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番外編:その後のある幸せな家庭
獣人類学者
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しばらくするとほっとしたような表情のお義母さんと、相変らず笑みを絶やさないシノックさんがリビングの方に戻ってきた。
「どうでした?」
「うん、まぁ過労だね。聞けば住み込みで働いていて休みもほぼないらしいじゃないか、解熱剤と栄養剤を処方するけど職場環境の改善をしないと根本の解決にはならないかな。彼の職場は何処?」
「えっと、獣人国の大使、バートラム・ベアード様のお屋敷です」
「ああ、それで……」
シノックさんが少し考え込むように眉根を寄せる。
「獣人国の獣人達は半獣人の扱いが酷いからね。話せば分かってくれる者もいるけれど、その方はどうだろうな」
「まさかそのバートラムというのはミレニアを奴隷のように扱っていると!?」
「まぁ、なくはない話だよ。僕はそういう者達をたくさん見てきた」
「ちょっと、待ってください! バートラム様はさすがにそこまでする人じゃないですよ!」
憤懣やるかたないという表情のお義母さんと、訳知り顔のシノックさん、だけどバートラム様とミレニアさんの関係はそういうものではないと思うのだ。
「そもそもバートラム様はミレニアさんの婚約者ですし、さすがにそれは……」
「だが、ミレニアをここまで追い詰めるなど、愛する者への仕打ちとは思えない!」
ライザックを散々追い詰めたお義母さんがそれ言う? という心のツッコミはしまい込む。今はもう和解したし、敢えて蒸し返す必要はない。もやっとはするけど。
「あの、ところでお義母さんにひとつお聞きしたいんですけど、いいですか?」
「ん? なに?」
「ミレニアさんって、もしかして顔にコンプレックスがあったりするんですか?」
「? そうなのか?」
「聞いているのは俺の方なんですが、そういう話を聞いた事は……?」
「特にないけど、何か言っていた?」
「自分は醜いから誰とも番わない、って」
お義父さん、お義母さん、シノックさんが揃って俺の方を驚いたような顔で見てるけど、俺、嘘は吐いてないし、本人がそう言ってたんだからそんな疑うような顔しないでくれよっ! 俺だって耳を疑ったんだからなっ。
「あんな綺麗な子がそれはないだろう?」
「そうだよ、ミレニアはオーランドルフの一族の中でも一・二を争う美形だよ、婚約者がいるって話だったから縁談話にはならなかったけど、本邸でのロゼッタの婿選びの時だって引く手数多だったって僕は聞いたけどね」
シノックさんとお義父さんが畳みかけるように俺に言い募る、だよね、そうだよね! 俺の美的感覚がおかしい訳じゃないよな!
だけど、そんな中、お義母さんだけが何故か難しい顔で何事か考え込んでいる。
「あの、お義母さん?」
「ん? あ……いや、そういえばあの本邸でのロゼッタの婿選びの時、あんまりむしゃくしゃしたものだから、引く手数多のミレニアに君も好きなのを選んだらどうかと嫌味半分に言ったら、物珍しいだけの珍獣を誰が本気で娶ると言うのか、せいぜい妾にされるのが精一杯、主人の見世物にされるなんてごめんだ、と返されたのを思い出してね」
あの時、ちやほやされていたミレニアさんは周りの反応をそんな風に捕らえていたのか、これは相当に根が深そうだ。
「そういえばハクア草とギルライの鍋を食べたいと言っているのは彼だったか? 彼は元々育ちは獣人国なのかな? だとしたらその反応も分からないでもない」
「え……」
「獣人国は獣人達が治める国、人間はよそ者で基本的に受け付けない、ついでに美醜の基準が人間とは違っている、彼は人間の国ではとても綺麗な顔立ちだと認識されるけど、向こうではそうではなかった可能性は高いだろうね。人の価値なんて顔では決められないけれど、彼が自分を醜いと思い込んでいるのなら、成長過程で色々と嫌な思いをしてきたのかもしれないね」
