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第二章

王太子Side

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 ニコライからオリビアの体調が思わしくないという話を聞き、自身の馬を飛ばして予定通り公爵家のマナーハウスには1日半ほどで着いた。

 
 急いで飛び出したのでほとんど何も用意をして来なかったのだが、日ごろから鍛錬している肉体にはさほど影響はなかった。途中宿に泊まろうとも思ったが、早くオリビアに会いたくて夜通し飛ばしてしまった……あれほど冷たい態度だった自分の変わりように自分が一番驚く。


 きっと私が来たら驚くだろうな……何しに来たと言われてしまうだろうか。そんな不安を振り払うかのように馬を飛ばした。

 
 私は昼頃にマナーハウスの門まで辿り着いた。門番が「何者だ」と立ちはだかる……無理もない、このスピードで馬で駆けてくる者がいたらまずは怪しむであろう。事前連絡もしていなかったので、家令から何も聞いていないだろうしな。


 「私はハミルトン王国王太子、ヴィルヘルム・ディ・ハミルトンだ。門を開けてくれ」


 「は……ははっ!!」


 ゆっくりと門が開かれる。すると中から慌てて家令が姿を現した。


 「あ、あなた様は…………まさか……」


 「ヴィルヘルムだ。突然の訪問になって悪いな。さっそくだがオリビアはどこにいる?ここに滞在しているはず……彼女に会いたいのだが」

 
 私がオリビアについて聞くと、途端に顔が青ざめる…………実に分かりやすいな。何か隠していると言わんばかりに目が泳いでいる。


 「…………何があった?私に隠し事は出来ない」

 「……そ、それが………………」



 ∞∞∞∞



 家令が話したのは驚くべき事実だった。オリビアが領地の外れにある貧民街に向かったと…………私は自身の馬に飛び乗り、急いで貧民街へと向かう。

 あそこは貴族の娘が行くような場所ではない。世間知らずの彼女が行こうものならどんな目に合わされるか……ゼフがそばにいるはずだが胸騒ぎがする。馬を飛ばしてあっという間に入口に辿り着いた。

 入口付近はやけに静かでオリビアやゼフの姿は見えない。
 
 ひとまず落ち着こう……手綱を近くの木に括り付け、辺りを歩いた。私のような者が歩いている事に驚きを隠せない住人たちは、皆凝視しながら固まっている。中には「ひぃ!」と声をもらして物陰に隠れてしまう者もいる。

 
 ここは世の中から虐げられている者が集まっているからな……私のような貴族風の者が歩いていると、何をされるかと恐怖するのかもしれない。

 
 
 「きゃ!!」


 先の方から女性の声が聞こえた…………オリビアの声だ!私は急いで駆けつけると、オリビアは男に腕で首を絞められている…………私は全身の血が引いていくのを感じた。私のオリビアに何を…………そして頭より先に体が動いた――――――


 音もなく男の背後に回り、首に剣を突き立てる…………男の体は硬直し、オリビアは私がいる事に驚きを隠せず、大きな美しい目を見開いて少し振り向きながら私を見つめている。美しいな…………


 「……そんなに見るな。」


 今までオリビアに見られる事など日常茶飯事だったのに気恥ずかしくなってしまうとは…………今はそんな場合ではない。男からオリビアを解放せねば。


 「私の婚約者が血で汚れてしまうのは忍びない。まずは彼女から離れるまで待ってやろう。さっさと汚い手を私のオリビアから離せ」


 私以外の人間がオリビアに触れている事に我慢ならない。男は渋々腕を緩め、オリビアを一気にこちらに引き寄せる…………と同時にオリビアの肩を抱いた。
 
 私の腕にすっぽりとおさまるオリビアは、少し力を入れたら折れてしまうのではと思うほど華奢で、それでいて柔らかい…………ずっと抱いていられるな。これは私が心臓がもたない。
 ゼフは私に駆け寄り謝罪してきた。ひとまずオリビアを無事に解放出来たので、この場はゼフから説明を受ける事にした。ゼフは優秀だ、先程の事態も何か事情があるに違いないのは言わなくとも分かるが……どのような経緯があったか、後で色々と話を聞くとしよう。

 
 そして目の前の男はどう見てもここの住人ぽくない。オリビアと話しているのを聞いて、やはり訳ありだった事が判明する。

 
 我々は大きな倉庫のような建物に場所を移した。そこで聞いた様々な話は、驚くべき話だった。

 ここの司祭が公爵家の領地で好き勝手やっている事、オリビアと知り合いのようだった男は元々公爵家で働いていた事、司祭が公爵領で人身売買をしている可能性がある事、オリビアがそれを解決しようとしているという事…………
 
 
 人身売買が教会の者によって、公爵領で行われている?
 
