【R18】純真 〜 アルバムに綴じた初恋の記憶

sonate

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純真

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新しい恋人との同棲を控え、部屋の片付けを始めた。
服、雑貨、雑誌や本。
必要なものを仕分けしていく。

押入れの奥。
カビ臭い箱から出てきたのは昔のアルバム。

ああ、懐かしい。
あの頃の私、こんなだったっけ。

片付けを忘れアルバムをめくる。
あの頃に時間が巻き戻る。

ページをめくると、綴じられていない写真が1枚ひらりとこぼれ落ちた。

荒い画質。

昔の私の笑顔。

隣には年上の――優しそうな彼の笑顔。

やっぱり残ってたんだ…。

古いケータイのカメラで撮った画像を、無理やり引き伸ばして印刷した写真。

おませで生意気な私に、恋を教えてくれた彼。

頭を撫でる手の温もり。
頬に触れる指の優しさ。
重ねた手の愛おしさ。
彼のシャツの石鹸の香り。
抱擁の力強さ。
唇の柔らかさ、吐息の熱さ。
心臓の音の安心感。

私は無意識に人差し指で自身の唇をなぞっていた。

人生に、もしもなんてない。
でも、もしもあのまま遂げていたら?
そんな妄想、誰だってする筈だ。

いっぱい恋をした。
その一つ一つが特別。
それでも、ずっと残る特別はある。

私はアルバムと写真をしまうと、ベッドに寝転がった。

唇を撫でていた指。
一瞬迷ってから、それを自身の服の中に潜り込ませる。

もう、同棲するのにな。

相手の過去の恋愛の全ては解らない。
私も自分の過去の恋愛の全ては話し尽くせない。
お互いの過去の全てを理解する事なんて出来ない。

抑えきれない熱を宿した瞳。
私だけを見つめる真っすぐな目。

思い出がよみがえった瞬間、身体の奥に眠っていた熱がゆっくりと目を覚ます。
初めて火が付いた記憶は、感情や記憶より身体のほうが鮮烈に覚えていた。

指先から、撫でていた敏感な場所の温度が一気に上がるのを感じた。

私はベッドサイドランプの明かりを落とし、暗闇の中で胸の奥が疼くのを抑えきれず、自身を慰め始めた。



過去に出会ったオトコたちが教えてくれた。
彼らにとって、愛は子孫を残すための言い訳にすぎないのだと。
その件に限ってはよく嘘をつく。
嘘をつくだけならまだマシな方。
言葉をオブラートに包まず、快楽目的である事さえ隠さないオトコもいる。
せめて、綺麗に飾ってほしいと思う。
満たされない私は、優しい言葉を添えてもらえるなら、それだけで嬉しいのに。
ロマンスが嫌いなオンナなんてきっといない。


一方で、私だけを見つめる真っすぐな視線も嫌いじゃない。
ううん。むしろ好き。
不器用で、格好悪くて、純粋で、ちゃんと誠実。
そんなオトコの好意と欲求だったら、可愛いとさえ思えてしまう。


そんな視線を向けてくれたのは、初恋の彼と今の彼だけだ。



初恋の彼とはライフステージの違いで別れた。
嫌いになった訳じゃない。
年齢差さえなければ、ずっと一緒にいれたかもしれない。



そんな彼と別れて少し経って。
私はまだ将来の目標を持てず、周囲の環境に流された。

いつしか派手な服装をした奔放で軽薄な仲間ができて、ツルんだ。

寂しさだったのだと思う。
私はそのあたりで初めてを失った。

初めての相手は、
頭を撫でてくれない。
話を聞いてくれない。
自分勝手で、優しくない。
そんなオトコだった。


後悔した。
彼が初めての相手だったら、こんな虚しい気持ちにならずに済んだかもしれない。


私はソイツらと距離を取った。
ソイツらはヤバい事に関わっていたらしく、ある時から関係を絶った。
私に残ったのは、派手な服装と、ソイツらと関わっていたという事実から憶測される噂話だった。

その後はバイトをしながら勉強をした。
親と喧嘩しては家を飛び出し、知り合いの知り合いを辿り、その部屋から職業訓練に通った。

それが楽だったわけじゃない。
何も感じないふりをしていた。
そうしないと、野垂れ死んでいたかもしれない。

居場所が必要だったのだ。


虚しさは消えない。
私の価値が性別だけで測られていたように感じていた。


大切にされたい。
満たされたい。

そんな願いでさえ、簡単ではない事なのだろうか?


 
女の子の日の事を打ち明けた最初の異性は初恋の彼だった。

身体の事を話すのはとても恥ずかしかった事を覚えてる。
でも不調を心配してくれる彼には本当の事を教えたかった。

その時彼は少し迷ってから、優しくお腹に手を当ててくれた。
手の温もりが鈍い痛みを柔らかくしてくれる。
手当てあてという言葉を作った人は、そこのところ良く解っていると思う。

私は彼の腕を抱きしめ、お腹に触れる手に自分のそれを重ねた。

ここからだと思う。
自分がオンナである事を自覚したのは。優しく触れてもらう事が好きになったのは。
彼が触れてくれたお腹の奥に小さな灯がともったのは。

それ以来、私は彼に甘えたくて仕方が無くなった。
会うたびに、撫でろ撫でろと犬のように要求した。
そしてキスをして、それでも物足りなさを感じるようになって、深いキスを覚えた。

