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14巻

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 第一章―――― 誤算


 かつて始原しげんの七竜の一柱、ドラゴンであった私は、辺境の村の人間――ドランとして転生し、ガロア魔法学院で学生生活をいとなんでいる。
 王国内にある五つの魔法学院の頂点を決める〝競魔祭きょうまさい〟が終わった後、私は冥界めいかいの友人達のもとへ足を運び、かつて私を殺した七勇者達の死後についての相談や、以前私がほろぼした〝大魔導〟バストレルとの予定外の対話を終えて帰還した。
 それから数日後。神造魔獣しんぞうまじゅうたましいを持ち、私を魂の父としたうレニーアに連れられ、私は彼女の人間としてのご両親が宿泊している貴族向けの高級宿へとご挨拶あいさつに出向いた。
 婚約者の二人――ラミアのセリナとバンパイアの元女王ドラミナはというと、私の精気と血を吸いすぎたせいで胸やけに近い症状を発症しており、部屋で顔色を悪くしてうなっている。
 毒を摂取せっしゅしたわけではないから、放っておけば治るのがせめてもの救いだろう。
 宿までの道中、レニーアは私に足を運ばせた事をしきりに謝るが、私としては全く気にしていない。

「おとうさ――いえ、ドランさん、わざわざご足労いただき、まことに申し訳ありません。本来であれば二人をこちらに連れてくるべきなのですが……」

 これまでの〝私〟至上主義から、こうして少しでもご両親の事を考える余地が出来たのは、私としては良い変化だと感じられる。

「とんでもない。レニーアにとっての大恩人であるご夫妻には、私の方から挨拶にうかがうのが当然の礼儀だよ。それに、私としても一度お会いしたかった。何しろ、君を育てた方々だからね」
「はい、そのようにおっしゃっていただけますと、私としても大変喜ばしゅうございます」

 にこやかに笑うレニーアの姿を見るのは、私にとっても喜びだ。
 ほどなくして宿に到着した私達は、待ち受けていた執事しつじとメイドに迎えられた。
 宿泊客の一部から好奇の目を向けられながら宿のロビーを抜け、レニーアの父親であるジュリウス男爵だんしゃくと母親のラナ夫人が待つ部屋に辿たどり着く。
 この方々が、性格に難のあるレニーアを見捨てずに今日こんにちまで育て上げたご両親か。
 混沌こんとんつかさどる大神ケイオスとの問答もあって、ご両親への愛情を強く自覚した以上、これからのレニーアはまっとうな親孝行をしていくだろう。
 椅子いすに腰掛けていたジュリウス男爵とラナ夫人は相好そうごうを崩し、全身から歓迎の気配を発して私達を迎えた。
 これだけで、お二人の精神性がレニーアとは全くことなっていると分かる。
 レニーアがこれまでよくこのお二人に手を掛けなかったものだと、感心してしまう。

「父上、母上、ドランさんをお連れしました」

 私の一歩前に進み出たレニーアが、心もち雰囲気ふんいきやわらげて、父母に話しかけた。

「おや、この前はお父さん、お母さんと呼んでいたのではないかな?」

 こっそり耳打ちして尋ねると、レニーアは恥ずかしそうにうつむいて教えてくれる。

「いえ、お父さん、お母さん呼びだと、あまり貴族らしくないと侍従じじゅう長に意見されまして、呼び方を変えました」

 ほう、レニーアが他者の意見をすんなりと受け入れるとは。意見した侍従長さんも、レニーアに骨の一つも折られる覚悟で進言したのではないだろうか。

「おお、よく来てくれたね、ドラン君。休みのところを呼びつけてすまなかった。さあ、こちらに座ってくれ」
「レニーアもいらっしゃい。二人の為に王都で人気のお菓子を取り寄せておきました。好きなだけ召し上がってくださいね」
「本日はお招きにあずかり、光栄に存じます。ご息女には……」

