甘いカラダのつくり方~本物の恋の仕方教えます~

恵喜 どうこ

文字の大きさ
7 / 46

第七話 ステキ女子と恋の予感?

しおりを挟む
 見上げた天井はいつもと同じ慣れ親しんだ自分の家のものなのに、なぜか別物に見える。

「はあ……」

 一体何回目のため息になるんだろう。

『じゃあ、またね』

 いともあっさりと手を上げて、爽やかにあの男こと星野龍空は立ち去っていった。
 なんの未練もなく、後ろ髪引かれるというわけでもなさそうに見えるほどだった。
 気味が悪いと思えるくらいキッパリ踵を返していったんだ。

「よかったじゃないの……」

 セックスを強要されなくてって思う。
 手を握るでもない。
 抱きしめるでもない。
 本当に玄関の前まで送ってくれた。

『明日も仕事頑張ってね』

 って、満面の笑みだけ残して帰っていった。
 いや、帰っていったというより仕事に出かけたのか。

 スマホを取り上げて時間を見ると9時半を回ろうとしていた。
 龍空と別れて30分あまりが経過しようとしていたが、なんだか時間が経つのが恐ろしく遅くて、実際に時間を見ても、まだこれしか経っていないのかとまたため息がこぼれた。

 セックスがしたかった――なんてことはこれっぽっちも思ってない。
 嫌いなんだから、素直に別れられたのはすごくホッとしている。
 なのにため息が出るのはきっとあの店で龍空に言われたことを気にしているせいだ。

『愛希の『最初』で『最後』の男になって見せるから』

 豚の生姜焼きは冷たくなっても美味しかった。
 生姜の効き具合といい、たれの濃さや甘さといい、自分好みだったのは間違いない。
 後悔しているのはそんな絶妙なお味を冷めた状態ではなくて、ちゃんとアツアツの状態で食べたかったということだ。
 それなのに手が出なかったのは、流されるかのようにあれよあれよと次回会う約束までとりつけられてしまったからだろう。

『オレさ、次の日曜はお休みだから。一日しっかりデートしよう。あ、大丈夫。デートプランはしっかりとオレが立ててくるからね。ああ、もちろん、愛希がお金の心配する必要はないから。そりゃね、わかるよ。オレはホストだから、なんでもお金出させるつもりだろうって疑っちゃうよね? でもホストしてなくてもオレって残念なことにお金に困るってことがなくて。じゃ、なんでホストしているかっていうとね……』

 この男の口をどうやったらとめられるだろうかと考えるほど長々と説明された。
 途中からは嫌気がさして『わかったから』と、あの男がホストをしている理由話をぶった切って食事を続けるように促したのだが、その結果。

『ああ! 日曜が今から楽しみだね。今日は月曜だから……うーん。長いな、日曜まで。どうしようかなあ。オレ、それまで愛希に会えずに我慢できるかなあ? 無理だな。どう考えても無理だ。ね、愛希。LIMEやってる? やってないわけないよね? 交換しよう、連絡先。電話番号入れておけばトモダチで入るよね。これね、オレの私用電話。仕事関係はこっちなのね。で、愛希にはこっちの私用電話のほうを教えるね。またあ、そんな目で見る? 大丈夫。連絡先知ったからって悪用しないよお。他のホスト連中に売りさばくなんて悪行やると思う? もうちょっと信じてほしいなあ』

 口を開くとマシンガンのように言葉を羅列してくれる。
 あまりの凄さに口を挟む余地がなくて完全に向こうのペースに巻き込まれている。
 次会う約束だけでなく、連絡先の交換もさせられた。
 とても自然に。
 いや、間違いなくゴリ押しされたんだ。

 盛大にため息を吐きつつスマホの待ち受け画面のロックを解いてLIMEを開く。
 新しい友達にあの男の顔写真と名前がしっかりと入っている。
 そしてそこを思わず凝視してしまう。
 名前の下の一言に反射的に起き上がって

「ステキな女子と恋の予感……?」

 うっかり口にして体が固まった。

『ステキ女子』?
『恋の予感』?
 その後に赤いハートマークがついている。
 しかも三つ?

 もしかしてこれは自分を指している?
 いやいやいやいや、それはうぬぼれが強すぎる。

 だって身長高くて、顔がよくて、お金も持っている男だ。
 これだけ条件が揃っているんだ。
 たぶらかしている女子の二人や三人や四人や五人、いないわけがない。
 ううん、絶対にいる!
 いないほうがおかしい!

