イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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ブルー編

生贄の青

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 くらい、くらい、場所にいた。

 そこまで見えない灰の海。いたぶるように燻されて、壊れた皮膚はそれでもまだ、痒みを訴える。
 息を吸う。入ってくるのは灰だけだ。喉が焼けて、いたい。
 外に出なければならない。灰と種火の海から浮上しなければ息ができない。流石に体の再生速度が落ちている。肘から先の感覚が戻ってきたから、もう頃合いの筈だ。
 がらがらと瓦礫をかき分け進む。ひたすらに上を目指す。
 いたい。くらい。もうここにはいたくない。
 でも、上に戻ってしまったら。
 熱されたコンクリートの塊を最後に、頭が冷たい空気に触れた。外に這い出るとやはり己を待つ者がいる。
 「よおお!しぶてえじゃねえか!待ってたぜェ!」
 「……うる、せえよ…」
 ずる剥けた頭皮が再生して痒い、掻くのを我慢して得物を構え直す。間一髪で銃弾をはじき飛ばした。
 両者は対峙して、炎上する市街地を舞台に再び殺し合いの続きを始める。
 相も変わらず月の照らす、赤々とした晩だった。

 ヒーロー達は敗北した。
 正確には、人間に売られた。
 魔界と人間界の入り口が開かれてより八百とんで一年。長きにわたって領土争いを繰り広げてきた人類と魔族は、魔王からのひょんな申し出によりその戦いに終止符を打つこととなる。
 魔王側から突然に返還、譲渡された肥沃な大地は飢饉に苦しむ人間達を唐突に救済した。今年の春の出来事である。小麦が一面に実った土地をそのまま差し出すことを条件に、魔王はある要求を烏便でよこしてきた。

 『当代ヒーロー5人の身柄の引き渡し、並びにその所有権の買い取り。土地で足らなければ言い値での売却を求む』

 当然人間界を揺るがす大事件だ。
 人間界の平和をその肩に背負ってきたヒーロー五人衆。代々ヒーローヂカラを受け継ぎ、色鮮やかなスーツを着て魔物を蹴散らす人間界きっての英雄達。彼らの功績によって守られた国も多く、少ない国家予算を投入して人間国際防衛軍はそのサポートにあたってきた。魔物に怯え飢えて暮らす人々にとってヒーローは希望の象徴であり、またその職業は一生安泰と羨まれるものである。
 しかしここにきて事情は変わってきた。
 ヒーロー達が魔物を殺しすぎた結果、魔界側と和平を結ぶ障害になってしまっていたのは事実。逼迫した財政を考えても毎年莫大な予算を割かれるヒーロースーツの開発費には民衆から不満の声が上がっていた。鉄鋼の開発が進んだ結果、より低予算で高性能な軍事力たる現代兵器が開発され、ヒーローの存在を欠いても軍は機能するようになっていた。
 結果として、ヒーロー達はヒーロー宿舎内にて拘束され、揃って魔界へと引っ立てられる結末を迎えた。
 泣いて暴れる者、憮然とした態度を隠さない者、怒りを訴えかけるもの。今までの恩を仇で返す扱いに当然の反応を示す四人に対して、一人静かに連行される男がいた。名前は青井清一、ヒーローブルーの二十三代目にあたり、最前線で身を削り続けてきた英雄、だった、男である。
 群青に染髪された頭はぐらぐらと傾いで足下を見つめたまま、特に何も異を唱えることなく魔王城へとひかれていく。今更、自分が抗議したところでどうなる問題ではない。養成学校でヒーロー候補生として剣を振るってきたあの頃からわかっていたことだ。ヒーローは国家の所有物、くるところまできてしまえば人権は認められない。結局政治の駒になる。だいたい今までの扱いを考えてみれば名誉なことかも知れないとまでブルーは考えもした。
 毎日毎日、変態のスポンサーに尻穴を捧げて。心にも無い媚びた台詞を吐き出して……言われるがまま枕営業に身を窶していた自分には、国を救うための生け贄だなんて栄転そのものではないだろうか。なによりも、もう臭い金持ちに体を売らなくてすむことに安堵を覚えた。これできっと、よかったのだろう。
 「許せよ青井君。これは人類のためなのだ」
 「わかっています。それよりも」
 「ああ、ご家族のことは任せたまえ。……今までの給金と報奨金は全てシスターの所へ送り届けよう。必ずだ」
 ハイヤーの中、ヒーロー協会の長官は約束してくれた。青井の出身はとある小さな孤児院で、本音を言えば青井は金のためにヒーロー候補生に志願したのだ。ヒーローの職にありつければ多額の給金が保証される。万一敗北しても生命保険と報奨金が施設に充てられる。育て親であるシスターは賛成しなかったが、それでも青井は出て行った。
 『普通の生き方をしなさい』シスターの声が蘇る。
 『普通に生きて、家族と隣人を大切になさい。お前が不幸になるのは見たくない』
 くたびれたちいさな体。皺とあかぎれだらけの手。ごめんなさいお母さん、そう言って青井は家を出た。最後に会ったのはいつだったか、……そうだ。自分が娼婦のように体を売っているとおもしろおかしく雑誌に書き立てられ始めたころだった。泣きながら怒る、かつて母と呼びたかった人を尻目に自分は逃げ出した。それ以来、施設には行っていない。
 「くれぐれも、よろしくお願いします」
 もう宿舎どころか巨大ラボも見えない。荒涼とした焼け野原をハイヤーは走り続ける。魔界と人間界の堺目につくころ、鎮静剤の影響から青井は意識を手放していた。
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