ある幸せな家庭ができるまで

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番外編:ある幸せな家庭の幸せな日常生活

新しい家族

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「シズク~勝手に1人でどっか行くなよ~」

 自分で歩けるようになった幼い息子は好奇心が旺盛で、何かに興味を惹かれると周りの事も忘れて勝手にどこかへ行ってしまう。そんな息子から俺は最近目が離せない。出かける時はとっ捕まえて抱き上げておけばいいのだが、買い物の最中荷物も増えて、会計をしようとする段にはそういう訳にもいかず息子をおろして財布を開く。会計を済ませて、さて行くかと、振り返ってみればシズクがいない。俺はざっと青褪めた。
 オーランドは決して治安の悪い街ではないが、幼い子供一人ではどんな危険があるかも分からない。せめて手を繋いでいれば良かったと、後悔しても後の祭りだ。

「シズク~! シズク何処だ!!」

 俺はシズクを探して回る、すると何処からか微かに「ママぁ」という声が聞こえた。
慌てて、その声を追いかけ入った路地裏は人気もなく、何やら悪い予感がする。ライザックにはあまり人気のない場所には近付かないようにと、いつも口を酸っぱく注意されていて、そういう場所にはチンピラのような輩が住み着いている事も知っていた俺はしばし躊躇するのだが、もし万が一シズクがそんな場所にいるのならば、母親として躊躇している場合ではない。

「シズク!!」
「ママぁ、何処ぉ!?」

 泣きそうな声で大きな声を上げる息子、それは間違いなくシズクの声だ。

「今行くから、そこ動くな!」

 釘を刺して道を急ぐ、逆方向にでも駆けて行かれたら余計に場所が分からなくなる。ようやく通りの奥で息子を見付けた俺は、半泣きの息子を抱き上げた。全く、泣くくらいなら最初から勝手に何処かへ行くなと言うのに……

「勝手に動くなって言っただろう?」
「だってワンちゃんが……」
「犬?」

 見回してみてもそんな犬を見付けられない俺は首を傾げる。何処かに行ってしまった後か……そんな風に思っていると、ふいにぬっと現れた人影。けれど、それは小さな子供だった。

「獣人か……」

 獣人、人のような立ち姿をしているが人ではない者達。人と獣人の共存するこの世界では、そこまで珍しい訳でもないのだが、獣人の子供とは珍しい。なにせ獣人達は自分達の国からあまり出てこない、いる事はいるけれどその数は少なく、子供なら尚更だ。
 けれどその子供はいわゆる半獣人の姿で、手足は獣、頭にはピンと立った三角形の耳が生え、尻には尻尾も生えていて顔だけが人のものだったので、その子供が人と獣人のハーフなのだとすぐに分かった。
 獣人国では半獣人は差別の対象であるらしいという話を聞いた事がある俺は、恐らくこの子はこの国で生まれた者なのだろうなと判断する。

「やっぱり、ワンちゃん」
「うちの息子が何か悪さをしたかな? だとしたら申し訳なかった」
「いえ……」

 犬の半獣人と思われるその子供は言葉少なく瞳を逸らす。とても小柄な彼はシズクよりは年上だと思われたがそれでもまだ幼い子供だ。彼は躊躇いがちに俺の前に立つ。

「君もこんな人気のない場所じゃ何があるか分からない、用が無いならこんな路地裏にはあまり近付かない方がいい」

 そう言って歩き出そうとした俺の前に道を塞ぐように立ち塞がる彼。

「退いてくれる?」
「ダメ、行かせられない」

 俺が眉を顰めると、その子供は口笛を鳴らす。そしてそれに呼応するように現れた大柄な獣人達に俺は更に眉間の皺を深く刻んだ。

「どういう事?」
「おっと、これはなかなかの上物じゃないか」

 現れた獣人が舌なめずりをするようにこちらを見やる。なんだよ、気持ち悪いな。上物って……あぁ、シズクの事か。
 シズクは本当に可愛らしい。親馬鹿抜きにしても別嬪さんだ。それもそうだ、俺の遺伝子よりライザックの遺伝子を色濃く引いたシズクは誰が見ても上物だ、だが、息子を値踏みするようなそんな言われ方には腹が立つ。

「お前等、もしかして人攫いか? 俺とシズクに手なんか出したら、お前等どうなるか分かんねぇぞ」

 ライザックはこの街で治安維持の仕事をしている騎士だ。そんな彼が最近街で人攫いが出ていると言っていたのを思い出し、こいつ等がそうなのかと俺はシズクを抱く腕に力を込めた。

「人聞きが悪いな、俺達は人攫いじゃない商品を入荷して売り捌いているだけのただの商売人だ」
「あぁん? そういうのを人攫いって言うんだよ!!」

 俺は抱き上げていたシズクを片手に、買い物袋を獣人の一人に投げつけた。怯んだ獣人に体当たりで、更に行く手を阻もうとする相手に蹴りを食らわす。
 悪いがおめおめと攫われてやる気はないんでな! あの、小さいチビ犬も仲間なのか? 全く始末に終えないな。
 喧嘩は好きではないが、売られた喧嘩は買う主義だ。向こうの世界に暮らしていた頃は地味に空手を習っていた俺は、この危機に手加減などする気はさらさらない。

