江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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第二次六角包囲網(10)決着の時

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 ・天文七年(1538年) 十二月  大和国添下郡 筒井城  畠山稙長


 北畠め、厄介な時に動き出しおって。六角がいよいよ動き出したという報せもあるし、儂も一旦飯盛山城へ戻って南山城を脅かす態勢を作る方が良いか……。
 しかし、このまま大和を北畠の好きにさせるのも気に食わん。

 だいたい、遊佐は一体何をしておるのだ。あ奴は榎並城と飯盛山城を落とした後は高屋城に籠って一切動かぬ。主君としての儂の面目を潰すつもりか。遊佐が動けば北畠の好きにさせることも無かったであろうに……。

「御屋形様! 遊佐河内守(遊佐長教)からの書状が届いております」
「なに!見せよ!」

 備後守(丹下盛賢)がためらいがちに書状を渡してくる。何をもたついておるのだ。早く見せぬか。

 奪い取った文を見て一瞬頭が真っ白になる。これは……。

『遊佐家は畠山の被官なりと言えども公方様よりの御恩忘れがたく候、また河内守護職に任ずる旨の御内書を頂戴いたした以上は河内一国は公方義晴公に忠節を尽くす所存に候。の尾張守様には速やかに飯盛山を御立退き頂き……』

 文字が震える……。いや、震えているのは儂の手か。
 またしても……またしても、儂を裏切るというのか……

「あのクソガキャぁぁぁぁぁ!」(注:遊佐長教の方が年上です)
「ああ、御屋形様。文が破れて……」
「やかましい!こんなもの!」

 文をビリビリに破いて投げ捨てる。こんな紙切れ一つで腹の虫は収まらんが、やらずにはおれん。
 かくなる上は……

「備後守! すぐに軍勢をまとめよ!」
「ハッ! しかし、今から河内守殿と一戦交えるにはいささか兵が……」
「馬鹿者! 誰が戦うと言った!」
「……は?」
「紀伊に逃げる。もはやこれまでよ」
「は……ハハ!」

 覚えておれ、遊佐。そして六角。
 儂を河内守護から追ったことを必ず後悔させてやる!必ずだ!



 ・天文七年(1538年) 十二月 河内国交野郡 洞ヶ峠  尼子経久


 六角め、北摂津が崩れたことでいよいよ本気になって攻めてきおったか。
 蒲生の先陣は磯野と言ったな。良い戦をする。正面からの突撃にこちらの防御陣が破られそうになるわ。
 あとは、あの赤備えよな。何やら分からぬが妙に気合が入っている。弾三郎(山中貞幸)の率いる十旗と堂々と渡り合っておる。いかに海北善右衛門(海北綱親)の支援があるとはいえ、三刀屋新四郎と赤穴備中守の軍勢が束になっても朽木を抜けぬとは。

 ふふふ。策を弄しすぎたかの。
 松平が今少し六角の後方をかき回すはずだったが、こうもあっさりと和睦をまとめて来るとは思わなんだ。その上、三好と赤松がこうも簡単に崩れたのも計算外だ。三好と赤松が健在なうちに決戦に及べば、もう少し有利に戦えたのだがな。

 だが、正面からのぶつかり合いならば我ら尼子も六角に引けを取っておらぬな。それに、こうなれば例の火を噴く奇術は使えまい。味方ごと焼き払うわけにもいかぬだろうしな。さて、どう動かすか。新宮党を左翼に回し、蒲生軍を打ち破って……


「……いさま! お祖父様!」
「ん?」

 突然三郎四郎(尼子詮久のぶひさ)の声が響き、視線を右に移す。いつの間にか使番が輿の横で膝を着いていたか。
 戦陣で思案に耽るのは良くない癖だと下野守(尼子久幸)にも言われていたな。

「伝令です!」
「うむ。申せ!」
「ハッ! 遊佐河内守が離反! 我らを裏切り、高屋城からこちらに兵を向けております」
「何! 畠山尾張守はどうした!」
「既に紀伊に向けて遁走した模様です」

 ふっくっくっく。
 わっはっはっは。

「うわーっはっはっはっは」

「お祖父様……?」
「三郎四郎よ、よく覚えておけ。これが戦の駆け引きだ」
「はあ……?」

 分からぬか。たった今儂は負けたのよ。
 正面からの殴り合いと見せて遊佐が後方を突く。全ては近江宰相の策謀であろう。この儂が知恵比べで負けるとは思わなんだわ。

 思えば儂の仕掛けた策を悉く跳ね返したのは近江宰相くらいのものだな。鉢屋賀麻党も既に半数以上が密かに討ち取られたと弥之三郎が申していた。松平の尾張攻めも大きな被害は与えたものの、こちらの戦にまで影響を及ぼすほどには成らなかった。兵糧の補給も滞りなく進んでおるようだし、これ以上戦っても我らが討ち死にするだけよ。

