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冷涼の冷やし担々麺

019:静寂と暗闇の魔勇家、賊が二人忍び込む

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 静寂と暗闇の世界と化した、ある日の担々麺専門店『魔勇家まゆうや』。
 営業時間外のため、店内や厨房には誰も居ない。
 ここを根城にしている魔王マカロンはどこに居るのかと言うと、厨房の隣に位置する部屋――自室に居る。
 そこで親指を咥えながら、すやすやと眠りについているのである。
 勇者ユークリフォンスはというと、彼は彼で隠居生活中の身だ。己の隠れ家で腹を出しながらぐっすりと眠りについている。

 魔王マカロンと勇者ユークリフォンスがいない『魔勇家』は、静寂と暗闇に包まれているのだが、天井から微かに軋む音が鳴った。


 ――ギィィ……。


 店内や厨房には誰もいないと前述したが、それはこの天井の軋む音によって否定される。
 害虫か、はたまたネズミか、それとも別の何かか。


 ――ギィィィイ……。


「おい、バンディー! 足音、気を付けろ! 気付かれるぞ!」
「か、かしらこそ! 声! 声! しーしー! しーッスよ!」

 ネズミはネズミでも巨大なネズミ。
 それも二匹、否、二人――盗賊団が二人天井にいるのだ。
 バンディーと呼ばれた〝下っ端盗賊したっぱとうぞく〟のウボ・バンディーと、かしらと呼ばれた〝盗賊頭とうぞくかしら〟のロド・ブリガンの盗賊団二人だ。

 大声で叱るブリガンを静かにさせようと、人差し指を口元に立てて静かにしてというジェスチャーをするバンディー。

「もういいんだよ。誰もいないのを確認したからな、っと」

 ブリガンは足音ひとつ立てずに天井から店内へと着地。
 見様見真似でバンディーも着地を試みるが、ドドッ、と大きな足音を鳴らして着地した。
 さらには体勢を崩して客席の椅子をズラしてしまう始末。その際も、ジジィィィ、と床を擦れる音が店内に鳴り響いた。さすが下っ端だ。

「まったく。気を引き締めろ。今は料理屋だが、ここは元々魔王城だぞ。どんな仕掛けがあるかわからないからな」
「へ、へい。す、すいやせんッス……」
「魔王軍の残党がいなかっただけラッキーだと思えよ」
「う、ういッス……」
「この先にお宝の気配がする。勝手な行動は許さないからな。俺の後に続け」
「う、ういッス!!」

 盗賊団の目的は元魔王城に眠るお宝だ。全くもって盗賊らしい目的である。
 盗賊団の二人は忍足で宝の気配を感じた場所へと向かう。

「この中だ。この中から感じるぞ」
「あ、あのー、かしらの嗅覚を今更疑っちゃいないッスけど……どう見てもここ、料理屋の厨房ッスよ。会計袋でも探すんッスか?」

 盗賊団がいる場所は、バンディーが言った通り厨房の正面だ。
 盗賊頭のブリガンは厨房内の様子を慎重に伺っている。人の気配がないからといっても警戒を怠らない。

「確かにお前の言う通り、会計袋や金庫なんてもんを探すのもいいだろう。ただ……」
「ただ?」

 鸚鵡返おうむがえしで聞き返すバンディーに、間をためることなくブリガンは答える。

「調理器具は高く売れる」
「おぉー。まじッスか! さすがかしらッス!」
「中には魔石や宝石が組み込まれている調理器具もあるらしいからな。それを見つけられれば大当たりだ」
「魔石や宝石……お、俺、宝石大好きッス!」
「ああ、それじゃその大好きな宝石探すとするか!」

 ブリガンは足音を立てずに暗闇に染まった厨房へと入った。
 続けてバンディーも厨房へ入るが、ギシギシ、ミシミシと足音や床が軋む音がうるさい。
 せっかく音を殺して入ったブリガンの苦労を台無しにしている。

 そんなバンディーに慣れているのか、それを気にするそぶりを一切見せないブリガンは、火属性魔法の詠唱を始めた。

「火の神よ我に力を――松明で照らせトーチ・ド・ライト

 その瞬間、ブリガンの手のひらに火の玉が出現する。その火の玉は手のひらで踊っているかのようにメラメラと揺れていた。
 そして瞬く間に厨房全体を、そして盗賊団二人の姿を灯す光となった。

