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第7話 魔女
しおりを挟む何言ってるか分からないだろうけど。と、前置きして僕は言った、その娘に。
「大好きな人がさ、倒すべき敵で……しかも凄い強くて。その人を斬らなくちゃいけなくて、でもかなわなくて……っていうとき、どうしたらいい?」
本当に何を言っているのかと、自分を問いただしたくなる言葉だったが。
その娘はむしろ身を乗り出した。銀色に染めた毛の混じる、ツインテールの髪を揺らして。
「ほほう! 良いなそれ、すごくいい! よだれが出そうにロマンチックではないか!」
制服を着た自らの体を――ただしそのブレザーはひどく改造されている。袖口と襟にレースをあしらい、裾にチェックの縁取りをして、ボタンは全てドクロ型。だいぶ間違った、手作り感あるゴシックロリータかゴシックパンク――自分で抱きしめるようにつかんで続けた。
「倒すべき宿敵で! 叶わぬ悲恋! それは正にあれだ、あの……モーツァルトじゃなくて……ラフカディオ・ハーンは違う……あのほら、あなたはどうしてロミオなの、の――」
「シェイクスピア?」
僕が言うと、彼女は、びし、と指差してくる。
「そうそれ! 『ロミオとジュリエット』! くうぅ~、まさにそれではないか一人ロミジュリではないか! いいなそれ!」
別に一人でやっているわけではないが。
この友人を、僕は魔女と呼んでいる。面と向かってではなく内心で、だが。
今は魔女の部屋に遊びに来ている。二階建て建て売り住宅、四畳半の一室。
ふすまには魔方陣を描いたポスターが貼られ、風流にも皮のついた桜の枝を梁に巡らせた天井からは、極彩色の小さな骨格模型がぶら下げられている。畳の上にはチェシャ猫やトランプ兵、『不思議の国のアリス』をモチーフとしたぬいぐるみ。
さながらハロウィンの最中みたいな和室だった。
特に期待はせず、しかし重ねて聞いてみる。
「で、どうしたらいい?」
ふ、と笑って彼女は言う。
「決まっておろうが」
拳を握り、剣を振るう真似をする。
「修行して! 強くなって! ガッ! と斬って! バッ! と抱いて! ブッチュウウウ! ――これしかないであろうが!」
後半は相手を抱きかかえ、口づけするそぶりをしながら言った。
「君は……豪っ快だなぁ……」
言った後、僕は口を開けたまま――わずかに頬を引きつらせていたが。笑った。息をついて、肩を揺すって。
彼女はバカだ。本当にバカだ。何のとりえもありはしない――いや、料理はすごく上手い。特に美味しかったのは炊き込みご飯、それによく煮込んだおでん、筑前煮――。
だがやっぱりただのバカで。『人魚姫』の魔女のように、体を変える薬もくれはしない。
ふ、とまた彼女は笑う。
「愚かだな、そなたは。宿敵は叩き斬る、恋は成就される。それで全ては在るべきように」
「その恋は成就されたことになるのかな……」
眉根を寄せて魔女は言う。
「そんなもの頑張れば良いであろうが! 峰打ちでも急所を外すでもすれば良かろうが! よいか、トロッコ問題の正解はな――」
有名な倫理問題。暴走するトロッコの先、レール上に五人がいる。そのままいけば死ぬ五人が。
だが、ポイントを切り替えればトロッコは別のレールに向かう、一人が線路上にいる方へ。
果たしてポイントを切り替えるべきか否か、というあれ。
「――あれの正解はな。『ポイントを半端な位置、半端なタイミングで切り替えて』『トロッコ脱線、全員無事』……これよ」
「それは……いいの? 有りなのそれ?」
魔女は肩をすくめてみせる。
「当たり前よ、欲張らんでどうする。よしんば無理だったとしても、ぞ。最善を希求する、それを怠ってどうするのだ」
彼女は、魔女は。
僕の親友で、僕にない言葉をくれる人だ。魔法のように。
それに多分、頭がいい。
魔女はスマートフォンを取り出して言う。
「で、その話。なんていうマンガなのだ? アプリで読めるやつか?」
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