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【三十五】謁見と報告

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「よくぞ戻った、クラウス。そしてシュトルフ」

 玉座の前で俺とシュトルフが頭を下げると、国王陛下に声をかけられた。それから許可を得たので顔を上げる。

「旅はどうであった?」
「ツァイアー領地はとても良い所で、城の者も領民達もシュトルフの爵位継承や、俺との婚姻についてを聴くと、歓迎してくれました。非常に安堵しました」

 俺が本心から答えると、父は優しい顔で頷いた。
 その後シュトルフが、旅の概要を述べるのを、陛下は静かに微笑し聞いていた。

 それから陛下は、傍らに居る宰相閣下をちらりと見て、何故なのか複雑そうな顔をした後、改めて俺を見た。なお宰相閣下には、その視線に気がついた様子も無い。

「実はこちらからも報告があるのだ」
「報告ですか?」

 俺は首を傾げた。なんだろうか。心当たりは無い。

「実はな、前々より兆候があって診察を受けていたのであるが、第三王妃が懐妊した。あと四ヶ月ほどでクラウスに二人目の弟が出来る事が、医療魔術師の診察で明らかになった」
「え」

 正直俺は驚いて、目を見開いた。
 別段不思議はない。俺の父は、十九で俺を設けたからもうすぐ四十歳というところであるし、第三王妃様は一番最後に若くして輿入れしたので、まだ三十代前半だ。ただ、俺もまたチラッと宰相閣下を見てしまった。父の想い人である。

 ……想いを偶発的にとはいえ叶えてしまった自分が、なんだか申し訳なくも思えてくる。

「っ、と、おめでとうございます」

 俺は必死で取り繕い、王族らしい笑顔を浮かべた。弟という事は、ダイクが立太子するにしろ、第二王位継承権保持者という事になるのだろう。

「おめでとうございます」

 シュトルフもまた僅かに驚いたような顔をした後、国王陛下を言祝いだ。
 ちなみに前国王であった祖父は、遅くに子を設けた事もあるし、急な病いもあって、没してしまった。そうでなければ、あまり王位の継承は、早くはなされない。父である国王陛下には、今後も長く治世を行い、元気でいて欲しいと俺は思っている。

「ありがとう、二人共。さて、今宵は旅疲れもあるだろうから、ゆっくりと休むように」

 国王陛下がそう述べたので、俺とシュトルフは一礼して退出した。

「クラウス」

 回廊を歩いていると、シュトルフに名前を呼ばれた。歩きながら俺は視線を向ける。

「改めて言う。ついてきてくれて、本当に有難う」
「こちらこそ、連れて行ってくれて嬉しかった」

 俺が答えると、シュトルフが何度か頷いた。その後俺は、正門までシュトルフを送っていき、そこで別れた。シュトルフがそばにいない夜は、久しぶりだ。

 そう感じる事がなんだか新鮮で、俺は一人で頬を持ち上げながら、久方ぶりに王宮の自室へと戻った。扉に手で触れ、中へと入る。灯りはついていて、侍女がすぐに紅茶を淹れてくれた。

 それを飲みながら、旅について振り返る。端的に言えば、幽閉場所を見てしまった事以外は、とても楽しかったし、肩の荷も降りた。良かった! 飲みながら、俺は風呂の準備が整った報告を受けた。この夜久しぶりに使った王宮の浴槽は、とても気持ちが良かった。

「それにしても、弟か」

 不思議はないが、この歳で兄弟が増えるとは思っていなかったから、驚かなかったと言ったら嘘だ。俺の結婚後に生まれるのか。秋頃の予定だという話だった。

 子供、と、考えていたらアスマの顔が過ぎった。可愛かった。血の繋がりはないが、俺も結婚後はアスマの義父という形になる。良い父親になりたい。だが、まだまだ実感は無いというのが正直なところだ。

「出来る事から頑張っていかないとな」

 一人そう決意し、俺はこの夜、自分の寝台でぐっすりと眠った。


 その後数日は、王宮で僅かに溜まっていた俺が片付けるべき公務を行った。ただ五割は旅疲れを取るための休暇という形だったから、それほど多くは無かった。ごく簡単な会食などに同席した程度だ。

 シュトルフはシュトルフで、ツァイアー公爵家の王都邸宅での執務が忙しかった様子で、俺達は顔を合わせる機会が無かった。そのたった数日を寂しいと思う程度には、俺はシュトルフが好きになってしまったようでもある。

 だが次に顔を合わせる日程は決まっていた。
 王都に帰還して次の週末に、今度は俺の母の実家であるバルテル侯爵家に挨拶に行く事になっていたからだ。現在、バルテル侯爵家は、母の兄である、サンソーネ伯父上が爵位を継いでいる。祖父もまた健在だが、隠居済みだ。

 ――さて、そんなバルテル侯爵家へと行く当日。
 今回は王家の馬車で行く為、シュトルフが王宮へとやってきた。

「待たせたか?」

 俺が正門に向かうと、既にシュトルフの姿があった。するとシュトルフが首を振った。

「いいや。早く着きすぎたんだ。クラウスに会いたくてな」
「っ……俺も会いたかった」

 素直に返すと、シュトルフが目に見えて嬉しそうな顔をしてくれた。俺こそ嬉しいというのに。こうして俺達は、馬車へと乗り込んだ。

「今日は、前バルテル侯爵ドロフェイ卿と、現侯爵サンソーネ卿がいるんだったな?」
「ああ。多分、俺のバルテル側の従兄のデニスもいる」
「デニス卿か」

 俺の言葉にシュトルフが頷いた。ここ最近、俺の前では優しい顔をしている事が多かったシュトルフだが、本日は表情を引き締めているのが分かる。バルテル侯爵家とは、俺はあまり過去、深く関わってはこなかった。だから提供出来る情報はほとんどないのが悔やまれる。王族として育てられてきたので、あまり母の実家とは関わりが無かった。

「デニス卿は、俺の一学年上だったから、王立学園で何度か、他には夜会で顔を合わせた事があるが……」

 シュトルフが思案に耽るような顔になった。今後俺達が同世代の貴族として付き合っていく事になるのは、デニスで間違いない。

「俺も久しぶりに会うんだ」

 俺が述べるとシュトルフが頷いた。そんなやりとりと天気の話をしながら馬車は進み、約三十分ほどかけて、バルテル侯爵家の王都邸宅へと到着した。



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