 盗賊頭のブリガンの見た目は、ガタイがいいスキンヘッドの人間族の男だ。
 足音を立てずに歩いていたとは想像も付かないほどのガタイの良さである。
 顔の右半分には火傷の痕がある。おそらくその火傷のせいで毛根が死んでしまいスキンヘッドにしたのだろう。

 次に下っ端盗賊のバンディーの見た目だ。
 髪はボサボサで、ひょろひょろのもやし体系。猫背で挙動不審。
 その印象からいかにもドジを踏みそうな男だ。

「意外と広いッスね」
「探し甲斐があるってもんだ。早速取り掛かるぞ」
「ういッス!」

 ブリガンは手のひらで踊る火の玉をそのままにしたまま、目当てのものを探し始めた。
 ひのきの棒などがあれば松明たいまつとして使うことが可能なのだが、生憎あいにくひのきの棒のようなものは持ち合わせていなかったのだ。
 ブリガンが発動している火属性魔法は片手が使えないというデメリットがある。しかし、考えてみれば松明も壁にかけずに持ち続ければ、片手が使えないというデメリットは同じである。
 ただ火属性魔法は松明とは違い、火の弾を放出する火属性魔法――火の弾ファイヤー・ボールとして応用することが可能だ。
 その方法は至ってシンプル。手のひらの上で踊る火の玉を飛ばすだけ。これだけで火の弾ファイヤー・ボールになるのである。
 威力は従来の火の弾ファイヤー・ボールほどではないが、相手の動きを一瞬でも止めることはできるだろう。
 その一瞬を突いて逃走を図るのが盗賊団の定番のやり方なのである。

「か、かしら! かしら!」
「なんだ? 早速見つけたか?」

 慌てた様子のバンディーにブリガンは期待に胸を膨らませる。
 そして足音を立てずに己を呼ぶバンディーの元へと駆け寄った。

「これって……勇者の聖剣じゃないッスか? 勇者ユークリフォンスの!」

 バンディーが見つけたのは紛れもなく勇者ユークリフォンスの聖剣だ。
 さやに納められているのにも関わらず、白銀の刃の輝きが溢れ出ている。
 暗闇の中でこの輝きに気が付かなかったのは、実際には輝いていないからだ。
 つまり、これは聖剣が放つ気配やオーラ、魔力のようなもの。
 聖剣を認識したからこそ盗賊団の二人にも見えるようになった輝きなのである。

「でかしたぞ、と言いたいところだが、なんでこんなところに勇者の聖剣が?」

 疑うのは当然だ。
 元魔王城と言えど今はただの料理屋。
 勇者ユークリフォンスが料理屋で働いているという情報は入っていない。それどころか勇者ユークリフォンスは隠居生活の末、行方をくらましている。
 勇者ユークリフォンスが料理屋で働いているのならば、その噂は一瞬にして世界中の人々の耳に届くのは間違いないのだ。それがないと言うことは、そう言うことなのである。
 だとしたらなぜ聖剣はここに――元魔王城の料理屋の厨房にあるのか?
 盗まれたのか、それとも勇者ユークリフォンスの落とし物や忘れ物の類なのか。
 どちらにしてもその答えを知る術は盗賊団たちには無い。
 それなら取る行動はひとつ。

「こいつを頂こう。売ることさえできれば一生暮らしていけるかもしれないぞ」
「い、一生ッスか!? でもそれってかしらだけの話ッスよね?」
「何言ってんだ。俺とお前、それに妻と子供、親戚にペットも含んで全員で一生暮らしていける。それほどの代物だ」
「や、やばいッスね……でも俺、妻も子供もペットもいないッスよ」
「今から作ればいいだろ。金があれば女なんて選び放題だ。さて、さっさとここをずらかろう。こいつは俺が持つから、お前は火の方を頼む」
「ういッス!!」

 ブリガンが聖剣を持ち、バンディーが松明代わりとして発動した火属性魔法の火の玉を手のひらの上に乗せた。

「な、なんだこれ!?」

 聖剣を持ったブリガンに衝撃が走る。

「ど、どうしたんッスか?」
「軽い……軽すぎる。まるで羽根みたいだ」
「ま、まじッスか?」

 信じられない様子のバンディーを納得させるために、ブリガンは聖剣を渡した。
 右手には松明代わりの火の玉があるため、反射的に左手だけで聖剣を受け取る。
 そしてバンディーもまたブリガンと同様の衝撃が走った。