ミレニアさんの過去。そういえば幼い頃にバートラム様に「変な顔」だと言われた事があると先程ミレニアさんも言っていた。これはやはり早急にバートラム様から話を聞かなければいけないな。
「俺、ちょっとバートラム様に会って話を聞いてきます」
「だったら私も!」
お義母さんって本気でミレニアさんのこと実の子みたいに思ってたんだね、心配なのは分かるけど「事態がややこしくなりそうなんでご遠慮ください」だよ。
「元とは言えオーランドルフの人間と獣人国の大使の諍いなんて下手したら国同士の諍いにもなりかねないんでしょう? それはどうかと……」
「だったら僕が付いて行こうか?」
何故かシノックさんがハイと小さく手を挙げた。
「え……なんで?」
「僕はね、色々な肩書を持っているけど同胞である半獣人の地位向上のための活動もしているんだよ。獣人や人類の進化について研究しているのもその為でね、獣人も人も半獣人も進化の過程では何も変わらない同じ生物であるという観点から同等であると考えている。だから半獣人が蔑まれるこの風潮にはずっと疑問を持っているし、変えていかなければとも思っている。これについてはその一環だと思ってもらえればいいよ。獣人国の大使及び重鎮の方々がこちら側の考え方に賛同してくれれば、僕達は更に生きやすくなる、これは自分のためでもあるんだ。お二人の関係の基礎知識がないからこそ、僕はフラットな見解を示せると思うし、もしその大使の方が半獣人を奴隷のように扱うような方なのならその考えを正したい。もしそれが無理なら半獣人の彼を救う方向で話を進めたいと思う」
えっと、ようするにこのシノックさんは半獣人であるミレニアさんの味方、という事でいいのかな? 頼もしいな。
お義母さんがキラキラした瞳でシノックさんのこと見てる。なりは小さいけど声と同じでシノックさんって中身もイケオジなんだな。
「僕もカズ君とシノックさんの二人がいいと思う、ハロルドが下手に出しゃばると事態が混乱しそうだもの」
「アルフレッド、お前までそんな事を言うのか!」
「君、人付き合い苦手だろ? 交渉事には向かないよ」
お義父さんがさくっとお義母さんを黙らせた。ずいぶん長い事仲違いしてた二人だけど、ずいぶんずけずけと言い合えるようになったんだね。
まぁ、仲良しだってお義父さんが豪語するくらいだし、お互いの家に行き来出来る仲になっているようだからそうだよね。お義父さんとお義母さんの関係がいい方向に変化したようで本当に良かったよ。
「それでも、私だってあの子のために何か出来る事があるのなら……」
「だったら君があの子にハクア草とギルライの鍋を作ってあげたらいいんじゃないかな。作り方は僕が教えるから」
シノックさんがにこりと微笑んで提案するのに対してお義母さんが少しだけ怯んだ。もしかしてお義母さんって料理できない人? だって作ってるのを見た事がない。
「ハロルド、僕も手伝うよ」
「ほ、ホントか!?」
横からお義父さんがさりげなく助け船を出す事でお義母さんがようやくほっとした様子で頷いた。今日一日でお義母さんの印象が滅茶苦茶変わったな。素直なお義母さんはとても可愛い。
「お義母さんって本当にミレニアさんのこと好きだったんですね、意外」
「い、意外とはなんだ! あの子はな、良い子なんだぞ! 卑屈でねじ曲がっていた私の世話を嫌な顔ひとつしないでずっとしてくれていた良い子なんだ! そんなミレニアが音を上げるなんて相当だぞっ!」
お義母さん、自分がねじ曲がってた自覚はあったんだ。思わず微笑ましくなって笑みを浮かべたら「笑うな」と怒られたけど、いやでもねぇ、人って変われるもんなんだねぇ。
「本当に君は嫌な奴だ! なんでライザックはミレニアではなく君を選んだのか、私には本気で分からないよ!」
「もう、またハロルドはそういうこと言う……カズ君、気にしなくていいからね」
ははは、最初から気にしてないから大丈夫ですよ~
「ふふ、ハロルド、君は家族の前では意外とずけずけとモノを言うんだね、驚いたよ」
「あ、いや、これは……」
