江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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第一次六角包囲網(4)和議

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 ・天文五年(1536年) 閏十月  山城国綴喜郡男山  木沢長政


「殿、細川右京大夫様(細川晴元)からの援軍が参りました」
「そうか」

 報告を上げて来た窪田美濃守(窪田利家)が怪訝な顔をする。本来ならば待ちわびた援軍だったからな。だが、今更援軍などもらっても遅いわ。すでに比叡山は六角によって焼かれたという報せが来ている。
 比叡山が近江で六角を引き付けるからこそ我らの勝算が高かったのだ。六角が自由に動ける現状では、一息に京を陥れることなど出来ん。右京大夫様も慎重なのは良いのだが、ここぞという思い切りが無いのはいかがなものか。

 遊佐河内守ならば儂の弟が見張っているし、今のところ妙な動きは無いから心配要らないと申し送ったのだがな……。

 いや、右京大夫様というよりも越後守殿(三好政長)か。あの御仁は自分では戦をせずに配下に任せ、自らは堺の数奇者と茶ばかり飲んでいると聞く。茶道具なども色々と好みがうるさいという噂だ。
 どうせ戦のことなど分かっては居らぬのだろうよ。

 儂の配下には法華一揆の残党を始め、柳本党や京から逃れて来た西岡衆などが合流し、さらには大和の国人衆も刈り出して兵数は一万を超えるまでになっている。
 今更一千やそこらの援軍を受け取ったところで、意味はあるまい。


 ……ふっ。まあいい。
 折角援軍に来たのだから働いてもらうとするか。京まで攻め上るのは難しくとも、目の前の淀城ならば切り取ることは充分に出来よう。ついでに六角が桃山に築きつつある城郭とやらまで奪い取れれば上々だな。

「よし、早速だが軍議を始める。諸将に集合をかけよ」



 ・天文五年(1536年) 十二月  山城国紀伊郡桃山  六角定頼


 比叡山焼き討ちの後始末を進藤に任せ、俺はそのまま京を通過して桃山に布陣した。蒲生定秀は下鳥羽に配し、木沢長政と対峙する格好になっている。

 俺が比叡山であれやこれやしている間に木沢は淀城を制圧し、横大路まで進出して横大路衆の居館や城郭を次々に奪い取っていた。
 おかげで木沢の非道を訴える横大路衆が俺の本陣へ次々に訪れている。

 構わないんだが、横大路衆と言えば将軍直参の奉公衆も多いんだけどな……。権威は衰えているとはいえ、足利将軍に正面切ってケンカを売っているとは思わないんだろうか。それとも、木沢にすればとりあえず陣として借りただけという認識なのかな?

「御屋形様。諸将が揃いました」
「よし、軍議を始めるぞ」

 俺の一声で全員が頭を下げる。とはいえ、今回は面倒な戦いになるな。

「藤十郎。状況を説明してくれ」
「ハッ!我らは桃山と下鳥羽に布陣し、巨椋池北岸を抑えております。兵数は六千。それに対し、木沢は淀城と納所の湊、さらには横大路の草津湊を抑えて我らの動きを牽制しております」
「巨椋池に船を出すことは出来るか?」
「難しゅうございます。真木島殿には使いを出しましたが、提供できる船は十石積の船が二十艘ほど。乗り込める兵数は五百にも届きません」

 巨椋池か……邪魔だなぁ。これのおかげで狭いデルタ地帯で一万を超える敵兵と対峙しなけりゃならん。決戦するのならば大軍の利が生かせない木沢に不利だが、木沢としては無理して勝つ必要はない。現に俺たちと対峙しながら、別の一手で巨椋池の南岸を制圧して回っている。
 木沢にとっては無理に勝たずとも自分の領域を増やせれば十分というわけか。

「真木島は本当にそれだけしか船を持っていないのかな?」
「それは分かりません。以前に見た巨椋池にはもっと大型の船が何艘も浮かんでいましたが、真木島殿の申されるには大船は全て木沢に抑えられてしまったと……」

 木沢に抑えられたか……。あるいは自ら供出したのかもしれんな。真木島晴光にすれば南山城の覇者が誰であれ、宇治の本領が安堵されればそれでいいと思っていても不思議は無い。それに元々真木島氏と木沢氏は同じ畠山家臣という誼もあるしな。

「敵の様子はどうだ?前に出てくる様子は見えるか?」
「いいえ。幾重にも陣を重ね、固く守って討って出てくる気配は見せません。恐らくは長期戦を狙っている物と思われます」
「厄介だな」

 思わず舌打ちが出る。やっぱ先に淀城を抑えられたのは痛かった。
 兵数での不利もあるが、こっちには時間制限がある。比叡山を無力化させたのはいいが、このまま南山城の陣が長引けばせっかく一向一揆でフラフラになった朝倉が復活してしまう。
 次の雪解けと共に越前侵攻に着手しなければ一乗谷城を落とすことは容易でなくなってしまうだろう。ここでグズグズしていると本当に南北から木沢と朝倉に攻め立てられることにも成りかねない。
 まあ、木沢もそれは織り込み済みで持久戦の構えを取っているんだろうが……。

 我ながら焦っているな。

「敵の補給を切ることは出来るか?」
「難しゅうございます。草津湊は淀川に繋がっておりますし、堺はもちろん木沢の本拠である北河内からも物資の搬入は十分可能です」
「打つ手なし……か」

 一座に沈黙が落ちる。無理攻めはこちらの被害が大きくなるだけだし、いくら相手が烏合の衆とは言えこれだけ重層的に防御陣を配置されたら兵の練度の差はそれほど戦局に響かない。
 相手が出てきてくれるならやり様もあるが、今回はそれも期待はできないし……。

