ある幸せな家庭ができるまで

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第三章:出産編

占い師

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 繁華街にある占い師の館はひっそりとしていた。以前ここに来た時には客が長蛇の列で並んでいて、ずいぶん人気の占い師なのだなと思っていたのだが、今はもうそんな雰囲気はかけらも感じられない。やはり占いはインチキだったのだろうと店内を覗き込むと中にいた受付と思われるスタッフに「予約の受付ですか?」と声をかけられた。

「予約?」
「現在当店は完全予約制となっております、予約チケットをお持ちでないお客様はまずご予約を……」
「私は占いをしてもらいに来た訳ではない! 聞きたい事があるんだ、占い師に会わせてくれ!」
「ですからそれが予約制だと言っているのですよ」

 受付は胡散臭そうな表情でこちらを見やる。どうやら占い云々ではなく占い師に会う事自体が予約制という事らしい受付の言葉に眉根を寄せる。こちらは急いでいるのになんという事だ。
 確かに占い師はずいぶんと美しい容貌をしていた。占いにではなく、占い師自身に惚れる人物が現れても不思議ではない。だからこそのこの予約制か……

「予約も何も現時点ここには誰もいないじゃないか!」
「それはまぁ、本日は予約受付のみで先生は休暇を取っていますしね」

 休暇……どうりで待ち合いに人の一人もいない訳だ。

「占い師は今何処にいる?」
「プライベートな事はお答えできません」

 それもまぁ、当然か。ここで時間を潰しても埒があかないとライザックは踵を返した。手掛かりが完全に途絶えてしまったなと店舗の外に出ようとした時、外からの来客で扉が開く。ライザックが道を譲る様に脇によけると恐らく出入りの業者と思われる人物が店内を見渡し受付に「今日も先生はお出掛けかい?」と苦笑した。

「先生も物好きだね、あんな何もない物騒な森に一体何の用があるんだか」
「あ、ちょ……駄目ですよ!」

 受付が慌てたように業者の言葉を遮った。森? 今、占い師は森に行っているとそう言ったか?

「森と言うとどこの森ですか?」
「ん? 先生が通っているのは西の森だろ?」

 西の森……そこは私とカズとの出会いの場でもあり、そして触手ワームの生息地でもある。その言葉を聞いて私は駆け出した。カズは恐らくそこにいる。それはただの直感でしかなかったのだが、私は妙な確信を持って西の森へと足を向けた。


 オーランド国首都クリスタ、そこから西へと進んだ場所にその森はあった。盗賊が出るという事もない比較的危険の少ない森なのだが生息しているワームが厄介で、普通の人間はあまり寄り付かない場所。お陰で森は鬱蒼としていて自然の宝庫となっている。
 商売人などが手つかずの自然の中でしか手に入らない希少品を探しに入ってワームに襲われるという事件もままあって、仕事柄その森には何度か足を踏み入れた事もあるが、正直好き好んで踏み入りたいとは思わない。占い師に言われここへ訪れた時には着いたと同時にカズの助けを呼ぶ声が聞こえて、私は訳も分からずカズを助けに森へと飛び込んだ。本当にカズは運が良かったと思う、あの時あのタイミングで自分がこの森を訪れなければ彼は今頃触手ワームの苗床だっただろう。
 ワームの体液は人間にとって媚薬のような働きをするらしく、人を侵し快楽の内にその体内に種を植え付ける。植え付けられた方は快楽の中で死ぬ事が出来るとかで自殺を考えここを訪れる人間もいると聞くが、いくら気持ちよく死ぬ事が出来ても触手の苗床などごめんだなと私などは思ってしまう。
 しかも中途半端に助かってしまえばその毒が身体に残り淫売に堕ちるというのだから余計にだ。毎夜誰かに抱かれなければ死ぬほどの苦しみに苛まれるなんて、そんな事想像するだけでぞっとする。
 慎重に森の中を窺い見ると森の奥で微かに動く影が見えた。

「カズ!」

 思わず叫び森の中に飛び込むと、森が奇妙にざわめいた。しまったと思った時にはもう遅い、ワームは樹々に擬態して人が訪れるのを待ち構えている、足を取られ、それを剣で振り切りほうほうの体で森から逃げ出した、こんな森にあの占い師は一体なんの用事があるというのか……また森はしんと静まり返ったが、本当にここにカズがいるのか? と不安になった。なんとなくの直感でここまで来てしまったが、もしや自分の早合点の可能性も……と不安になった時、またしても森の奥に動く影が見えた。
 またワームかと、今度は慎重に瞳を凝らすとそれは紛れもない人影で、私はもう一度剣を構え直した。まだその辺にワームはいるはずだ、基本的にワームは動きが鈍い、だから人を誘い込み人が来るとその触手で獲物を一気に絡め取る。

「近くにワームがいる、気を付けろ!」

 人影に声をかけると「あれ? ライザック?」と呑気な返答が返ってきて、ぱたぱたとカズが小走りに駆けてきた。その腕の中にはシズクも連れ去られたままの姿で収まっていて、安堵と同時に身体から力が抜けた。

「カズ! 心配したんだぞ!」
「ごめん、でもなんでここが分かったんだ?」
「それは――」

 返事を返そうと思った瞬間、また森の空気がざわりと揺れた。カズの背後にもう一人いる。

「誰だ!」

 カズを抱き寄せ目を凝らす、そこに立っていたのは件の占い師、けれど奇妙な事に風も吹いていないのにその長い髪がたなびいている。私は思わずカズを抱き寄せ身構えた。何かがおかしい。ワームが獲物を前にして襲ってこないのもおかしいし、カズが何故この占い師と共に居たのかも分からない。

「来るな!」

 私がカズを片腕に抱き剣を構えると、占い師は静かに微笑んだ。

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