君じゃない?!~繰り返し断罪される私はもう貴族位を捨てるから~

サイケ ミカ

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断罪編

事変から

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 皇太子宮の寝所で起きた事変から一昼夜。
 
 夜の闇に紛れた黒馬車が、皇宮の門前に付けられた。
 集まる宮内人は、鎧を纏う騎士達と護衛が大半を占めている。
 静かに荷造りや、護衛の準備がされる中、1つの箱が恭しく馬車の中に積まれた。

「おい、エリオットじゃないか?お前どうしたんだ。近衛がこんなところにいてもいいのかよ?」

 何の装飾も施されていない箱を、護衛人達は婚礼の返礼品だと思っている。
 
 対して気にも留めない状況の中、落ち付いたブラウンヘアーの青年に、同じ年頃の護衛兵が声を掛けた。

 青年、エリオットはどこか慌てた風に振り返る。

「いや、ちょっと代わってもらったんだ。今回の行き先が、知り合いの領でね。出来たら墓参りをしたいと、思ってさ。」
 
 先程まで向かいに立つフード姿の男と話をしていたエリオットは、同期の護衛人に、どこか寂しそうな顔をして見せた。

「そうか!なら丁度いいな。エンルーダは、ただでさえシャルドーネから遠いからよ。こんな事が無けりゃ寄る事もないもんな。」

 同期の護衛は何かしら納得をして、エリオットの背中を慰めるように軽く叩く。

 エリオット達子息は、卒業の時期に婚約破棄を多数だした年代となり、都では平民達から訝しげられている。
 卒業以来、破棄された令嬢が亡くなる事態が起きていたのだ。
 
 婚約解消では無く、子息から令嬢への一方的な婚約破棄は、された令嬢側に大きな傷を残す。

 殆どの貴族は幼少から、政略の意味合い深く婚約関係を家同士で結んだ為、婚約破棄は令嬢の価値を著しく社交界では貶めることになる。
 
 婚約破棄をされた令嬢が次なる婚約者を他国に求める事が出来れば問題は無いが、出来なければ神に使える修道女となるしか生きる道はなくなるのだ。
 
 其れが故に、多数亡くなった令嬢達は、自死したのだろうと都人達は噂した。

「行った事があるのか?」

「そりゃ、上位貴族で誰かしら亡くなれば一度は訪れる領だろ?俺は侯爵長男の親友の爺さんの時にくっついてな。1年の大半を雪に覆われる場所だし、シャルドーネからは優に3日かかる。」

「そんなに遠いのか。」

「なに、馬に乗ってれば、いつかは着く場所さ。」

 じゃあなと護衛はエリオットに手を振って、持ち場に戻る。
 間もなく隊列が出発だと声が聞こえたからだ。
 

 同僚護衛がエリオットから離れると、直ぐ側にいたフードの男が寄ってくる。

「殿下、本当に行かれるのですか?」

「もちろんだ。わざわざエリオットに配置変えをしたのは、何の為だ?」

 深く被られたフードの奥に見える顔はウイルザード。
 側近の近衛騎士を置いてまで、学園からの友人エリオットにウイルザードが護衛を頼むのは、エンルーダ―領への隊列に、忍び加わる為だ。

「しかし、さっきも聞かれましたよね?3日もシャルドーネを殿下が不在なのは、無理があります。」

「其の為に、ルイードに俺の代りをしてもらっている。大丈夫だ。其れに、今の皇太子は対外的に新婚休暇のはずだろう?」

「・・・・」

 フードの中で見せる真剣なウイルザードの表情。
 其れを見たエリオットは何も言い返えせない。

「其れにガラテアの死はまだ公表出来ない。にも拘らず、其の骸を奪われる可能性が多いに有るのだ。俺が自らエンルーダに護衛として行かない訳にはいかない。」

「しかしエンルーダ当主は良い顔はしないでしょう。殿下の断罪で後妻の連れ子ですが、娘が刑に処せられたのです。殿下が出向く事で拗れるのでは?」

 エリオットに言われた言葉に、ウイルザードは苦い表情を見せる。
 

 そもそも、『エンルーダに婚姻の下賜品を納める』。

 其れがエンルーダ領に、大魔法使いガラテアの遺体を密かに運ぶ表立った名目に上げられた内容だ。

 本来国中の貴族が、ウイルザードの婚礼には参列するはずである。けれどもエンルーダは其れを辞退した。真意は容易に想像出来た。
 
 今回は逆に其れが上手く策として使えると、ルイードの父であり現宰相が出した、ガラテアの遺体運搬計画だった。

「確かに、エンルーダは婚礼前に、皇族や婚約者を陥れた縁者が出た事で謹慎を自ら申し出た。だからこそ、俺が出向かなくてはいけないのだとも言えるだろ?何よりガラテアを精霊界に戻せるのは、もうエンルーダしかない。」

 そう言い切ると、出発する隊列に混ざる為にウイルザードはサッとフードを靡かせて騎乗した。

「待ってください!殿下。」

 エリオットも慌てて馬に乗りあげ、ウイルザードの隣に付く。そんなエリオットにウイルザードがいきなり腕を引っ張り注意をする。

「エリオット!呼ぶなら別の名前にしろ!」

「じゃあザードですか?」

「なんだかルイードみたいだな。まあ、いい。ルイードの従兄にしておくか。」

 2人は上手く隊列に加わると、黒馬車の遥か後方に陣取った。

 
 貴族が亡くなる時には、体内にある核石の浄化もあり、エンルーダ領に遺体を運ぶ事が一般的だが、皇族が死す際には大聖堂にて皇族の精霊師が代わりに儀式を執り行う。
 

 儀式自体は教皇によるが、最後に核石の浄化が出来るのは、やはりガラテアだったのだ。
 
 其のガラテアがいなければ、貴族と同じ様にエンルーダ―に運ぶしかない。
 
 エンルーダには、ガラテアに続く精霊師が存在する。其れがグリーグ。

 皇帝からの証書と詫び状が隊長に託された。

 3日分の食料も積んで、隊列は皇宮の門をいよいよ辺境の地エンルーダへ出発していく。
 
 城の門から整然とした隊列を作る、辺境への使者団の姿を、一目見ようと城で働く者達が集まっていた。

 しかし誰も其の隊列の中に、皇子が変装をして紛れているとは夢にも思わない。

 そんな出発の様子を、明るい橙色の髪を隠した令嬢・アガサが見つめていた。

 アガサは隊列のウイルザード、そして騎士正装で馬に乗るエリオットを冷ややかに見ている。

 例えフードを覆っていても、アガサにはフードを被る人物がウイルザードだと分かるのだろう。

 深く被るフードで顔を隠しながら馬を歩かせるウイルザードを、まっすぐに見据えるアガサ。
 

 学園を卒業をし、婚約破棄を免れた同級生達が夫婦になるのが大半の中、アガサは女官となって皇城で働いていた。

 民衆や貴族には公にはなっていないが、パメラが失踪した事は、城使えの者なら噂になっている。

「なんとかエナリーナに知らせなくちゃ。」

 アガサは隊列の出発を一瞥すると、自室に向かって歩きだした。
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