 着席の前に挨拶を済ませようとする私を、ジュリウス男爵が制止した。

「いや、ドラン君、この場で改まった物言いはなしにしてくれたまえ。娘の学友と話がしたくて、私の方から頼んだのだ。そう硬くならずに、ね?」
「男爵様がそのようにおおせなら」

 ふうむ、ここまで歓迎的な雰囲気となると……卒業後の私の勧誘が目的だろうか? それも、かなりの好待遇になりそうだ――などと考えるのはいやしいかな。
 席についたレニーアは、うっすらとではあるが口元に笑みを浮かべている。ここには彼女の好きな者しか居ないのだから、機嫌が良くなるのも当然だ。

「ドラン君、魔法学院では娘がとてもお世話になっているそうじゃないか。育てた私達が言うのもなんだが、レニーアはかなり人当たりの厳しい性格になってしまった。付き合うのは、大変ではなかったかな?」

 実父からの評価に、レニーアは口をはさまず、じっともくしている。ただ、私の返答は気になるようで、一度だけこちらに視線を向けた。

「いえ、多少そのようなところはありましたが、学友として過ごすのを敬遠するほどではありませんでした。今では競魔祭の代表選手に共に選出されたという共通点もあり、親しくさせていただいております」

 私の言葉を聞いたレニーアは、ほっと大きめの安堵あんどの息をこぼして、自分の分のお茶を一息にあおる。
 私からの評価は彼女にとって、一喜一憂いっきいちゆうするほど重要なものなのだ。
 最近は少しずつ私への依存というか……度が過ぎた崇敬すうけいの念が、健全な方向へと向いてきてはいるものの、まだまだ先は長そうだ。

「そうかそうか、娘は心の底から君を尊敬しているようでね。レニーアがもっと早く君と出会えていたならなどと益体やくたいもない事を考えてしまうほどだよ。なあ、ラナ?」
「ふふ、そうですね、あなた。ドラン君と出会ってからは、色んな人の名前が聞けるようになって、とてもうれしかったわ。レニーアは人並みの幸せを得られないのではないかって、本当に心配していたものだから」

 ふむ、確かにラナ夫人の危惧きぐは大いに共感出来る。
 私をドラゴンと知って態度を軟化なんかさせる前のレニーアは、近づく者全てを拒絶する雰囲気を振りいていたからな。
 今でもついついレニーアの婿むこになる男は居るだろうかと、心配してしまうくらいだ。まして、彼女を生み育てた両親ともなれば、私などよりもはるかに心労を重ねてきただろう。

「お気持ちは分かりますが、いずれはご息女にりあう男性が現れるでしょう」

 無責任と言えば無責任な言い方ではあったが、未来はまだ確定していない以上、可能性は残されている。もっとも、レニーア自身に夫を持つという考えが欠片かけらもない以上、その可能性は限りなく無いに等しいけれども。
 レニーアは一言も発しなかったが、男爵ご夫妻は少し奇妙な反応を見せた。
 何故なぜか笑みを深めて、夫婦揃って私を見るのである。はて?

「うむ、君がそう言ってくれると嬉しい。私もラナも出来れば孫の顔を見たいと願っている。だが、私達としてはレニーアに望まぬ結婚をいるつもりはない。家の存続ならば親戚筋しんせきすじから養子をもらえば、血は繋げるからね」
「あまり貴族的ではないけれど、私達はそう考えているのです。ところで、そういうドラン君はお付き合いされている女性は居るのかしら? レニーアから聞いた話だと、貴方あなたの周りには素敵すてきな女の子がたくさん集まっているみたいだし、一人くらいは良い相手が居るのでなくって?」
「親しくさせてもらっている方は多いですが……」

