむけて自分でつけてしまった。

ヒナは自分の表情がひきつるのを感じながらも必死で笑顔を作り続けた。
「ここって給料いいの?」

ようやく相手から話たと思ったら、給料のことだ。
そんなこと言えるわけないじゃん!

と心の中で思いつつヒナは「え、えーっとぉ」と、笑顔で誤魔化す。
「いいよなぁ。飲んでるだけで金になるんだから」

少し大きな声で言われてヒナはうろたえた。


他のお客さんの迷惑になることだけはやめてほしい。
「え、えへへ。そうですねぇ」

変に否定して刺激してしまってはいけないと思い、適当に相槌をする。
お客さんの中にはキャストをバカにしてくる人もいるし、攻撃的な人もいる。

この人もそういうタイプなんだろう。
高級店であるノアールではめったに見かけない客だった。

「ヘラヘラ笑って適当に相槌打って、それで何万にもなるんだよなぁ?」
「そ、そんなことないです」

思わず否定してしまった。
嬢たちの頑張りを間近で見ているヒナにとっては、大変な仕事だとわかっている。

自分だって何度も失敗して、泣きたいときだってあった。
それでも頑張ってここにいるんだ。

「へぇ? じゃあお前になにかできることがあるわけ?」
男性客がイジワルな笑みを浮かべて聞いてきた。

「なにか一発芸とかできるわけ?」


「それは……」
なにもない。

お客さんを盛り上げて一緒に歌を歌って。
そのくらいのことしかできない。

だけど、それでこのお客さんが納得するとも思えなかった。
ヒナの背中に汗が流れていく。

どうしよう。
どう切り抜けたらいいんだろう。

自分からこの席に座ったくせにすでに後悔している。
こんなことになるなら、素直に光に相談に行くべきだった。

「あら、山田さんじゃない」
困り果てているヒナを助けるようにやてきたのはマキだった。

マキはしなやかな動きでヒナとは逆側へと座る。
マキが隣についた途端、男性客の顔からイジワルな笑みが消えた。


こころなしか頬が少し赤く染まり、それから何度か咳払いをした。
それを合図にしてヒナはお辞儀をして席を立つ。

男性客はマキの言葉に耳を傾け、マキのつけた火でタバコを吸い始めた。
その様子をヒナは呆然として見つめる。

「あの人はああいう人なんだ」
不意に後ろからそう言われて振り向くと、いつの間にか光が立っていた。

「マキを指名するんだけれどナンバーワンでなかなか会えない。その間に別の嬢に文句をつけて憂さ晴らししてるんだな」
「知ってたの!?」

「もう何度も来店してる人だ。そろそろ出禁にしようかと思っていたところだけれどな」
「え、そうなの?」

ヒナは再度驚いて聞き返す。
「できるだけどんな客でも受けいれたいけど、高級店としてはそうはいかないときもある」

そういう光は悩ましそうに眉間にシワを寄せた。
「それに、新人のお前にほとんど何の説明もなく客を押し付けた嬢たちには教育し直さないとな」

光はそう言うと、ヒナの頭をポンッとなでて忙しそうに事務所へで向かったのだった。
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