シノックさんに笑われて明らかに狼狽えるお義母さん、あたふたと言い訳をしている姿が可愛らしくて、やっぱりとても微笑ましいよ。
「どうでした?」
「うん、まぁ過労だね。聞けば住み込みで働いていて休みもほぼないらしいじゃないか、解熱剤と栄養剤を処方するけど職場環境の改善をしないと根本の解決にはならないかな。彼の職場は何処?」
「えっと、獣人国の大使、バートラム・ベアード様のお屋敷です」
「ああ、それで……」
シノックさんが少し考え込むように眉根を寄せる。
「獣人国の獣人達は半獣人の扱いが酷いからね。話せば分かってくれる者もいるけれど、その方はどうだろうな」
「まさかそのバートラムというのはミレニアを奴隷のように扱っていると!?」
「まぁ、なくはない話だよ。僕はそういう者達をたくさん見てきた」
「ちょっと、待ってください! バートラム様はさすがにそこまでする人じゃないですよ!」
憤懣やるかたないという表情のお義母さんと、訳知り顔のシノックさん、だけどバートラム様とミレニアさんの関係はそういうものではないと思うのだ。
「そもそもバートラム様はミレニアさんの婚約者ですし、さすがにそれは……」
「だが、ミレニアをここまで追い詰めるなど、愛する者への仕打ちとは思えない!」
ライザックを散々追い詰めたお義母さんがそれ言う? という心のツッコミはしまい込む。今はもう和解したし、敢えて蒸し返す必要はない。もやっとはするけど。
「あの、ところでお義母さんにひとつお聞きしたいんですけど、いいですか?」
「ん? なに?」
「ミレニアさんって、もしかして顔にコンプレックスがあったりするんですか?」
「? そうなのか?」
「聞いているのは俺の方なんですが、そういう話を聞いた事は……?」
「特にないけど、何か言っていた?」
「自分は醜いから誰とも番わない、って」
お義父さん、お義母さん、シノックさんが揃って俺の方を驚いたような顔で見てるけど、俺、嘘は吐いてないし、本人がそう言ってたんだからそんな疑うような顔しないでくれよっ! 俺だって耳を疑ったんだからなっ。
「あんな綺麗な子がそれはないだろう?」
「そうだよ、ミレニアはオーランドルフの一族の中でも一・二を争う美形だよ、婚約者がいるって話だったから縁談話にはならなかったけど、本邸でのロゼッタの婿選びの時だって引く手数多だったって僕は聞いたけどね」
シノックさんとお義父さんが畳みかけるように俺に言い募る、だよね、そうだよね! 俺の美的感覚がおかしい訳じゃないよな!
だけど、そんな中、お義母さんだけが何故か難しい顔で何事か考え込んでいる。
「あの、お義母さん?」
「ん? あ……いや、そういえばあの本邸でのロゼッタの婿選びの時、あんまりむしゃくしゃしたものだから、引く手数多のミレニアに君も好きなのを選んだらどうかと嫌味半分に言ったら、物珍しいだけの珍獣を誰が本気で娶ると言うのか、せいぜい妾にされるのが精一杯、主人の見世物にされるなんてごめんだ、と返されたのを思い出してね」
あの時、ちやほやされていたミレニアさんは周りの反応をそんな風に捕らえていたのか、これは相当に根が深そうだ。
「そういえばハクア草とギルライの鍋を食べたいと言っているのは彼だったか? 彼は元々育ちは獣人国なのかな? だとしたらその反応も分からないでもない」
「え……」
「獣人国は獣人達が治める国、人間はよそ者で基本的に受け付けない、ついでに美醜の基準が人間とは違っている、彼は人間の国ではとても綺麗な顔立ちだと認識されるけど、向こうではそうではなかった可能性は高いだろうね。人の価値なんて顔では決められないけれど、彼が自分を醜いと思い込んでいるのなら、成長過程で色々と嫌な思いをしてきたのかもしれないね」
ミレニアさんの過去。そういえば幼い頃にバートラム様に「変な顔」だと言われた事があると先程ミレニアさんも言っていた。これはやはり早急にバートラム様から話を聞かなければいけないな。
「俺、ちょっとバートラム様に会って話を聞いてきます」