 目下、私の婚約者はセリナとドラミナ。そして二人に加えて結婚するつもりでいるのは、黒薔薇くろばらの精のディアドラだ。さらに、同じ魔法学院の学友であり、超人種として覚醒かくせいしたクリスティーナさんは、私に対する〝殺し文句〟を考え中だという。
 それ以外となると……水龍皇すいりゅうおう龍吉りゅうきつや、その娘の瑠禹るうも、ひかえていると言えなくもない。
 しかし、レニーアの婚姻こんいんの話から私に話題が移るとは。単純に娘の学友の恋愛話に飛び火しただけか、それとも違う意図を持ってこの話を振られたのか? ふむん、これは……

「そう、競魔祭でも大変な活躍をしていたものね。貴方を好ましく思う女の子が居てもおかしくはないわ。貴方ほどの才覚であれば、すぐに何かしらの勲功くんこうを挙げて、名をせるでしょう」

 私が返答しようとした時、間髪容かんはついれずにレニーアが、活き活きとした表情で喋りだす。私を自慢する時の反応である。

「そうです、その通りです。母上が仰る通り、ドランさんは、ゆくゆくはアークウィッチなんぞ比較にならぬ大魔法使いとなり、アークレスト王国に留まらず、世界の果てにまでその名を知らしめるでしょう」

 ――と、あまり起伏のない胸を張って私を自慢するレニーアを見て、男爵夫妻はますます笑みを深め、それから私にも同じ眼差まなざしを向けた。
 ふむ、なるほど。レニーアがこのような反応を見せる唯一の相手である私に、男爵夫妻が何を期待しているのか良く分かった。
 しかし、当のレニーアは気付いていないな。

「ご覧の通りと言いますか、ご息女は過剰なくらいに私の事を評価してくれておりまして、私としては身に余る光栄です」
「私達もレニーアのこんな態度を見るのは初めてで、とても驚いています。レニーアがここまで誰かに心を許す事なんてないんじゃないかと、あきらめかけていたから」

 以前のレニーアは親不孝な真似まねをしていたからな。無言でレニーアを一瞥いちべつすると、彼女はこれでもかというくらいにがっくりと肩を落とした。
 母親を失望させていた負い目か。

「自分で言うのもどうかとは思いますが、ご息女とガロアで一番親しくしている異性は私になるでしょう。ですが私と彼女は、ではありませんよ」

 レニーアにはこのやり取りの真意がまるで理解出来なかったらしく、不思議そうに私達の顔を交互に見やる。

「私とドランさんの関係ですか? 学友以外に何か?」

 多分、心の中では魂の親子、と付け加えているだろう。
 そんなレニーアの様子に、男爵夫妻は顔を見合わせながら、困ったように肩をすくめる。

「ご息女――いえ、あえて魔法学院に居る時と同じくレニーアと呼ばせていただきますが、レニーアは〝この通り〟です。私をそういった対象として見ておりません。レニーアが非常に魅力みりょく的な女性であるのは否定しませんが、私としても、心は別の女性に寄せていますし、お二人がお望みのような展開には今後もならないでしょう」
「??? あの、ドランさん達はどういった話をされているのでしょうか?」

 レニーアは私達に置いてけぼりにされたと感じたのか、不安の色さえのぞかせて問い掛けてくる。
 ふむ、どんな強敵を前にしても傲岸不遜ごうがんふそんな態度を崩さない彼女も、私達が相手では話が別か。
 ご夫妻の前とあって少し気が引けるが、お二人の口から言わせるよりは、私が答えた方が良かろう。

「前にも一度話をした事があったけれど、おぼえているかな? レニーアの恋についての話だよ」
「はあ、まあ、一応は」

 ふむ、分かっとらん。彼女の誕生の仕方を考えると無理もないのだが、ご夫妻も苦笑している始末だ。
 果たして、レニーアが愛する異性や伴侶はんりょを見つけられる時が来るかどうか。

