江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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堺幕府の終焉

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 ・享禄五年(1532年) 六月  摂津国 堺  堀田源八


「ひゃっはーー!奪い尽くせーー!」
「食い物を探せ!後から来る奴らに奪われる前に奪い取れ!」
「こっちだ!こっちの蔵に米があったぞ!」

 人のうねりがまるで巨大な獣のようだ。あちこちで商家の蔵が襲われている。食い物を奪い取るのに必死で逃げ出す人々には目もくれておらん。おかげで人並みに紛れて行ける。
 急がねば。この角を曲がれば顕本寺が見えてくるはずだ。

「じい!」
「千熊様?何故ここに!」
「お主が父上を迎えに行くと聞いた。父上は!父上はどこだ!」

 居た!千熊様だ!篠原様もご一緒に居られる!ご無事で良かった。

「ハァハァ。よかった。若様も篠原様もご無事でしたか」
「源八!お主が付いていながら若様を危険に晒すとは……」
「お叱りは後で!今はとにかく隠れませんと!」


 千熊様達と共に手近な空き家に隠れる。中はひどい有様だ。住人は既に逃げ出したようだな。何か若様や近習たちが着替える衣服はないか?この姿では目立ってしまう。一揆衆に見つかればなぶり殺しだ。
 どこかに町人の衣服は……あった。食い物以外には目もくれていないようだ。
 この際だ。代金は負けておいてくれよ。

「源八。堺の町の様子はどうだった?」
「どこもひどい有様でございます。納屋衆(倉庫業者)の蔵は悉く略奪され、あちこちの辻では武士や法華門徒と一向門徒が斬り合いを演じております。人の流れは南の方へ逃げておりますれば、港へ戻るのは難しいかもしれません」
「むむ……何とか脱出する手立てはないか」

 脱出と言われても……千熊様を追いかけるのに必死で逃げ道など……待てよ。
 あそこは堺に出るのが遅かったせいで海沿いの一等地には店を構えられなかったと言っていたな。
 店はここから南に行った所だから、人の流れに紛れてあそこまで逃げられれば何とかなるかもしれない。

「何か心当たりがあるか?」
「この混乱でどうなっているかは分かりませんが、港へ行くよりはまだ助かる目があるかと」



 ・享禄五年(1532年) 六月 摂津国 堺 近江屋  内池甚太郎


 あ痛たたたたた。ひどい目に遭った。
 咄嗟に床板の下に隠れたが、一揆衆は奪う物を奪ったら出て行ったようだ。

「内池殿。外の様子はどうだ?」
「とりあえず大丈夫なようです。商品を全て奪われましたが、奪う食い物が無くなったら他所へいったようです」

 頭に乗った土や埃を払いのけながら角屋七郎次郎が床下から這い出て来る。角屋さんもツイてないな。

「まったく、どうなっているんだ。今日は初めて来た堺の町を見物に行くはずだったのに……」
「何やら戦のようです。せっかく伊勢から運んで来て下さった兵糧も全て奪われました」

 角屋さんも店先や蔵の方に視線を移す。居室からでも店先や蔵ががらんどうになっているのがわかる。
 ウチの堺での商売は兵糧が主だったから、さぞや奪い甲斐があっただろうなぁ。
 やれやれ、大変な損失だ。まあしかし、命が助かっただけでも儲けものだと思おう。

「……何にも無くなったな」
「ええ、全て綺麗に奪われてしまいました」
「これからどうする?」
「ここに居ても命が危ないだけです。船は港に泊まってますか?」
「いや、西国からの船で混みあって入港させてもらえなんだ。おかげで、おそらく本船は無事だ。どこかで小船を調達できれば戻れるだろうが」
「では、伊勢への戻り便に便乗させてください」
「……まあ、やむを得んか。この一年間馬鹿にならない銭を使って各地の水軍衆と誼を通じて来たんだがな」
「ツキが無かったと思いましょう。命があっただけ儲けものです」

 ん?何やら外が騒がしくなってきた。まさか一揆衆が戻って来たのか?

「角屋さん!奴らが戻って来たかもしれん!急いでもう一度床下に!」
「何ぃ!ちょっと待て!この通り穴は儂には狭すぎて……痛!押すな!」
「早く!こんな所でぼやぼやしてたらなぶり殺しですよ!」
「だから押すな!痛たたたたた!」

 このデカブツ!早く床下に潜らんか!私が隠れる暇が無くなるじゃないか!
 ええい、デカいケツを振っている暇があったら早く床下に入れ!

