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第一部 剣帝と槍姫
第11話 ノエル、クッキーを作る
しおりを挟む帰ってきたクラウスにフローラが気づいて駆け寄っていく。
「お帰りなさい、お兄様!」
クラウスの後ろからイエルクが現れる。
「よっ、フローラちゃん、ますますお母さんに似てくるねえ」
「あら、イエルクさん、どうしたんですか?」
「へへ、新婚家庭を拝見しようかと思って」
「まだ、新婚ではない」
ムスッとしながらも照れるクラウス。
フローラは隣でモジモジしながら立つノエルを肘で小突いて小声でささやく。
「ほら、早く」
「う、うむ……」
ノエルはクラウスの目の前にクッキーが盛られた小さなバスケットを差し出した。
「クッキー……、作ってみたんだが……」
「クッキー?」
クラウスは意外そうな顔でバスケットを受け取り、一つ手に取って口に入れる。
ドキドキしながらクラウスを見るノエルは、クッキーが口に入った瞬間、クラウスの目に、おやっ、という動きが生じたのを見逃さなかった。
しかし、クラウスはノエルを見てニッコリと笑う。
「うん、うまいよ」
ノエルはホッと安堵のため息をついた。
「いいなあ、俺にもくれよ」
「やらん。全部俺のだ」
バスケットに触らせようともさせず、一人でパクパクと食べ続ける。
「お兄様、あたしたちだって、まだ味見もしてないんですよ!」
「やらん」
その光景を見て、ノエルはハッとして厨房に駆けていった。
厨房のテーブルに残っていた欠けたクッキーを見つけ、口に入れるが、その味にギョッとした。
「フローラ!」
真っ青な顔でリビングに駆け戻ったノエルはクッキーのかけらをフローラに渡した。フローラは口の中に入れて、あっと驚く。
「これ、塩と砂糖まちがえてます!」
二人は言い争いをまだ続けているクラウスを見た。
「もうない、全部食べた」
「なんだよ、お前、こんなケチだったか?」
「ノエルが作ったから俺のものだ。お前も婚約してフィアンセに作ってもらえ」
そんなクラウスを見てフローラがクスクスと笑い始めた。
「お兄様ったら……」
「バカだな……」
あきれ顔で見るノエルだったが、その口元には嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。
「ずいぶん、楽しそうですね」
入り口に街から戻ったアレットが入ってきた。
#夕食・アレット報告
長方形の大テーブルの隅っこに五人がかたまって夕食を取っている。
「お前ら、こんなごちゃごちゃしてメシ食うの?」
あきれ顔でイエルクが言うが、フローラがすぐに反論する。
「この方が、おしゃべりもしやすいし、食事が楽しいです」
「うん、そうだね、フローラちゃん」
イエルクは子供の頃に憧れた母親のフィオナ似のフローラにすこぶる弱い。
「で、どうだった?」
ノエルがアレットに催促し、アレットが状況の報告を話し始めた。
「タルジニアとの統合は歓迎ムードですが、受け入れられない人間もかなりいますね。庶民にも政府の中にも、そして他国も」
「神聖アゼリアか……」
クラウスは平和式典での苦々しい顔をしていたアゼリアの外交官を思い出した。
「南の大国アゼリア。十年戦争は高みの見物だったが、ガリアンとタルジニアの統合は面白くないだろう」
「何か仕掛けてくるかな?」
「おっ、また戦争か?、腕が鳴るな」
「ノエルさん!、そんなこと言っちゃダメです!」
フローラに怒られ、ノエルは肩をすくめた。
アレットが真剣な表情で話を続ける。
「もう一つ、ノエル様を憎む勢力があります」
「なんだ、それは?」
クラウスが不安げにアレットを見た。
「剣帝ファンの女性たち」
「はっ?」
「いきなり、他国の女がクラウス様をかっさらったということで、怒りが渦巻いています」
「俺にファンなんかいるのか?」
「お前、ホントなんにも知らないなあ。三剣では俺に次ぐ二位の人気。まあ、剣王のおっさんは論外だから、実質ビリだけどな」
「いいえ、今では逆転しています」
アレットが冷静に指摘した。
「年齢を重ねると共に、イエルク様のチャラさが鼻につき、落ち着きのあるクラウス様へと人気が移りつつあります」
「えっ、マジ……」
ショックを受けるイエルクだが、クラウスとノエルは興味なさげにシラーとして話を聞いていた。
「ともかく」
アレットは話を真剣に続ける。
「ノエル様、お気をつけ下さい。剣帝に嫁ぐ槍姫は平和の象徴、反対派からは憎悪の対象でしかありません」
「そうだな……、明日、街に行くときは槍かついでいくか」
「街に行くのか?」
「お兄様、今日、ノエルさんがね……」
フローラは一連の事情を説明した。
「そういうわけで、高い材料もあるから、クラウスには財布として付いてきて欲しいのだ」
「財布か……」
クラウスは苦笑い。
「まあ、それは構わんが、脈を診て病気がわかるのか?、しかも、薬を自分で作る?」
「正確には病気を治すと言うよりも、体の質を変える、そして、体内の気と血の流れを整える、ということかな。リン家伝承の技の一つだ」
「まったくわからんのだが……」
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