「ふむ、遠まわしに言っても仕方がないか。つまりだ、君のご両親は私を君の恋人にと期待されていたのだよ」
「…………私の恋人におと――ドランさんをですか!?」

 咄嗟とっさに私をお父様と呼びそうになりながら、レニーアはその場で椅子から立ち上がって、周囲の目をはばからずに大声を上げた。

「まあ、そうなるね。親としては娘に良縁があればと願うのは当然であるし、ご期待いただいたのは光栄だが、私達はお互いをそういう風に考えてはいないだろう?」
「ええ、ああ、はい。ドランさんをご尊敬申し上げてはおりますが、私がドランさんの妻や恋人になるなど、滅相めっそうもありません! 父上と母上のご期待に沿えないのは申し訳ないのですが……しかし私はドランさんの伴侶になろうとはまるで考えておりません。どうかそれをご理解ください」

 レニーアからすると、私は存在の誕生の片棒を担いだ父親である。そんな父親との恋愛や婚姻などは、彼女の思考の中には一切ない。
 まあ、人間の肉体で見れば血のつながりはないが、心情的にはあり得ないというわけだ。
 ご夫妻は、期待してはいたものの、〝期待しすぎて〟はいなかったらしい。きっぱりとレニーアが否定すると、少しだけ残念そうな素振そぶりを見せたきり、それ以上強く言及してはこなかった。

「いやいや、少しばかり期待していたが、実を言えばそれ以上に駄目な気がしていたよ。残念ながら、後者になってしまったが……。レニーアがここまで心を許していても、そういう関係ではないのか」
「本当に残念だわ。ドラン君なら最後までレニーアを見捨てないで、そばに居てくれそうな気がしていたのだけれど」

 ジュリウス男爵もラナ夫人も失望をにじませるが、口元は笑みの形をしており、本当にただ残念に思っているだけのようだった。
 とはいえ、こればかりはいい加減な返事をするわけにはいかない。

「伴侶として傍に居る事は出来ませんが、生涯の友になら喜んでならせていただきます。ご期待には沿えませんでしたが、それでご容赦ようしゃいただければ幸いです」

 表だって口には出来ないが、私にとってもレニーアは娘と呼べる存在だ。その子の将来に関しては大いに関心がある。
 彼女が幸福に包まれて生涯を終えられるように願ってやまない。
 私の答えは男爵夫妻には充分満足なものだったようで、お二人はとても優しい表情でうなずいた。
 娘の恋人は得られなかったが、生涯の友となる相手が居る事に、親として安心したのだろう。
 私としても、レニーアを育てられたご両親が、このように善良な方々と分かり、とても喜ばしい。
 私もレニーアも、人間に生まれ変わるにあたり、良い縁に恵まれたものだ。


 しばらく話を続けた後、私は一人で宿舎へと戻った。
 レニーアはそのままご両親のところに留まっている。おそらく門限近くまで戻っては来ないだろう。
 今頃、私に対する印象などを、ご両親から改めて根掘ねほ葉掘はほり聞かれていると思う。
 ご丁寧ていねいにも、お二人は私に、王都で著名な菓子職人の焼き菓子をお土産みやげに持たせてくれた。
 しかし、せっかく頂いたものの、復調していないセリナとドラミナは、まだ食べる気にはならないだろう。
 まあ、日持ちのするものだし、体調が治れば食べられるかな。
 お土産の箱を手に宿舎へ戻ると、私が滞在している部屋の周りにちょっとした人だかりが出来ていた。
 その中には私と親しい男友達もおり、大柄で赤毛のゼノンや細身で金の巻き毛のベルク、善良だが空気を読めないヨシュアの姿もあった。
 私の競魔祭での暴れぶりに大なり小なり引いた感のあったゼノン達だったが、少し日を置いて落ち着いたのか、ありがたい事に以前の通りの態度に戻っている。
 彼ら以外の生徒達はというと、これまでは畏怖いふのような感情を向けられていたが、今は好奇心の方が強い。
 それにしても、何故人が集まっているのか?
 そんな疑問が顔に出ていたらしく、やや興奮こうふんしたベルクが声を掛けてきた。