「だったら私も!」
お義母さんって本気でミレニアさんのこと実の子みたいに思ってたんだね、心配なのは分かるけど「事態がややこしくなりそうなんでご遠慮ください」だよ。
「元とは言えオーランドルフの人間と獣人国の大使の諍いなんて下手したら国同士の諍いにもなりかねないんでしょう? それはどうかと……」
「だったら僕が付いて行こうか?」
何故かシノックさんがハイと小さく手を挙げた。
「え……なんで?」
「僕はね、色々な肩書を持っているけど同胞である半獣人の地位向上のための活動もしているんだよ。獣人や人類の進化について研究しているのもその為でね、獣人も人も半獣人も進化の過程では何も変わらない同じ生物であるという観点から同等であると考えている。だから半獣人が蔑まれるこの風潮にはずっと疑問を持っているし、変えていかなければとも思っている。これについてはその一環だと思ってもらえればいいよ。獣人国の大使及び重鎮の方々がこちら側の考え方に賛同してくれれば、僕達は更に生きやすくなる、これは自分のためでもあるんだ。お二人の関係の基礎知識がないからこそ、僕はフラットな見解を示せると思うし、もしその大使の方が半獣人を奴隷のように扱うような方なのならその考えを正したい。もしそれが無理なら半獣人の彼を救う方向で話を進めたいと思う」
えっと、ようするにこのシノックさんは半獣人であるミレニアさんの味方、という事でいいのかな? 頼もしいな。
お義母さんがキラキラした瞳でシノックさんのこと見てる。なりは小さいけど声と同じでシノックさんって中身もイケオジなんだな。
「僕もカズ君とシノックさんの二人がいいと思う、ハロルドが下手に出しゃばると事態が混乱しそうだもの」
「アルフレッド、お前までそんな事を言うのか!」
「君、人付き合い苦手だろ? 交渉事には向かないよ」
お義父さんがさくっとお義母さんを黙らせた。ずいぶん長い事仲違いしてた二人だけど、ずいぶんずけずけと言い合えるようになったんだね。
まぁ、仲良しだってお義父さんが豪語するくらいだし、お互いの家に行き来出来る仲になっているようだからそうだよね。お義父さんとお義母さんの関係がいい方向に変化したようで本当に良かったよ。
「それでも、私だってあの子のために何か出来る事があるのなら……」
「だったら君があの子にハクア草とギルライの鍋を作ってあげたらいいんじゃないかな。作り方は僕が教えるから」
シノックさんがにこりと微笑んで提案するのに対してお義母さんが少しだけ怯んだ。もしかしてお義母さんって料理できない人? だって作ってるのを見た事がない。
「ハロルド、僕も手伝うよ」
「ほ、ホントか!?」
横からお義父さんがさりげなく助け船を出す事でお義母さんがようやくほっとした様子で頷いた。今日一日でお義母さんの印象が滅茶苦茶変わったな。素直なお義母さんはとても可愛い。
「お義母さんって本当にミレニアさんのこと好きだったんですね、意外」
「い、意外とはなんだ! あの子はな、良い子なんだぞ! 卑屈でねじ曲がっていた私の世話を嫌な顔ひとつしないでずっとしてくれていた良い子なんだ! そんなミレニアが音を上げるなんて相当だぞっ!」
お義母さん、自分がねじ曲がってた自覚はあったんだ。思わず微笑ましくなって笑みを浮かべたら「笑うな」と怒られたけど、いやでもねぇ、人って変われるもんなんだねぇ。
「本当に君は嫌な奴だ! なんでライザックはミレニアではなく君を選んだのか、私には本気で分からないよ!」
「もう、またハロルドはそういうこと言う……カズ君、気にしなくていいからね」
ははは、最初から気にしてないから大丈夫ですよ~
「ふふ、ハロルド、君は家族の前では意外とずけずけとモノを言うんだね、驚いたよ」
「あ、いや、これは……」
シノックさんに笑われて明らかに狼狽えるお義母さん、あたふたと言い訳をしている姿が可愛らしくて、やっぱりとても微笑ましいよ。
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