「ほ、本当ッス! か、軽い! この火の玉よりも軽いッスよ!」
「な、そうだろ?」

 信じてもらえたのが嬉しいのか、聖剣を手に入れたのが嬉しいのか、おそらく両方の理由だろう。ブリガンはニヤニヤが止まらずにいた。

「こんなに軽いんだったら運ぶのも楽ちんッスね! 安心したらなんだか腹が空いてきたッス!」

 バンディーは、ぐぅぅう、と腹を鳴らした。

「安心するのはまだ早いだろ。だけど腹が減ったのは同感だな」
かしらもッスか! いい匂いがずっとしてて……我慢できなくなってきたッスよ。食べてもいいッスか?」

 営業時間外だからといって濃厚で芳醇なスープの香りが消えるわけではない。
 その香りに鼻腔が刺激されて腹を空かしてしまったのである。

「まあ、少しくらいはいいだろう。空腹で動けなくなるよりはマシだしな。それにここは厨房だし、ちゃちゃっと食いもん見つけて食っちまおうか」
「さすがかしらッス! それじゃ早速、冷蔵庫の中を……おおおー! かしら! かしら! 見てくださいッス!」

 バンディーが慌ただしく手招きをする。
 聖剣を見つけた時とほぼ変わらないくらいのリアクションだ。
 そのリアクションにブリガンは「また聖剣を見つけたのか?」と軽口を叩く。
 軽口を叩くだけ心に余裕があるという証拠でもある。

「さすがに冷蔵庫の中には聖剣は無いッスよ。でも見てくださいッス。美味しそうな食べ物が大量に並んでるッスよ。何ッスかねこれ?」

 二人の瞳には盛り付けが様々な麺料理がずらりと映っていた。その麺料理は冷蔵庫内を埋め尽くすほどの量だった。
 この世界に生きる二人には、この麺料理がどんな食べ物なのかわかっていない。
 それでもブリガンは少ない情報から考察する。これが外看板に書いてあったタンタンメンという麺料理なのではないか、と。

 その考察は間違っていない。
 冷蔵庫内にずらりと並ぶ麺料理は担々麺で間違いないのだ。
 しかしただの担々麺では無い。
 その正体は、勇者ユークリフォンスと魔王マカロンが試作に試作を重ねている〝冷涼の冷やし担々麺〟だ。
 冷蔵庫内を埋め尽くすほどずらりと並んでいる〝冷涼の冷やし担々麺〟は、盛り付けされている具材が異なったり、麺の量やタレの量が異なったり、食べかけだったりと姿形が様々だ。

「看板にタンタンメン専門店って書いてあったからな。タンタンメンって料理は知らねーけどな。それでこれは失敗作か?」
「失敗作でもなんでもいいッスよ。すごく美味しそうッスもん! とりあえず食べてみましょうよ」
「そうだな。知らない料理なんだ、悩んでても仕方ないよな。さっさと空腹を満たしてここを出るぞ!!」
「ういッス!!」

 二人はそれぞれの一番近くにあった〝冷涼の冷やし担々麺〟に手を伸ばした。
 たいらで真っ白な丼鉢どんぶりばちがキンキンに冷えていることに驚きはしたものの、中身を溢すことなく近くの調理台の上に置いた。
 腹を満たすのが目的のため、二人は箸の代わりになるものを適当に手に取る。
 二人が箸の代わりとして手に取ったのは、菜箸とスープレードルだ。
 ブリガンが菜箸で、バンディーがスープレードルである。
 ちなみにバンディーはスープレードルを二本手に取っており、取手の部分を箸の代わりにしようとしている。
 この時すでに聖剣は冷蔵庫の横にかけられている。意識はすでに聖剣から冷蔵庫内の〝冷涼の冷やし担々麺〟へと変わっているのだ。

 その箸の代わりが見つかったのならあとは食べるだけ。
 二人はタレがたっぷりと染み込んでいる縮れ麺を口へと運んだ。
 バンディーに至っては非常に食べづらそうにしているが、それでもなんとか麺を口へと運んだ。


 ――ズルズルズルッ!!!!


 この瞬間、二人はある感情に心を支配されるのであった。
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