「おいおいドラン、どこに行っていたんだ?」
「レニーアと一緒に少し出かけていたのさ。セリナやドラミナは調子を崩していたから、今日は休んでもらっているよ」
「ったく、どこにいても女の子が傍に居るのな、お前は!」

 ベルクにしては乱暴な口調なのは、それだけ興奮している事の表れと言えよう。
 しかし、自分で言うのもなんだが、私の周りに女性が多いという事実は、今更指摘するまでもないのではなかろうか。

「普段の行いのおかげでね。それで、どうして私の部屋に人が集まっている? セリナとドラミナが何かしたのか、それとも何かされたか?」

 私の質問に答えたのは、ゼノンやベルクと違い、いつも通りにほがらかなヨシュアだった。

「君の留守るす中に客人が来たのさ。ほら、前から君達がガロアでたまに行動を共にしていた、竜人の女性達だよ。今は君のところのレディが相手をしているけれど、全員揃ってとんでもない美人とあって、皆気になって仕方がないみたいだ」
「ふむ、竜人というとヴァジェに瑠禹、それに……リュー・キッツか」

 ヴァジェや瑠禹はまだしも、水龍皇として龍宮国りゅうぐうこくを治める龍吉の名前を口にするなら、偽名のリュー・キッツにしておかねばな。
 しかし、こうして皆が正気をたもっているところを見ると、龍吉は自身に幻術を掛けて素顔を目撃されないようにしてくれたか。
 私達はじきに王都を離れるから、お別れの挨拶でもしに来たのかな?
 王国との交渉があるし、龍吉達はまだこちらに滞在するのだろう。

「それなら、あまり待たせては申し訳ないな。すまないが、通してもらえるか? ほら、私も私の客人も見せ物ではないのだから、皆、部屋に戻ってくれ」

 級友であるゼノンやヨシュア達はともかく、それほどの付き合いもない他の生徒達の見せ物になる趣味しゅみはない。
 少しばかり圧力を込めて野次馬やじうま達に声を掛けてから、私は自室のとびらを開いた。
 さて、セリナとドラミナはどの程度まで回復したかな。

「ただいま。戻ったよ」

 部屋の中に入ってみると、椅子を寄せて丸テーブルを囲む龍吉達の姿があり、セリナとドラミナは起き上がって客人の相手をしていた。
 ふむ、二人とも顔色はほぼ元通りか。吸いすぎた分の消化がようやく済んだと見える。

「こんにちは、ドラン様。お邪魔じゃましております」
「お邪魔しております」

 椅子から腰を上げて、龍吉と瑠禹が親愛の情に満ち溢れた笑顔で挨拶したのに続き、ヴァジェも立ち上がり、ぎこちないながらも一礼する。

「ご、ごきげんよう」

 ヴァジェは先日話し合いをしたのがこうそうし、私を前にしても冷や汗をかいたり体を震わせたりはしなくなっている。
 ふむ、早速成果が確認出来て何よりである。

「セリナ、ドラミナ、もう起き上がっても大丈夫なのか? あと、これはレニーアのご両親から頂いたお土産だ」

 丸テーブルの上には紅茶が人数分用意されており、普段セリナとドラミナが手ずから作っているお茶菓子が皿に盛られていた。
 セリナは私の差し出した包みを受け取り、大分血色が戻ってきた顔に微笑を浮かべる。
 本当に容態が悪かったら、龍吉達は気をつかって留まりはしなかったろうし、持ち直したと考えてよさそうだ。

「ドランさんにお恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたけれど、もう大丈夫ですよ」
「ふむ、ドラミナも大丈夫かね?」

 私の問い掛けに、ドラミナは気品という概念の結晶のような顔に恥じらいの赤色を浮かべた。ここまで赤くなるドラミナは、なかなか珍しい。
 いくらディアドラの行動に触発されたからといって――そしてまた、私が好きなだけ甘えさせるからといって――節度を忘れて血を吸ったのは、ドラミナにとっては穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい事だろう。