「顔に傷は付けるな、商品価値が下がる!」

 は? ふざけんなっ、お前等なんかにシズクを指一本でも触らせる訳ねぇだろうがよ!
 大乱闘の大立ち回り、そんな俺達の騒ぎに気付いたのか、誰かが通報したのか俄かに周りが騒がしくなった。助けが来たかと油断した時、獣人の一人に腕を捕まれた。
 片腕にはシズクを抱いていて、反対側の腕を捕らえられた俺はその獣人を蹴り上げるのだが、思いのほか逞しいその獣人はびくともしない。

「はっ、なせっっ!!」

 シズクを抱えた俺ごと俺の身体を持ち上げた獣人が、威嚇するように駆けつけた者達に牙を向く。あぁ、これ、ちょっとヤバイ……

「シズク、動くな。駄目だぞ、ちゃんと俺に掴まっておけよ」
「ふぇぇ、ママぁぁ」

 腕の中の息子が泣き出した、いかん、これは本当にいかん!!
 俺の服を掴む息子の指がずるりと伸び出す、それはまるで樹の蔦のようにずるりずるりと伸びていき、俺を担ぎ上げた獣人の腕に絡みつく。息子の変化はそれに留まらず髪もずるりと伸び出して、うねうねと周りの者達をも絡み取り始めた。

「シズク、止めろ。駄目だって!! ママがいるから、お願いだから泣き止んで!」

 けれど、息子の暴走は止まらない。だから、どうなるか分かんないって言ったのに……あぁ、もうこれ絶対治まらない……
 蔦はうねり獣人達を縛り上げる、逃げだそうとした者もいるにはいたがその全てを捕まえてその触手はギリギリと獣人達を締め上げた。

「シズク、めっ! もう、止めなさい!」

 俺の言葉に触手の動きが少し鈍る。獣人達も完全に恐れおののき恐怖に顔を引きつらせているから、もう充分だろう。

「おい! 何があった!? これは……」

 そんな所に通報があったのだろう駆けつけたのはライザック、仕事中だもんな申し訳ない。

「こいつ等お前が言ってた人攫いだと思う。悪い、止められなかった……」

 俺の腕を掴んでいた獣人は首を絞められ完全に意識を失っている。一番近くに居たからなぁ、でもこれは自業自得だからな?

「カズ、怪我は!?」
「俺は平気、シズクは……もう駄目だって言ってるだろう?」

 シズクの触手がうねうねとうねっている。悪者達に絡みつくのを止めたその触手なのだが、何故か最初に遭遇した小さな犬の半獣人に興味深そうに絡みつき離そうとしない。その子犬は真っ青で、何やらこちらの方が申し訳ない気持ちになってしまう。

「シ~ズ~ク、もうお終い。触手はちゃんとしまって」
「ママぁ、ワンちゃんうちで飼お?」
「は?」

 突飛な事を言い出した息子に俺は戸惑う。

「いやいや、こいつは犬の獣人だけど、犬じゃないから飼えないぞ?」
「やだやだ、ワンちゃん飼おう、ねぇ、パパいいでしょ?」

 息子に見上げられたライザックも戸惑い顔で「まずは一度取調べが終わってからな」などと言葉を濁す。
 えぇ、ちょっと待て。そんな言い方したらシズクが期待するだろうが!
 連行されていく獣人達を見送って、息子は首輪を買いに行こうと大はしゃぎだ。いや、でも首輪って……なんて思っていたら、なんとライザック、その小さな子犬の半獣人を本気で我が家に連れて帰ってきやがった。
 「ワンちゃん!」と、シズクは大喜びだが、俺は渋面が隠せない。

「おい、お前本気か?」
「シズクが飼いたいと言うのだから、いいんじゃないか? 幸いな事にこの子はあいつ等に攫われてきて手伝いをさせられていただけの被害者だったらしい。帰る家が分からないと言うのだから、しばらく我が家に置く事になんの問題もないだろう?」
「それでもそいつはシズクを攫おうとした奴等の仲間だったんだぞ!」
「さすがにもうそれはしないだろう、ほら、シズクを怖がって手は出せない」

 確かにその子犬の尻尾は丸まってお尻にぺたりと張り付いている。耳も気持ち伏せ気味で、戸惑っているのはお互い様か。仕方がないな、と俺が頷くと、シズクはぱっと笑みを見せて、その獣人の子に抱きついた。
 彼は少しだけシズクより年上だと思われるが、やはりどう見ても子供で、恐らくこれ以上の悪さをする事もないだろう。

「お前、名前は?」
「……ドク」

 言葉少なく子犬は答える。普通じゃない我が家、何せ俺は元異世界人、息子は少しばかり魔物の血が入っているし、旦那のライザックはそれを許容する変人だ。まぁ、それでも暮らしてみれば平凡な家庭の我が家だ、今更獣人の子供が一人増えた所でどうという事もないのかもしれない。

「ドクか、そんじゃあ、これから宜しくな」

こうして我が家に新しい家族が一人増えた。

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