さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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14巻

14-2

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 私との面会である程度慣れたら、竜界に居る私の兄弟姉妹や、竜帝と龍皇らの祖に当たる者達、近縁の者らを招き、竜界と地上の交流を始めるきっかけとするはずだったが……

「ドラン様にお会いするとあって、皆が皆、過剰なまでに緊張しておりますよ。例外は白竜帝はくりゅうていコンクエスター老くらいでしょうか。あの御方おかたは若かりし時分に、ドラン様とじかにお会いした事があるそうですから」
「最長老格の白竜帝か。聡明そうめいさのうかがえる若者であったが、話を聞く限り今では立派に竜帝の役目を果たしておるようだな。会うのが楽しみだ」
「ふふ、皆にはそのように伝えておきましょう。一応、仲介として私と瑠禹も同席しようと思います。瑠禹は次代の水龍皇。現竜帝や龍皇と顔を合わせる機会は多い方が良いでしょう。他の龍皇よりも先に古神竜であるドラン様とお会いしてしまったのは、順序が逆になってしまいましたけど……お蔭で、誰が相手でも緊張する事はないでしょう。怪我けが功名こうみょう、と言ってはドラン様に不敬かもしれませんが」
「別に良いのではないか? 龍吉の言う通りだろう。自分で言うのは面映おもはゆいが、王の前に神と会ってしまったら、王が相手でもさして緊張しなくなるというのも分かる話だ。そういえば、瑠禹は黒竜帝こくりゅうてい風龍皇ふうりゅうおうなどに、顔見知りはおらんのかね?」

 次代の水龍皇としての教育はもう始まっているだろうし、顔合わせくらいはしていると思っての質問だったが、瑠禹はこのように答えた。

「直接お目見えする機会は滅多にないのですが、風龍皇の風歌ふうか様とは幾度いくどかお話をさせていただいた事がございます。風歌様はまだお若く、私とそう歳が変わりませんし、外見は私よりも幼く見えるほどです。火龍皇かりゅうおう項鱗こうりん様にも、ご挨拶だけでしたら」
「ほう、当代の風龍皇は随分ずいぶんと若いのだな。ヴリトラと顔を合わせたら目を回してしまいそうだ。リヴァイアサン、バハムート、ヨルムンガンドはまだ安心出来るが、他の面子メンツは地上の同胞を驚かせるかもしれないな。君達は我が兄妹――竜界の祖らと会う事に緊張しているが、なに、私達の側でも多少は緊張しているさ。地上の同胞達とは久方ぶりの顔合わせだ。幻滅げんめつさせやしないかとね」

 多少おどけた調子で竜界側の事情を私が口にすると、瑠禹はつややかな黒髪を揺らして首を左右に振った。

「そのような事はございません。幻滅するなど、とんでもない話でございます。こうしてドラン様とお話出来るだけでも、とてつもない幸運だというのに、その上竜界に住まわれている我らの祖である方々とお目見えする機会まで与えていただいたのです。どうして幻滅などしましょうか」
「そこまで言ってもらえるのは光栄だが、私の兄妹達は君らが思うほど高尚こうしょうではないからなあ。この間、君らが目にしたアレキサンダーなどはその良い例だ。まあ、彼女ほど残念な者は流石さすがにそう多くはないけれどね。――ふむ、とりあえずガロアに戻ったら、地上の同胞達との会合の準備をしよう。あとは学業の再開、それに卒業後の就職先を本格的に探すとするか」

 競魔祭でそれなりに活躍してみせたし、就職先に関しては選べるようになるのではないかと、私はやや楽観的に考えていた。
 私の求める条件に完全に一致する就職先がどれだけあるかは不明だが、多少の妥協だきょうをすれば魔法学院卒業後にしばし無職、という事態は避けられよう。
 古神竜の魂を持つ私が就職先の心配などと、いかにも世俗的な事を口にしたのがおかしかったのか、龍吉の口元に魅力的な笑みが浮かぶ。
 しかし、どこか意味ありげに見えるのは……さて、気のせいか?