 それに恋の予感なんてものがどこにあるというんだろう?
 ゲロ塗れにさせた悲惨な出会いから恋の予感なんてものが生まれるんなら、神様はどこかで頭をお打ちになったに違いない。
 がしかし、私は知っている。
 神様ってば実はとてもイタズラ好きでイジワルな存在であることを――

 そんなことを思った瞬間、LIMEのメッセージ音が鳴った。
 ギュッと胸が締め付けられる。
 期待のためか、はたまた後ろめたさがあるせいか。

 ごくりと息を飲む。
 メッセージを入れてきた相手は予感の通り『星野龍空』その人だった。

『今日は付き合ってくれてありがとう これから仕事頑張ってきます 終わったらまたLIMEするけど、返信はいらないから おやすみ いい夢を……愛希をちゃんと大事にするからね』

 なぜ句読点を使わずに、すべてをハートで締めくくるんだ、この男は。
 おまえは恋する乙女かとツッコみいれたい衝動に駆られる。
 っていうか、この男といるといちいちツッコみいれたくなることばかり。
 それに加えてスタンプでハートを飛ばしてくるなよ!といった具合に、後から後から心の言葉が溢れだす。
「まったく、よくもここまでやるわね」

 さすがに職業がホストというだけあって、マメな男なんだなと思い知らされる。

 タイミングは絶妙この上ない。
 なにも連絡ないなと思わせといて、ここぞとばかりに入れてくる。
 言うなれば、かゆいところにスッと手がでてくる感じ。
 なにも送ってこない男よりはマメな文面や気遣いのある言葉はマシだけど、うわべだけかもしれない。
 龍空は女性をいい気持ちにさせるプロだ。
 マメな文面や気遣いのある言葉がするすると出てこないようでは有名なホストになれるわけがない。
 きっとたくさんついた女性客の一人、一人にこういう文面を送っているに違いない。
 それに気分を良くした客はあの男を指名し、金を積み上げる。
 わかっていても踊らされるんだ。
 ううん。
 わかっていて踊るんだろう。

「そう言えば私……」

 ふと思う。
 龍空みたいな文面をつき合ってきた相手に送った覚えがない。
 あまり頻繁に送っても嫌がられるかなとか、無視されたら嫌だなとか思って、連絡は最低限にしていた。
 しかも文面はバカがつくほどシンプルだった……と思う。

『おまえの送ってくるのってさ、味気なくて、なんか男のツレとしてるみたいなんだよな。ああ、でもツレのほうがまだマシかも。もうちょっと面白いもん送って来るからなあ』

 おまえのってもらっても面白くないんだよ――と言われたことを思い出して胸がキュッと苦しくなった。

 はっきり物を言う男がいた。
 ちょっと前にお別れした男の前の話。
 そんなことは言われなくてもよくわかっているけど、文章のやりとりそのものが苦手で避けていたのも事実だ。

 おもしろくないって言われたのは正直悔しかったし、つらかったけど、そもそもそんな言い方しなくても、もっと優しく言ってもらえたら努力はしたのにって言いたかったのに堪えたのを思い出してしまった。

 セックスが決定的に嫌になったのもこの男のせいだ。
 痛いところをここぞとばかりに嫌な言葉で羅列してくれたんだもの。

『マグロ』だの『下手くそ』だの『不感症』だの。
 モラハラもいいところだったと思うけど、つき合っているときはケンカしたくなくて我慢し続けた。
 それがトラウマみたいになって足踏みさせたり、次の男は違ってくれよという期待と願いに繋がっていたりする。
 いつまで経ってもチクリチクリと胸をえぐる言葉が頭から離れてくれない。
 もう別れて何年になるのかな?
 あの男の言葉は生々しくこの胸に突き刺さっている。

 ――ああ、やめやめ! 

 昔の話だ。
 別れて何年も経った男のことなんて思い出したところで仕方ない。
 引きずっているのは否めないけど、別れた男とのつらい恋の話なんて思い出しても意味がない。
 それより今はやるべきことをしよう。
 これは人として、大人女子としてやるべきことだ。。

『ありがとう』

 龍空のようにハートをつけてみた。
 スタンプは送らなかった。
 それでも間髪入れずに戻ってきたルンルンとスキップしている浮かれたキャラクタースタンプにため息はでないかわりに、自然に笑みが漏れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...