下手なディープキス。
もちろん彼も下手で。
でも応えてくれた。
彼も同じ気持ちなんだって。
それがなにより凄く嬉しかった。

好き。
大好き。
もっと、もっと。

溢れた好きは止められなかった。

キスの後、頬を撫でる彼の手を取って、胸に挟むように腕ごと抱きしめた。
お腹だけじゃなくて…もっと触れて欲しい。

彼は真っ赤になって慌てて、年上なのにそれが可愛かった。
でもすぐに不思議そうな表情を浮かべた。
「どうしたの…?」
彼の反応に思わず聞く。
「いや…その…。なんか硬い…」
今度は私の方が真っ赤になった。
ブラの上からならそうなるだろう。
今となっては笑い話だ。

しかしあの時は若かった。
なにせ意地になった私は、涙目になりながら服の中でブラを外し、困惑する彼の手を強引に奪って、服の上から胸を触らせたのだから。
「ほら!硬くなんてないでしょ!?」
「う、うん…。柔らかくて…暖かい」


気恥ずかしそうなのに鼻の下が伸びた彼の表情。
その奥に、戸惑いと正直さが滲む光が見えた。
それが嬉しくて、視線を外そうとする彼の頬に手を伸ばした。

彼に触れたい。
彼に私をちゃんと見て欲しい。

だらしなくて、カッコ悪くて、情けなくて、えっちで。
それで良いんだ。
その表情を私だけに見せてくれるなら、それで良いんだ。

私の身体に好き放題触れたオトコたちとは違う、熱を抑え隠そうとした瞳。
愛おしい瞳。





気がつくと服の中にあった自身の手が、胸を撫でていた。

まだ成長の余白があった当時の胸だけど、成長した今なら彼はどんな反応をしてくれるだろうか。

こんな感じ、だったかな…?

乱暴にならないように、痛くしないように。
慎重に触れてくれた手つきを思い出しながら、自身に触れた。
息が漏れるような小さな吐息が、部屋に溶けていく。


「……あ…っ!」

直接的な刺激で、身体の奥がキュンとした。

身体は覚えている。
…また触れて欲しい。
もう彼がどんな声だったかも覚えていないのに…。





お腹の奥に熱が走れば、2人の関係を好奇心と衝動が推し進める。
彼が触りやすいようにと下着をタンクトップだけにして会いに行くようになった。
女の子の日に関係なく、寒いからと言って彼に背中から寄りかかり、抱きしめてもらうようになった。

大切に触れてくれる彼になら、もっと身を任せても大丈夫だと思った。

私はそのまま彼の手をそっと運び、服の中の成長途中の膨らみに当てる。
背中から彼の心臓が大きく脈打つのを感じた。

「ねえ?凄くドキドキしてるでしょ?」
「そっちだってドキドキしてるだろ?」

彼の手の中で、私の心臓も同じリズムを刻んでいた。

慎重に触れてくれる手が温かい。
イケナイ事をしているはずなのに彼の温もりに安心する。

ワガママでも、生意気でも、年下でも、こんなにえっちでも、受け入れて抱きしめてくれる彼を、どうしようもなく好きになっていた。

優しく触れられた膨らみの先端が、彼の手の中で主張をして恥ずかしかったのを覚えている。
そして、優しい触れ方にお腹の奥でくすぶっていた熱が広がり、下半身をモジモジとした事も覚えている。




彼は本当に誠実だった。
身体の感覚に戸惑う私がそれを受け入れ、その先を願うまで待ってくれた。
まあその結果、私の身体はしっかりと性に目覚めてしまった訳だが。

思い出し、疼く。
我慢できない。

布団の中、私はショーツの中に手を入れた。
そこはもう、しとどに濡れていた。

そして、あの時と同じ言葉を、思い出の彼へ向かって囁いた。



『焦らさないでよぉ…』



切なくて仕方がなかった。
彼の膝の上で胸を触れられて、擽ったくて、変な気持ちになって。
お腹の奥が熱くなってムズムズする感覚。

お腹のヘソの辺りを撫でてくれている方の彼の手を掴むと、下着ごとホットパンツをずらし、そこにそのまま連れていった。

切なさをわかって欲しい。
子供じゃない事を知って欲しい。
もっと触って欲しい。

彼は恐る恐る、私の茂みをフワフワと撫でた。

「初めて触るからさ…。もし痛かったら教えてね?」

恥ずかしい。
でも、嬉しい。

コクンと頷くと、彼の手は私を冒険し始める。

さわさわ、ふにふに。
茂みの下の柔らかい感触を確かめるように。
彼が私を知っていく。
誰にも知られていない私を知っていく。

タンクトップの中、私の鼓動を確認するように当てられた彼の手に自分の手を重ねた。

大丈夫だよ。
痛くないよ。
もっと知って。
私を知って。

自然と脚が開いた。
秘密の場所を彼に委ねた。

布団の中の私も脚の力を緩める。
誰にも触れられたことのない場所を委ねるなんて、あの時の私は全く大胆な事をしたものだ。
でも私はそれくらい本気だった。

好奇心に従い冒険をしていた彼の指は、誘われるように私の秘裂にたどり着く。
確認するように割れ目をなぞってから、閉じてトロトロな隙間の感触を知るように触れた。



私の指はそれを再現する。
月日を重ね勝手を知った身体に、それはあまりにも弱々しい刺激。
しかし――



「女の子って、こんな風になっちゃうんだね」

耳元で呟かれた彼の言葉にドキリとした。
本当に彼は女の子の事を知らないんだ。
秘部からじわりと熱が染み出し彼の指を染める。



『…うぅ…、…えっちぃ…///』



思い出と重なり、あの時と同じ言葉が口からこぼれ落ちた。
無垢だったお互いを汚し合うイケナイ感覚に漏れた言葉が、夜に溶ける。



就職した。
服装も化粧メイクも社会人らしく落ち着いていったが、今度はオトコからナメられる事が増えたような気がした。

新ママになった友人から、髪の色を派手にすると変な言い掛かりをつけられる事が減る、と聞いた。
そういう事なんだろうと思う。

ナメられる一方で、以前とは違い構ってくれる人が居なくなった。
オトコとケンカして飛び出しても、簡単に泊めてくれる人がいなくなった。
身の回りは結婚してたり恋人がいる人ばかりになっている事に気がつく。
羨ましかった。

誰かに話を聞いて欲しい。

誰かに大切にして欲しい。



彼とイケナイ事を重ねながら、まだ果て方を知らない私の身体。

果て方を覚えなかったのは、湧き上がる感覚に怖さを感じていたのもあるのだけど。
私が少しでも不安そうな表情をすると、彼は必ず止まってくれたからだ。

痛くない?大丈夫?