「ドラン様ならお望みのところで働けるでしょう。それに、きっと良い事もありますよ」
「ふむ。君が色々と関わっていそうだね、その〝良い事〟とやらには」
「ふふ、どうでしょうか? ただ、ドラン様はもう察しがついておられるのでは?」
「色々な方に言われたからな。龍宮国の方で働きかけてくれているのは、承知の上だ」

 これまで得た情報から、私は夏季休暇中に訪れたゴルネブで海魔かいま退しりぞけた件と、龍宮国との外交の件で、勲章でも貰えるのではないかと推測している。
 そのまましばらく龍吉達と世間話をした後、三人は一時の別れを惜しみながらも私の部屋を去り、ヴァジェはファティマの所へ、瑠禹と龍吉は王宮へと戻っていった。
 そして翌日、私達ガロア魔法学院の一行は飛行船に乗ってガロアへと帰還したのだった。


     †


 一ヵ月も離れてはいなかったはずのガロアであったが、実際に戻ってきてみると、随分となつかしく感じられるものだった。
 私達がガロアを留守にしている間、寮母りょうぼのダナさんをはじめとした使用人の方達が掃除をしてくれていたので、元は男子寮の物置であった私の部屋は、綺麗きれいなままであった。
 競魔祭優勝の結果にく魔法学院の皆からの歓迎を受けた次の日には、私を指名した依頼を片付ける為に、事務局へと足を運んだ。
 最近では私が依頼を受けて、セリナとドラミナに仕事を割り振る事も多い。
 私が王都で各神殿に神像を奉納ほうのうした話がもう広まっているらしく、神殿関係からの神像作製の依頼が数多くあった。
 ガロアを離れている間に溜まっていた他の石像作製の依頼と合わせて考えると、〝魔法石工のドラン〟という二つ名で呼ばれるのも納得である。
 リュー・キッツらを目撃したゼノン達が口にしていた〝あいつ、本当にもげればいいのにのドラン〟と比べれば、どんな二つ名もましだわな。まあ、あれは二つ名というより、周りに美人が集まる私に対する陰口か。
 すっかり私達の溜まり場と化した私謹製きんせいの浴場の近くに、依頼主が送りつけてきた各種石材を持ち込み、作業を開始する。
 私は依頼主からの詳細な注文をまとめた紙束や絵を参考に、石材の形を整えていく。

「流石に多いな」
「……と言いながらも、次々と石像を完成させていくドランさんなのでした」

 隣で魔眼まがんけの腕輪や耳飾りを作っていたセリナの言い回しが面白くて、私は思わず笑みを零していた。
 彼女の言う通り、こうして話している間にも、四角く切り揃えられた大小の石材が次々と依頼主の注文に沿った姿へと形を変えている。

「納期に余裕はあるが、仕事が速いに越した事はないだろう?」
「ただ速いだけでなく、正確である事が大前提ですけれど、ドランさんの場合はそっちも問題なしですからね。だからどんどんお仕事が回ってきて、石像を作るのに時間を取られるという循環が出来上がるんですよ。魔法学院を卒業する時に、事務局を通じて石像の仕事はもうしないって各所に通達しないと、困っちゃう方がいっぱい出るんじゃないですか?」
「ふぅむ、私に仕事が回って来るという事は、それだけ本職の石工の方から仕事を奪っているわけでもあるから、私が石像作りをやめて助かる方もいるだろう。しかし、確かにこれだけご愛顧あいこいただいているのなら、挨拶はきちんとした方が良さそうだね。ところで、セリナの魔眼避けの魔法具も結構需要があるようだが、固定客も出来たのではないかな?」

 元々麻痺まひ魅了みりょうの魔眼を持つラミアであり、今では私を介して古神竜としての因子いんしも獲得しているセリナが魔力を込めて作る魔法具は、魔眼避けとして非常に優れた品になっている。
 彼女が誠心誠意を込めれば、ラミアよりも強力なバジリスクの石化の魔眼さえ弾ける品が作れるのだが、生徒が受ける依頼で求められる水準はそこまで高くないので、あえて出来が良すぎないように抑えなければならない場合もままある。

