江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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尾張征伐(3)男と女の戦い

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 ・天文五年(1536年) 五月 尾張国春日井郡 清州六角陣  六角定頼


 清州城を包囲して四日が経った。清州城は尾張国を一時期統治した守護所だけあってなかなかの堅城だが、援軍の見込みのない籠城がそれほど長く続くとは思えない。
 保ってあと十日というところかな。

「御屋形様。知多半島への進軍の用意が整いました」
「わかった。鳴海城主山口左馬助(山口教継)、木田城主荒尾小太郎(荒尾空善)、大野城主佐治上野介(佐治為貞)はこちらに付いたと聞いたが、それ以外はどうだ?」
「知多半島の東部の国人衆は未だ旗幟を鮮明にしておりません。沓掛城主近藤九十郎(近藤景春)と刈谷城主水野下野守(水野忠政)を中心にまとまっております」
「ふむ……松平の援軍を待っているのか、あるいは自らの値を吊り上げようとしているのか……」
「恐らくは援軍を待っているのでしょう。我らが知多に進軍すれば肝を冷やすかと」

 まあ、そうだろうな。
 松平清康が上手く釣り出されてくれればいいが……。清康は清康で東三河と遠江の情勢から目が離せないだろうから、尾張のことに構っていられない可能性も高い。
 そもそも知多の国人衆は清康にとっては新参者もいいところだからな。東三河と秤にかければ、容易に見捨てることもありうる。

「松平内膳正(松平信定)からは何も言ってきてはおらんな?」
「はい。そちらもまだ」

 平手政秀から仕入れた情報では、織田信秀は密かに松平清康を討つために三河桜井城主の松平信定と気脈を通じていたらしい。十六松平はいつも仲が悪かったというのは本当らしいな。
 そこで俺は平手に頼んで密かに松平信定に使者を送った。使者には織田弾正忠家の者を選んだから、まず俺からとは悟られないだろう。何せその織田弾正忠家を攻めて居城を占領しているのが当の六角定頼なんだからな。

 表向き使者は織田信秀の妹婿である松平信定に援軍を請うという形にしてあるが、実のところは松平清康を共に攻めようと密書に記してある。
 松平清康が知多半島の国人衆を助けるために岡崎城を出立すれば、空になった岡崎城を松平信定に攻め取らせるという形だ。
 もっとも、まだ使者を出してから三日だから返事は最低でもあと二~三日はかかるだろうな。松平信定にしてもはいそうですかと決められる話じゃない。まずは疑ってかかるのが当然だろう。

 それに実のところ松平信定が寝返ろうが寝返るまいが俺にとってはどっちでもいい。もともと岡崎まで進軍するつもりなんてさらさらないんだ。松平信定が岡崎城を乗っ取ったら、そのまま三河内乱に突入するだけだ。今三河まで攻め取ったところで尾張の支配を優先させなければならないんだから、どっちみち三河は松平信定に任せることしかできない。
 まあ、実際に松平信定が動いたら援軍ぐらいは出すけども。

「わかった。取り急ぎ、又五郎は海陸連携して知多の常滑まで制圧してくれ」
「ハッ!」

 北河又五郎が生真面目に頭を下げる。清州城包囲の軍勢は四千に絞り、残りの三千を北河又五郎に預けて知多半島へ進軍させる。我ながら焦っているとは思うが、越前の情勢が緊迫しつつある。とりあえず初期の目的だけは達成しないと帰るに帰れなくなっちまう。

「四郎を頼むぞ。まだ初陣のひよっこだが、又五郎の戦を見せてやってくれ」
「恐れ多いことでございます。万一の場合は船で脱出いただく手筈も整えました故、ご案じ召されるな」
「はっはっは。心配はしておらん。北伊勢軍の力、とくと見せてやってくれい」

 再び頭を下げて又五郎が軍勢の元へ戻っていく。さて、もうすぐ伴庄衛門が勝幡城に大橋重長を連れてくるはずだ。俺もそろそろ勝幡城に戻らないとな。

 はぁ~~~~

 気が重い……。

 勝幡城に来てからというもの、土田御前のセクハラがひどい。
 セクハラと言っても体に触れて来るわけじゃないんだ。そんなことをすれば最悪無礼討ちにされても文句は言えないレベルだし、さすがに土田御前もそこの一線は弁えてる。

 だけどなあ……こう毎日毎回違うコスプレで出てこられたら流石に鈍い俺でも分かるよ。
 二日前は真っ赤な打掛を腰巻にして茶を出して来たし、一昨日は遊女風の派手な小袖だった。昨日なんかは出雲巫女風の巫女装束で出てきた。しかもだんだんケバくなってきている。
 心底腹立たしいのは、少しだけ土田御前のコスプレを楽しみにしてしまっている自分が居ることだ。

 本当は義賢はずっと俺の側で戦や政略の進め方を見せようと思ったんだが、さすがにこれ以上は息子に見せられるモンじゃなくなってくる恐れもある。
『俺のやり方をよく見ておけ』なんて言って、やってることは現地の未亡人にコスプレさせて遊んでるなんて思われちゃたまらん。支配地の女は好きにしていいんだなんて間違った認識を持たせない為にも、義賢は北河又五郎と共に知多攻めに参加させた。