「一つだけ、真木島殿には宇治を軍勢が通過することには理解を頂いております。宇治を経由して巨椋池の東岸を回り、巨椋池の南岸と北岸から同時に攻め寄せればあるいは……」
「駄目だ。真木島が心底信じられるかは分からんと言っていたのは藤十郎だろう。仮に宇治から回り込んだとして、真木島が裏切れば回り込んだ部隊は全滅を覚悟せねばならん。そんな危険な賭けはできん」
「しかし、それでは本当に打つ手が……」

 そうなんだよな。

 勝竜寺城を抑えていればまた何とかやり様はあったんだが、悲しいことに勝竜寺城は細川晴元方に抑えられている。困った……。

「和睦を申し込むか」

 各組頭の諸将もそれしかないという顔つきに変わる。皆何も言わないが、本心ではこれ以上木沢と対峙しても損害ばかりで勝つ見込みが薄いと感じているんだろう。
 悔しいがそれは事実だ。着陣早々に蒲生が一戦挑んだが、ものの見事に撃退された。こちらの損害もさほど多くなかったが、木沢の兵はほとんど損害を出していないだろう。それ以来一月以上に渡って睨みあっている。

 だがなぁ……。

 局地戦とはいえ明確に六角が一敗土を付けた上で和睦を申し込めば、六角が負けたと世間に印象付けてしまう恐れもある。ここまで運良く常勝軍団で来ただけに、一度の敗戦がどのような影響をもたらすか。

 ……いや、諸将の感情を無視して無理に戦を続ければ、それこそ六角軍が崩壊する危険がある。やはり今回は木沢に勝ち星を呉れてやるしかないか。

「内談衆に使いを出せ。公方様の御名において木沢との和議を仲介してもらいたいと」
「ハッ!」

 軍議の場に安堵の空気が広がる。やはりこれでいい。今回の雪辱はいずれ果たす。



 ・天文五年(1536年) 十二月  山城国宇治郡三室戸寺  木沢長政


「では各々方、和議に関しては問題はございませんな」

 上座で幕府奉行人の大館伊予守殿(大館晴光)が改めて周囲を見回す。儂の対面では六角宰相が上機嫌に振舞っている。事実上儂に負けたことを気にしておらぬのか。あるいは強がっておるのか。

「無論のこと。この六角定頼、木沢殿の武勇のほどには感服致した。そもそも木沢殿とは遺恨があるわけでもなし、これほどの武略の持ち主といつまでも争うのは無益と申すものにござる」

「一つだけ、条件を加えて頂きたく存じます」
「どういった条件でございましょう?」
「されば、桃山で普請を進めている城郭の破却をお願いしたい」

 儂の言葉に大館殿と近江宰相の顔が凍り付く。だが儂は勝ったのだ。このまま睨みあいを続けて困るのは近江宰相の方なのだから、それくらいは譲ってもらおう。
 本当ならば桃山砦を我が物としたかったが、さすがにそれでは近江宰相が納得するまい。だが破却ならば文句をつけることは難しかろう。

 桃山砦は厄介な砦だ。あそこに兵を籠められたら淀城攻めの重要な拠点となる。
 今回の和議で淀城は正式に儂の支配下に入ることになったが、淀城を前線として維持するためには桃山砦は邪魔になる。事のついでに破却してもらおう。

 淀城さえ安全になれば、儂はそこから淀川を越えて西岡一帯に進軍することも出来るし、東に転じて宇治田原や笠置方面に進軍することも出来る。

「それは、細川右京大夫殿の意向でもあるのかな?」
「管領様には関係がございません。某の意向にござる」

 近江宰相の顔が苦虫を噛み潰した顔に変わる。それほど不服なら今この場で席を蹴立てて和議を破棄すればよいのだ。それが出来るのならばな。
 今回の和議は六角から公方様に言い出したこと。いかに条件が折り合わぬからと言っても六角側から破棄することなど出来まい。それに、儂は桃山砦を寄越せと言っているわけではない。桃山砦を破却しろと言っているだけなのだ。これを不服とすれば六角の横暴ぶりを天下に喧伝してやるわ。

「……良かろう。桃山砦は破却する」
「賢明な判断ですな。さすがは天下に名高き六角宰相殿です」

 ふふふ。これで儂は六角に勝ち、桃山を譲らせた男として天下に認識される。北河内・大和・南山城の畿内枢要の地を抑えた儂は、六角にも劣らぬ天下第一の実力者としての声望を得ることが出来よう。

「一つ、忠告しておこう。細川右京大夫がいつまでも味方であるなどと思わぬことだ」

 ん?
 何をほざいている。儂と右京大夫様を離間させようという肚か?
 だが、そんなものは負け惜しみに過ぎん。近江宰相ともあろう者が落ちたものよな。

「ご忠告かたじけない。ですが、ご心配はご無用にござる」

 ふふん。もはや六角を恐れる理由は無い。畿内は儂と細川右京大夫様が治めるのだ。

「そうであれば良いがな……。いつだったか、木沢殿がご自身で申されていたであろう。『狡兎が死せば走狗は煮られるもの』と」
「某は走狗ではござらん。走狗を操る狩人にござる」
「……」

 ふっ。天下に名高い六角宰相と言えども、一たび負ければ負け惜しみしか言えぬとは哀れな物よな。
 これから儂は南山城各地を掌握し、いずれは六角と天下を賭けて大戦に及ぶことになる。その時には一度儂が勝ったという事実がことさら重くのしかかろう。
 六角の天下はここまでだ。これからは儂の時代よ。
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