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【六十七】不機嫌の理由
しおりを挟む事件から二週間ほどが経過した。より一層暑くなった。シュトルフは俺の事を今もなお心配してくる。もう、というか、最初から大丈夫だったんだけどな。なんだかシュトルフは俺を大事にしすぎていて――事件の後から、まだ一度も手を出されていない。そんな状態で二人でベッドに入っているものだから、正直俺の方は欲求不満だ。
朝。
本日もシュトルフの腕の中で目を覚ました俺は、欠伸をかみ殺した。それぞれ着替えてから朝食の席へと向かうと、執事がシュトルフに何か話していた。それが終わると、シュトルフが俺を見た。
「今日は、フェリルナ侯爵令息のダニエル卿が見舞いに来るそうだ」
それを聞いて、俺は笑顔のままだったが、思わずピクリとしてしまった。ダニエル卿はシュトルフの事が好きなままだろう。即ち、結婚したとはいえ、俺の恋敵である。だが俺のために見舞いに来てくれるというのを、無下に追い返すわけにもいかない。俺の見舞いというのが、そもそもシュトルフに会うための口実だろうと判断してはいても、それは同じだ。俺はシュトルフに対して頷きながら、朝食を口に運んだ。
ダニエル卿が来たのは、午前十時の事だった。
俺は応接間で待っているように言われたのだが、玄関に迎えに行ったシュトルフが戻ってきたのを見て、イラっとしそうになった。だが王族スマイルで乗り切る。理由は簡単で、ダニエル卿がシュトルフの腕にそっと手で触れていたからだ。シュトルフも振り払えよ……。しかしまだ憔悴している様子のシュトルフを見ると、恋心が無くても慰めたくなるのは分からないでもない。俺は立ちあがり、ダニエル卿に向かって微笑を浮かべて見せた。
「クラウス様、もう宜しいのですか?」
「ああ。見舞いに来てくれた事、感謝する」
「いえいえ、これはつまらないものですが」
ダニエル卿はそう言うと、包装された箱を差し出した。執事のレクトスがそれを受け取る。ダニエル卿は長椅子に促され、シュトルフが俺の隣に来るタイミングで手を離した。そこへマークが紅茶を三人分運んできて、並べて置いた。
「しかし恐ろしいですね。ご無事で良かった」
そう言われて、俺は静かに頷く。実際俺は、迂闊だったと思う。この王国は基本的に安全だが、もう近衛騎士がそばにいないのだという部分を、俺は根本的に失念していた。どこかで開放感があるとすら思っていたかもしれない。
その後暫く話をし、昼食になる手前の時間に、ダニエル卿は立ち上がった。
「そろそろお暇します」
「送る」
シュトルフの声に、パァっとダニエル卿の顔が明るくなった。会話の最中も、俺の見舞いのはずであるが、熱心にシュトルフばかりを見ていたので、俺は何度も唇を尖らせたくなったが、そこは上辺の表情を保った。
「俺も行く」
「いえ。クラウス様は、まだ病み上がりです。お気遣いなく」
するとドきっぱりとダニエル卿に言われた。お前が決めるなと言いたかったが、俺は言葉に詰まった。一応気遣いを受けているからだ。そして悶々とした気持ちのまま頷いて、俺はその場に座っている事になった。シュトルフが立ち上がる。そうするとその隣に並んで、ダニエル卿が出ていった。俺は嘆息してから、窓際に移動した。この位置からだと門の方向が見える。見ていると、ダニエル卿がシュトルフの腕にまた触ったり、背中や肩に触れていた。ベタベタしているようにしか、俺には見えなかった。一気に俺の機嫌が悪くなった。馬車が来るまでの間、二人は何事か話しているようだった。シュトルフの顔は無表情だが、別に嫌っているようには見えない。全く……シュトルフこそ近寄ってくる虫をどうにかしろという話である。
そう思っていると迎えの馬車が来たようで、ダニエル卿が帰っていった。
俺が長椅子に座りなおして少ししたところで、シュトルフが戻ってきた。
「昼食にしよう」
「……ああ、そうだな」
俺は投げやりで不愛想な声を発した自信がある。それだけ苛立っていたのである。笑みを浮かべる気分でもない。するとシュトルフが不安そうな顔をして首を傾げた。
「クラウス?」
「ん?」
「――いや。行こう」
頷き俺は立ちあがった。
この日は白身魚のムニエルで美味だったが、俺はあまり食事を楽しめなかった。
食後は私室へと向かい、シュトルフは公爵家の仕事をするようだった。