 まったく、なんでこうなってしまうんだ。
 まあ、土田御前にも悪気は無いんだ。……多分。

 恐らく信長に弾正忠家の家督を継がせたい一心なんだろうし、子供の行く末を心配する親心は理解できる。だが、それにしたって物には限度ってものがある。
 そもそも子供に対する愛情が深すぎるんだろうなぁ。そしてとことん思い込みが激しい。自分が思い込んだら梃子でも譲らない感じだ。
 いくら俺が吉法師に家督を継がせると言ってもやめようとしないんだよなぁ。自分が抱かれると決めたからには意地でも抱かれないと気が済まないんだろう。俺が何を言っても聞きやしない。

 俺に抱かれることで弱みを作ろうってことだろうが、なんで尾張くんだりまで来てバレバレのハニートラップ仕掛けられなきゃならんのだ。

 ええい、くそっ。

 ひょっとして信長が『尾張のうつけ』になったのって、何を言っても聞こうとしない土田御前への反抗期を拗らせたのが原因じゃないだろうな……。



 ・天文五年(1536年) 五月 尾張国海東郡 勝幡城  織田花


 今日は趣向を変えて伊賀袴の装束で参ってみようかしら。それともやはり少し足を見せた方がいいのかしら。巫女装束はいけるかと思ったんだけど駄目だったし、一体何が宰相様の琴線に触れるのかしら。

 少なくとも、気にしてはいるようなのよね。少し目の色が変わって来たことは感じるし、私の方をチラチラと見ることも増えてきた。でももう一つ手ごたえが……。

 どのようにすれば通って下さるのでしょうか。まさか私のことをお嫌いになっている?

 そんな、それだけは駄目よ。そんなことになったら吉法師の行く末が……。


 吉法師……

 そういえば、最初にお会いした時に吉法師を見る眼差しは優しかったわね。とても大らかで包み込むような暖かさで。

 ……はっ!
 まさか……衆道?

 そんな……でもそれならば私に手を出そうとしないことも説明がつくわ。好色家で男色家だったなんて……。
 あの優美な手と美しい瞳が見据えていたのは私の大切な吉法師だったのね。なんということでしょう。

 あっ……想像したら鼻血が……

 と、ともかく、それならば今日の衣装は変えなければいけないわ。急いで津島から男装の用意を取り寄せないと……。



 ・天文五年(1536年) 五月  摂津国欠郡石山本願寺  本願寺証如


「お上人様。少しお話がございます」
「下間頼慶か。どうしたのだ?」
「我らがこの石山の地に逃れて五年。今や本願寺は法燈絶えなんとしております。何とか武家と和睦し、許しを請わねばこれ以上門徒が生きてゆくことができません」

 ふん。またその話か。
 今更武家に頭など下げてどうなる。和睦の約束など知らぬとシラを切られれば我らに抗う術はないのだ。

「以前も申したはずだ。その話は……」
「いいえ、此度ばかりは何としてもお聞き届け頂きたい」

 一つため息を吐いて向き直る。頼慶の言うこともわからぬではない。
 石山御坊に逃れたものの、門徒兵は悉く木沢左京亮(木沢長政)や細川六郎に討ち果たされてしまった。そして頼みの堺も今や法華門徒が大手を振っており、一向門徒は己の信仰を隠して暮らさねばならなくなっておる。
 仮に一向門徒であると発覚すれば、法華門徒や武士たちに地の底まで追い立てられて家を焼かれ、一向門徒の村であれば皆殺しにされ、村ごと全て奪われる。今や摂津は我ら一向門徒が生きていくことが難しい場所になった。

 細川六郎とは三好千満丸の仲立ちで一度は和睦できたが、その後に下間頼秀・下間頼盛兄弟が門徒の主戦派を扇動して再び細川六郎と敵対することになってしまった。
 今は下間兄弟を破門することで本願寺は中立を確保しているが、細川六郎の気が変わればいつまた本願寺が炎に包まれるかわからん。

 忌々しいが、頼慶の言う通りではある。

「しかし、武家と和睦と言っても、細川六郎はともかく六角は堅田本福寺を手厚く保護しておる。今更我ら本願寺が和睦を願っても聞き分けるとは思えんが?」
「細川六郎は京の公方と和睦し、間もなく右京大夫に任じられて正式に細川京兆家を継ぐことになっております。また、践祚の後長く即位されていなかった帝も即位式の費用の目途が付き、即位式を執り行う日もそう遠くないと聞き及びます。
 今この時に帝並びに公方に対し、五年前に世を騒がせた罪を許されたいと願い出ればお聞き届けいただけるのではないかと」

 ふむ……。
 帝と公方が許せば細川も六角もこれ以上我らを敵視することはできなくなるか……。

「誰が帝と公方との交渉に当たる?」
「恐れながら、拙僧にお任せいただければ一命に代えても和睦の条件を引き出して参ります」

 どんな条件が示されるかわからぬが、今の苦境を切り抜けられるのならばやってみても良いかもしれぬ。確かに頼慶の言う通り、やるならば今しかない。
 こんな時に老僧様(蓮淳)が居れば何くれと力になってくれただろうに、山科本願寺で別れて以来消息を聞かぬ。
 やはり伽藍と共に極楽浄土へ参られたと思った方が良いか。

 極楽浄土に参ることは我ら浄土門徒にとっては素懐(心からの願い)だ。以て瞑すべしだろう。

「よし。では頼慶に任せる故に何とか和睦を引き出してくれい」
「ハハッ!」

 ふぅ……。和睦が成れば我らも安心して布教に戻ることが出来る。堺は難しくとも、摂津や河内に布教を行えばこの石山の地を一向門徒にとっての安住の地に変えることも出来るだろう。


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