「う~ん、私も数だけはこなしていますけれど、どうでしょう? あ、でも仕事は丁寧ですぐに数を揃えられるからって、評判は良いみたいですよ。本当に効能の高い物は専門家の方がいらっしゃる魔法ギルドとか、目に関する神様の神殿にお願いされるでしょうし。そういう意味だと、ドランさんは本職の人達を圧迫しすぎかも」
「かもね。しかし私の場合は在学中の期間限定だ。嫌がらせをされるような事にはなるまいよ。さて、これで半分か」

 ちょうど半分となる十二体目の石像は、ヒドラを踏みつけて退治する半裸の巨漢だ。
 見事に盛り上がった筋肉は小山のごとき迫力を持ち、踏みつけ、脇に抱え込んだヒドラの頭へと向ける視線は、今にも炎か稲妻いなずまが放たれそうなほど峻烈しゅんれつだ。
 ふむ、我ながら良い出来である。
 筋肉のよろいまとった半裸の巨漢であるところなどは、戦神アルデスと共通しているが、こちらの英雄の方が大分理知的で紳士ではあったな。
 神様に嫌われるとこうなりますよ、という見本と言っていいくらいに理不尽りふじんな苦労を背負わされていたなあ、彼は。
 過去に知り合った英雄を思い出してしみじみとしていると、魔法学院の校舎の方からオリヴィエ学院長が姿を見せた。
 私を見つけるなり手招きしてくるので、石像作りを中断し、セリナと共に学院長の方へと足を向ける。
 何か話でもあるのかな? すぐに済む様子ではなさそうだが……

「学院長、お呼びでしょうか?」
「ええ、王都から貴方へおくり物が届いたのですが、直接渡す必要のある品なのです。今から学院長室へ来てもらえますか? ドラミナは……貴方の影の中ですか」

 オリヴィエのエメラルドの視線が私の影に向けられた通り、現在、ドラミナは私の影の中でお昼寝中である。
 第二の始祖バンパイアと化し、私の血を吸って強大な力を得たドラミナであるが、それでもやはりバンパイアである事に変わりはない。
 ごくまれに陽光に対し完全な耐性を持つバンパイア――デイライトウォーカーが存在するが、彼女はそれではない。
 陽光に対して高い耐性を持っているだけであって、決して克服しているわけではないのである。
 昼間はなるべく陽の当たらないところにいるか、闇の中で眠っているに越した事はない。

「ぐっすりと眠っていますよ。なるべくなら寝かせておいてあげたいのですが、起こす必要はありますか?」
「いえ、後で貴方の口から伝えてもらえれば構いませんよ。それでは、学院長室まで来ていただけますか?」
「分かりました。すぐに石材などの片付けをして参りますので、その間だけお待ちください」
「ええ。では片付けが終わったら学院長室にいらしてください。私は準備しておくものがありますので、先に戻ります」

 オリヴィエの姿が消えるのを待ってから、セリナが私に尋ねる。

「学院長さんからのお話って、なんでしょうか?」
「王都からと言っていたからね。スペリオン殿下を助けた時の褒美ほうびではないかと私は考えているよ。あれはおおやけに出来る件ではないから、こうして学院長を介してこっそりくれるのだろう」

 もしかしたら、褒美は取らせるが、自国の王子と王女が誘拐ゆうかいされた話は墓まで持って行くように――と、くぎを刺されるのかもしれない。

「なるほど~、じゃあフラウパ村がバンパイアに襲われた時みたいに、お金ですかね~」
「あって困るものではないよ。ただ暮らしていくだけなら、たくわえはもう充分だけれどね」