暫くの間俺は部屋で、気分転換をすべく本を読んでいたのだが、どうにもモヤモヤが収まらない。なにか茶菓子でも食べようかと思ったのは午後の三時の事で、俺は扉から外へと出た。さすがに邸宅内では、既に護衛の姿は無くなった。少しの間回廊を歩いていったところで、俺は話し声が聞こえてきたから立ち止まった。角からチラリと先を見れば、シュトルフとレクトスが話をしていた。
「――クラウスは、俺にはやはり、もったいない相手だったのかもしれないな」
シュトルフが重々しい吐息をついている。
俺はその言葉に目を見開いた。
「高貴で、高潔で、勇敢で、俺が手に入れるなんておこがましかったのかもしれない」
冷静な声音だった。愚痴を言っているようには聞こえず、事実を述べている風に聞こえた。俺はポカンと口を開け、耳を疑ったが、気づくと角を曲がっていた。俺の足音に、レクトスが先に俺を見て、続いてシュトルフが振り返る。
「そんな事は無い!! シュトルフ、お前、お前……俺がどれだけシュトルフを好きか、分かっていないのか!?」
思わず俺が叫ぶように言うと、シュトルフが呆気にとられたような顔をした。
しかしそれから、唇を噛んで俯いた。
「だが今日だって、ずっと不機嫌そうだっただろう? 俺を不甲斐ないとクラウスは思っているんじゃないのか?」
「違う! それはお前がダニエルにベタベタ触らせていたからだ!!」
怒りが蘇ってきて、俺は強い語調で言った。
「えっ?」
「な、なんだよ?」
「クラウス、それはまさかその……嫉妬してくれていたという事か?」
「悪いか!?」
その権利が俺にはあると思う。俺は今度こそ唇を尖らせた。
だが――直後、シュトルフが情けないような顔をして笑ったのを見たら、毒気が抜かれた。
「嬉しい、いや、不機嫌にさせてしまったのは謝るが、そうか、嫉妬か……クラウスに嫉妬してもらえるくらい、愛されていたという事か」
「そ、そうだ! 今まで伝わっていなかった方が驚きだ!」
「俺の方が、好きが載る天秤の傾きが大きいからな」
「そんな事はない! 俺だってシュトルフに負けないくらい愛が重いぞ」
俺達がそんなやり取りをしていると、執事が咳払いした。
「不安が解消されて何よりです、シュトルフ様。そしてクラウス様。紅茶をお持ちしますので、どうぞ続きはいずれかの部屋にて。ここは廊下です」
無表情を貫いているレクトスの冷静な声に、俺は我に返って朱くなった。
すると歩み寄ってきたシュトルフが、優しく俺を抱きしめた。
「もっと聞かせてくれ」
こうして俺達は、仲直り(?)したのである。
この夜は、久しぶりにシュトルフは熟睡したようだった。
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(15件)
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イヌイ様、ご多忙のなかこちらも連載再開していただけるとは💝
たくさん連載していただくのはとても嬉しい❗
しかし、BL大賞 票3つしかないんでしたよね
票が分散されませんか?
面白く、独自色あるイヌイさんの作品皆さんに読んでほしいですね
うまく広まりますように
温かいお言葉有難うございます!
今年、断罪は再開するのですが、BL大賞ださないのですよ///
他の作品をいくつか予定している形です(〃▽〃)ポッ
温かいお言葉有難うございます!! マイペースに頑張ろうと思います!!
よかった〜 クラウスとシュトルフのすれ違いが解決されて。すれ違ってじれじれするのも楽しいけど、クラウスに暗い顔は似合わないよ。今日もクラウスの素直さにやられちゃいました。もうニマニマして、何度も読み返しました。
それにしても、主人の微笑ましい?告白タイムが突然はじまっても、無表情で冷静に突っ込める執事さんってすごいですね。さすが公爵家っ でも、廊下でってことは見えないところでメイドさんたちが聞き耳たててニマニマしてたりして。公爵家、クラウスが嫁いできてから絶対楽しいよねっ!
ご覧頂き本当に有難うございます!
私もじれじれも好きなのですが、素直も大好きでして!
クラウスにやられて頂き、本当に嬉しいです。
無表情の執事も個人的にツボなのですごく嬉しいです。
私もメイドさん達楽し井だろうなと思います笑笑
素敵なご感想、本当に有難うございます!
大変楽しく読みましたが、推しを助ける当て馬王子が不憫な気がしてきました。誰か恋のお相手が出てくれればなぁ。
ご覧頂き誠に有難うございます!
当て馬王子……!! なるべく不憫でなくみんなが幸せな形で終われたらなと思いますので、見守って頂けましたら嬉しいです(〃▽〃)ポッ