イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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ブルー編

大鬼の虜

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 ここはくらい、めがやける。あつくていたい。つちが、のどにはいって、いきもできない。だれか、だれか。つぶされたくないしにたくないおかあさんおとうさん……。
 瓦礫の下で藻掻く子どもを助ける者は誰もいない。
 赤々と燃えさかる建物の残骸、焼け野原を生きて歩く人間などいるはずもない。
 それはある日不意に訪れた厄災だった。隕石落下による衝撃で街二つが消し炭へと変貌を遂げ、衝撃破は周辺の都市に壊滅的な被害を与えた。跡形もなく建物が消し飛び、何もかも美しくならされた街の隅で、不幸にも息を続ける者がいる。
 祈りの声は届かない、救いの凱歌も聞こえない。
 奇跡的にも即死を免れた少年は、火の手が燻す瓦礫に埋もれて、誰かの救いを待っていた。

 「———ぅ、げほっ!!ごほっ……!!ヒュ、ひゅー……ッ!!ひっ、ひ……」
 「息をしろ馬鹿野郎!おら吸え!……そんでゆっくり吐け。そうそう」
 「えぐ、しゅ、す……は、はっ……!!ふー……はァ、はっ……!」
  魔界の紫を帯びた朝陽が窓から射している。青井はかけられる野太い声に現実へと意識を戻した。無呼吸状態に陥っていた青年の背中を巨躯で支えつつ、怪人は涙目で嘔吐く姿に安堵のため息をつく。
 「あー肝が冷える……ブルー、お前持病があったんなら言え!」
 「……ぎ、ぇほっ……散々犯した相手にっ……!ひゅ……それを、言うのか」
 相変わらず青白い顔で隣の巨漢を睨む青井は、言いながら自分の置かれた状況について思い出していた。あたりを見回す。怪人サイズに合わせたやたらと巨大な寝台、嫌みにもゴテゴテと華美な金装飾の部屋、足首に感じる足枷の冷ややかさ、……何より隣で己より二回り以上に太さのある筋肉質な腕をまわしてくるこの怪人。
 地毛の黒に戻り始めた群青の短髪を掻いて、元ヒーローであるブルー、もとい青井清一はつぶやいた。
 「……魔界に売られたんだったな、俺は」
 諦念を込めた言葉に、人身売買の当事者であるバルドが答える。
 「ああ?ンなことも忘れちまったのか?」
 「ほっとけ。いいからいけよバルド。ここで俺相手に腰振ってるだけが魔王軍幹部の仕事じゃないだろう」
 「一丁前に煽ってんじゃねえぞ餓鬼、死にそうなツラの奴隷置いて行くほど無神経な飼い主だと思ったか?あんだけ可愛がってやってもわからねえらしいな」
 「うわっ!」
 とんでもない腕力でバルドに横抱きにされてしまう。ぢゃりりと足枷についた鎖が無機質な音をたてた。ベッドの柱にくくりつけられた鎖が、出て行こうとするのを咎めて軋む。バルドは不愉快そうに顔をしかめると、糸を千切るようにその鎖を引きちぎった。
 「くそ!邪魔くせえ」
 「……お前がつけたんじゃないか……」
 「おうそうだな、だから俺様の勝手だ!飯行くぞ」
 冷たい足枷、体を包むのはすっぽり被せられたバルドのシャツだけ。青井はバルドの住処に連れてこられてからというもの、まともに合った服を着られないままだ。加えてどれもこれも筋肉達磨の巨躯を誇る怪人サイズときているので、ワンピースのような見た目になってしまい非常に不本意である。

 バルドは魔王軍に名を轟かせる五大幹部のうちの一人であり、青井の担当地区を侵攻しに来ていた嫌な顔馴染みだ。彼のセンスは昔からわかりやすく破滅的で、あらゆる服装に金の縁取りを施した軍服を好んで身につけている。赤い外套は男のトレードマークだ。権威ばった堅苦しいデザインではなく、持ち主の気質を表すかのように盗賊の頭領に近いアウトローな仕立てであった。いつだったか戦いの最中、奴は服装についてエライ奴は身分に合わせたものを着るべきだと豪語していた気がするが、自宅では随分ラフな格好になるらしい。上半身は裸、下に履いた寝間着のズボンはくたびれて、身分相応でない生活感が滲み出ていた。

 成金趣味も甚だしいシステムキッチンに入ると、乱雑に放置された食材が二人を迎える。バルドは片付けができない男だが、こうして日々青井に食わせる食事だけは手ずから料理するのだ。
 小脇に抱えられた青井はがさつにあくびをする宿敵を睨んだ。
 「……お前、ここ一週間この家から出てないだろう。部下の統制はどうなってる?幹部様は随分いい御身分らしいな。まさか幹部の座を配下にかすめ取られたのか?引退すると偉ぶれなくなるぞ」
 わざと挑発するような言葉を選ぶ青年をつまらなさそうに一瞥すると、バルドはテーブルの椅子をひいて青井を座らせた。だるそうに無視して腹をかき、調理台に向かってしまう。怒った青井は、もう一度声をあげた。
 「おい!」
 「ブルーよ、そうかりかりすんなや。てめえはちょいと仕事熱心過ぎるし」
 椅子に座ったまま振り返った青井の首元に、薄皮一枚分距離をとって出刃包丁が突きつけられていた。動きが全く見えず、青井は呆然と冷や汗をかく。……反応速度が格段に落ちている。最早戦うどころではない戦力差をまざまざと実感させられ、背中に薄く汗が伝う。
 「もう自分がヒーローじゃねえってことを自覚しねえとな。引退したのはてめえだろ。癪だがな。戦争は終わったんだよ。……それによぉ、こっちの情報を掴んだとしてだ、どうやって人間共に知らせてやれるんだ?」
 「ぁ、ぅ……」
 「なア?まさかどっか逃げようとか考えてねえよな?ンなことありえねえよなあ。お前さんは停戦の為の生贄だぞ。あんだけご主人様旦那様って尻振っといてどこぞの男に鞍替えってか?」
 下品な言葉で揶揄された青井の顔に血が上る。しかし向けられた殺気に劣らない威圧に動くことができない。鈍く光る出刃包丁の切っ先が喉の皮膚を撫で、首から頬を刃の背でゆっくりなぞり上げていく。
 「ぁ、れは……お前が……!」
 「……へえ、まだ口答えできんのか。まあてめえはそういうタマだわな。……いいぞ。いくらでも知りてえことを教えてやる。機密だろうがなんだろうが、俺が知ってることは全部だ」
 包丁をおろし、バルドが嗤う。よく戦場でみた悪辣な笑い方だった。

 「だがな、ここからは一歩も出さねえ。お前は俺様のもんだ。この俺様が金で買い、血判書まで押してここに連れてきた。つま先から頭のてっぺんまで所有権はこのバルド様にあるんだ」

 トースターの間抜けな音が無ければ、青井は威圧に負けて震えだしていたに違いなかった。一気に険の抜けたバルドは、しょうもない中年怪人の顔に戻る。
 皿を並べろ、と眠そうな指示が青井に寄越された。
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