「出雲に帰るぞ」
「その、戦はまだこれからでは? 例え遊佐が後方を突くと言っても我らも後ろの備えは十分にしております。最初から遊佐を信じてはおりませなんだ故、十日やそこらで抜けるような備えはしておりませぬが……」
「無駄じゃ。例えこの戦に勝ったとして、再び近江宰相は淀城に引きこもる。敢えて前に出て来る理由が無いからな。そして、儂が遊佐と河内で遊んでおる間に摂津を攻め取り、我らの逃げ道を塞ぎに来るだろう。仮にこの一戦に勝てたとしても、既に儂らの負けは確定しておる。これ以上は無益だ」

 ようやく理解した三郎五郎が悔しそうな顔をする。だが、この悔しさを忘れぬことだ。
 戦った時は既に勝負は付いている……か。全くほれぼれするような策士ぶりよ。朝倉宗滴と戦った時には随分と手ひどくやられたと聞いたが、今の六角ならば例え宗滴であろうとも簡単には崩せなんだだろうよ。

 まったく、間もなく死ぬる身が急に惜しくなってくるではないか。六角の行く末をこの目で見たいとつい叶わぬ思いを抱いてしまう。今一度近江宰相と知恵を戦わせたいと願ってしまう。まこと、戦とは面白いものよな。

「撤退する。弾三郎に伝令を出せ。殿軍を任せる、と」
「……ハッ!」

 遊佐の裏切りに気を付けろと讃岐守(細川持隆)には何度も申し送ってはいたが、いかんせん儂が直接下知を出すわけにはいかんのが辛い所だったな。
 最初から儂が全軍を率いれる立場であったならば、あるいは……。

 いや、それでも六角には勝てなかったかもしれんな。それほどにあ奴の対応力は高かった。
 出来れば今一度、今度は出雲で戦ってみたいものよ。地の利があれば、今度は儂が六角に一泡吹かせてやれるものを……。

 ふふ。それも詮無き繰り言か。



 ・天文七年(1538年) 十二月  摂津国武庫郡 越水城  細川持隆


「敗れたか……」
「ハッ! 申し訳もございません」

 上座で左馬頭様(足利義維)がため息を吐く。彦次郎は敵方に捕らえられ、赤松は既に壊滅した。そして尼子さえも堺から船で西国に兵を引き上げている。
 もはや公方に対抗できる軍勢は我らには無い。悔しいが、この戦はここまでだ。

「やむを得ぬ。思えば、三好筑前守(三好元長)が顕本寺に散った時、堺幕府は終わったのだ。これ以上の戦はそもそも無用だったのかもしれん」
「……そんなことは! 今回の戦は斎藤山城守(斎藤利政)にしてやられたのと遊佐河内守の裏切りによって負けたのです。特に遊佐は我らに一度は味方しておきながら、土壇場で裏切ったことは許せません。天下に信義を示さんとする我らの志は決して……」
「もう良い。これ以上筑前守の後を追う者が出てはならぬ。せめてお主が共に阿波に戻ってくれると嬉しい」

 このまま……このまま信義が踏みにじられることがあって良いものか。
 遊佐河内守には必ずや報いを受けさせてやる。

「時に、筑前守の遺児、彦次郎が敵に捕らえられていると聞いた」
「ハッ! 左様にございまする」
「首を討たれる前に取り返してやってくれ。筑前守の後を継いで必死に戦って来た忠義者だ。無益に死なせるは忍びない」
「ハッ! どのような手段を用いてでも必ずや!」

 このまま終わってなるものか。儂は必ずや左馬頭様を奉じて天下に信義を示し、最後には欲得で動く者ではなく正義によって動く者が報われることを天下に知らしめねばならん。
 それこそが、儂がここまで生きた証だ。儂は諦めん。次に畿内が乱れる時には、必ず再び立ち上がる。



 ・天文八年(1539年) 二月  山城国 京 相国寺  六角定頼


 足利義維の上洛軍を追い払った後、京の室町第では俺を筆頭に連合軍の諸将が義晴の元に参集し、戦勝報告と論功行賞を行った。今は論功行賞も終わり、相国寺で遊佐長教とサシで向かい合っている。一度話しておきたいと思っていたから、俺から声をかけた。

「河内守殿、此度の戦でのお働きはお見事にござった。今後とも力を合わせ、共に公方様をお支え致しましょう」
「ハハ!宰相様に置かれましては、某の我がままを聞き届けて頂き、感謝の言葉もございません。以後は河内守護として公方様に誠心誠意お仕えする所存。今後とも良しなにお願い申し上げます」

 言葉を交わしてお互いに笑い声をあげる。

 ……狐と狸の化かし合いだな。

 遊佐も俺も、公方様御為というのが大義名分に過ぎないことは重々承知している。空虚な会話だよ全く。
 ま、今回は遊佐に譲らざるを得なかった。斎藤利政と三好頼長の活躍で北摂津を制圧できたが、河内があくまでも義維派として参戦すればまだ戦局はどう動くか分からなかった。遊佐が本気で尼子の後詰を行えば、尼子が息を吹き返して折角の勝ち戦が吹き飛ぶ恐れすらあったからな。