「見つけた!」

 見つかった!ここまでかっ。

「内池さん!よかった生きていたか!」

 ……へ?

「儂だ儂。堀田源八だ」
「源八……。驚かすな。私はてっきり一揆衆が戻って来たのかと」
「一揆衆はまだそこら中をうろついている。内池さんならいざという時の逃げ道を用意しているんじゃないかと思ってここへ来たんだ」
「逃げ道か……そりゃあ無いことも無いが……そちらのお方は?」
「三好千熊丸様だ」

 なるほど。若様を連れていては一揆衆の中を切り抜けるという訳にはいかんか。

「わかった。事情は後で聞かせてもらうとして、とりあえず手を貸してくれ」
「もちろんだ。何をすればいい?」
「唸っているこのデカいケツの御仁を引っ張り出してくれ。我らの逃げ道だ」



 ・享禄五年(1532年) 六月  摂津国 堺沖  篠原長政


「じい。堺の町が……」

 千熊様が悲痛な声を上げる。陸を見ると顕本寺から出た火が堺の町を包んでいる。よくもあそこから生きて脱出できたものだな。

「堺幕府はもう終わりです。愚かな細川六郎は自らの手で堺幕府を破壊してしまいました。おそらく左馬頭様も讃岐守様も阿波へ落ち延びられたことでしょう」
「父上は……堺と共に逝ったのだな」

 ぎゅっと唇を噛みして燃える堺の町を見つめておられる。強い御子だ。
 儂もしっかりしなければならん。殿から託された千熊様を必ずや守り抜かなければ。

「某が付いておりながら、申し訳ありませんでした」
「謝るな。じいのせいではない。父上は自ら死を選ばれたのだろう?じいが謝れば、父上は一揆勢から逃げることが出来ずに終わった男になってしまう」

 ……そうだ。殿は天下を巡る争いに敗れて自ら死を選ばれたのだ。決して逃げ道が無くてやむを得ず腹切られたわけではない。武士として誇りある死を選ばれたのだ。
 そうでなければ、口惜しさだけが残ってしまう。

「儂が父上の仇を討つ。この太刀を振るって必ずや摂津に戻って来る」
「もちろんでございます。この大和守、一命を賭して千熊丸様をお守りいたします」
「頼りにしている」

 御父君の死で随分変わられた。いたずらをしていた悪童の顔が綺麗に無くなってご立派な顔つきに変わられた。
 いかんな。儂がしっかりせねばならぬというのに……。


「篠原様。少しよろしいでしょうか?」
「おう、近江屋。世話になったな。礼を言うぞ。早速だが船を阿波へ向けてくれ。おそらく讃岐守様も阿波へ向かっておられるだろう」
「それなんですが……」

 近江屋の横から大柄な男がずいっと身を乗り出してくる。この船の船長だと言っていたな。真っ黒に日焼けしたいかにも逞しそうな男だ。

「手前どもは阿波へは行けません」
「……何故だ?大物浦(大阪湾)を渡ればすぐであろう」
「実は我らも堺へ来たのは初めてでして、この辺りの海域を全くと言っていいほど知らんのです。水先案内でもあれば別ですが、この船単独で阿波へ向かえば良くて方角を見失って遭難。最悪の場合は難破してしまうこともあり得ます」
「むぅ……では、どうする?」
「一度伊勢へ戻らせて頂きたい。伊勢へ戻る水先案内は既に各地の水軍衆に頼んであります。一旦伊勢に戻り、阿波へは改めて伊勢から船を出すという形では駄目でしょうか?」

 やむを得ぬか。船頭が行けぬというのに無理を押して行かせることもできん。まして我らは無理矢理便乗した身だ。

 ……待てよ。

『俺に出来ることならば力になろう』
 そう仰せであったな。

「千熊丸様。一つご相談がございます」
「何だ?」



 ・享禄五年(1532年) 七月  近江国蒲生郡 永源寺  六角定頼


 ペシッ

 今日は反省するために永源寺に来た。

 結局、一向一揆は起こってしまった。変えたくないと思っていた時はあっさりと歴史が変わるのに、いざ変えようと思うとどんなに努力しても変えられなかった。
 馬鹿野郎どもめ。あれほど武士の戦に介入するなと言ったのに本願寺には何一つ響いていなかったようだ。俺を甘く見やがって。