私が頷くと、静かな安心を湛えたまなざしが私を包む。
彼はそっとキスをして、またイケナイ事を再開する。

ゆっくり、でも着実に、手探りで身体を知っていく。
昂りを覚えていく。

今思えば、このまま続けていれば果て方を覚えるのも時間の問題だったと思う。

もっと長く時間を積み重ねる事ができていたなら、きっと彼の腕の中でそれを知る事が出来たかもしれない。

でもこの頃の私は、気持ちが溢れそうになるとどうすれば良いか解らなくなって。
感情のまま昂りが収まるまで、覚えたての深いキスを彼に求めた。

好き。好き。
息が苦しくなるまで唇を重ねて。
舌を絡め合って。
そんな私を受け入れてくれる彼に、胸がいっぱいになった。
それで幸せだった。



「女の子の日だから、今日はダメだよ?」


イケナイ事ができない日もある。
そんな風に耳元でイタズラっぽく伝えると、
お腹痛くない?大丈夫?と彼は心配してくれた。

そんな日は彼の膝の上で、ただお腹に手を当て抱きしめてもらう。
そして、取り留めの無い事を話して、好きだよとキスをする。

イケナイ事が出来なくても一緒にいてくれる。
これが普通だと思っていた。




しかし身体だけが目的だったオトコたちは私が「女の子の日」と解ると、泊めても、話を聞いても、くれなかった。

普通だと思っていた事が、とても幸せな事だったのだと私は知った。





生活費が消えていく。

明日の食費。
来月の光熱水費。


心の渇きが収まらなかった私は、知り合いの勧めでホストクラブを知った。

お金を払えば彼らは私の話を聞いてくれた。
お金を払えば彼らは私を大切にしてくれた。

満たされたか?と問われれば、満たされなかった。
なぜなら、彼らの欲望だけがギラついた冷たく真っすぐな視線は、私ではなくお金に向いていたからだ。
本当の温もりが恋しくて、胸が締め付けられるように痛んだ。


一瞬は満たされたと思う。
でもその経済的な代償は大きかった。


そんなにお金に困ってるなら…と、彼らの1人から個人的なアルバイトを紹介してもらった。



指定された場所は、来たこともない薄暗いホテル。




部屋番号を確かめ、ノックしようとして――。


…あれ?
なんか、変だ。


ドアの向こうから、下卑た笑い声が漏れ出ていた。
一人じゃない。
複数の気配。


背筋に冷たいものが走った。
耳鳴りがして、かろうじて色彩のあったはずの視界から全ての色が抜け落ちた。


これ以上はダメだ。

心臓が激しく鳴り響き、足が勝手に動き出して。
その身の危険に、私は逃げ出していた。


虚しい程に鮮やかなネオンが光る夜の街の雑踏に、駆け込み紛れる。

忍び込むように入ったコンビニのトイレでケータイを見ると、着信が何度もあった。
メールもだ。
震える指で、すぐにこの件と関わりのある連絡先全てブロックした。
翌日にはケータイ自体を契約しなおして、番号を変えた。


あんな場所にも二度と行かないと心に誓う。


誰かに大切にされたいという願いが、こんな破滅の入り口に立たされるものになるなんて。


この日、どうやって帰宅したのか、私は覚えていない。

部屋にたどり着くと、ケータイの電源を落とした。
戸締まりの確認を何度もして。
毛布に包まって。
やっと安心できて。
怖くて、悔しくて、悲しくて、情けなくて…。

ようやく私は泣く事ができたのだった。



§



イケナイ事を重ね、季節が廻る。
秋冬の境。
それは新たな芽吹きの準備。

終わりの予感がした。

未熟な恋は続かない。
自分たちが未熟であればあるほど、思い通りにはいかない。
現実は優しくない。
オママゴトのような抵抗では、現実を変えられない。

その時どんなに本気だったとしても、現実と戦えるかなんて、成長しないと解らない。


ライフステージが変わる。
それは既に感じている年齢の壁よりも、大きい壁だった。
どんなに好きでも、冬の厳しさが未熟な2人を分かつ。
春になればもう会う事も厳しい。
それは仕方のない事。


「…もう会えないの?」
「もうちょっとなら…会える」


私を見つめる痛々しいほど真っすぐな目。
別れてもずっと好きだと思えた。

会えなくなる最後の日まで、私は会うたびに覚えた事全ての表現で彼に甘え、求めた。


その日は胸の奥がざわついて、息をしているだけで涙が溢れてしまいそうだった。
季節のせいだけじゃない。
もうすぐ来る周期が、いつもより早い気がして落ち着かなかった。

あと少しで終わってしまう――。

胸の奥が締め付けられるような寂しさが、涙を誘って。
焦りが身体の内側からせり上がってくる。
抱きついても、キスをしても、いつものように胸を押し付けても、彼の掌をお腹に重ねても、いつもなら温かくて安心するはずなのに、なぜか寂しさが勝ってしまう。