 河内守護職はともかく堺の代官職は何とか見送らせようと粘ったが、結局は俺が折れる形で決着した。ただし、大和の領有は諦めさせた。宇陀郡と吉野郡は北畠が取ったが、それ以外は六角の支配領域になる。

 そして摂津は三好頼長に任せることが決まった。三好元長の旧領である河内十七箇所は遊佐の領域になるが、越水城を始め摂津一円は三好頼長が守護として正式に任じられた。
 頼長としても河内十七箇所を諦めるのは抵抗があるだろうが、今回は摂津を取り戻したことで納得してもらった。仮にも遊佐は足利義晴を支える河内守護なのだから、今この時に内紛を起こすわけにはいかない。

 ついでに、今回の戦功によって遊佐長教と北畠晴具は御相伴衆に任命され、三好頼長と斎藤利政は国持衆の格式を与えられた。特に斎藤利政は幕府内の格式で元主家の土岐家と同格と認められたということになる。渋る内談衆を俺が説き伏せた……というより脅しつけた結果だけどね。

 今後の幕府運営は内談衆が中心となり、表面上は遊佐・北畠が重きを為すという形になるだろう。遊佐長教は大躍進だな。


 また、細川晴元は六角家に対抗し、義維派の進軍に対しては早々に逃げて何の役にも立たなかったことを責められて管領を追われた。当人は丹波に逃げたまま京に出て来れていないのだから、欠席裁判で一方的な判決となった。
 後任の管領には遊佐が細川氏綱を推したが、未だ京兆家の家督は細川晴元にあり、京兆家当主以外が管領になるのはふさわしくないということで武衛家当主の斯波義統を新たな管領とすることになった。喜んだ斯波義統は在京する気満々だが、取り戻したばかりの越前支配を家臣に任せる神経は俺には理解できない。てっきり辞退すると思っていたんだがな……。

 まあ、いずれは細川晴元が不服として斯波に反旗を翻すだろうから、そうなれば丹波征伐の良い口実になる。せいぜい好きにさせておこう。


「朝倉長夜叉殿にも寛大なご処置を賜り、感謝の言葉もございません」
「はっはっは。河内守殿たっての願いとあらば公方様も聞き届けぬわけにはいかぬでしょう。それよりも、良く宗哲殿が聞き分けましたな」
「意外にもあっさりと従いました。やはり御家の再興が何よりの大事でございますからな」

 俺と徹頭徹尾敵対した朝倉家は、遊佐家の被官として再興することになった。支配領域は榎並城と河内十七箇所だ。三好頼長の目の前で、俺の仇敵を三好元長の旧領の代官に任命するとは、このタヌキ親父もいい根性してるよ。

 意外だったのは朝倉景紀だな。おっと、今は朝倉宗哲か。
 てっきり六角とは『倶に天を戴かず』と言って反抗すると思っていたが、あっさりと遊佐の勧めに従って俺に頭を下げて来た。
 内心は穏やかでないはずだが、お家の再興の為に個人の感情を抑えているのだろう。あの男もあの男なりに成長したのだろうな。俺にとっては良いことなのか悪いことなのかわからんが……。

 ともあれ、未だ各地で反抗的な国人衆の討伐は残っているものの今回の戦はこれで決着と考えていいだろう。このまま畿内が綺麗に収まるとは思えんが、今は戦乱で荒れた畿内の復興こそが最優先だ。

 当面は六角領に新たに編入された南山城と大和の大部分に新たな制度を広げていかねばならん。近世的な領国支配の仕組みを浸透させ、今までよりも豊かに暮らせていけるという世界を見せていく。
 領民や国人衆も最初は半信半疑だろうが、自らの生活が豊かになれば『これで良かった』と思うはずだ。

 それに、大和には興福寺がある。
 この時代の興福寺は比叡山と並んで畿内の金融センターの地位にある。まずは領国の安定化が第一だが、それと同時に興福寺の金融能力を徐々に奪って六角の金融制度に切り替えていく。貨幣の本質である『信用』を発行するのは領主である六角家だと規定する。いつまでも宗教権力が現世に影響力を持ってもらっちゃマズいからな。


「ところで、堺に『内池屋』という者が居りませぬか?」
「よくご存知ですな。今は我が遊佐家の御用商として納屋衆の一人に名を連ねておりますよ」
「左様ですか……。一度、お会いさせて頂くわけには参りませんか?」

 遊佐長教が不審な顔をする。俺が内池甚太郎に会いたいと言えば、やっぱ警戒するか。

「どのようなご用件ですかな?」
「何、堺には西国の文物が集まると聞き及びます。何か良い物があればぜひ買いたいと思いましてな」

 警戒はしつつも、断る理由も無い。商人に商品を見せて欲しいと言っているだけなんだからな。

「今は内池屋も戦の清算に追われております。落ち着きましたら、また某から宰相様にお声がけ致しましょう」
「左様ですか。よろしくお願い申す」

 お声がけが本当にあるのかはわからんな。何とか甚太郎と話す機会を作りたいが……。
 
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