江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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直営店

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 ・天文四年(1535年)四月 山城国 京 相国寺  六角定頼


 朝倉景高は意気揚々と越前へ引き上げて行った。
 公方様からという名目で太刀や馬などの下賜品も持たせたから、越前に戻っても面目を保てるだろう。後は機を見て孝景に反旗を翻す手はずになっている。細工は流々ってところだな。

 さて、今回上洛したのはもう一つ目的がある。
 早い物で亀寿丸がもう十五歳になった。元服させねばならんが、烏帽子親を誰にするかで頭を悩ませている。普通に考えれば足利義晴に頼むのが筋ではあるんだが、烏帽子親と烏帽子子ってのはそれなりに義理もあれば忠義心も生まれる関係だ。将来的に対立する可能性が高い義晴に頼むのはどうしても引っかかる。
 どうするか……。

「ほほほ。浮かぬ顔をしておるの」
「うわっ!殿下、驚かせないで下され」

 案内も無しにいきなり近衛稙家が縁側に現れた。関白になったら朝議に出る機会が減ったとかで、暇つぶしに俺の宿所に遊びに来ることが多くなった。俺は京に遊びに来ている訳じゃないんだけどな。

「何を悩んでおるのだ?」
「亀寿丸の烏帽子親を誰にすべきかと思案しておりまして……。それに嫁も探さねばなりませんし」
「烏帽子親ならば公方に頼めば良いであろう」
「そうなのですが……近頃の公方様はどうもお疲れのご様子で……」
「ふむ……」

 さりげなく対面に座った近衛稙家が、扇で口元を隠しながら夕日に照らされた庭先に視線を移す。
 昨年産まれた近衛尚子の子は女子だったが、足利義晴は非常に落胆して再びふさぎ込む日が多くなったらしい。俺からすれば産まれた子が男であれ女であれ、無事に産まれてくれただけで喜ぶべきことだと思うんだが、この時代じゃ『男子を産む』というのは格別な意味があるからやむを得ない面もあるのかもしれない。
 それは近衛稙家も同様のようだ。

「まあ、尚子も残念ではあった。できれば男児を授かりたいものではあったがの。だが、それとお主の嫡男の元服とは別の話。近江宰相の嫡子の烏帽子親にということであれば公方も多少は張り切るだろう」
「左様でしょうか。近頃の公方様はいささか……」

 言いさして口を噤む。ぼんやりと庭を見ていたはずの稙家が、いつのまにか俺の目を覗き込むような視線に変わっている。

「良いから、公方に頼っておくが良い。あまり変わったことをすると何かと勘繰る輩も出て来るぞ」

 俺の目を見据える稙家の目は真剣そのものだ。思わずこちらが気圧されそうになる。
 確かに今の状況で亀寿丸の烏帽子親を他の者に依頼するのは不自然と言えば不自然だ。将軍家と六角家が不和であるなどと噂が立てば、稙家にとっても面白いことではない。

 ……あるいは、俺の真意に気付いているのかもな。気付いた上で何とか足利家と六角家が争わぬ道を模索しようとしているとも考えられる。
 何せ、この殿下はトボけて見えるがなかなかの食わせ者だ。

 まあ、義晴と敵対せずに済めばそれに越したことはないんだし、ここは近衛稙家に大人しく従っておくか。

「承知いたしました。お言葉通りに致しましょう」



 ・天文四年(1535年) 五月  尾張国海東郡勝幡城  織田信秀


「失礼いたします」

 居室内に野太い声が響き、平手監物(平手政秀)が眉間に皺を寄せた顔で入って来る。相変わらずこやつはニコリともせぬな。

「殿、清州の大和守様(織田達勝)より書状が参っております」
「ほう、清洲殿からか」

 文を受け取って中を開く。相変わらず仰々しい書き方だな。これでは一体何が言いたいのか分からんわ。

「文には何と?」
「美濃の土岐から大和守へ密かに援軍の要請があったようだ。美濃守護代の斎藤道三を討つ為に尾張から兵を出せと言うてきておる。それ故、儂にも美濃に出兵せよと言うておる……ように思う。ごてごてしい書き方でイマイチ要領を得ぬが」
「美濃に出兵ですか」