どうしたらいいか解らなくなった。

彼が、いつもと違う様子の私の顔を覗き込んだ瞬間、理性より先に腕が動いた。

私は抱きついたまま、後ろにゆっくり倒れるように彼を引き倒す。
彼は私の頭を守るように手で支えてくれた。

私は服をたくし上げ、デニムスカートのボタンを外した。
胸とお腹がひんやりとした空気に晒される。

彼の瞳に激しい熱が灯る。
私だけを映す瞳。

覆い被さる彼の頬に触れる。
見つめ返す私の目から涙が溢れた。


「ねえ、食べて…」


彼の瞳の炎が迷いとともに揺らぐ。


「お願い…」


優しいキスで口が塞がれる。
そうじゃない。
お願い、誤魔化さないで。

唇を離した彼は困ったような表情をしていた。

泣き出しそうな私の頬にキスをする。
首筋にキスをする。
肩にキスをする。
ゆっくり唇が降りてくる。
鎖骨まで唇が降りてきて、切なくなって。

迷子の子供が手を伸ばすように、彼の腕に触れる。
手を繋いで欲しかった。
それに気が付いた彼が、指をしっかり絡めて繋いでくれる。


乳房が彼の吐息の温かさを感じた。
彼の息づかいが耳に優しく響きく。
彼の匂いが心を溶かす。
いまさら身体を見られている恥ずかしさに顔が熱くなり、繋いでいない方の手を口元に当てて視線を逃がす。
それでも先端は、彼に愛されていると実感させてほしいと訴えかけるように疼いた。


そこへのキスは、唇をそっと当てるものだった。
優しい感触にキュッと目を閉じる。

知らない事のはずなのに、ずっとこうして欲しかったような気がした。
何度も落とされる唇に、彼を受け入れている事に、胸が温かくなる。

ドキドキしているのに、呼吸は落ち着いてくる。
年上なのに赤ちゃんみたい。
胸に顔を埋める彼の姿が可愛くて愛おしい。
この純粋な彼を独り占めしている事が、私だけの秘密の幸福だった。


それでも完全に母親になったような感覚にならないのは、そこへのキスが私の反応を確認するように角度や位置の変化があるからだ。

初めての事は、解らない事は、一緒に少しずつ確かめながら。


そんな風に確かめられた先端。
そしてそれはもう一つあり、そちらも切なくなっていた。

「ねえねぇ…」
夢中でキスをしていた彼が顔をあげる。
彼の瞳の熱に身を焦がされてしまいそうだった。

「そっちだけじゃなくて…///」
私は服をたくし上げ直し、大胆なおねだりをしてしまった。
そんな私に彼も顔を赤くする。

「じゃあ…その…いただき、ます…」
身体の位置をずらし、繋ぐ手を入れ替えて。
待ち望む先端へ優しく唇が落ちる。

お腹の奥に火が付いて熱くなる。
彼に知られたい愛しさが、大切な場所をムズムズと疼かせ、溢れる気持ちを抑えきれずに脚をモジモジさせてしまう。


それに気が付いた彼の手がお腹に伸びて。
高ぶる先端へ甘いキスを続けながら、ヘソの下に手を当てる。

いつもなら、手を重ねてそこに誘うのだけど…。
今日は、彼と手を繋いで、彼の頭を撫でて、両手はいっぱいだ。
だから耳元で囁く。

「…いいよ」

恥ずかしい事はナイショ話みたいに耳元で。
それが2人のルールになっていた。

ボタンを外したデニムスカートの隙間に彼の手がスッと入り込んだ。
指先がショーツの上を滑り、大切な場所へ続く膨らみを辿る。
ゾクゾクする感覚が脚に走り、足の指に力が入る。

布1枚隔てた大切な場所が熱を溢れさせている事なんて、もう彼には隠せない。
会うたびに洗濯物が増えてしまうくらいなのだ。

敏感な先端へのキスも重なり、大切な場所で強く疼くそれは、濡れたショーツからも解るくらい甘えねだる。
それを指先で愛でられる刺激に身体が一瞬緊張し、ヒュッと息を飲み込んで顎が上がる。

彼にもっと触れて貰おうと腰が彼の手を追う。
首を持ち上げ唇を求める。
彼の腰にまわした私の手が彼の服の裾を掴み、もっとして…と誘うように私に夢中な彼の頬を撫でる。

彼が、私のショーツをずらした。
今までより積極的な彼の意図に気が付き、お腹の奥の灯の熱が上がる。

何度かしてもらったはずの行為なのに、彼の意思によるという意味の重さが、私をちゃんと異性だと思ってくれている実感に変わる。

湿った音をたてて、大切な場所に彼の指先が立ち入る。
飲み込むばかりだった息が、今度は抗えない小さな声と共に漏れ出していく。

もうなにも隠せなくなった大切な場所で疼くそれは、彼を待っていた。
擦り上げるように愛でられ、駆け抜けた感覚に身体がビクンと跳ねる。
驚いた彼が、夢中でキスをしていたそこから顔を上げて、私の顔を見る。

痛くなかった?と言葉にする前に、彼の唇に人差し指を当てる。

言葉はいらない。私は大丈夫。

彼が安心した表情をしてくれる。

ああ、好き。
アナタの秘め隠した熱が宿った瞳が好き。
私だけを映す真っすぐな目が好き。

独り占めしたい。
今だけでも、私だけを見て欲しい。

彼の顔を両手で捕まえる。

好き。好きだよ。
大好きだよ。

私は、言葉では足りない気持ちを伝える方法を、まだキスしか知らない。

キスで口を塞ぎ合う。
疼いて仕方のない場所を愛でられ、どうしても溢れる声に、私に唇を重ね飲み込むように受け止めた。

頭がぽーっとする。
力の入らない腕でしがみつくように彼を抱きしめ、熱に浮かされたように好きという言葉が唇の隙間から漏れる。
大切な場所も、今までにないくらいぐちゃぐちゃだった。
 