「はい、しばらくはドランの血を吸う気にならないほどに吸ってしまいましたが、今はもう落ち着きました。レニーアさんのご両親はどのような方でいらっしゃいましたか?」
「とても素敵な方々だったよ。レニーアの持つ悪性が肥大化せずに育ったのも、納得がいく。レニーアも叔父おじとの対話で両親への愛情を自覚したようだし、これからは仲の良い親子としてやっていくだろう」

 ドラミナと話している間にセリナが用意してくれた椅子に腰掛ける。
 席順は私の右からセリナ、ヴァジェ、龍吉、瑠禹と続き、一周回って私の左隣にはドラミナだ。
 セリナと連携れんけいしたというわけでもないのだろうが、見事な呼吸で龍吉が紅茶を私の前に差し出した。礼を言うと、龍吉はにっこりと笑みを深めて会釈えしゃくする。
 ふむん、なんとも心地ここちい。

「それで、龍吉と瑠禹とヴァジェは、今日はどうしたのかね。王国との話し合いは一段落したのかな?」
「もうしばし国王陛下や王太子殿下とはお話をしていく予定です。その為、ドラン様達がガロアに戻られる折にお見送りが出来そうにないものですから、先にご挨拶をと思い、瑠禹とヴァジェさんをともなってまかり越しました」
「そうか、それは気をつかわせてしまったな。ありがとう。ふむ、龍吉と瑠禹が王都に残るのは分かるが、ヴァジェはどうする。君は龍宮国の臣下ではない。いつモレス山脈に戻る予定なのかな?」

 極力ヴァジェが萎縮いしゅくしないように優しく話しかけると、ヴァジェは多少の緊張を覗かせながらもしっかりと私の顔を見て、口を開いた。
 ふむ、この様子なら彼女と仲の良い級友のファティマに変な目で見られずに済むだろう。ファティマににらまれても、子猫に威嚇いかくされているようなものだが、精神的には大変にこたえるものがある。

「もう少し龍吉様達のお傍で、この国の人間を見ていこうと思っています。ガロアでも人間達は見ていましたが、ここではより多くの人間や他の種族の者達を見る事が出来ます。ファティマ達にはこの後会いに行きます。ドラン様を睨まないように言っておきますから、ご安心ください」
「そうしてくれると助かるよ。ただ、贅沢ぜいたくを言えばファティマの前ではドラン様ではなくドランさんで頼む。今の接し方もヴァジェが大いに苦労しているのは理解しているつもりだが、それでもこれまでの横柄おうへいな態度とは正反対もいいところだからな。まあ……無理そうならそのままで構わないよ」

 ヴァジェは手首から先が深紅の鱗に覆われた腕を組み、けんはあるが美しい顔立ちを悩みの色に染める。
 誰が見ても真剣と分かる表情であった。

「ううん、ドラン様ではなく、ドランさんですか。以前はおそれ多くもお前と呼んだり、呼び捨てにしたりしていましたから、それらに比べればまだ気苦労はありませんが……う~~~~ん、分かりました。このヴァジェ、御心みこころに沿えるよう、微力を尽くしましょう」

 その物言いでも充分ファティマに不審な顔をされそうだが、つい数日前までのヴァジェの態度を考えれば上出来である。
 それにしても、もうかつてのようにヴァジェがつっかかってくる事がなくなるのかと思うと、それはそれでさみしく感じられるものだ。

「すまないな、ヴァジェにはらぬ苦労を強いてしまっている。さて、龍吉、瑠禹、王国との外交も忙しいだろうが、他の竜帝や龍皇達との会見は目途めどがつきそうかね? 私の体はいつでも空いているし、竜界の同胞達も、時間はいくらでも取れるだろう。君達の都合を優先してもらって問題ないからね」

 以前、龍吉以外の三竜帝三龍皇さんりゅうていさんりゅうおう達と一度顔を合わせて、古神竜という存在に慣れる機会を設けようという話が出たが、そちらの進捗しんちょくを尋ねてみた。


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