 口止め料やら依頼料やら龍吉から贈られた財宝やら、仮に私とセリナとドラミナとディアドラの四人で暮らすとしても、当面人並みの暮らしは出来るし、四人それぞれ何かしら収入を得る手段を持っているのだ。将来、困窮こんきゅうする心配は無用であろう。
 石材やセリナの魔法具の材料を、浴場に併設してある物置小屋にしまってから、私達は学院長室へ向かった。


「ようこそ、ドラン、セリナ。貴方達にはこの後の予定もあるでしょうし、早速ですが話を始めましょう」

 学院長用の重厚な机の前に立つオリヴィエの正面に進み出ると、彼女はいつもと変わらぬ冷厳れいげんな顔つきのまま話を切り出した。

「やはり、あまり公には出来ないお話ですか?」

 オリヴィエはほんの少しだけ考える素振りを見せてから答えを口にする。

「……一部はそうですが、基本的には公にして構わない話ですよ。多くの者達から祝福を受けるべき話です。既に察しはついていると思いますが、王都よりこれまでの貴方の功績をたたえて報奨ほうしょうが下されます」
「ふむ、ありがたいお話です」
「スペリオン殿下が直接貴方に報奨を渡したいと強く希望されていたのですが、王都でのとある事情から間に合わず、本日、畏れ多くも私が代理として貴方に報奨を遣わす役をになう事となりました。ドラン」
「はい」

 お互い気心の知れた間柄あいだがらではあるが、王国に属する者として、ここは真摯しんしな態度を取らねばならぬ場面。私は背筋を正して、オリヴィエの言葉を待つ。

「邪竜教団アビスドーンによる王太子ならびに王女殿下誘拐事件解決への尽力じんりょくの功、ならびに龍宮国より海魔の侵攻撃退に際して一方ひとかたならぬ武功を挙げたとのしらせを受け、これらの働きを称えて、ベルン村のドランに金貨と騎爵きしゃくくらいを授けるものとする」

 私が思わず驚きの表情を見せると、オリヴィエは悪戯いたずらの成功した子供のような微笑を浮かべた。
 アークレスト王国における騎爵とは一代限りの貴族の位であり、王国の名前にちなんで〝レスト〟のついた名誉姓めいよせいを名乗る事が許される。たとえば、カルニムという土地の出身者が騎爵を得た際には、カルニレストという名誉姓を授ける、といった具合だ。
 この騎爵になると領地はないが王国から年金が給付され、王国への忠誠と有事での出兵が義務付けられる。
 功績を挙げた貴族の子弟などに与えられる名誉ある勲章くんしょうとしての意味合いが強いものの、戦争や有事に武功を挙げた傭兵ようへいや平民が、騎爵の位を褒美として授けられた例もないわけではない。
 お金でも貰えるのかなと思って来たら、領地なしとはいえ貴族位の授与とは……いやはや。
 ちなみに、騎士として仕える者の位である騎士爵とは名前が良く似ているが、別の位である。

つつしんでお受けいたします」
「流石に断りはしませんでしたね」
「いえ、いくら私でもそんな大それた真似はしませんよ」
「貴方の事ですから、ないとは言い切れませんよ。それから、王太子殿下が貴方の名誉姓をお考えくださいました。と言っても、これまでの前例にならったものですから、奇抜なものではありませんよ。安心なさい。貴族でない身分の者が騎爵の位を受ける場合、本人の出身地か功を立てた場所にちなんだ名誉姓となる例が多いですね。貴方の場合は故郷のベルン村かゴルネブになるでしょうが、貴方の故郷への思い入れを考慮して、〝ベルレスト〟の姓を授けるとのお達しです。以後はドラン・ベルレストと名乗りなさい」

 オリヴィエはそこで一度話を区切ると、机の上に置いてあった紫色の絹の包みを手に取った。

「残念ながら、貴方の勲功のうち、王太子殿下達の誘拐と救助に関しては公に出来ません。こうして私が人目につかないところで、貴方に報奨を授与する事になったのもその為です。これは騎爵と共に授与されるたてです。一代限りの名誉称号ですから、この楯には家紋かもんではなく王国の紋章が刻まれています。以後、王国の紋を頂く者として、恥じる事なき行いを心掛けてください」

