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第一章

24話

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 カチュアは井戸の前にぬかづいて祈りを捧げていた。
 水の精霊様に心から人の行いを詫びていた。
 人を許して欲しいと伏して願っていた。
 だがその祈りは、半分しか聞き届けられなかった。

 水の精霊は二面性を持った精霊だった。
 命を育む慈愛の面と、暴れ狂い全てを砕き流し去る激情の二面だった。
 カチュアの前に立つ精霊は、いつも穏やかで慈愛に満ちていた。
 だが、カチュアのいないところでは、人間に対する不信と怒りに満ちていた。

 慈愛の一面が、むりやり兵士にされていた雑兵を助けた。
 貧民達が水を飲むのも甕に水を汲むのも許した。
 激情の一面が、下士達を見るも無残な殺し方をした。
 水を盗んで売ろうとした者を情け容赦なく殺した。

 その噂を聞いた王国の官吏や将兵は、慌てふためいた。
 遂に精霊様が怒りを露になされた。
 自分達が水を飲んでも、激痛に狂い死にすることになるのではないかと、恐怖した。
 人は水を飲めないと死ぬしかない。

 王太子殿下やメイヤー公爵を処罰するのが、一番いい事は分かっていた。
 だがそれも怖かった。
 だから、地下用水路の毒を流させた地下犯罪組織を討伐する事で、精霊様の怒りを回避しようと言う、姑息な事を考えた。

 宰相府と憲兵隊、同じ考えに至った貴族の私兵団が、合同して犯罪組織が移転したアジトを襲撃した。
 今迄何の手も打たなかったが、犯罪組織が何処に逃げたかを知っていたのだ。
 いや、犯罪組織が逃げこんだ坊の領主が、自分が助かりたい一心で、賄賂を受け取りながら犯罪組織を売ったのだ。

 本来なら煩雑な正式手続きを経た上で、それでも憲兵隊しか入れないはずの貴族所有の坊に、警察隊、宰相府に努める貴族士族の私兵、王太子にすり寄っていた貴族の私兵など、圧倒的な大軍が攻め込んだ。
 その坊には、犯罪組織が王太子直轄領やメイヤー公爵領から手に入れた、数多くの女達が集められ、売春や奴隷売買が行われていた。

 蟻も這い出る隙間もないほどの包囲網を敷き、一斉に捕縛に向かった憲兵隊達だったが、犯罪組織の方が上手だった。
 女達を盾にした上で、地下用水路を使って逃げ出したのだ。
 そうなのだ。
 騎士や神官以外入る事が許されない、地下用水路を使って逃げたのだ。
 
 干上がった地下用水路には水など流れていなかった。
 噂を集め、精霊の怒りを警戒していた彼らは、サライダ公爵領やオアシスには近づかなかった。
 ゴライダ王国を見限った彼らは、持ち出せるだけの金銀財を持って、西の大国に逃げる事にしたのだ。

 だが何故犯罪者達は精霊の怒りを受けなかったのだろう。
 彼らは馬鹿ではなかったし、多くの資金を持っていた。
 水には一切近づかず、飲み物は酒だけにしていた。
 エールやワインを飲んで水分を補給していたのだ。

 だが逃げ出した彼らにも地獄が待っていた。
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