心も身体も、お互いの炎に蕩けていた。

彼ともっと先へ。
お腹の奥の炎が甘さと重さを増していき、私の身体を支配しようとしていた。
まだ知らない事なのに、それを求めてしまう事に少しだけ不安になる。

甘い熱が全身に広がり身体が揺れる。

また心配そうな表情を向けた彼に、両手を伸ばす。

大丈夫。
彼なら私の気持ちの全部を受け止めてくれるはずだ。
不安も、その先を知りたい気持ちも、どれだけ好きかも。

「…ぅぁ…んんっ…ぁ……あっ…///」


彼に見つめられて。

変な声が抑えられなくて。

身体がガクガクして。

頭の中がチカチカして。





真っ白に――






――この時の私は、ならなかった。








その瞬間、真っ白になるはずだった私の頭の中を彼への好意が塗りつぶした。

大好き。

彼を力いっぱい、今までにないくらいの力で、抱きしめる。
彼の頭を胸で包み込む。

大好き。

私に体重がかからないように突っ張っていた彼の腕から力が抜け、彼の本当の重さを知る。
苦しくても、それさえも愛おしい。

大好き。

呼吸に揺れる彼の身体。
彼の匂い。
吐息。
温もり。
心臓の音。
真っすぐな瞳。
全てが、愛おしい。

大好き。

溢れる大好きに身体が震えて。
どうして良いかわからなくて、首を左右に振って。
私は彼を抱きしめ続けた。


たぶん、あの時の私の身体は果てるにはまだ早かったのだと思う。
なぜなら今の成長した私の身体は、思い出のまま自身を慰めて、浅く果ててしまったのだから…。

その指を月明かりにかざすと、しっかりと濡れていた。

頭の中を快楽《きもちいい》で真っ白にする事を絶頂《イく》と言うのなら、私は彼の腕の中では叶わなかった。
そしてその後も自身を慰める事でしか知る事はなかった。


大好きが落ち着いて、ずっと胸の中に抱きしめていた彼に、照れ隠しで聞いた。


「…ねえ?凄くドキドキしてるよ?」

「…そっちだってドキドキしてるだろ?」

これが彼と愛し合った最後の記憶だ。

その後、イケナイ事をするチャンスはあったけど「女の子の日」が邪魔をした。
彼は変わらずお腹に手を当てて、抱きしめてくれた。
それで幸せだった。


今の私は知っている。
そんな普通だと思っていた日常が、そんな幸せが、そんな大切にしてもらった思い出が、近い将来に無情にも汚されてしまう事を。


人生に、もしもなんてない。

でも、どこかで後悔がある。

それが許されない事だったとしても、
結果として2人を破滅に導いたとしても、
彼とその先を知った方が幸せだったのではないかと。


もしもあのまま、彼と遂げる事が出来ていたなら――。




今まで自身を慰め、濡れた指先を見上げる。
彼の指は、もっと太かった。
オトコの、無骨な指だった。

浅く果て満たされない身体が、
その先を知っている身体が、
彼に初めて灯されたお腹の奥の熱が、
触れる事も叶わない彼を求めていた。


ねえ、あの後大変だったんだよ。
どうして一緒にいてくれなかったの?

ねえ、アナタなら少しくらい強引でも良かったよ。
私、汚されちゃったよ?

ねえ、本当はアナタに初めてを教えて欲しかったよ。
あのまま私の全てを攫ってもよかったんだよ?



だから、もう一度―。



今の身体と、先を知りたいと願ったあの時の身体の感覚を、重ねる。



§




「…ぅぁ…んぅっ…ぁ……ああっ…///」


彼に見つめられて。

変な声が抑えられなくて。

身体がガクガクして。

頭の中がチカチカして。






今度こそ私は真っ白に――







――持っていった。







頭の中がきもちいいで染まり真っ白になる。

今の私はもうイき方を知っている。

これをあの時の彼の腕の中で知ってしまっていたら、私は別れる事も出来ず、溺れるように求め続けた事だろう。
そして、それに真摯に応えようとする優しい彼と社会的に破滅してしまったに違いない。

でも今ならどんなに溺れたって構わない。

お腹の奥から全身に熱が駆け巡る。
疼いて仕方がなかった小さなそれは、彼の指先に私がどれだけの悦びにいるのかを伝えるように膨縮した。
仰向けのまま、力が入らなくなる。

「イっちゃったかな?」

荒い呼吸を整える私の顔を覗き込む彼。

「…えっちぃ…///」

わかっていて確認する意地悪な彼に、照れ隠しでそんな言葉が出る。


磨かれた黒曜石のような彼の瞳の中で大きな熱が揺らいでいる。
今ならその揺らぎの理由がよくわかる。

私を傷付けないようにしてくれたんだよね?
苦しかったよね?
我慢させちゃったよね?

経験から私はオトコの衝動の強さを知っている。

もう届かないからこそ、あの時に出来なかった事の先を知っているからこそ、せめて想像の中ではそれを受け入れてあげたいと思った。

だから、彼に両手を伸ばしてお願いする。

「ねえ…私に初めてを教えて…」

そのズルい一言で私の身体の感覚があの時に戻る。
彼の瞳に映る私が懐かしい姿に変わる。

たくさんのオトコの手垢にまみれ汚れた身体を初めてだなんて…。
想像の中の彼には、せめて無垢な私を抱いて欲しい。
それは私の叶わない切望でもあった。


想像の中でも彼は優しい。
困った顔を私に向ける。

「凄く痛いと思うよ?きっと血も…」

彼は私の事を軽く扱ったりするような事はしなかった。
ちゃんとした一人の人間として、本当の事をわかるように話そうとしてくれたのだ。

実際、成長差も体格差もあった。
あの時、彼が先に進めなかったのは初めての痛みを心配しての事だろう。
本人のモノを見た事は無いが、悲しいが経験からイメージは出来る。
あの時の私にとって、彼の熱はあまりに圧倒的で、ただただ怖かったかもしれない。