 平手の顔がますます渋みを帯びる。

「しかし、我が尾張も三河の松平の侵攻に頭を悩ませております。そう軽々に援軍と言われましても……」
「わかっておる」

 平手の言う通りよ。
 四年前には三河の松平次郎三郎(松平清康)に岩崎城と品野城を奪われ、昨年の戦でも織田の兵を散々に痛めつけられた。今は安祥城に戻っておるが、いつまた尾張に進軍するとも知れたものではない。
 それに斎藤道三には近江宰相の援軍があるはずだ。松平清康あの戦バカに加えて北伊勢からも進軍を受ければ尾張は詰んでしまい兼ねん。

 だが、この援軍を断れば守護代大和守家との仲は再び険悪になろう。大和守と事を構えても負けることはないと思うが、松平がその機に乗じれば厄介なことになる。
 いずれにせよ儂にとっては苦しい展開だな。

 ……やむを得ぬか。

「美濃へは儂が自ら兵五百を率いて参陣しよう。お主は桜井城の松平内膳(松平信定)と繋ぎを付けておけ」
「よろしいのですか?今美濃と事を構えても我らに益は少ないですが」
「やむを得まい。衰えたりとはいえ今はまだ大和守の命を無視するわけにもいかぬ。それに内膳は次郎三郎に対して含むところがある。次郎三郎が動くならば何か報せて来よう」

 近江宰相にも密かに文を届けておくか。義理で出陣はするが決して稲葉山に攻めかかったりはせぬと申し伝えよう。
 北伊勢から攻められる事態さえ防げれば、後は何とかできるだろう。



 ・天文四年(1535年) 五月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 観音寺城に戻ると文箱に文が溜っていた。相変わらず大名ってのは忙しい。
 斎藤道三に蒲生定秀、それに朝倉景高からも来ているな。変わったところでは織田信秀からも届いている。織田信秀とはあんまりカラミが無かったんだが、どういう風の吹き回しかな?

 一つ一つ文を改めていると、伴庄衛門と進藤貞治が揃って目通りを願って来た。内々で話があると聞いて文を片付けてからしばらく待っていると、二人そろって神妙な顔で亀の間に入って来る。

「どうした?二人で来るとは珍しいな」
「はっ……それが……」
「某から申し上げまする」

 珍しく庄衛門が言いにくそうにしていると、見かねたように進藤が口を開いた。

「御屋形様には何卒、女子遊びをご自重頂きとうございます」

 …………は?

「何の話だ?」
「領内で噂になっておりますぞ。百姓の娘をかどわかし、側室にすると偽っては次々に城に登らせていると。
 いかに遊女遊びを禁じられたからと言って、領民の娘を無差別に手籠めにしようなどと……。お仕えする身として某は情けのうござる!」

「待て待て待て待て!一体何の話だ?」

「お惚け遊ばされるな。某は御屋形様の御為を思って遊女屋遊びをお控え為されるように進言致して参ったのでござる。このような事になるならば、いっそ思う存分遊女屋で遊んで頂いた方がよほどにマシでござった」

 今にも泣き出しそうな顔をした進藤が目頭を押さえる。
 いや、惚けるなと言われても本当に心当たりが…………あ。

「いや、待て、それは俺じゃない」
「まだお惚けを……」
「いいから、志野を呼んでくれ」


 訳が分からずポカンとする二人の前に、しばらくすると志野も奥から亀の間へやって来た。

「あら、新助殿に庄衛門殿。此度はいかがなされました?」
「はっ……それが……そのぅ……」

 今度は進藤までもが言い澱む。この野郎、俺には散々好き勝手言いやがったくせに。

「志野。先日から何人か目通りをした侍女達だが、どうやって召し抱えたんだ?」
「はあ……楽市で見かけて声を掛けてきたのでございますが……」

 やっぱりか。
 進藤と庄衛門も事情を察して一気に申し訳なさそうな顔に変わる。人を色情魔扱いしやがって。

「どうもそれで俺が領民の娘を次々にかどわかしているという話になっているらしい」
「あら、それは誤解ですわ。お目通りをしてお気に召さなかった者には着せた呉服を与えて里に帰していますし、娘達も喜んでおりましたし……」

「今は事実がどうかよりも、あらぬ噂を打ち消す何かの方策を考えることが先決でござる」

 志野がらみと分かった途端に手のひらを返した進藤が重々しく発言する。話をすり替えようったってそうはいかないぞ。お前らが俺をどう見ているかはよ~~~く覚えておく。
 ところで進藤って志野にはけっこう弱いのな。女には興味無さそうな朴念仁なのに、意外だったな。

