御大尽与力と稲荷神使

克全

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第一章

蛇の弥五郎13

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「七右衛門殿。
 これほど気を使ってくれなくてもよかったのですよ」

「いやいや。
 神使殿には随分と助けてもらった。
 これくらいの事はさせてもらわねば罰が当たる」

 七右衛門は、盗賊捕縛に多大な協力をしてくれた神使に感謝するため、与力屋敷内の稲荷神と神使を迎える離れを建てた。
 当初は屋敷の中心に稲荷の社を建立するだけの予定だったが、それだけでは感謝の気持ちが表せないと、離れを建てることにしたのだ。
 更には元々の母屋の中心にも、稲荷神の神棚を祀った。

 その全てを、河内屋の力を使って関東一の宮大工の頼んだのだ。
 七右衛門の願いを聞いた河内屋善兵衛と妻のみほ七右衛門の信心をいたく喜び、その費用を形見分けでもらった一万両から出すと言う七右衛門を叱り、河内屋善兵衛と妻のみほが全ての手配をし、金に糸目を付けずに建立したのだ。 

 吟味に吟味を重ねた木材や瓦などを使い、華美を嫌った落ち着いた建物となった。
 離れが完成してからは、文と樋口市之丞を離れに移し、七右衛門も頻繁に離れに泊まるようになった。
 坪内家では、七右衛門の愛妾離れと陰で言われているが、決して非難されている訳ではなかった。

 一時は与力株を売るほど落ちぶれていた坪内家が、七右衛門に家督を譲る前であるにもかかわらず、吟味方助役にまでなれたのだ。
 七右衛門の活躍で送られてくるようになった付け届けは、河内屋が送り込んできた手代が管理してしまうが、一旦七右衛門に手渡した与力家の家禄二百石が、平八郎家族が自由に使えるようになったのだ。

 それまではいなかった馬が、七右衛門と平八郎の為に雌雄二頭も飼われるようになり、譜代の若党が四人・譜代の中間が十二人・下女が四人・下男が四人・奥女中が二人も七右衛門の懐から給金がだされていた。

 師走に入る頃には、七右衛門が捕縛した盗賊は五百人を超え、その者達の住む家の手配が大変になっていた。
 その話を聞いた河内屋善兵衛は、自分が持つ土地の裏長屋に元盗賊を集め、振売を始める資金まで与えるようになっていた。

 七右衛門が与力になって初めての師走なのだが、平八郎が吟味方助役のなった時の挨拶とは比べ物にならない付け届けが送られてきた。
 大名・旗本・商家を合計すると、四百家以上から八百両以上の歳暮が送られ、その全てに七右衛門が直筆の御礼状と領収書を返した。

 町奉行所の役目を果たすだけの俸給を与えていない幕府は、付け届けをもらう事で役目を完遂させていた。
 いや、最初から付け届けありきで与力同心の俸給を決めたとしか思えない。
 江戸市中に潜む盗賊をほぼ全員捕縛し、いよいよ蛇の弥五郎一味捕縛に全力を注ごうとしたとき、思いがけない事が起こったのだった。
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