それでも、その先に待ち受ける心の痛みに比べれば、彼との初めての痛みは幸せと思えるはずだ。


「大丈夫だから…ねぇ、お願い」

ワガママを言って彼を困らせる自分がもどかしい。

想像の彼だからこそ言えない。
アナタと別れたあと、私の貞操が軽く扱われる事なんて、絶対に言えない。
知られたくないんじゃない。
優しいからそれを不憫に思って、同情で抱かれたくなんてないから。

私は彼に愛して欲しい。
愛を遂げたい。

ふと、気がつく。
私は今もあの時も、彼に一方的に求めてばかりな気がする。
私は彼を知ろうとしていただろうか。
年齢差に甘えて、怯えていなかっただろうか。

経験を積んだ今なら、想像の中なら、そのラインをきっと超えられる。
彼は私を絶対に軽く扱わない。

「じゃあ…アナタを教えて…」

想像の中でも頑な彼の表情が変わる。

「痛くても良いの。アナタと一緒なら、それが私の幸せなの。
大好きだから。全部受け止めるから。
お願い、アナタの本当を教えて…」

それでも彼は悩んで、しかし一言わかったと告げてくれた。
そして、深いキスをする。

情熱的なキス。
あの時ならそれで満たされていた。

でも、今の私はそれだけでは足りない。

抱きしめるのではなく、彼の身体に触れる。

シャツ越しでもわかる、女の子とは違う胸板や、少し柔らかいけど筋肉を感じるお腹。
ズボン越しにもわかる、それの熱さ。

私の行動が予想外だったのか、彼が目を見開いて唇が離れる。

「痛いのも…血がでるのも…アナタなら怖くないよ。
知りたいよ、教えて欲しいよ」

スカートをたくし上げ、彼にイかされた時にぐしょぐしょになったショーツから片足を引き抜く。
既に服をまとっていない胸が呼吸で上下する。

「私は本気だよ」

彼は私を軽く扱わない。
でも私に恥をかかせる事もしない。

もちろん想像。理想像。
彼にはこうあって欲しいという私の願望。
それでも、逢瀬とイケナイ事を重ねる中で心に刻まれた彼は、私の中の彼は、そんなオトコなんだ。


全てを露わにした私の姿に、彼の瞳が大きく揺れる。
唾を飲み込む彼の喉仏が動いた。


「痛かったら、ちゃんと言うんだぞ?」

痛いに決まってる。
それでも私は頷いた。


ベルトの金具の音がして、彼の熱が剥き出しになる。
優しさの奥に隠された、私を求め続ける一途な熱。

その愛の重みが、今、目の前にある。



私は、浅く果てた身体の熱を維持する為に自身を慰めていた指を見つめる。

…きっとこのくらいだよね?

自身ではまだ経験《したこと》の無い本数の指を束ね、身体があの頃に戻っていく。



彼が私の足の間に入り込む。
それはスムーズに事を始められるポジション取り。
私も腰を受け入れやすい角度に調整してその時を待つ。

意識をしないと気が付かない事だが、その所作は行為の経験の有無によるもの。
心はあの頃に戻れても、身体は覚えた事を無意識にしてしまう。
…2人であーでもないこーでもないと試行錯誤してみたかったな。
想像なのに行為への最短距離を取ってしまう自分に少し悲しくなった。

呼吸を整える彼。
その瞳が揺れる。

ピトッと押し当てられた彼の熱を、期待している自分がいた。



それは、言ってしまえばただの現象。
柔らかさと硬さの間で、心が重なった瞬間に、ようやく愛と幸せが宿る。

相手が好きかどうか。
相手とそうなりたいかどうか。

たったそれだけの違いで、痛みも、悦びも、すべての意味が変わってしまう。

私は、彼の愛を信じている。



思いが重なり、私の身体が彼の熱を受け入れた。

その押し広げられる感覚は、後悔の中でずっと彼に求めていたものだった。

一番狭い場所を通り抜けた時に一瞬感じた痛みが、悲しい初めての記憶をかき消そうとしてくれる。
まだ全部ではないが、ようやく彼と繋がる事が出来た。

想像のはずなのに、自分の指のはずなのに、涙が溢れた。
気持ちだけでこんなに違う事に、嬉しさと悲しさで胸がいっぱいになった。

私の涙に彼が慌てる。
「ごめんっ!やっぱり痛いよね…」
心配してくれる彼の表情。
ふるふると首を振り、手を伸ばして彼の頬に触れる。

「違うの。幸せなの」

彼には私の感情の中に同時に存在する悲しさを伝えられない。
この時の彼には伝えちゃいけない。
思い出の彼にはただ私を求めて欲しい。




私も、そうするね。


想像なんだから、いいよね?