 
 私は幼い頃から、この国の問題であった人身売買を根っこから根絶するべく動いてきた。

 
 先代は法で禁止したが……対外的にはそれで禁止にはなったが表立ってやらなくなっただけで、長年根付いた因襲を排除する事は到底出来ない。
 どこが温床になっているのかを突き止める……父上も懸念し、先代の時から動いていたが、父上はもう国王になり、身軽に動ける立場ではなくなってしまったからな。

 これは私がこの国の王族として生まれた者としての責務だと思っている。


 ゼフと出会ったのもそんな時だった。物乞いの立場にありながら自分を失わない強い目…………ゼフのそんなところを気に入り、連れてきた。


 あの頃からもしかしたら教会がその温床になっていたのか、それとも初めからなのか……なかなか尻尾を掴めないでいたのでどうしたものかと思っていたところ、ここでその話が聞けたのは大きな収穫だった。


 聖ジェノヴァ教会が公爵家にまで手を出し始めていたのだな。
 
 
 公爵も今は王都を離れ、領地に引っ込む事は出来ないだろう。
 
 貴族派が幅を利かせ始めているから今公爵が王都から離れれば、オリビアの王太子妃候補としての立場も危うくなる。
 私服を肥やす貴族たちに物申せる者はなかなかいないからな……王都での公爵の影響力が弱まれば、私の婚約者にと自身の娘を推してくる貴族は沢山出てくるだろう。

 
 私にはオリビアしか考えられない。
 
 本来なら、こんな危ない事に首を突っ込んでほしくないし、私の元で閉じ込めてしまえればどんなにか………………思考が危ない方向に行きそうになるのを必死で我慢する。

 
 しかし真面目で誠実で優しいオリビアは、自身の領地で起こった事を見なかった事には出来ないだろう。

 
 テレサという司祭によって傷ついた女性の手を握り、慰め、謝罪するオリビアは女神そのものだ……………………貴族の娘が平民、ましてや貧民街の住人に頭を下げるなど、まずないだろう。
 しかしオリビアは出来てしまうのだな…………我が国の民を等しく愛し、慈しむ姿にオリビアほど王太子妃、その先の国母に相応しい女性はいない。

 
 このような素晴らしい女性と婚約していたにも関わらず、自分は何を見ていた?と後悔の念に駆られる。


 オルビスが私にひれ伏す姿を見て、それに相応しい人間ではないと言ってしまいそうになった。

 
 私自身が彼女の隣に相応しい人物にならなければ…………マナーハウスに帰ろうと馬に乗せたオリビアに口付けをしてしまいそうになったが、今の私は彼女の隣に立つ人間として相応しくない。

 必死に耐え、馬を走らせた。

 ここの問題を共に解決する事に集中しよう。解決するまでオリビアは王都に帰らないだろうし、オリビアを置いて王都に帰る事など出来ない。


 しかし早めに解決しなければ…………この件があの母上の耳に入れば私もオリビアも呼び戻されてしまう。急がなければ。
 
 
 それにここの問題を見て、この国の問題も浮かび上がった感じがするな…………国とは王家のものではなく、民のものだ。父上は常に私にそう教えていた。教会が民を私物化しようとするならば断固として阻止しなければ。

 父上の目指す国の姿には程遠いこの貧民街を見ると、私にもまだまだやるべき事は山積みだな。
 

 そんな事を延々と考えながらも、腕の中の彼女の温もりが私の頭の中をいっぱいにしていく。

 
 私は、マナーハウスまでに自分の心臓を静める事に必死だった。


 
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