 ……だがまあ、確かにその噂はどうにかせねばならんな。当事者が納得しているならおそらく周りの者が面白半分に話していることだとは思うが、放置していれば俺の守護としての威厳に関わる。

「いっそのこと、その娘達は楽市の店で働く売り子にされてはいかがです?噂を消すには手前どもが新たな噂を流せば良いと思いますが、側室ではなく売り子を探していたのだということにすれば六角様の名誉も守られるかと」

 庄衛門から提案が出る。確かに、噂を消すには新しい噂を流すのが手っ取り早いか。
 それに、六角家の直営店として何らかの店を出すのも決して悪いことじゃない。実際の経営は会合衆に丸投げでいいだろうし、俺としては名前を貸すだけという形だ。

 何の商売をしようかな。せっかくだから何か楽市を象徴するような物にしたいな。



 ・天文四年(1535年) 六月  近江国蒲生郡 石寺楽市  六角定頼


 楽市に六角家直営の茶店が開店した。
 沓掛衆の集めた茶器や食器を使って小幡衆の練り上げた料理や酒・茶などを提供する店だ。そこで給仕や酌をして働く娘達は志野のデザインした呉服を制服として与えることとした。
 娘達の着る衣装は一人一人の顔立ちや体型に合わせて志野が個別にデザインをすることになった。これで志野も思う存分呉服のデザインを楽しめるし、俺も側室候補として次々に侍女を紹介されなくて済むだろう。

 店内には呉服商のスペースも設け、版木に起こしたデザイン画も展示してある。客は気に入った呉服を保内衆に注文すれば同じ意匠の呉服を買うことが出来るというサービス付きだ。
 旧来の重厚な刺繍を使った呉服と違い、志野の好みは余白を大胆に作ったシンプルな意匠のようだ。寛文模様の小袖とかに近い感じだな。

 仕立ての手間は旧来の小袖よりもはるかに少なく、その分価格も比較的安く抑えられている。要するに大量生産向きの消費財として小袖をデザインしている。着道楽で呉服をとっかえひっかえする志野ならではの発想だな。
 色々と小袖の柄を遊べるのが好評で、近在の女房や家臣の奥方の中には既に何度も足を運ぶ常連客が出て来ているらしい。

 もちろん客層は圧倒的に鼻の下を伸ばした男が多いが、この茶店では床を共にすることは一切禁じている。働く者は全て俺の奥に仕える侍女であるという体を取っているから、セクハラ行為をする者はその足で奉行所に引っ立てられるという形にした。
 いわゆる健全なキャバクラスタイルというやつだ。


「いや、これは瓢箪から駒というかなんというか、我ら会合衆も良い商いをさせて頂けますなぁ」

 隣で庄衛門が満面の大福顔で笑っている。
 どうやら最近近江国内では消費欲が盛んで、目新しい商品を探していたらしい。原因は昨年の合戦で大量に兵糧を消費したことだ。

 元々綿花栽培で近江の農民は潤っていたし、そのおかげで国人領主層も相応に潤っている。経営の苦手な者は既に旗本衆として俸禄を受け取る身分になっているし、今も領地を保持している者はほとんどが経営者としてそれなりに才覚のある者だけになっている。

 そこへ来て、昨年の合戦で使った兵糧を補充するために六角家が大量に米を買い上げた。つまり、公的機関による財政出動が起こった。
 それによって領民の懐は一層豊かになり、余った家計が新たな支出先を求めていた。と、どうやらそういうことらしい。

 新しい茶店はその町民たちの消費欲を刺激した。
 今までは生活のための物だった呉服が、家計に余裕が生まれたことでファッションとして消費される対象になった。そこに志野のデザインした呉服は意匠も様々で価格も手ごろとくれば、女房達が財布の紐を緩めて押し寄せるのも時間の問題だったようだ。

 いやはや、本当に瓢箪から駒という感じだよ。茶店の収益金の一部は年貢とは別にパテント料として六角家に上納されるから、結果的に六角家の財源にもなる。
 家計消費が拡大することは経済政策としても理想的だから、これからは呉服や茶器、食器の職人、さらには畜産や繊維生産をする百姓の所得も益々アップしていくだろう。

 この茶店のスタイルを確立できれば、次は山科や京に持ち込もう。観音寺城下とは比較にならないデカい市場が作れれば税収だけじゃない収入が作れる。
 戦争するにはカネがかかる。少しでも収益を上げられる方法があるなら有難い限りだ。

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