「ねえ、キスして…」
私の口調が甘えを通り越し、あの時には出来るはずのないオトコを知ったオンナのそれに変わる。
彼が瞳の中に抑えた熱の全てを、私に向けて欲しい。

途中まで受け入れていた彼の熱が、キスをする為に覆い被さる体勢になって進み込んできた。
心臓と連動してお腹の奥の私の熱も鼓動し、身体が何を求めているか自分の意識にアピールし始める。


思うままの、深い深いキス。
舌を絡め合うそれは彼と覚えたもの。
何度も繰り返して知った事なのに、彼の熱を受け入れている今はお互いの身体の境界線が曖昧になっていくように錯覚してしまう。
2人ともモジモジと腰が動く。
ゆっくりと彼の熱が沈み込んでくる。


我慢しないで。
大丈夫だから。


頬に触れていた手を彼の腰にまわす。
指先に力を込め、促す。


私の意図を感じ取った彼が、その一歩をグイッと踏み出した。


完全に身体が重なり、彼の熱を根本まで受け止めた。
こんな事がない限り意識をしない身体の奥に、彼がいる。
あの日、手を当ててもらって灯った私のお腹の奥の熱が、共振するように揺れる。
まるで最初からこうなる事を望んでいたかのように。


多幸感で胸がいっぱいになる。


言葉で伝えきれない気持ちを深いキスで。
呼吸を忘れるくらい積極的に舌を絡め、お互いの熱の鼓動を重ね合わせる。

彼が私の頭の後ろに手を添えてくれる。
身体を重ねられる事も嬉しいが、大切にしてもらえる事に幸せを感じている自分がいた。

空気を求め唇が離れる。
目を開けば、私を映す黒い宝石の様な彼の瞳の中に、永遠に閉じ込められてしまそうだった。


この先をどうするか、心が揺れる。
あの時の純粋さを守りたいのに、経験した身体は求めてしまう。



彼は…私は…どちらを望んでいるのだろう。



悩んでいる猶予は無かった。
私の身体がその先を促すように、自身の指をぎゅっ…と締め付けたからだ。
あ…。

ねぇ欲しいの、と言わんばかりのうねり。

こんなの、オトコは悦ぶに決まっている。



「う…っ……ぅあ…っ」



想像の中の彼が悶える。
硬く結ばれた彼の喉の奥から、低く呻くような声が漏れる。
ギュッと目をつむり、首を左右に振って耐えようとしていた。
彼自身の意思に反するように、熱が脈打つリズムを刻む。


彼が愛おしい。
私が彼をこんな風にさせている。
心の中のどこかがゾクリとした。


彼の眉間の皺が深まり、瞳の中に抑圧された大きな熱が堰を切ったように溢れ出す。
それは、私を独り占めしたいという、彼の純粋で一途な思いの現れだった。


彼がゆっくりと腰を引く。
彼はもうその熱を隠さない。



――いいよ。きて。



聞こえない囁き。
唇の動きで彼を煽った。




それでも彼は慎重だった。
引いた腰を再びゆっくり前に出す。
彼の熱の先と、私の奥の熱が、触れあい共鳴する。


それは叶わない独占欲。
2人で遂げる事の出来なかった初めて。
私がアナタの初めてのオンナでありたかったという嫉妬。


お互いの存在を確認するようにゆっくり始まる抽挿。


だが、悲しい事に快楽を知った私の身体が物足りなさを覚える。


だから加速していく。


私を求める彼の吐息が、理性を溶かしていく。
優しかった声が熱に変わって、この頃にはまだ知らない響きを帯びていく。
あの頃の彼の面影が遠ざかるのに、嬉しかった。



もう戻れない。
ずっとこうなりたかった。



――そう思うほど、心が彼に近づいていった。




過去に出会ったオトコたちが教えてくれた。
彼らにとって、愛は子孫を残すための言い訳にすぎないのだと。
その件に限ってはよく嘘をつく。

私に嘘を教えたオトコたちの熱と、あなたの熱は、全然違う。
アナタは私のために、その強い熱を必死で必死で隠してくれたよね。
もうその嘘は私を苦しめない。
だから、ね?
もう隠さなくていいんだよ。

