ゼーレの御遣い

猫宮乾

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―― 本編 ――

12:校外学習二日目

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 本来であれば生徒は生徒、教職員は教職員で部屋を取るものであるが、ラファエルはコールの守護天使だ。その上コールは時期教皇ということもあり、無事に(?)ルカはエルと共に一泊目の夜を終えた。朝食には、昨夜に引き続き名物の海老が出てきた。贅沢に魚介類を使っている朝食だったが決して重くはない。

 それから四人でエルとコールが企画した美術館や博物館を巡ることになった。
 意識しない、そう意識してはならないのだ。
 自分自身にそう言い聞かせながら、ルカは歩く。

 そんな彼に気づいた様子もなく、エルとコールは瞳を輝かせていた。

「これが《大異変》前の遺物かぁ」

 巨大な槍を見上げながら言ったエルの隣にルカが並ぶ。

「当時は基督教と言ったそうだよ。コール君は座学でもう習ったかい?」
「はい。叡霊獣のうちの高名なものやーーラフみたいな御遣いの原点だとも習いました」

 そう答えてコールがラフに振り返る。その視線を追いかけてエルが首を傾げた。

「ラファエル様は、《大異変》の前から天界にいらっしゃったんですか?」

 三人の一歩後ろを歩いていたラファエルもまた立ち止まり、緩慢な眼差しでロンギヌスの槍を見上げる。御遣いだけが纏うことを許された白い正装の外套が揺れていた。

「あるいはそうかもしれませんが、天界と人間界の時の流れは著しくことなりますので正確なことはわかりません。しいて言うならば、私は今に至るまで出現した冥界の扉を全て見ています」

 冥界の扉という語に、ルカが背筋を固くした。
 だが生徒たちには気づかれないように、杖を握りしめてごまかす。

「《大異変》の前の世界ってどんなだったのかな?」

 エルが独り言のようにつぶやいた。

「カガクが発展していて、空も海もキカイが制覇していたって教皇宮では習ったけど」

 コールの声にルカが頷いた。

「活版印刷や測量なんかはその名残だというね」

 このようにして、一応平穏に見学は進んで行ったのだった。




 そうしてその日も夜が来た。充実している一日というのは、思いの外すぎるのが早い。現在は、学年全員での夕食中なのだが、ルカは一人、宿の外にいた。あくまでもここは、民間の宿であるため、事前に学園の教師側で結界を貼る了承をとっていたのである。昨日は教皇宮にて生徒全員が個人の体に結界を張ってもらっていたのだが、本日深夜からはそれが切れる。そのため、宿全体に結界をはるためルカは一人外へと出たのだ。

 いつも持参している巨大な杖を近場の壁に立てかけて、指輪を外して握る。
 現れた水晶製の杖をぼんやりと見上げた、その時だった。

「まさかそのように強大な力を魔力として変換する杖で、結界を張るのではないでしょうね?」
「っ……」

 ガクガクと反射的に震えながら隣を見るとそこにはラフの姿があった。

「そのような杖で魔術を行使するのであれば、最低三十人は、ついとなる聖職者が必要でしょう? 複合結界を張るのであれば」
「……必要最小限以外は関わらない約束だ」
「必要だと思ったから話しかけたのですが。まさか神聖術もご自身で行使なさるおつもりではありませんよね」

 その言葉に指輪化したままである金の十字架のことを思い出しながら、引きつった笑みを浮かべてルカが顔をそらした。

「ご自分の力をわきまえろと言いませんでしたか?」
「あ、あなたには関係がない」
「ーー今は緊急事態でもなんでもないのですが」

 あからさまにため息をついたラフは、一度うつむいた後長い鎖のついたピアスを外した。鎖の先に繋がっているのは十字架だ。それぞれの終点にも、鎖に結合させる器具が着いている。

 ラフは中央の交差部にある留め具をいじってそれをバキンと二つに分ける。
 そして横長の一つを、ルカに向かって投げた。

「な」
「貴方の身につけている十字架に結合なさい。聖光力を援助して差し上げます」
「どうして……」
「教員の病欠でコールが悲しむのは守護するものとして本意ではないからです」
「ですがーー」
「ご安心なさい。媒体を通してである以上、〝おかしな〟変化は何ももたらしませんーー早くご自分のお仕事をなさった方がいいのではありませんか、バイエル先生」

 その言葉に唇を噛んだ後、首から下げていたクロスの端に、装飾具をルカは結合させた。

「助かります」

 すべきことは生徒達の身の安全の確保だ。気を取り直してすっと目を細めて杖を構えた。同時に巨大な金色の十字架を出現させ、そうして短く息を飲んだ。

 体が軽い。

 呪文と聖文を唱えながら、力の消耗で熱くなって行く体を自覚したが、不思議と疲労感はない。おだやかな聖なる力が、絶えずなだれ込んでくる感覚がした。ルカは嘗てもこの力を経験したことがあった。

「終わりました」
「そのようですね」

 静かに見守っていたラフは、見事だなと思いながらも無表情で頷いた。常人であれば誠死んでいておかしくないほどの感覚、それを人間から感じた驚嘆ーーよりもなによりも、それを行使した相手が愛おしいからその肉体が純粋に心配だった。

「本当に助かったよ、ありがとう。これ、お返しします」

 一方のルカはといえば、上質な聖光力に半ば酔っていて、これほど聖職者として力を使うのが心地よいと思ったのはいつ以来だろうかと考えていた。だからなのか、気づけば満面の笑みがこぼれていた。

「っ」

 すると虚をつかれたようにラフが目を見開いた。

「い、いえ。別に構いません、それも、差し上げます。今後もこのようなことがあるかもしれませんからーー……その、コールを守るためには必要かもしれませんので」
「いえ、いりません」

 しかしルカとしては、ラフから何かをもらうなど死んでもお断りだった。

「ではその辺に捨て置いてください」
「そんなわけには」

 だがそのままラフが宿へと入ってしまったので、結局その聖具をルカは貰い受けることになったのだった。ラフと己の力が通じ合う媒体を。


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