五月、公園で。

天井つむぎ

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大好きなお兄ちゃん。

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「柏木パイセン、マジ感謝ですっ」
「泣かないでくださいよ。大学に行っても時々顔を見せに来ますから」
「うああ!! 先輩の敬語が聞けなくなるのも嫌だよおお!!」
「え、えーと。この口調はもう癖みたいなものでして……。別れを惜しまれる理由になっているのでしょうか?」
高校三年間お世話になった陸上部にも顔を出せたので、心残りはもうありません。
ありません。何も。
「はあ……。あっ」
高校から帰る途中、足を止めた場所はあの公園でした。
桜が咲いていて風は気持ち良いのに、誰一人としていません。一度、ここは穴場だと教えて貰ったことがあります。
「まだ砂場あるんだ」
砂場にしゃがみ、誰かがつくって誰かが壊した山を僕は愛おしく撫でました。サラサラとしていて、懐かしい思い出が蘇ってきます。
小さい頃にお父さんとよく遊んだ場所であり、埋まらない寂しさを紛らわせるためか、無心で砂山を作っていた日々。
それが小学四年生の五月五日になると一転します。僕はお兄ちゃんと出会ったのです。
整った顔立ちに加え、器が大きく優しかったお兄ちゃん。毎日ここに来て、何の面白味のない砂遊びに付き合ってくれました。
「今、どこにいますか?」
指が砂に沈んでも爪に砂が入っても撫でるのをやめません。
学年が上がる度、砂場で遊ぶ頻度は減りました。それでもお兄ちゃんと会う約束をしていたから、空が赤くなるのを楽しみに待っていたんです。
今はあの時ほど、夕陽が眩しく見えません。
「今、何をしていますか?」
砂を掴むと、大きな手形が残ります。
夏のインターハイ後、マネージャーさんから告白されました。面倒見が良く部員からも人気の女性でしたが、僕はお断りしました。
恋愛感情に鈍いと同期に噂されがちな僕ですが、告白の返事を考える時に頭を通り過ぎたのは紛れもなくお兄ちゃんです。
「まだ、僕のことを覚えていますか?」
一人の高校生男子が砂山をつくり始めます。
世の中には『ショタコン』という趣向の人々がいるそうです。最近、SNSで知りました。
……嘘です。中学の時に先輩達が話してました。
「お兄ちゃんは、大きな僕には興味ありませんか?」
三学年以上離れていると、追いつけません。追いついたと思ったら、お兄ちゃんはどんどん先に、前へ、遠ざかっていくのです。
もっと早くに出会っていたら別の未来があったかもしれませんね。
灰色の砂山が完成し、僕はただそれを一人で眺めます。
(やっぱり旗でも持ってくれば良かった。赤と青のストライプ柄)

交わらない癖に。
もう何年も年賀状も返って来ないのに。
何回連絡しても、留守電だった。

「……お兄ちゃん、会いたいよ」
視界が滲んでいく。世界が暗くなってしまう。
本当のところ、敬語は癖じゃない。
どこかにあの時の僕を残しておかないと、お兄ちゃんが本当に帰って来ない気がしたからだ。
「好きなの? 俺のこと」
いつから背後に立っていたんだろう。
振り返ると、黒髪の男性はサングラスを取る。青と黒が混ざった瞳、口元には柔らかな笑み。
「じゃあ、俺もその気持ちに答えないとね」
彼は僕の隣に座り、砂山に赤いハートの旗を立てた。
綺麗な瞳は山なんかじゃなく、僕を見ていた。
「何年も一人で待たせてごめんね。高校卒業おめでとう、大学合格おめでとう、ようちゃん」
砂のついた手を取られ、ギュッと握られました。滑らかですべすべで、あの頃と変わらず大きいです。
「俺も好きだよ、ずっと昔から。やっと言えた」
少し違うのは、手の温度がとても熱かったこと。
「ず、ずっと昔からって」
「ようちゃんが小学四年生の時から?」
「そんな、の……」
「後輩可愛いな、とかそういうのじゃないから」
困ったように笑うお兄ちゃんを前に、僕は涙が止まらなくなった。ずっと閉まって流れた感情は温かいものだった。
「僕……も、お兄ちゃん……好き……。ずっと、好きでした……」
お兄ちゃんは嬉しそうにはにかんで、泣き止まない僕にキスをする。ファーストキスだ。
とっても、とっても気持ち良くて幸せで。僕は顔をぐしゃぐしゃにしながら大好きなお兄ちゃんに抱きついた。
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