 そう言って、オリヴィエは絹に包まれた小さな楯を私に手渡した。
 授業で学んだ勲功の授与に関する礼儀作法を思い出し、私は気を引き締めてうやうやしくこれを受け取る。

「おめでとうございます、ドラン」
「わあ、ドランさん、おめでとうございます!」

 絹をまくって小さな白い楯を見つめていると、オリヴィエとセリナがお祝いの言葉を掛けてくれた。
 オリヴィエの言葉はいつもよりもわずかに温かみがあり、セリナは喜びの感情を全開にしていて、私は素直に笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、学院長。ありがとう、セリナ。私には勿体もったいない褒美だな。ところで学院長、ゴルネブでの海魔撃退や邪竜教団アビスドーンの一件では、セリナやドラミナも活躍していますが、二人には何か?」
「貴方の疑問はもっともです。ですが、ゴルネブの件では、王国としての報奨はもう済んでいるという見解ですね。アビスドーンに関しては、セリナやドラミナの分を貴方への報奨に含めています。といっても、セリナ達は使い魔ですから、勲章などのたぐいは授与されずに金貨を三人分用意されたようですよ」

 オリヴィエはそう言って、机の上に置かれた木箱に目をやった。
 大人が両手で抱えなければならないほど大きな箱で、あれ一杯に金貨が詰まっているとなると、私達はなかなかのお金持ちになる。
 スペリオン殿下は随分奮発ふんぱつしてくださったみたいだ。
 それにしてもありがたい。私一代限りとはいえ、まさか在学中に貴族位を得られるとは。

「それにしても、平民である私でも貴族位の授与となると、クリスティーナさんはどうなるのですか? 王女殿下が随分と執心しゅうしんされていましたし、教団幹部のガジュラと邪竜にとどめを刺したのはクリスティーナさんでした」
「クリスティーナの場合は家での立場やご当主からの意見もあって、色々と話が長引いています。正式に通達が来るのはまだ先でしょうが、大きな話になると踏んでいますよ」
「政治的な話は私には分かりませんが、建国王の代から王家と関わりの深い学院長がそう仰るなら、あの方の環境は随分と変わる事になりそうですね」

 クリスティーナさんは母君を亡くされ、アルマディア侯爵家に拾われてからも様々な事情で鬱屈うっくつしていた。
 今ではもうそんな様子はなくなったが、またそれが再発してしまわないかが気掛かりだな。

「ええ。私の見立てが正しければ、彼女にとってはさちの多い話になるはずですよ。その時が来たならば、貴方達にも深い関わりが出来るでしょう」
「私達で出来る事はなんでもして、クリスティーナさんの助けになりましょう」
「ふふ、貴方がそう断言されるのなら、恐れるものは何もありませんね。クリスティーナがうらやましい限りです」

 そう言ってオリヴィエは心底から頼もしそうに私を見て笑った。
 クリスティーナさんと同じく前世の私を殺した七勇者の子孫であるこのハイエルフは、やはり同じ七勇者の子孫として、学院長という立場とは別に彼女を気にかけているのだろう。
 それにしても、正妻の子ではないとはいえ、大貴族の令嬢れいじょうであるクリスティーナさんには、果たして如何いかなる報奨がされるのか。


     †


 ガロア魔法学院に戻ってきて変わったのは、私が騎爵位を授与された事や生徒達からより一層の注目を集めるようになった事だけではない。
 私を指名する依頼の中に、どことなく私の力量を試そうという意図が透けて見えるものが増えていた。

「これは露骨ろこつと言っても良いのではないかな?」

 事務局に足を運び、そこで手渡された依頼書のたばを手に、私は両脇に立つセリナとドラミナに同意を求めた。
 セリナは少しだけ反応に困った様子で、私の手の中の紙束に青いひとみを向ける。
 試すような真似はめられたものではないが、私が注目されているのはうれしいというところかな?