嘘をつくだけならまだマシな方。
言葉をオブラートに包まず、快楽目的である事さえ隠さないオトコもいる。

初めてだと嘘をついてまで、想像の中であなたに抱かれているのは、私のほう。
快楽であなたに塗りつぶされたいのも、私のほう。
オンナだって、変わらない。

せめて、綺麗に飾ってほしいと思う。

悲しい恋を重ねた私は、宝石のように燃えるあなたの瞳に見合うオンナだろうか。

満たされない私は、優しい言葉を添えてもらえるなら、それだけで嬉しいのに。

だから、一言でいい。
好きって言ってほしい。

ロマンスが嫌いなオンナなんていない。



私はただ――アナタに愛して欲しい。




「すきっ、だいすきっ!」

彼の切迫した吐息が私の耳元を焼き、好きという言葉が、ほとんど叫び声に近い喘ぎとなって漏れ出る。

その瞬間に向かって必死な彼が、愛おしくてたまらない。
私に向けられる熱に、なにもかも溶けてしまいそう。

「好きだ…っ、好きだっ!離したくない!ずっと一緒に!」

「わたしも!ずっと…ずっといっしょがいいのっ!」


それは叶わなかった願い。
彼に言って欲しかった言葉。
別れの日にも言えなかった思い。
お互いにわかっていたからこそ言えなかった言葉。


彼をぴったり包み込んでいたそこが、張り裂けるのではないかと思える程に膨らんだ彼の熱に、みっちりと広げられる。



それは、経験で知った終わりの兆し。

お互いに高まった熱が、行き場を求める。



快楽を知ったオトコの律動。
快楽を知ったオンナの許容。



2人の喘ぎと吐息が重なって――。




――私はお腹の奥の熱にまで染み込んでくる彼の思いの全てを、受け止めた。


放たれる思い。
全身の力を込めてお互いに受け止め合う愛の重み。

心も身体も、お互いの熱も、混じり溶け合う。

涙があふれ出した。

これ以上がない。

オトコオンナは、お互いの身体は、これ以上溶け合う事ができない。

それが悲しい。

押しつぶされそうな彼の重さにしがみつくように抱きつき、その熱い吐息と、胸の中で大きく鳴る心臓の音を耳に受け止めた。
この温もりと彼の匂いが、私を愛で包み込んだ。




私の身体が、ようやく今に戻る。




§



それは不慮の事故だった。
意外に思うかもしれないが、男のそれを受け入れた事は今までで一度しかない。

気遣いなのか、責任を取りたくないからなのか、下らない男たちは避妊を徹底していた。
だから知らなかった。



それが起きたのは、お見合いで付き合う事になった今の彼とだ。

身体の関係も重ね、別れる理由も見つからないまま半年が過ぎたデートの夜。

私の中でコンドームが外れて、中身が漏れ出してしまったのだ。
自分の中に何かが滲んでくる感覚があった。


あーあ…。
やっちゃった。


いつかはあるだろうと思っていた。

タイミング的に大丈夫だからと今彼に伝え、身体の中に残ったコンドームを指で引き抜き、秘部をシャワーで洗う。

部屋に戻ると、下着を履いた彼が必死の表情でスマホで何かを調べていた。

私の姿を見るやいなや「すぐに病院に!」と、私を着替えさせ、車に乗り込んだ。

「結婚も決まってないのに、ゴメン」
土下座をしそうな勢いで謝る今彼。
ハンドルを握り前を見つめる、逃げも隠れもしない真っすぐな瞳。

夜間診療の後、処方箋まで受け取ると、朝になっていた。


「絶対に責任取るから」


今彼は、ずっと隣にいてくれた。
疲弊の中でも誠実さを失わない寝不足の瞳。
不器用で、格好悪くて、純粋で、ちゃんと誠実な目。



今彼は、私の過去を問わない。

気にならないのかと問うと、
「今この瞬間が大事だから聞かないよ。もし話したくなったら教えてよ」
そう言ってくれた。

「でも、恋をいっぱいして来たんだよね?
あんまり詳しく知ったら、妬いちゃうかも」
そう苦笑いする今彼。
否定も肯定も出来ない事に、少しだけ申し訳なくなった。


薬の効果なのか、バイオリズムのタイミングなのか、妊娠しなかった。

「不安にさせてゴメン」

私を真っすぐ見つめて謝る今彼に、なんだかとても懐かしい気持ちになった。

私に対して誠実でいたい。
そんな意志を感じる瞳だった。

思い出の彼とは違う。
だけど…。

何かを確かめるように、私は少しだけ意地悪を言う。

「ねえ、子供がデキないと責任を取ってくれないの?」

今彼は真っ赤になって困った顔をした。

やっぱり私はこういう男に惹かれるんだなぁ。
この人なら、いつか昔話をした時に一緒に泣いたり笑ったりしてくれる、そんな気がした。

だから私は切り出した。

それが今彼と同棲ミライに進む事を決断した理由だ。




§




タイムリミットの冬。

その日、思い出の彼は私の事を全力で抱きしめてくれた。
ずっと加減してくれていた事を知った。

彼の温もりが胸に染み、年齢の差や重ねたイケナイ事が頭をよぎるのに、涙が止まらない。
心の奥で、好きが溢れて離れたくないのに、現実が重くのしかかる。


どんなに年齢の差があっても、誰にも言えないイケナイ事をどんなに重ねたとしても、彼の事は絶対に嫌いになれない。

春になればまた会える。
その時、もしまだ会いたいと思ってくれるなら。

彼の言葉はいつも優しい。
叶わない事が解っていても、優しい。

ねぇ…。

だから彼に呼びかけて目を閉じる。
瞼から頬に涙が伝い落ちる。

言葉にしなくても、彼はちゃんと唇を重ねてくれた。

それは、歯が当たって痛かった彼との不器用なファーストキスと同じくらい、私の心の記憶から消えないキスになった。




春になって、一度だけ彼に成長した姿を見せる事ができた。

ずっとずっと、自分の気持ちを整理していた。


年齢の差。
抱きしめてくれた事。
キスをした事。
女の子の日をわかってくれた事。
身体へキスをしてくれた事や、大切な場所で感じた切なさ。
2人で重ねた秘密。
誰にも言えないイケナイ事。


どんなどんなに好きでも、やっぱり許されない恋には違いなかった。

だからちゃんと終わらせると決めた。
決意が言葉に変わった。

それは宣戦布告。
彼に許した、私の愛と感謝の証。


からかうように。

キスをするように。

身を乗り出して――



大好きだった彼の耳元で別れの言葉を囁いた。




§




とても懐かしい夢を見ていた気がする。


翌朝の光の中、私は出しっぱなしにしていたカビ臭い箱から、再びアルバムを持ち出していた。

ベッドに腰を下ろし、アルバムを膝に広げる。
写真の彼の瞳が、時を超えて私を真っすぐ見つめ返す。
触れられない彼の頬に触れる。


あの冬の別れの後から、ずっと胸の奥でくすぶっていた後悔が、ようやく燃え尽きようとしていた。


私は、思い通りに行かなかった過去の責任を、彼に押し付けていた。

想像の中で彼に抱かれたあの熱は、結局、私の中に散らばった記憶の寄せ集めだった。
それは、思い出の彼――本人じゃない。

彼の代わりなんていない。
誰も誰かの代わりにはなれない。

そして今の私は、良い事も悪い事も、嬉しい事も悲しい事も、そんな色々な経験があって今ここにいる。
どれが欠けても、私じゃない。

その経験は、私だけのもの。
もう、いい大人なんだ。
思い出に頼らず、踏み出さなければならない。


もう、自分で歩けるよ。



だから―。





「じゃあね、変態さん」





私は心から愛した彼に、あの時と同じ別れの言葉を囁いた。





そして―。





「頑張れ、私」





これから波乱に巻き込まれる過去の自分と、未来に踏み出す私にエールを送る。




アルバムを箱の底にしまい、押し入れの奥に戻すと、心の中で何かが静かに終わり、そして始まった。


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