 ……馬鹿は俺か。戦争の時代に話し合いで歴史を変えようとしていたんだから。

 人死にを少なくしたいなんて甘ったれたことを言った挙句、一揆を抑えることもできずに余計な死者を出してしまった。
 俺が早い段階で一向宗を叩いておけば、今回の俺の忠告ももっと証如や蓮淳に響いていたかもしれない。結局は俺の甘さが戦を拡大させてしまった。


 摂津では一向一揆の猛威はすさまじく、堺幕府を壊滅させた後各地の城や軍勢の兵糧を狙って無差別攻撃を仕掛けたらしい。何せ十万の暴徒の群れだ。制御なんてできるはずもない。

 三好元長を敗死させ、証如や蓮淳が一揆の終了を宣言しても一揆衆は止まることは無かった。
 当たり前だ。彼らは本願寺に従って戦を起こしたんじゃない。飢饉によって飢えた腹を満たすために立ち上がったんだ。堺の法華門徒は豊かな商人でもある。蔵には兵糧が山と積まれていると思って蜂起に同意したんだろう。
 今や一向一揆はただ食い物を求めて畿内各地を無差別に攻撃するイナゴの群れと同じだ。大和に進軍した一揆勢は興福寺に侵入し、蔵の兵糧はおろか山の鹿や池の鯉などまで食らい尽くしたそうだ。食う物が無くなるといよいよ京を目指したが、ここで法華門徒が反撃に出た。

 法華一揆は下京一帯を要塞化して一向宗と凄絶な殺し合いを始めた。証如達は暴走を続ける一向一揆を抑えきれず、何もかも放りだして山科本願寺に逃げ戻ったらしい。法主が聞いて呆れる。奴らは宗教戦争を起こしておきながら、肝心の場面で自らの身可愛さに逃げ出した。

 細川晴元は暴走する一向一揆に手を焼き、今度は法華門徒を抱き込もうと法華宗と共に戦う姿勢を見せている。どうせ木沢長政辺りの入れ知恵だろうが、そんなことをすれば摂津に残る一向門徒から反感を買うのは当たり前だ。
 案の定、細川晴元は芥川城で一向一揆と戦う構えを見せたが、たったの二日戦っただけで淡路島に逃げ出した。今じゃ摂津は一揆衆の持ちたる国の様相を呈している。

 宗教戦争は一度起こってしまえば収束させるのは難しい。惣村が成立する過程で宗教は人々の生活の隅々にまで浸透した。自分たちの宗門を否定されることは、自分たちの存在そのものを否定されることと同義だ。領主に従って戦をする事とは根本的に違う。

 飢えが原因とは言え、一向宗と法華宗は現実に戦争を始めてしまった。このままじゃどちらかが絶滅するまで戦いは続く。ヨーロッパじゃ百年以上もそうやって殺し合いを続けたんだ。


 京の蒲生軍は一旦坂本まで義晴や幕臣たちを逃がし、今は坂本で待機させている。奴らが近江に侵入すれば今度は近江が食い尽くされる。それだけは何としても防がねばならん。
 この事態を知っていながら防げなったのは本当に後悔してもしきれない。せめてこれ以上戦火を拡大させないように全力を尽くす。

 ……やはりやるしかない。一向宗も法華宗も両方まとめて徹底的に叩く。
 史実の定頼の苦悩が良くわかるな。誰も好きこのんで虐殺をしたくは無い。だが、起こってしまった火は徹底的に叩き潰さなければ何度でも燃え上がる。僅かな火種も残しちゃいけない。
 俺に逆らえば命が無いと坊主共に思い知らせなければこの戦は終わらない。甘えを捨てろ。今は戦国の世の中だ。


「喝っ」
 ペシッ

 よし。戻ろう。三好千熊丸がもうすぐ観音寺城に到着するはずだ。
 堺を逃れた千熊丸は、何の偶然か角屋の船に助けられてそのまま伊勢浜田湊に到着した。そこから俺に保護を願って観音寺城に向かっている。
 まだ十歳の子供に辛い目を見させたな。ここからは大人が責任を持って事を収めてやる。

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