「ドランさんの言う通りかなとも思いますけれど、それだけドランさんが評価されているとも言えるわけですから、必ずしも悪い事ではないですよ。全部が全部ではないと思いますが……これだけの方々に興味を持たれているんですし、素直に胸を張って良いと思います」
「そうだな。そのように前向きに捉えてみよう。といっても、これらの依頼を全て受けるのは、二人に手伝ってもらっても無理が――いや、分身すれば出来なくはないが、ここで手札てふださらすのもどうかといったところだな。ドラミナはどう思うかな?」

 こういう大局的な視点で物事を考える時、統治者として辣腕らつわんふるっていたドラミナは頼りになる。
 そう思って意見を求めてみたものの、どういうわけかドラミナはヴェールで隠した顔をらして口を閉ざしている。
 ふむ? ドラミナがここまで不機嫌な感情をあらわにするのは珍しい。
 表にこそ出さなかったが、正直に言って、私は大いに驚いた。

「ドラミナ?」

 改めて名前を呼んでみても、我がうるわしの女王は、つーんといった様子で、私から顔をそむけたまま。
 ふむむ、これはどうにも強固な拒絶の意思表示だぞ。
 どうしたのかね? どうされたのでしょうね? ――と、私とセリナは視線で言葉を交わし合う。

「ドラミナさん、どうかなさったのですか? おへそを曲げちゃいました?」

 私だけでなくセリナにとっても珍しい反応であった為、私達は共に困惑の表情でドラミナに問いを重ねる。
 一応、人目を忍ぶべきだという事には考えが及び、事務局の隅へそそくさと移動しておく。

「太陽の昇っている間、私が眠りに誘われるのは、バンパイアという種族である以上仕方のない事ですし、本来であればそれが健全でもあります」

 ようやく口を開いてくれたかと思えば、ドラミナはいかにも怒っていますよ、といった口調で自らの種族の生態について語りだした。
 私達からすれば今更な話だが、せっかく閉じていた扉が開いたのだ。わざわざそれをまた閉ざすような真似をする必要はあるまい。
 私とセリナは口をつぐみ、ドラミナが語るに任せた。

「二人が私をおもんぱかって、日中眠りにく私をそのままにしてくださっているのは理解しています。そんな二人に対していきどおるのは、身勝手であり我儘わがままだとも分かっています。しかし、それでも私はこう言わざるを得ないのです。二人とも、どうして爵位を授けられるという大事な時に私を起こしてくださらなかったのですか!?」

 うん? おや、私の可愛いドラミナが機嫌を損ねてしまったのは、オリヴィエに爵位を授与されている時に、起こさなかった事が原因らしい。
 ドラミナには定期的にきっちりと日中に休息してもらうのが大切だと考えていたからなのだが、それを理解した上でなおねているようだ。

「爵位の授与といっても、学院長と私達だけしかいない簡素な形式だったよ。こう言ってはなんだが、晴れ舞台というほどのものではなかったさ」
「そうですよ。騎爵位をいただけたのはとても素晴らしかったですけれど、ドラミナさんがお国でなさってきたような事とは、多分、かなり違うものだったと思います」

 かつてはこの惑星のバンパイア達にとって、最もとうとい血統の女王として、大国をべていたドラミナだ。
 私が騎爵位を授けられた時とは違い、大々的に宣伝し、衆目しゅうもくを集めた壮大な場で、多くの臣下達に貴族位や勲功を授けてきただろう。

「それとこれとは話が別なのです。面倒臭い女だという自覚はありますが……」

 ふーむ、これはあれだ。ネルネシアがファティマの楽しみに取っておいたお菓子を間違えて食べてしまい、それを知って拗ねた時のファティマのようだ。
 不服の表現としてほおふくらませていたドラミナだが、言葉尻は随分と弱々しい。自分が口にした言葉にさいなまれているのだ。


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